第4話 トカゲのご飯

 トカゲの頭は大きく、胴体は太くて短い。

 そして、手足が異様に細く短く、口も小さい。

 尻尾は太いが短かった。


 トカゲというより、サンショウウオに近いかも知れない。

 サンショウウオを縦にぎゅっと圧縮して、手足を細く短くした感じだ。


 確かに、一般的な可愛い生き物とは方向性が違う。

 だが、気持ち悪いと言われるほどではないはずだ。

 たとえ、百歩譲って、気持ち悪かったとしても、暴力を振るっていいわけではない。


 生徒たちの悪行を思い出すと、腹が立つ。

 監督生がしっかり処理してくれることを信じよう。


「ぎゅる?」

「ああ、すまない。トカゲは口が小さいし、細かく刻んだ方が良さそうだな」


 それに、ふやかして柔らかくした方が良さそうだ。

 俺は干し肉を細かく切って、沸かした湯に突っ込んだ。


「ぎゅるるる」

 どうやら、トカゲはお腹が空いているようだ。


「もう少し待ってくれ」


 そう言いながら、トカゲと一緒に干し肉が柔らかくなるのを待つ。


「ぎゅーる」

 トカゲは興味津々な様子で、お湯を沸かす器具を見つめている。


「これが気になるのか?」

「ぎゅる」


 どうやら気になるらしい。

 なんとなくだが、トカゲの言いたいことがわかる。

 そして、トカゲも俺の言葉が、なんとなくわかっている気配がある。

 最初に「いたい」と泣いているとわかったときから、不思議ではあったのだ。

 このようなことは初めてだ。


「あとで、精霊に詳しい奴に聞いてみるか」

「ぎゅる?」

「ああ、これはだな。魔法の道具、通称魔道具だな。お湯を沸かすことができる」


 魔法革命による成果物の一つだ。

 この魔法焜炉コンロの発明は、民衆の生活水準を大きく引き上げた発明の一つである。

 例の大賢者が発明し、製法を広く公表したため、非常に安価で手に入る。

 その日暮らしの俺ですら買える程度に安いのだ。


「ぎゅーるぅ」

「そうだな。大賢者というのは偉い奴だよ。すごいよな」


 剣を振るって、人や魔物を殺す能しかなかった俺なんかとは比べものにならない。

 たった十年で、ここまで民の生活を激変させたのだ。

 家事全般にかかる時間が短くなり、衛生状態が向上し、農作物の収穫量は増えた。

 赤子の死亡率も激減しているという。


「おかげで俺みたいな、取り柄のない奴も生きていける」

「ぎゅう」


 トカゲを撫でていると、背中に小さな突起があることに気がついた。


「む?」

「ぎゅ?」

「これは……なんだ?」


 とても小さいが、パタパタと動いている。

 羽のように見えなくもない。


「変わったトカゲだな」

「ぎゅる?」


 トカゲはこちらをきょとんとした顔で見上げていた。

 普通のトカゲには羽はないのだ。


「まあ、トカゲの精霊には、羽があるのが普通かも知れないし、これも詳しい奴に聞いてみよう」


 しばらくトカゲを撫でながら干し肉を茹でる。


「そろそろいいか」

「ぎゅるるるぎゅる」

「まあ、落ち着け。もう少しかかる」


 茹でた干し肉をすりつぶして冷やした。

 そしてまず自分で食べてみる。熱さと硬さのチェックのためだ。


「柔らかいがまずい」

「じゅじゅぅ?」


 干し肉は、元々茹でるものではない。

 その干し肉を茹でたうえで、すりつぶして冷ましたのだ。

 美味しいわけがない。


「だが、子供で怪我をしているトカゲだからな」


 離乳食ぐらいぐちゃぐちゃにしておいた方がいいだろう。


「ほら。ごはんだよ」


 俺は、すりつぶした干し肉をスプーンに乗せて、トカゲの口元に持っていく。


「ぎゅるむじゅるむ」

 トカゲは実に美味しそうに、まずい干し肉を食べた。


「ぎゅるる!」

「もっと食べたいのか。それはよかった」


 食欲があるのは良いことだ。

 特にトカゲは怪我をしている。食欲がない場合、回復が遅くなってしまうかもしれない。


 俺がスプーンに乗せた干し肉を口元に運ぶと、トカゲはパクパクと元気に食べる。

 お腹が空いているのかも知れない。


 あまり、急いで食べさせると消化に悪いかも知れない。

 だから、ゆっくり口元に運ぶ。


 ――コンコンコン


 そのとき、小屋の扉が丁寧にノックされた。


「ぎゅるじゅ!」


 俺の持つスプーンをくわえていたトカゲは、ノック音にびっくりして、俺にしがみつく。

 べちゃっと、俺の服に茹でてすりつぶした干し肉がかかる。


「怖がらなくても大丈夫だよ」


 俺はトカゲを優しく撫でると、扉の外に向かって声をかけた。


「鍵は開いている。中に入ってくれ」

「…………」


 扉を開けて、小屋の中に入ってきたのは、絶世の美女だった。

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