夕焼け色の思い出
雨森葉結
夕焼け色の思い出
「うーん、なんだっけなぁ……」
「なあ、これじゃないか? 忘れてたの」
あたしの目の前に、鴫野が手を突き出した。もう涼しくなった秋の風が吹き抜けてから、ずっと唸っていたあたしは叫ぶ。
「……それだーっ!!!」
危ない危ない。どうやら生物室に置いてきちゃったらしい。
お腹の底から鴫野に感謝しながら、あたしは両手で鴫野の持つ一眼レフを受け取った。
校庭のイチョウの葉が全て黄色に変わるこの頃。あたしたちの所属する写真部は、文化祭に向けて展示する写真をまとめる。
「カメラ忘れてきたこと忘れるとか、お前の頭には何が入ってるんだ? 本当にお前、写真部か?」
鴫野はいつもは不愛想で、人と和気あいあいとするタイプじゃない。多分友達も少ない。あたしは勉強も運動もからっきしだけど、友達の数ならこいつに勝てる。人望は大事だもんね。
「……山本、今なんか失礼なこと考えてるだろ」
「そんなことないよ?」
「嘘つけ……」
人と喋らないはずの鴫野は、なぜかあたしの前だとよく喋る。まあ、その内の七割はあたしに対するツッコミなんだけど。
「あ、カメラありがとね。あたし忘れっぽいからさ、助かった」
そう言ってボリボリと頭を掻くあたしにため息をつきながら、鴫野はゆっくりと自分のカメラを取り出す。黒いボディに赤い線が入ったそれを、鴫野は愛おしそうに撫でた。
「……ほんと、カメラ好きだよね」
どうやら呟いていたらしい。鴫野と目が合った。
「……悪いか」
「いえいえ、全く!」
えへへと笑うあたしを怪訝そうに一瞥してから、鴫野はぼんやりと窓を眺めた。もう夏が終わったからなのか、いつもより早めに日が沈んでいってる気がする。
つられてそれを見ていたあたしの手は、気がつくとカメラの電源を入れていた。
……ああ、そうか。
「鴫野」
「……なんだ」
息が少し苦しくなってきた。言葉を紡ぐのをためらい、喉が閉じかける。心臓の音が耳を澄まさなくても聴こえてくるくらい、静かな時間だった。一瞬だったのか、それとも数分だったのかはわからない。ぼやけていたものにすんなりとピントが合うように、あたしの輪郭が明瞭になった。
……そうだ。あたしはずっと鴫野に、カメラじゃなくてあたしを見てほしかったんだ。
本当に忘れていたのは————忘れたことにしていたのは、これだったのかもしれない。
あたしは意を決して、口を開いた。
「写真、撮らして」
鴫野は何も言わなかった。でも、それがきっと答えなんだろう。
あたしは迷わずカメラのシャッターを切った。
「優勝、おめでとうございます!」
記者に向けられたマイクは、どうやらあたしのコメントを待っているようだ。
あたしは息を吸ってから、少し迷ってから答えた。
「ありがとうございます、とても嬉しいです。この写真は実は、昔、私がまだ中学生だったときに撮った写真なんですよ。大事に大事にとっておいたんです。この、思い入れのある写真で名誉ある賞をいただけて、大変光栄です」
あたしが話し終わると、記者はマイクを自分の方に向けてテレビカメラに何か言いだした。
ああ、疲れた。帰ったらあいつの作ったカレーが食べたいなぁ。
そんなことをふと思いながら、あたしは窓から外を眺めた。
夕焼けはあの日のように、大人になった彼女の影を伸ばしていた。
「次の特集は、先週の日本写真コンクールに優勝されました、写真家の鴫野朱渚先生についてです」
夕焼け色の思い出 雨森葉結 @itiimuna_1167
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