Chapter-23 FAMILY

23-1 カヴンの13人

 それから。


「ただいま」

「…………お帰りなさい」


 10年、経った。忙しかったけれど、充実した日々だった。


 私は30歳になった。見た目は変わってないけど。変えないし。


 夏の終わり。

 クロウが帰ってきた。変わらず、若くイケメンな彼が。


「終わったの?」

「ああ。僕らが勝った。……話すことが沢山あるんだ。妖怪戦争終結の影響は、世界全体に及ぶ筈だから」

「えっ。大丈夫なの?」


 抱き締めた。久し振りだ。彼の身体。大好きな。

 私の旦那さん。


「すぐ、ヴァルプルギスの夜を開けないかな」

「分かった。イザベラさんに訊いてみるね」


 裏世界で、怨霊災害クラスの大きな変化はこの10年無かった。安定して、魔女を各地に送り込んで。裏世界の支配体制を万全に整えてた。ヘクセンナハトもメルティスも順調で。

 ここへ来て。

 何か、起こるのかな。






✡✡✡






 幻想的にライトアップされた、星空の下の円卓。

 進行を務める、


 『愛の魔女』イザベラから時計回りに、


 『鉄の魔女』ユングフラウ。


 『未来の魔女』セレマ。


 『銀の魔女』ギンナ。


 『異界の魔女』イヴ。


 『半人半妖』ケイ(キャサリン)。


 『魔法銃士』ノア。


 『七色の魔女』メルティ。


 無名、クロウ。


 無名、ミッシェル。


 『雷刃の魔女王』レヴェリーナ。


 『漆黒の巫女』ヒヨリ。


 無名、ウィル。


 計13人。それぞれの着いた席に、魔法の力でティーカップが現れた。紅茶が注がれている。


「いやー。壮観壮観。13人全員が揃うのって、多分1000年振りくらいなんだよねー」

「あ、そうなんですか」

「勿論わたしも知らない頃だけどね」

「……まあ、主に『夜風一派』のせいだろうがな」

「せいかーい。アンナはたま〜に参加してた記録あるんだけど、ユーリはもうてんでダメダメ」

「だろうな」


 円卓が、全て埋まっている。世界最高峰、最強、最重要の円卓。

 裏世界の中心。


「さて。まずはー。『妖怪戦争』組が戻ってきたことだし。お互い初対面も居るよね? 自己紹介と近況報告、しよっか」

「……ふむ。まあ、今回から色々変わることもある上に、初回のメンバーも居ることだしな」


 イザベラの提案に、ユングフラウが頷く。


「じゃ、新入りからしよっか。レヴェリーナ」

「……抜かせ。もう新入りではないわい」


 指名されたのはレヴェリーナ。

 明るい黄色の髪と瞳。今日は少女の姿だった。髪は膝の辺りまで伸ばしている。黒色のワンピースドレス、そして黒のヘッドドレスを頭に乗せている。


「全く。わらわはレヴェリーナ・バルシュハイトReveriena=Barschheit。魂の色は金糸雀色カナリーイエロー。得意魔法は放電の魔法。カヴンでの役割は軍事。戦闘要員のメンバーが戻ってきたらしいの。後で詳しく話そう。カヴン外では、ガレオン国の女王をしておる。魔女としての専門は魔道科学。前任のエトワールを知っている者もおるじゃろう。まあ……色々面倒なことを押し付けられておる。このくらいかの。イザベラ?」


 レヴェリーナが立って自己紹介をした。


「うん。良いねー。レヴェリーナが来てくれて本当に助かったよ。『R.C.』との外交も強気に出れたし、裏中国の大妖怪達とも拮抗できてる。ありがとうね」


 イザベラの素直な礼を、やれやれと軽く受け流して。レヴェリーナは席に座った。


「じゃあ次。ヒヨリ」

「おしゃ。はいな」


 その隣に座る、黒髪をおかっぱに切り揃えた日本少女が手を挙げた。真っ黒のセーラー服に身を包んでいる。


「ウチ、ヒヨリHiyori言います。名前はそれだけや。元々死神協会で死神長やらされとって、カヴンに死者の魂横流ししとったんや。『魔女学校ソーサリウム』の生徒の斡旋やな。天界戦争でそれがバレて、晴れてクビや。初期化イニシャライズされて死神世界を追放、ほんでイザベラはんに拾てもろた訳やな。一応『魔女学校ソーサリウム』卒業生でもあって……。波瀾万丈やなあ。ウチ」


 最初は軽快に話していたが、最後にしょぼくれた。


「クロウと違って、巫女に成ったんだね」


 そこへ、ギンナから助け舟。


「そうやで。もう死神は勘弁や。魔女ももう要らんやろ。魂もクロウはんと『漆黒』被りやしな。ウチは『漆黒の巫女』として、カヴンでは病院やっとる。医療部やな。これもそれまでのカヴンに抜けとった役割や。ウチ黒髪やし日本顔やし、巫女服似合うでぇ? 魔法不全に魔力滞留、魔力欠乏。なんでも言うてえな。よろしゅう!」


 びしっ、とピースサインで締めた。

 ヒヨリは巫女と成った。カヴンで巫女を抱えるようになれば、これまで外部に依頼していた医療費は掛からなくなる。珍しい『巫女』には簡単に成れるものではないが、ヒヨリには才能があった。普段おちゃらけている性格で誤解されがちだが、彼女は死神としてもクロウより上の地位に上り詰めたことのある天才なのだ。


「うんうん。ヒヨリには死神時代からお世話になりっぱなしだよねー。一応卒業生枠とは別枠にしてるよ。やっぱりまだ、多くても『2枠』かなあーって」

「あ。全然かまへんかまへん。ほな次はその『2枠目』やな。ウィル坊」

「誰がウィル坊だ」


 ヒヨリの隣。イザベラと挟まれた席に青年が居た。クロウやケイ、ノアら『妖怪戦争組』は初対面だ。橙色の髪が、爆発したようにツンツンと尖っている。黒いTシャツの上に白いリネンシャツを着て、ボタンは上から3つ外している。


ウィルWillだ。俺もラストネームや二つ名は無い。橙色の魔女だ。『R.C.』の魔力爆弾開発のモルモットだった。変に魂を弄られて、爆発の魔法の特化にされた。それに、『怪物』みてえに生前の記憶も無い。記憶を取り戻す為に色々やってる最中だな。カヴンじゃ戦闘員だ。今は専ら外国をビビらす要因だがな。俺の存在が抑止力だ。奴らの魔力爆弾と同等の魔法がほぼノーリスクで使える。運用の頭はねえから、レヴェリーナに任せてる」


 ズボンのポケットに手を入れたままの姿勢で自己紹介をした。


「へえ、卒業生枠、か。ちょろっと嫁達から聞いたが、ギンナの弟子だって?」


 ケイが興味を示した。ウィルは彼へ向いて首を横に振る。


「いや、それはエリーのことだろ。俺は……フランに拾われてカヴン入りしたが、弟子じゃない。魔法もテレパシー以外本当に使えないんだ。テレキネシスもテレポートも使えない。寧ろそんな俺が枠ひとつ取っちまって、他の卒業生に申し訳ないんだ」

「いやいや。ウィルは『唯一無二』の性能だからね。フランと一緒。絶対他の組織に取られたくないし、他の所で働かせたくない。このヘクセンナハト専属で居て貰わないといけないからねー。カヴンの防衛力の為に」

「……らしい。まあ評価されるのは嬉しいけどな」


 イザベラが補足をする。ケイはそれを聞いて、笑った。


「そうか。よろしくな。ウィル」

「ああ。あんたは……噂の『魔王の息子』か」

「おうそうだ。じゃ戦争出張組の自己紹介するか」


 ケイが立ち上がる。灰色の髪、月色の瞳。見え隠れするギザギザの歯。整った顔立ち。

 今日はライダースジャケットを着ていた。


「『半人半妖』キャサリン・アンドレオだ。ケイトとか、ケイって呼んでくれ。『夜風一派』って呼ばれた所に居たが、先の妖怪戦争が終わって解散となった。夜風も死んだしな。噂通り、父親が悪魔王ルシファー。母親は人間だ。俺がルシファーの最後の子になった。このヘクセンナハトの二等地に家がある。妻がふたり、子がひとりだ。カヴンでの決まった仕事はねえな。……そもそも『決まった仕事のあるカヴン』てのが、俺もこれから初体験なんだ。古参で済まねえ。まずは、俺の知らないカヴンの変化を勉強しようと思う。町もふたつ目ができたらしいしな。……戦闘員……つっても、そこまで強くはねえよ。ギンナみたいな、何でも屋が性に合うと思う。なんでも言ってくれ」

「組織の潤滑油になれます! だよねケイは」

「あー。まあそうだな。それ目指すわ」


 ケイはその異色の経歴から(ほぼ全員異色だが)、『天界戦争』と『妖怪戦争』のふたつに参加した経験がある。どちらも、表世界裏世界に多大な影響を及ぼした大きな戦争だ。その経験と知識は、これからカヴンに還元されるだろう。


「んで、ノアか?」

「オーケー」


 金髪、カーキのポロシャツ、ジーンズの米国男性ノアが立ち上がった。


「ノア・アームズ。黄土色オーカー魔術師ウィザードだ。銃の魔法を使う。まあただの戦闘員だ。レヴェリーナ……って言ったか。あんたの下に付く形になるのか?」

「……いや、メンバー同士で上下関係は無いじゃろう。戦争があり、お主の力が欲しい時は『依頼』する。お主は戦闘部の長として、戦闘員達の練兵などを頼みたい」

「なるほど。オーケーだ。よろしく頼む」


 ノアの質問にレヴェリーナが答える。ふたりは視線を交わして頷いた。


「で、戦争組残りはイヴだね」

「はい」


 金髪碧眼。

 白い肌に細い身体。まるで彫刻のような美女がギンナの隣に座っている。着ている服は古代ギリシアを思わせるようなキトン。視線は冷たく、美しい。


「イヴです。種族はラウムという、所謂宇宙人です。『異界の魔女』と呼ばれていましたが……。その二つ名はもう返上かもしれません。今回の戦争で、私は帰るべき『異界』を失いましたから」

「えっ」


 そして、儚げだった。


「……何から、説明したものか。僕達も困っていてね。そもそもの、『夜風』と『敵』がどうして争うことになったか。その『敵』が、何を巻き込んだのか。最初から、話さなきゃいけないかもしれない」


 クロウが、語り始める。今回のヴァルプルギスの夜は、その『妖怪戦争』の報告である。実はカヴン、裏世界にも大いに関係していたのだ。

 ギンナの、全く知らない所で。






✡✡✡






「日本は、独自の裏世界文化がある。呼び名は『幽世かくりよ』だし、怪物は妖怪だ。死神協会としても、ヨーロッパの方とは違うルールを制定していた。そして、魔女よりも妖怪の数が圧倒的に多いんだ。さらに、魔女や巫女じゃない、『神様』という制度もある。この辺りは中国もそうだな。1000年2000年を生きる『大妖怪』というのが、幽世を支配していた。夜風もそのひとりだ。彼女は関西にある『さざなみ神社』という幽世を拠点に、神様や妖怪達を呼んで毎日のように宴会を開いて、遊んで暮らしていたそうだ。……何百年も、何千年も」


 さざなみ神社。

 神様。

 ギンナは聞いたことのある言葉を聞き逃さなかった。やはり夜風は、あのサザナミ様――小波幻華さざなみまどかと繋がりがあったのだ。


「その中の、ひとりの妖怪が。ある日。……日本中の幽世を支配したいと思うようになった。酒も肴も独占したいと。そうして、各幽世を治める大妖怪達に反旗を翻した。それが、一番最初だ。大体、1000年前らしい」


 1000年前。そんな年月を過ごしているのは、魔女でも珍しい。この中では、イヴのみだ。


「その妖怪の名前は、『八神命やがみのみこと』。妖怪であり、神様であり、人間でもあり……。妖怪の敵で、神様の敵で、人間の敵。今回僕らが協力して、クローネが倒した『敵』だ」

「!」

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