22-7 死んでからの生き方:フラン・ヴァルキリーの場合
「あんた名前は?」
「…………」
「そう。
「…………」
「因みに私は15で死んだ。今19」
「…………!」
裏ノルウェーにあるフィオーレの街に、カヴン第二の『魔女園』が出来た。ヘクセンナハトに続いて、名前は『メルティス』と名付けられた。支配人がメルティになるからだ。今はまだ、何もない空き地。丁度良いからと、フランはここを使わせて貰っている。
彼と。
「びっくりしたかしら? 記録は見たわよ。あんたは16。私より3つもガキなんだから、その超反抗期も頷けるわ」
「…………んだと」
「やっと、今日初めて言葉を出したわね」
裏アメリカ『R.C.』から連れ出した、元モルモットの彼。人間達に研究されていた『無垢の魂』。橙色の魂で、爆発の魔法を使える。特化型である。
「良い加減理解しなさい。考えなさい。私には勝てないし、ずっとそんな調子なら、消滅しちゃうわよ。今は魔力少ないんだから」
「…………ちっ」
今日も今日とて、這いつくばっていた。起きて、フランに襲い掛かり、返り討ちに遇う。これをもう、何度も繰り返していた。睡眠によって魔力は回復するが、最大値が『無垢』の為すぐに無くなる。すると気絶するのだ。魔力回復の為に。
そしてそれをも何度も繰り返すと、ある変化が起こる。最大値が増えるか、減るかだ。
当然減ることもある。魔力とは魂から発生する。魂は精神。疲弊すると弱くなる。
増える場合は、精神的に鍛えられているということ。反骨心、復讐心など。いくらやられてもやられる度に強くなる不屈の精神。
彼はどちらか。
「……じゃあ殺せよ。もう疲れた」
「…………」
減っていた。今までなけなしの魂を振り絞って、暴れていたのだ。爆発も、1日に3回だったが。今や1回使っただけで疲労している。
「私の話を聞く気はないの?」
「…………何の話だよ」
フランが彼と出会って。彼を救い出して。
1ヶ月。
会話が成立した。
✡✡✡
「はい」
「あ?」
爆発の魔法を無闇に使わなくなった彼を、フランは自分の家に連れ帰った。そこも、ガレオン国内。フランには世界各地に隠れ家がある。そのひとつだ。日本円で例えると家賃15万円ほどの、広い2LDKのマンションの一室だった。白を基調とした内装。物はあまり無い。殆ど寝るだけとして使っている部屋だ。
フランから彼に手渡されたのは、タオル。
「まずシャワー浴びなさい。綺麗になさい。いくら幽体だからって、今あんたドロドロよ」
「…………」
「浴室はあっち。使い方分からない?」
「…………」
「……え、マジで?」
タオルを受け取ったままぽかんとした彼。
フランは普段使わない言葉が出てしまった。
✡✡✡
「………………!」
「ほら暴れるなばか。そっちほら。洗えないでしょうがっ」
「ちょ…………! くそっ! 離っ……!」
「なによあんた、一丁前に。いいからじっとしてなさいっての!」
「…………!」
「気にしないわよ何も。あんたみたいなガキ、こっちは興味無いんだから」
「……っ!」
✡✡✡
彼にとっては壮絶な――入浴を終えて。
「男物の服ね。今これしかないわ。はい」
「…………ちっ」
「舌打ちすんな。今のあんたの立場を自分で理解しなさい」
カーキのTシャツと迷彩柄のパンツをしぶしぶ着た彼。
「……サイズ合わないわね。まあ仕方ないか。今度買ってあげるから。今は我慢しなさい」
少しブカブカだが、フランの服を着る訳にもいかない。彼女は下着姿でリビングのソファに座っていた。
「あんたこっち。座りなさい」
「…………」
彼が、向かいのソファに座る。するとふたりの間にあるガラステーブルの上に紅茶とお菓子が出現した。
「セイロンティー。今ちょっとマイブームなの。このお菓子はルーマニアのやつ。知り合いに吸血鬼が居てね。さあほら飲みなさい」
フランの魔法である。もう繊細なテレキネシスもお手の物だった。いつか見た、プラータと遜色ないレベルで。
「飲み方分からないことないわよね。流石に『あ〜ん』はやってあげないわよ」
「……ちっ」
彼は、一度グラスもテーブルも破壊してやろうかと思ったが。
止めた。
「……何で俺に構う」
「私が助けたから。責任よ」
「だから何で助けたんだよ」
「あんたはあのまま苦しんで死にたかったの?」
「…………」
無垢の魂は、基本的に『死にたくない』。例外こそあれ、大体のケースがそうだ。フラン自身が経験している。もう二度と。死にたくないと。
「……ああ死にたかった」
「本当? 本当にそう思ってるなら、今成仏させてあげるわ。苦しまずにね」
「…………」
彼は、フランを見た。目を合わせた。じっと。睨むように。目付きの悪さで誤解されがちだが、睨んではいない。見ているのだ。
見比べている。
「名前」
「ん?」
「……お前の名前は」
「フランだってば。それよりあんたの名前を、いい加減教えなさいよ」
「真名は」
「はぁ。会話にならないわ。フランソワーズ・ミシェーレ。これで良い? ほら次あんたの番よ」
フランは、彼が『R.C.』で研究対象になっていた頃の資料を持っている。だが、検体名では呼ばない。それはフランの意地だった。
「真名なんて概念知ってるのね。であんたは?」
「…………」
彼は。
諦めたように呟いた。
「ウィリアム・ハンター」
「そ。別に普通の名前じゃない。じゃあ一応、ウィルって呼ぶわね。裏世界ではそれで通しなさい。今は真名がバレたらいけない死神は、地上に居ないけど」
「…………」
ウィル。彼の名だ。フランがそうした。
「(ギンナにラナに。私って誰かを勝手に名付けること多いわね……)」
そんなことをふと思った。
「……俺はこれからどうなる」
「あんたがどうなりたいかよ。成仏しないなら、生活する為に働かないとね」
「…………俺にできるのは、爆発だけだ」
「そうね。けど、今のあんたは不安定。『無垢の魂』だからね。なにかに成らないと、いずれ魔法不全で死ぬわ」
「…………」
ウィルはずっと何かを考えている。
「……」
一度、ぎゅっと目を閉じて皺を寄せた。
「分かった」
「何が」
次に目を開けた時は。彼の『魂の状態』が変わっていた。フランはそれを感じ取る。
「フラン」
「だからなによ」
「……俺は、何も知らない。生前の事はあまり覚えてない。風呂の入り方も。……抑え付けられてあちこち管を刺された記憶しか無い」
「…………そう」
じっとフランと目を合わせる。フランの銀色の眼に映ると、橙色は金色にも見えた。
「それを、思い出したい。……大事な人が、居た気がする」
「…………」
もう、この世の全てを呪って睨み付けるような目付きではなかった。澄んだ綺麗なオレンジ。
「私に似てるって?」
「!」
問うと、ウィルは驚いて目を丸くした。
「何……」
「これも魂の練度を上げると分かるようになるわ。魔女同士で嘘は吐けない。吐けるとしたら、特別な技能が必要ね。……それを抜きにしても、あんた見すぎなのよ。私のこと」
「……む」
「…………特に顔と。…………胸を見すぎ」
「む」
「むじゃないわよばか」
はあ、と息を吐いた。フランはようやく、緊張を解くことができた。いつ爆発するか分からない『若い爆弾』を、取り敢えず落ち着かせることに成功したのだ。
テレキネシスで浮かせたピンクのパーカーを着て、ソファに深く座り直す。
「その服ね。私のカレの物なの。あんたよりガタイ良かったわね。まあ軍人魔女と実験幽体じゃ当たり前か。あんたガリガリなのよ。もっと食べなさい」
「…………もう死んでるんだろ。太れんのかよ」
「気の持ちようね」
「ていうか、なら俺を部屋に上げて良かったのかよ」
「なんで?」
「……カレシ居るんだろ」
「もう死んだわ。去年ね」
「!」
軽く。まるで他人事のように。
セイロンティーを傾けながら言った。
「あと、あんたみたいなガキを上げた所で何もならないわよ。男は狼って? あんたじゃ私を襲うことなんて絶対にできやしないんだから」
「……なんだと」
「良い? 『最終的に筋力では男が上』なんてのはね、死者の世界じゃ笑われるくらい通用しないわ。モノを言うのは魔力。魂の練度。そして扱える魔法。この勘違いは早めに直すことをオススメするわ。私の知り合いの言葉を借りると、『性別なんてファッションでしかない』。この世界はそんな、性別や見栄、駆け引きなんて無駄な装飾品を全て剥ぎ取った真の実力社会。そうね、あんたが私からガキ扱いされたくないなら、まず覚えておくこと」
フランはフランで。
この4年間。様々なことを経験して学んできた。
それは生前の15年間と比較しても、勝るとも劣らない密度だった。
「魂の練度を上げること。それが基礎で、全てが繋がる。裏世界で『生きていく』って、そういうことよ。あんたがどんなに強い爆発をしようと、寧ろ弱点しか無いの。ただのガキなんだから」
「…………!」
フランは裏世界へ堕ちてひと月ほどで、魔法不全を起こした。最初から最強の魔法を使えたが、それが使えるだけのただの『無垢』だった。何も知らなかった。現実に、何度も打ちのめされた。百合の花を見て泣いてしまった。ギンナを拐われてしまった。戦争の終わらせ方を失敗した。ギンナを、困らせる行動を取ってしまった。魔法で悩んだ。役に立てない依頼があると知った。
フランの言葉を使うなら。『ガキだった』から。
「……けどね。ウィル。今は、制度が整ってる。きちんと組まれたカリキュラムで、あんたは魔女に成れる。もっと、自分のことを知れる。記憶だって、きっと戻る。私の時には無かった『環境』があるのよ。……あんたは気にしなくて良いけどね」
「…………学校。つったか」
「そう。
「……分かった」
「へえ。随分聞き分けが良くなったのね」
ウィルは頷いた。自分の右手を開いて見つめて、決意を表すように握り締めた。
フランの話は、意外なほど受け入れられた。実際に体験したからだ。魂の練度の差を。今のままでは天地がひっくり返っても、勝てないと。
魂に刻んだ。それから、冷静になったのだ。
「俺はそこで鍛えて魔女に成って、それからアメリカへ戻る。記憶を探す」
「そうね。それが良いわ。裏アメリカでの『生き方』は、またその時に教えてあげる」
「…………色々、悪かった。すまない。……フラン」
ぺこりと頭を下げる。それを見てフランは、目をぱちくりさせた。
「何それ。謝罪とかできるなら最初から噛み付かずに話聞きなさいよあんた」
「すまない。……心が荒んでいた」
「ばか」
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