21-5 ORACIÓN MÁQUINA〜世界を救う祈り

 魔力石マジック・ストーン。魔力を含む鉱石のことだ。


 だがここで。ひとつ疑問がある。


 魔力とは、なんだ?


「『魔力』。『物理に影響を与える精神力』の総称。愛称や俗称と言った方が近いか。表世界の伝承や伝説に則って『魔法』と呼称してはいるけれど。伝承通りの『悪魔と乱交して契約した上で行使する、人間に災いを呼ぶ術』って訳じゃない。だから厳密には、魔法でも魔力でも無い。言葉としては間違ってる」


 G・E・Cグラビトン・エネルギー・カンパニー。社長室にて。『その』資料を眺めながら、死神協会時代にも着ていた軍服姿のクロウが呟く。


「魔力を放出するのは『魂』だ。魔女も死神も巫女も怪物も、怨霊も変わらない。そして、魂は『幽体』によって守られている。生前は肉体によって命が守られていたように」


 分厚い資料だ。しかも、それが何冊もある。社長のデスクは『その資料』で埋まっていた。ティーカップを置くスペースも無い。


「何故、ただの石に、『』があるのか? ……生き物の魂が。それからのみ放出される、『願いの込もった』『不自然な指向性を持った』魔力が。『誰かの意思』が、知能を持たない無機物に宿ることなどあるのか?」


 山積みになった資料の隙間から。視線が交差した。


「ある」

「例えば?」


 向かいのソファに、ノアが足を組んで座っていた。今日も無地のTシャツとジーンズだ。


「ウチの魔女達が毎日やってる、『テレキネシスの魔法』。ありゃ、無機物に魔力流して操ってるんだろ? 扱いやすい本人の魔力と、色を抜き取った純魔力って違いがあるだろうが……。魔女が飛ぶ為に魔力を浸透させて浮かせた箒と、この魔力石マジック・ストーン。一体何が違うってんだ? 同じじゃ、ねえのかね」

「違うな」

「ほう?」


 ノアの隣、ひと席空けて。白シャツとスラックス姿で何故か眼鏡を掛けたケイも座っていた。彼も、資料のひとつを広げて組んだ膝に置いている。


「箒は魔力供給が止まればすぐにただの箒に戻る。だが、ここの会社で掘削してるような魔力石マジック・ストーンは、地層から言って数百年。もしくは千年以上、魔力が抜けてねえ状態だ。完全に『容れ物』として完結してんだ。誰かが入れたかってよりは、石自体が魔力を『持ってる』って可能性が高い」

「……ふーむ?」

「ひとつひとつ、事実を明らかにしていかないと混乱するよね」


 首を捻ったノアを見て、クロウが笑った。


「僕らが、僕ら自身から発生する魔力を純化させた、『純魔力』と呼ぶと。この辺りで採掘される石に含まれるが、何故か『同質のモノ』で。同じように扱える、という事実。何故何は置いておいて、まず事実ひとつ」

「それだけ聞くと、奇妙な話だ」


 これまで、特に誰も気にしていなかったことだ。普通に、魔力がある石を発見して。マジックストーンと名付けた。今まで誰も、疑問に思わなかった。

 だがふと、よくよく考えれば。


「遥か昔に、魔力を石に、半永久的に閉じ込める技術があって。今僕らはそれを発掘してる説。そもそもが完全な偶然で、奇跡的に同質である説。そして……」

「『地球に意思がある説』」

「!」


 ケイの反対側の席に。もうひとり。

 主に支給された執事服に、十字架のネックレスを下げた男性。

 レオが居た。


「そんなぶっ飛んだ説があんのか」

「まァな。説ってのァ、なんだってアリだ。人類様の誇大妄想垂れ流しキャンペーンは200万年以上、未だに続いてんだよ」


 裏世界を支配するスコットランドカヴン――その男性陣が。一堂に会していた。


 『重力グラビトン』クロウ。魔力石マジック・ストーン採掘プラントを所有し会社を経営する死神。


 ケイ(キャサリン・アンドレオ/足利黥)。『半人半妖』という珍しい種族で、ふたりの妻を持つ、悪魔王サタンの最後の息子。


 ノア・アームズ。『魔法銃士ガン・ウィザード』の異名を持つ、裏アメリカ大陸にて最強の傭兵として知られた魔術師。


 レオ・ロンバード。この中で唯一の『人間』である。裏世界に於いて人間側最強の武装集団、祓魔師エクソシストのひとり。


「裏バチカンの教えでは?」

「あー……。『魔力』そのものが駄目だ。邪なるもので、完全悪。俺らの使ってたAERも、実はグレーゾーンなんだよ。ありゃ邪な意思の宿ってねェ純魔力だっつう方便と、魔力家電自体が裏世界に普及しちまったことで、なし崩しに許可が降りた訳だ。過激な思想の奴らはまだ認めてねえらしいがな」

「……魔力自体駄目、か。ならどうやって怨霊を滅してたんだ?」

「巫女の魔法は『魔法』じゃなくて『奇跡』って言うんだろ? それと同じだ。『名前』変えてやってたんだよ。俺らの使う力は魔力じゃねェ。『聖なる力だ』っつってな」

「はっ。なんだそりゃ。ケツの穴の小せえことだ」

「だろ? 笑えるよな。んだが、『それ』が奴らにゃ、大事なんだと。2000年、守ってきた訳だ。バカみてェにな」


 『火の花』シャラーラと『星海の姫』エトワールが残した研究資料は、ヴィヴィからギンナへ。そしてギンナから、カヴン全体へ共有されることとなった。この資料の存在を今まで隠していたのは、ヴィヴィだ。個人的に利用していたのではない。きちんと、ギンナに手渡したかったのだ。


「地球に意思だぁ?」

「そう。というよりは、惑星の核に含まれる『モノ』と、僕らが魂と呼ぶ『モノ』が同質である、という説だ。シャラーラはそれを確かめようとした」

「で、宇宙ってか? 逆だろ方向」

「いや、違う。地球よりも『魔力が自然に発生してる惑星』を見付けたんだ。表世界の研究者達には伝えてない。普通に、地球と似た環境の惑星とされてる」

「……ああ。目的は『調べる』ことで、地球を救うとかそういうのじゃねェのか。そのシャラーラさんってのは」

「まあ、それは置いておいて……だ」


 ケイが、開いた資料をテーブルに置いた。ノアとレオがそれを覗く。


「命の無い物体に宿った魔力を『定着』させる研究。計画プロジェクト名は――」

「プロジェクト『祈械オラシオン・マキナ』」


 ポツリと。その資料に書かれていた。


「……なんでスペイン語?」

「知らねえよ。適当だろ。で、ここからだ。イヴの話によると、その『祈械』とやらの原型は、シャラーラがカヴン入りする前に既にあって、技術を盗まれたんだと」

「盗まれた? カヴンだったエトワールが? どんな奴ならメンバーから情報を盗めるんだよ」

「……そいつも元カヴン。『幻の妖精』サブリナだ」

「あー。俺全然分かんねえぞ。なんつった、『夜風組』? 俺が入る前だろ。ていうか知ってるのはケイだけだろ。俺達全員、新参だぜ」


 ノア、クロウ、レオは。カヴンに入って日が浅い(レオはメンバーですらないが)。彼らが入るきっかけとなった、『カヴンの穴』を開けたのが、通称『夜風一派』。

 そのひとりとして、ケイも数えられていた。


「そうだな。俺と、弟妹のユリスモールとアンナ。それと夜風、サブリナは旧知だ。俺以外殆ど出席してなかったけどな。だがその中でも、サブリナは少し特殊なんだ。あいつはアンナの契約者だったが、それとは別に、特殊な能力を使えた」

「どんな?」

「……意識だけを、異世界に飛ばせた。有り体に言うと、『違う世界パラレルワールドの自分と意思疎通が出来た』」

「なんだって?」


 一同の視線はケイに集まる。


「……だ。何が起きても不思議じゃねえ。不思議じゃねえとは言え……流石に『なんでもあり』過ぎじゃねえか」

「イヴの話だと、『ここ』で、してやられたと。つまり、『サブリナ同士』が繋がったのが、イヴの異界のサブリナで。そいつはイヴの実姉だった。こちらの世界に来て、カヴンの立場を利用してエトワールから研究技術を盗み、行方を晦ませた訳だ」

「ケイ。あんた『欠席組』の出欠管理係だろ。動向把握してねえのか」

「そこは監督不行き届きで悪いが、表でも裏でも無い『異世界』まで逃げられたら流石に追えねえよ」

「…………」


 少し、間を置いて。

 さらにケイが口を開く。


「イヴは、『魔女学校ソーサリウム』での教師としての仕事を辞任するためにイザベラに掛け合った。これはレオも知ってるか」

「……あァ。まだ俺、そのソーサリウムについてあんまり知らねェけど」

「サブリナ捜索に、注力したいんだと。まあカヴン辞めるって訳じゃねえだけマシだがな。……きな臭くなってきた訳だ」

「待て。それ、あれか。聞いたぞ。トーナから。……今年の『ヴァルプルギスの夜』の内容じゃねえか?」

「そうだ」


 結局、何が言いたいのか?

 ここに集められた意図は何か?

 この会合の着地点はどこか?


「イヴの元居た世界は、サブリナの『祈械』によって滅亡した。サブリナの協力者に、俺達『夜風一派』が日本で戦ってる妖怪が居る。……繋がったな。今日の本題だ」


 呼んだのは、クロウではない。

 ケイだ。


「協力して欲しい。俺とイヴは来週から日本入りする。だが、カヴンとしてはアフリカや中国を見てなきゃいけねえ。だからお前らだけに声掛けたんだ。夜風や襲音、ユリスモール、アンナ……。奴らと合流して、『助っ人』として戦って欲しい」


 長く続いている戦争を、終わらせるために。


「……俺ァ人間だぜ。そんな『妖怪大戦争』で役に立つのか? それより無敵の大魔女フラン・ヴァルキリーとシルク・パーガトリーが居るじゃねェか。あと傭兵ってんなら、『鉄の魔女』ユングフラウか」


 レオが手を広げた。ケイは彼へ向き直る。


「魔法で判断した。レオとノアの魔法はどんな場面でも強力だ。逆に魔法の種類的に、フランは今回だけは効き目が薄い。シルクさんはクローネの子守りを頼んでる。ユングフラウは、居ねえとカヴンの事務が回らねえ」

「……そうかよ」

「で、後の候補はギンナの大規模テレキネシスによる重爆撃だが……」


 ギンナの名を出しながら、クロウの席をちらりと見た。


「駄目だ。彼女に戦争なんて。そもそも戦える精神をしていない。いくら魔力があっても彼女を『戦力』として勘定しないでくれ」

「――だろうな。だからこのメンツだ。後のメンバーも戦闘向きじゃねえ」


 クロウはギンナが戦争に関わることを強く否定した。ケイも頷く。


「そういうことか。何やら難しい魔力だどうのって話から始まったと思えば。ブリーフィングだった訳だ。仕事の依頼だな。請けるぜ。俺はそもそも『武力それ』を買われて今カヴンここに居るんだからな」

「感謝するぜ。ノア」


 ノアがやれやれと首を鳴らした。


「なるほどね。ここで断らせないように、怨霊災害の時に夜風一派は、僕らに協力した訳だ。それと、サブリナの裏切りがあるなら、僕らカヴンにも責任があると」

「…………まあな。済まん」

「いや、良いよ。丁度これから、僕の屋敷に『男が苦手な』女の子が住むことになったから。肩身が狭くなる所だったんだ。その子には安心して、女同士で住んでもらおう」


 クロウも了承した。


「レオは?」

「……まァ、どうせ拒否権はねェよ。俺はイザベラの奴隷だからな」

「ああ。頼んだ」

「……今度はあんたの実力を見せてくれよ、ケイ」


 少し珍しい、『魔女男子会』にて。

 戦争協力の合意がなされた。

 ケイは深く、日本式に頭を下げた。

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