21-4 幾千年紡がれる金と銀の魂

「良い? あんたは『自分が死んだこと』を自覚しなきゃいけない。これまでの人生を見つめ直しなさい。これはそのための、儀式みたいなもの。きちんと『自分』を定義しないと、裏世界では存在できないの。食事は定時に持ってくるから、それ以外はひとりよ」

「どれくらい?」

「そうね。早いと3日ほどだけど。長ければ1週間、2週間の例もあった。深く、よく、考えなさい。今のあんたには一番大事なこと」

「分かった」






✡✡✡






「ふう」

「あ。お疲れ〜」


 裏イングランド、ミオゾティスの街。ジョナサンの――現在はヴィヴィの工房兼花屋。

 エリーを地下に閉じ込めてきたユインが戻ってきた。


「悪いわねヴィヴィ。森にある『魔女の家』は解体しちゃったから、そっちで浄化できないのよ」

「構わないわ。あなた達の弟子なら私にとっても他人じゃないし。私もルーナも入った地下室よ。……けれど、ギンナ」

「うっ。はい……」


 黒色に、所々金色に変色した部分のある髪。黒い右目と、金色の左目。

 ヴィヴィ・イリバーシブル。ミオゾティスの名士ジョナサンを継ぐ実力者。元死神であり、銀の眼よりさらに希少『金の芽』と『漆黒』の『混魂ダブル』。

 そして、ギンナ達『銀の魔女』の先代、プラータの妹として、ジョナサンと先々代『銀の魔女』エリザベス夫婦の元で育った。

 彼女には弟子である『金の魔女』カンナや最後の妹『火の花』シャラーラといった存在もあり、どちらもギンナと繋がりがある。

 切っても切れない縁で繋がれた相手だ。


「たまにはこっち帰ってきなさいよ。あなたには話すべきことも話したいこともあるのに」

「ご。……ごめんなさい」


 ヴィヴィはギンナを睨んだ。この視線に弱いギンナは目を逸らして俯いた。世界を牛耳る『カヴン』メンバーとて、『伯母』のような存在であるヴィヴィには頭が上がらない。


「……ま、大体のことはイザベラから聞いてるわ。今度も難しいこと依頼してきたしね、あの魔女」

「あ。それってエクソシストの」

「そう。なんだっけ、AERアエル。全く、バチカンの国家機密を再現しろって、無茶振りにも程があるわ。……やるけど」

「あはは。やるんですね。流石です」


 アトリエ兼自宅の、リビングで。『銀の魔女』4人が集まっている。


「で、どうだった? エリー」

「……まあ、私達4人の誰とも違う感じね」


 ギンナがユインに訊ねた。エリーへの『教育』という観点からすれば、現職教師のユインは頼りになる。


「あの子、自分を不幸とは思ってないわ。大きな屋敷で、温かい食事をして、清潔なベッドで寝て。高級な服を着て。……身体を売ること以外は最高の生活をしていた」

「身体を売ってる時点で最悪じゃない」


 フランがそう溢す。彼女の気持ちは、ユインも分かる。

 が。


「違うのよ。あの子は仕方なくやってたんじゃない。自分から、『どうか買ってくれ』『飼ってくれ』と売り込んでいた。生きるためじゃない。生活するために」

「は? なにそれ。意味不明よ」

「……でしょうね。特に私やあんたはそう思う」


 フランは実父から暴行を受けていた。ユインはその日を生き延びる為に娼婦をしていた。

 だがエリーは違う。


「あんたは、嫌がったから殴られた。私は、意にそぐわなかったから殴られた。けどあの子は、エリーは。男の言う通りにしていたのよ。だから大事にされた。可愛がられた。豊かな生活を保証された」

「そんな……っ」


 言葉が詰まった。考えられない。フランは歯を食いしばった。


「『それ』を、不幸と呼ぶかどうかは分からないわね。少なくとも本人は思ってない。死んでしまって、『次のパパ』を……。私達だと思ってるかもしれない」

「……!」


 ヴィヴィの魔法により、テーブルにコーヒーが淹れられたカップが出現した。フランも自身を落ち着かせようとそれを傾ける。


「その考え方は不幸よ」

「そうね。なんにせよ、若い女が金銭目的で男に身体を売っている。そもそも女側の家庭が裕福なら起こり得ない事象だわ」


 ギンナも考えていた。彼女が生前居た日本でも、そういうことはあった。援助交際というものだ。最近は言葉のニュアンスを軽いイメージにした用語も作られたが。そもそも援助交際という単語もそうだ。言ってしまえば全て、未成年の売春行為なのだから。


「後は……。いやに素直ね。自分に頓着しない感じがする。きっと、そうすることで便宜を図ってもらい、結果的に得をしてきた経験があるのね。辛く苦しい命令でもすんなり『分かった』とひと言だけで聞きそうよ。あの様子だと」


 ユインは、魔女学校ソーサリウムで数多くの『無垢の魂』を相手にしている経験がある。正式な魔女に成るまでは、ユインに頼るのが良いだろう。自分達が受けた、プラータのような育成はよくないと4人ともが思っている。


「じゃあ、どうしようか。ユイン」

「……浄化が終われば魔女学校ソーサリウムで面倒を見るわ。あんたの屋敷から通わせて。他の生徒と同じように見るわ。特別扱いはしない。『銀の魔女』を継ぐかどうかは、強制も勧誘もせず、選択肢のひとつとして提示するに留める……。で、良いのよね」

「うん。ありがとう。別に、歳がそんなに離れてる訳じゃないしさ。継ぐと言っても、何百年も先かもしれないし。私達だってプラータから継いでまだ3年半、まだまだ引退なんて考えられないし」


 ギンナは、20年だ。つまり20歳。16の時に死亡したが、肉体の有無で生死を定義しないという死神クロウの価値観に影響されている。エリーは11歳。100年200年と魔女にとって、9年の差は少ないと言えるだろう。だがまだ、11歳。自分の半分程度しか生きていない。


「……じゃあ、食事はあんたが持っていきなさい。浄化完了まで数日。ヴィヴィ、それで良い?」

「ええ。部屋は余ってるから。好きに使って良いわ」

「ありがとうございます」


 まだまだ子供だ。だがギンナは、『子育て』などできるほど自覚がある訳ではない。クローネの面倒を見るシルクをずっと見てはいたが。自分と同い年でクローネを産んだ襲音と友人になったが。


「……お姉ちゃん、かあ」


 実の妹は居る。が、実際に触れ合ったことは無い。自分が死んでから生まれた妹だ。一生会うことは無いだろう。


「ねえフラン。フランみたいに甘えんぼさんなんだよ。エリーって」

「……甘えんぼさん『だった』ね。私ももう19よ。?」

「あはは」

「何がおかしいんだか。もう私は行くわよ。エリーひとりに寄ってたかってあれこれ世話を焼く必要も無いだろうし」

「あっ。私も、一度ヘクセンナハトへ戻りますね。襲音とクローネが待っていますので」

「うん。またね」


 フランとシルクが、テレポートで消えた。続いてユインも、コーヒーを飲み干して、立ち上がった。


「……色々教えたいって気持ちは分かるけど、まずは『聴く』のよ。あの子にだって、闇はある筈。『魂の色感情』を引き出すのはあんたの夫の得意分野でしょ」

「うん。ありがとうね」

「……お礼は変だわ。エリーのことは、私達全員のことでしょ」

「……うん」

「じゃ、私も行くわ。御馳走様、ヴィヴィ。またよろしくね」

「ええ。行ってらっしゃい」

「…………」


 行ってらっしゃい、と言われ。少し固まったユイン。

 だがその後すぐ、テレポートで消えていった。


「さて。浄化が終わればマナプールね。どんな花が良いかしら」

「そうですね。訊いてみます。何か好きな花があればお願いします」

「…………」






✡✡✡






 残ったギンナと、ヴィヴィ。


「今日は嬉しかったわ。この家がなんて。久し振りで」

「……そう言えば、ヴィヴィさんはカンナちゃんとは」

「たまに帰ってくるわ。あの子は。私より忙しい筈なんだけどね」

「う……。ごめんなさい」

「良いって。さっきのは忘れて構わないわ。あなたももう立派に『銀の魔女』だものね。ひとりになって、私が寂しかっただけ」


 繋がっていたのだ。

 暮らした場所も時期も違うが。ジョナサンとエリザベスという夫婦から、全て始まった。プラータが消滅した今、姪のようなギンナ達を見て、ヴィヴィは懐かしい感情が湧いてくる。

 彼女らの、綺麗な銀髪と銀眼を見ていると。


「どんどん、時代は変わっていくわね。ルーナに弟子ができたと思ったら、もうその次だなんて。カンナはまだそのつもりは……というか、『金の芽』は今回の大量絶滅でも出なかったみたいだけど」

「そうですね。本当に、私達より希少なんだ」

「そうよ。そもそも私の前の『金』が日本のテンカビト? だし、私はほら。純粋な『金の芽』じゃないから。そのテンカビトからカンナまで400年空いてることになるし。その前は……レオなんとかさんだったかしら。裏世界だとすぐ成仏したらしいけどね」

「……なるほど」

「あはは。年寄りの昔話になっちゃうわね。ごめんなさいね。付き合わせて」

「いえ。……じゃあ、昔話ついでにもうひとつ良いですか?」

「何かしら」


 ヴィヴィも、外見は10代後半である。だが年齢は100を超えている。長らく死神のボスとして、またハンターとしてやってきたのだ。


「プラータの昔の話と……。あ。シャラーラの話も聞きたいです」

「ふたつじゃない」

「あはは」


 ジョナサン。

 エリザベス。

 プラータ。

 ヴィヴィ。

 カンナ。

 シャラーラ。


 浅からぬ、縁がある。『銀の眼』の4人を除けば、他より特別な縁が。ジョナサンとエリザベス夫婦とプラータは既に成仏した。シャラーラは、今やテレパシーの通じない遥か彼方の宇宙であるが。


「じゃあ、昔話じゃなくて。今のあなた達『銀魔四女シルバー・フォー』に必要な情報の話。シャラーラと、あとエトワールが共同で残した、ある研究の話をしましょう。これが、本題よ」

「……はい!」


 職人ヴィヴィと研究者シャラーラにより、裏世界の文化は変わった。魔力発電所や魔力家電、魔力による新貨幣制度。今の裏世界の基盤を造ったのだ。

 一度、聞かなければならなかったのだ。ヴィヴィの口から。『それら』について。

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