21-6 Hexennacht〜女子会と散歩道
「戦争」
「うん。ちょっと行って来るよ」
軍服を着て、そんなこと言われると。
胸がぎゅっとなった。
「どれくらい?」
「分からない。既に長期化してる戦争だしね」
「………………っ」
何も言えない。止めることもできない。以前の、死神協会との戦闘とは違う。アフリカでの、中国との経済競争とも違う。
自分の身近な人が。
「…………ギンナ?」
「……うん。襟、曲がってるよ」
「おっと。……ありがとう」
強い人だ。そんなの分かってる。負ける訳無い。当たり前に信じてる。
けど。
けど、だ。
「帰ってきてね」
「大丈夫だよ。勝算もある。自分で言うのもなんだけど、僕は強い。それに戦地は勝手知ったる日本だ。負けないさ」
「……うん」
「…………」
ああ。行ってしまう。この人は。
たまに怖くなる。本当にこの人は。私を『見て』くれてるんだろうかって。
「待って」
「うん?」
「っ」
「!」
「…………っ」
分かってる。この人は私を何より大事に考えてくれている。けど。
たまには態度で、示してよ。
「…………『死亡フラグ』。建てるかい」
「うん。いっそのこと、もう逆に建てて」
「じゃ、帰ってきたら式を挙げよう。ちゃんと、夫婦になろう。ギンナ」
「……はいっ」
クロウと、ノアさんと、レオさんが。ケイさんに依頼されて、日本へ。それに、イヴさんも、教師を辞めてまで要望したらしい。
夜風さんや襲音ちゃんが戦ってる、『妖怪戦争』に参加することになった。
私は、エリーのこともあるし、お留守番。いや、そうでなくても、彼は私を戦地になんて行かせないと思う。
それが伝わった。
✡✡✡
「『休みは1年』って、言ってたのに。馬鹿ケイ」
その後、ケイさんの所に挨拶に行ったけど。もう発ったらしい。同じことを考えたらしい、ウェルトーナさんも居た。
「まあ、彼が嘘付きなのは昔からだし、ね?」
「駄目だよ色ちゃん。色ちゃんがそんなんじゃあ駄目。だって、もう赤ん坊産まれるのに。立ち会わないってことでしょ? 自分の子が生まれるっていうのに」
「まあ、まだしばらく先だけど」
少しずつお腹が大きくなってきた色葉さんと。ざくろさんはぶつぶつと文句を言っていた。彼女達はお留守番だね。天界戦争の時には一緒に行ったらしいけど。
「……ここから、戦闘は激化するのでしょう。ノアを呼ぶということは『そういうこと』です。その妖怪も、形振り構わなくなったということ」
ウェルトーナさん。綺麗なエメラルドグリーンの髪と瞳。けど表情は読めない。平静だ。
「あはは。この場全員、『待つ女』になっちゃいましたねえ」
と、シルク。今日もクローネちゃんと『伯父さんち』に遊びに来たらしい。
「……まあ、こないだクロウの所の会社で、なんだか悪巧みしてたみたいだけど」
「それだね。ほんと男子って、勝手に決めてさあ。まあ色ちゃんは『ザ・待つ女』って感じたけど」
「いや、ざくろさんもですよ」
「なにぃっ」
「あはは」
「しかも150年交尾しててまだ妊娠しない不届きメス犬だあ〜っ」
「いや、そこまでは……」
「割と洒落にならないジョークですよそれ……」
「う……。明治生まれなもので……」
「言い訳」
色葉さんとざくろさんは、ケイさんの奥さんだ。そう。奥さん。
色々、聞きたいこと、ある。
「ノア、クロウ氏、レオ氏は良いとして。私としては、ケイ氏の実力を測る機会が無かったので変な質問かもしれませんが、強いのですか?」
先に、ウェルトーナさんからの質問が飛んだ。確かに、私も知らない。戦闘員なんだよね。ケイさん。
「うーん……。その『カヴン最強男子』3人と比べちゃうと、多分弱い……かなあ」
「えっ」
ざくろさんが、忌憚なく答えた。
「半分の人間が足引っ張っててさ。半分妖怪だから攻撃力は高いんだけど、防御面が薄いんだよね。八寒地獄の氷を使うんだけど、人間の部分が冷気に耐えきれないんだ。だから、時間制限付きなの。半分が凍死するまでに決着つけないと」
「……なるほど。短時間限定なら」
「最強」
断言した。最強だと。色葉さんも頷く。
奥さん達に、信頼されてるんだなあ。
「……でも、人間部分も悪いことはありません。……私はそのお陰で、彼の子を授かることができましたから」
「……そっか」
色葉さんがお腹を撫でる。襲音ちゃんと同じ、母親の顔だ。私より4つ5つくらい年上だよね。それでも若過ぎると思うんだけど。
「あ。私もひとつ良いですか?」
「? どうぞ」
シルクが手をひょこっと挙げた。
「ノアとウェルトーナはどのような関係なんですか?」
「!」
「あ。確かに気になる〜」
シルクはこう。
ぶっこむよね。いつも。私も気になってたけど。
皆の視線がウェルトーナさんに向けられる。
「…………ただの補佐です」
「嘘だね。間があった」
「……っ」
ざくろさん。獣のような鋭い目だ。いやそんな。
「…………彼は、どう思っているかは知りません」
「けど? 自分は?」
ぐいぐい行くなあこの人。
「……魔女相手に、隠し事はできませんね」
ウェルトーナさんが大きく、溜め息を吐いた。なんだか申し訳ないけど……。
「今は無理だと、数年前に言われました。あの時はまだアメリカカヴンでしたし、私も『無垢』だった。それよりやるべきことが山積していましたし、何より他の子達を守らなくてはいけなかった。……いや、私も含めて、全てを彼に背負わせていた。……このスコットランドへ来て、私も魔女と成って。少しは肩の荷が下りていれば良いのですが」
告白したんだ! きゃーっ。
口を覆いながらシルクを見た。笑われた。ああ……。
「それからは何もしてないんだ」
「……そうですね。何故だか……。また拒まれるような気がして。今は状況も良くなったと思うのですが」
「…………」
真剣な表情で。ウェルトーナさんは悩んでいるみたいだった。
これは、私じゃなくても思い至るよね。恋愛相談と言えば。
「イザベラの所へ行きましょう。ギンナ、同行してあげてください」
「うん。行きましょう? ウェルトーナさん。お手伝いさせてください」
「…………しかし」
「あっ。いや。ご迷惑なら」
「………………いえ。しかし、これは自分で進めたいのです」
「…………」
出しゃばっちゃった。そうだよね。他人には放っといて欲しいことだ。
私もそうだ。思えば『式はまだか』とか、誰も言ってこないのは。
皆が私に気を遣ってくれてたんだ。ありがたいことに。
✡✡✡
なんだか、気持ちがふわふわする。そわそわする。
アンドレオ家を後にして、なんとなく歩いて。そう言えば
辿り着いたのは、
「おーい」
「あっ」
私に向かって手を振っているのが見えた。黒髪ウェーブのお姉さん。
「セレマさん」
「ハイ、ギンナ。どうしたのよこんな所まで」
「セレマさんこそ……って、ここ」
ひと目で分かる。
畑だ。結構広い。セレマさんも作業着だし。向こうには『無垢の魂』が10人くらい。生徒さんだ。
「ギンナは初めてね。ほら、この前の会議でノアから案が出たでしょ? 新しく切り拓いて農場、始めたの。生徒達も良い勉強になるし。あたしは大賛成かな」
「…………わあ。凄い。じゃがいもですか?」
「そうそう。あとコーン。ヘクセンナハトは中の気温も湿度も調節できるから、なんでも良いってノアに言ったら、これ。生前の実家でやってたみたいね。その割にノア本人はあんまり詳しくなかったけど。悪ガキだった訳」
「あはは……。管理はセレマさんが?」
「あたしはちょくちょく様子見に来るくらいかな。今年の卒業生でやりたいって子が居るから、その子に任せるつもり。成果が出るようなら、メンバー入りもあり得るかも」
「なるほど。食糧問題は重要ですもんね」
「そうそう。……焦っては無いけど、あと3枠、埋めたいとも思うし」
そっか。
私の知らないところで、カヴンもどんどん進んでる。今はメンバーが10人だから、まだ席は空いてるんだよね。卒業生枠が増えていくのは悪いことじゃないよね。いずれ、半数とかになるかも。世代交代したら、全員になったりして。
「そう言えば。分校の話聞いた?」
「ええと。あっ。今回の滅亡で成仏を選ばなかった『死者の魂』を受け入れるって」
「そうそう。まずは北東。エトワールが残した裏スウェーデンと、あとノルウェーの研究所をそのまま使うつもり。敷地は結構広くてね。メルティに任せるつもり。あの子なら、
カヴンのやってる事業(?)の中でも最大のリソースを投入してるのが、この学校だ。私は役割的にあんまり関わってないけど、イザベラさんやセレマさんの熱量は凄い。
……私だけ、本当に好きなことだけやってる気がする。申し訳ないな。何かしたい。
「私も何か、手伝うことありますか?」
「えっ。なんで?」
「えっ」
カヴンの、『運営』って言うけど。私はなんにもやってない。それなのに、あんなに良いお屋敷を貰って。
……って感情も、魔女同士なら伝わっちゃうんだけども。
セレマさんはにっこり笑った。
「あはは。良いよ。ギンナはいっつも魔力カラになるくらい頑張ってるんだから。何も無い時くらいゆっくりしてて」
「え……。でも」
「『
「…………私の役割」
「そう。『有事の際のブレイン』。だから平時は楽してて。そもそも『銀の魔女』としての本業もあるだろうし」
「それは、セレマさんだって」
「あたしは気分で占うから問題なし。半年空いても客は付くし。ギンナも自由に動きなよ? 何かあったら頼るけど」
「……はいっ」
自由。そうだよね。
皆、好きにやってるんだ。私だけじゃない。イザベラさんなんかカヴン運営が趣味みたいな感じだしね。
さて。私はそろそろ、エリーを迎えに行かないと。
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