21-3 空色の瞳で何を見る

 全部教えた。


 私の人生と、死んでからと。仲間達のことと、これからのこと。魂について。魔女について。魔法について。


「…………『銀の眼』」

「うん」


 戦争について。天災について。裏世界について。カヴンについて。


「……それ、楽に暮らせるの?」

「えっ?」


 それからエレオノーラは、そう訊いてきた。


「私が自分を売ってたのは、『何もしなくて良かった』から。パパが、部屋も服も食事も用意してくれた。大きな家で、温かい部屋で。可愛い服で、美味しい料理。全部。私が『妖精フェーヤ』だったから」

「…………フェーヤ」

「でも、ギンナの話だと。この、今の体。幽体? は魔力を消費するから。食べなきゃいけない。すると、お金が要る。仕事をしなくちゃいけない。魔法を練習して、魔女に成って」

「……うん。そうだね」


 死にたくない。

 だから、『裕福な男性』の家に自分を売り込んで飼って貰っていた。

 けど、『何もしたくない』。そう考えている。この子は、そういう子だ。


「ギンナは『綺麗』。『銀の眼』の仲間達もそうなら、私の価値はもっと下がる」


 この子は。

 自分の容姿を武器にしてたんだ。


「働きたくない?」

「うん」

「でも、成仏はしたくない」

「うん」


 明確に成仏は否定してる。私は一応、希望すればさせてあげるつもりだった。いくら希少な『銀の眼』だからって、無理矢理生かすのは良くないから。

 でも違う。この子も、『死にたくない』という欲求ははっきり意思表示してる。


「私を飼ってくれるパパ、裏世界に居ない?」

「…………」


 そう言われて。ライゼン卿が浮かんだけど。

 違う。この子のことを、他人に任せたくない。そう思う私が居る。この子はただ。

 『それ』以外の生き方を知らないだけだ。教えてあげたい。判断力を養ってからなら、ライゼン卿を紹介しても良いと思うけど。


「ねえ、エレオノーラは学校、行ってた?」

「ううん。小さい頃、真面目なパパの時は行ってたけど。最近は行ってない」

「学校、どうだった?」

「…………あんまり覚えてない。ずっと座ってるのは退屈で、あれをしろこれを覚えろって、窮屈だった」


 白い霧の空間で。

 もう何時間もお話してる。エレオノーラは意外とお喋りだ。そこは嬉しかった。


「お友達は?」

「……居なかった。私が『妖精フェーヤ』をやっているから、皆気味悪がって近寄ってこなかった」

「……そっか」


 感情表現が少し苦手な子なんだと思う。表情の変化が気付きにくい。初期の、ユインみたいに。

 けど、お喋りだ。きっと、彼女の内側では。喜怒哀楽がはっきりある筈。


「でも、ギンナの言う『フラン』『ユイン』『シルク』も、可哀想な人生だった」

「……うん。そうなんだよ」

「私よりもっと辛かった」

「……そこは、本人しか分からないけど」

「………………」

「?」


 じっ、と。目を合わせる。綺麗な青色だよね。晴れた日の空みたい。空色? やっぱりスカイブルーなのかな。後でクロウに見て貰わないとなあ。


「ギンナは優しい」

「えっ」


 向き合って座っていたけれど。エレオノーラが近寄ってきた。

 で。

 私の膝に倒れた。


 座っていると腰まであった霧は、不思議と引いて。彼女の顔が隠れることはなかった。


「私のことを考えてるって分かる。安心する。『あれをしろ』とか言わないの」

「…………うん。私はエレオノーラとお話しに来たから。あなたがどうしたいかを知りたいんだ。それを聞いて、提案したいんだよ」

「選択肢」

「そう」


 私の膝に乗ってきたのは、フラン以来かな。なんだろう。そんなに心地良いのかな……。

 思わず顔を撫でると、彼女の手が添えられた。すべすべだなあ。いや私もか。同じ銀。


「私も魔女になるの?」

「それも、エレオノーラが決めたら良いんだよ。私達はそれを応援したいんだ。同じ『銀の眼』として」

「私の眼、銀じゃないわ」

「うん。綺麗な青色だよね。だからその分、私達より多く、選択肢があると思うよ」

「…………」


 可愛い。確かに妖精みたいだ。ロシア人女性は美人だなんてよく聞くけれど。この子はその中でも特に綺麗な気がする。


「でも、働かないといけない?」

「今は考えなくて良いよ。まずは、『死者の魂』同士で集まる学校を紹介しようかなって思ってるんだ。私の仲間の魔女がやってる学校で。エレオノーラみたいな子達が通ってる。前の学校みたいに、気味悪がられることは無いと思うよ」

「…………」

「でさ。誰か仲の良いお友達とか。まあ私達でも良いけど。その人達の為に何かしようってなったら、嬉しいな。それが仕事になるから。『辛くて面倒くさくて嫌嫌やること』じゃなくて。誰か好きな人、大事な人の為になるような、やりたいこと。見付けようよ」

「…………」


 これ。この子ずっと、綺麗で若い見た目のままなんだよね。幽体だから。

 改めて思うと凄いよね。いや私もなんだけどさ。


「……分かった。ギンナに付いて行くわ。私」

「ありがとう。よろしくね」


 何を見たんだろう。その空色の瞳で。この目に映る私も、空色だ。


「じゃあ、名前決めなきゃ」

「名前?」

「あのね。これから行く裏世界じゃ、本名……真名は名乗っちゃいけないの。悪い人に知られたら利用されて、酷いことになっちゃうんだよ」

「……そうなんだ。ギンナも?」

「うん。私も、真名じゃないんだよこれ」

「じゃあ……」


 実際はもう、直接魂を操ってくる死神は居なくなったんだけど。でも協会が撤退しただけで、クロウみたいに野良の死神はまだ一定数居る筈。そうでなくとも、慣例というか。名前は考えた方が良いよね。


「……ギンナに考えて欲しい」

「えっ。どうして?」

「良いの思い付かないし。ギンナから欲しい」

「…………分かった。じゃあね」


 エレオノーラ。可愛らしいよね。既に。

 そうだ。


「エリー。どうかな」


 安直かな。でも、これくらいが良い気がする。フランとか、そうだよね。真名の、ニックネームというか。私も略だし。


「……エリー。分かった。私はエリー。嬉しい」

「良かった。気に入ってくれた」

「うん。じゃあ私は、ギンナを『お姉ちゃん』て呼びたいの」

「……!」


 思わず。

 きゅんとしてしまった。やばい。この子。


「…………良いよ。実際の年齢も、『銀の眼』としても、お姉ちゃんだしね」

「うん。よろしく、お姉ちゃん」

「!」


 心臓、無い筈なんだけどな。死んでるから。

 可愛すぎる。甘えんぼだ。この子。私が今まで出会った、誰よりも。


 私よりも。






✡✡✡






『シルク。お願いできる?』

『分かりました』


 ギンナ達は、街の人達をテレキネシスで掘り起こして。

 シルクに火葬してもらうことにした。ギンナがエリーの『狭間の世界』に居る間に。エリーと外に出ると、もう殆ど終わっていた。


「おや。来ましたね。はじめまして」

「はじめまして」


 炎を背に。シルクが優しく振り返る。


「シルクです。ギンナと一緒に、『銀の魔女』をしています。仲間ですよ」

「私はエリー。ねえ、私の死体も焼いてるの?」

「はい。魂が抜けた状態で放っておくと、怨霊に入り込まれる可能性がありますから」

「…………」


 火に照らされ、赤く染まるエリー。表情に変化は無かったが、しばらくそれを眺めていた。


「他の死体には、私みたいな『魂』は無かったんだ」

「!」


 ふと呟いたひと言。それが何を意味するか、察したのはギンナだった。


「……分かるの?」


 魂の場所。種類。数。これらを『感知』することは、今のギンナ達にとっては容易い。だがそれは、初めからできていた訳ではない。

 魂には練度がある。エリーは魔女ではない。『無垢の魂』……


「うん。お姉ちゃんの魂……銀の眼。同じような魂が、シルクからと。あとふたつ。向こうの方にも」


 エリーが指差した方向は、西。やや南寄りの方向。


 浄化前の魂であるエリーを、『無垢の魂』へ浄化させる為の準備をしに、イングランドへ飛んだフランとユインの居る方角だった。


「見える。全部。……『見えるものが多すぎて分からない』くらい。これは、何? お姉ちゃん」

「…………!」


 現在地点。表世界で言うと、ロシア首都モスクワより南東へ100キロほどの街、コロムナ。そこからイングランドまでは……3000キロ以上。

 この超長距離の『知覚』は、今のシルクには不可能だ。ギンナでさえ、猫を使って、しばらく時間が要る。


「単なる魂の知覚じゃ無い」

「……魔法、ですか」


 エリー本人から感じる魔力量は、50程度。『無垢の魂』の平均は21であるから、『銀の眼』として充分なほど多くはあるが。それにしても、たった50程度で3000キロ離れた魂の正確な捕捉は不可能だ。それはギンナもシルクも、自身の経験から確かにそう思える。


「凄い。知覚の魔法なんだ。本来同じ情報を得るのに必要な労力と魔力を無視して、感知できる。言うなら……『レーダーの魔法』、かな」

「……ちょっと、疲れる。止め方も分からない」

「えっ。あっ」


 外へ出てからだ。裏世界へ、今落ちたのだ。エリーはふらりとよろけて、ギンナへ寄り掛かった。


「大変だ。魔力垂れ流し。このままじゃ消滅しちゃう」

「いつかのギンナと同じ症状ですね。早く閉じ込めて、浄化をしなければ」

「うん。飛ぶよ。テレポート。ミオゾティスまで」

「はい。私は自分で飛べますので、まずはエリーを」

「分かった」


 エリーを抱きかかえながら、ギンナはテレポートを使った。

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