20-5 Anytime, anywhere with anyone to forever and ever〜赤髪の娼婦

「あの子達には黙っとく……のは、違うよね」

「ああ。だろうな。もう大人だろ。あいつらは」


 イザベラとケイは、その日の内にヘクセンナハトへ戻ってきた。今回決まった話はカヴン全体に大きく影響する。






✡✡✡






「……い、『イザベラさんが報酬』……?」

「それって……!」


 当然。

 いの一番に声を挙げたのが『銀魔四女シルバー・フォー』。1億3000万マナの件と一緒に話したのだが、彼女らが食い付くのはそこではない。


「はん! 最低野郎ね! 『金』『女』。私が一番嫌いなタイプだわ!」


 吠えるのはフラン。

 猫への号令を休憩中のギンナは、驚いた口が空いたまま。


「……そんな、イザベラさんが犠牲になることなんて」

「あははー。優しいねーギンナ。大丈夫だよ。ありがと」


 城へ戻ると、イザベラの表情は元の穏やかな『愛の魔女』に戻っていた。心配してくれる後輩達を見て、嬉しんでいる。


「あんた止めなさいよケイ! 自分とこの議長ホイホイ差し出してんじゃないわよ! その場に居たんでしょ!?」

「……お前ら、『愛の魔女』の本業知らねえのかよ」

「はあ!?」


 ケイが頭を掻いた所で。

 隣に居たユインが、フランを手で制した。


「なによユイン」

「Anytime, anywhere with anyone to forever and ever――『いつでもどこでも誰とでも』。……200年前。恐らくプラータが人間の時に死んだ戦争の前線に……既に魔女だった『赤髪の従軍娼婦』が居た」

「なによそれっ…………!」

「裏メキシコ独立戦争。表でもやってた戦争ね。……詳細は省くけど。敵味方関係なく、『その娼婦』は受け入れた。訪ねて来る全ての男を癒やした。どんな要求も素直に飲んだ。一切の拒否無く。抵抗無く。何もかもを受け止めた」

「…………!?」


 フランは。

 聴きたい事は山程あったが。まずは目の前の。

 イザベラの顔を見た。あり得ない、といった表情で。


「あはは。また懐かしい話だねー。よく調べたね、ユイン」

「……プラータの成仏後、気まぐれにあの女の過去を追う過程で偶然。すぐにイザベラのことだって分かったけど」

「なるほどねー。……ま。ルーナが居たのは偶然だよ。わたしとはあんまり関係無いかな。別にその時会っても居ないし」

「…………」


 あっけらかんとした様子のイザベラ。

 今日、今、正に。『身を売られる』契約を交わした直後だというのに。


「……わたしは、『誰かの為に何かをしたかった』。たまたま、女の身体があって。近くには苦しそうな男が居た。それだけだよ。でも、それが最初。わたしの根源。『奉仕』。今じゃ、たまたま女で良かったと思うよ。だってわたしが男だったら、レオとの商談は成立してなかったし」

「…………だからって……!!」

「フラン。あんたは……あんたの生前からすれば。生前の私やイザベラのやってることは『本当に意味不明でデメリットしかない』ように見えるかもしれないけど」

「……! あんたはっ。選択肢、無かったのは知ってるわよ……」

「……そうね」

「イザベラは! 『自分から』!? なんで。そんな男の為に……。ていうか、そもそも私達カヴンが。『自由』を掲げるカヴンが裏世界を救う話になってるのよ! ギンナも、もうこんなに魔力使っちゃって!」


 吠える。


 それが彼女のやるべき役割だからだ。これに、いつも救われている。

 ギンナも。ユインも。


 今、イザベラも。

 いつもフランは、誰かの代わりに激怒している。


「……難しく考えなくて良いよ。わたしは、あのレオくん。多分『良い子』だと思うんだよねえ〜」

「知らねえよ俺の方を向くな」

「んふふーケイ。よく我慢したね。最後までバレなかった」

「……まあな。俺も100年以上生きてる。世渡りは多少マシになってんだろ」

「どういうこと?」


 イザベラとケイの会話にも。フランが突っ込んでいく。

 それにはギンナが答えた。


「フラン。ケイさんは『悪魔の子』だから。エクソシスト達にとっては最大の敵なんだよ。最終目標というか。だから、それを気取られずに商談を終えたのは結構凄い」

「ふぅん。魔女も一緒じゃない」

「まあ、ね。表と裏じゃエクソシストも少し違うのかも。……ていうか、イザベラさん」

「ほい?」

「その『2億マナ』で祓魔協会は動いてくれるんですよね? ならイザベラさんが『報酬』になること無いと思うんですけど」

「あー。無理だね。『わたし』は前提なんだよ。これを断るとその先の『祓魔協会への依頼』すら請けてくれない。だから、必要経費だね」


 依然。

 イザベラは涼しい表情だ。


「交渉に行ったのがわたしで良かったね。ギンナだったら、また話拗れてた」

「う……」

「そりゃ当然でしょ。ギンナにはもう夫が居るのよ!」

「あはは。そうそう。じゃ、着替えて来るね。ギンナは無理しないでね」

「……はい」

「それにね皆。わたし、『ヴァルプルギスの夜の進行役を務める』ってだけで、別にカヴンのリーダーじゃないんだからさ。そんなに持ち上げて貰うと、恥ずかしいよ。フラン」

「……!」


 そのまま。陽気に笑いながら退室した。






✡✡✡






「今戻った。聞いたぞ。1億3000万マナ? 魔女園の開発が1年遅れるぞ」

「ユングフラウ」


 イザベラと入れ違いで、ユングフラウがテレポートで戻ってきた。


「そういや会計はあんただったか。実際どうなんだ? 済まねえがエクソシストの相場も、ウチの財政状況も俺は知らねえ」

「…………相当、足元を見られたな。一応イザベラからのテレパシーで概算したが。……痛手は痛手だが、今すぐどうこうという額ではない。先月の分を入れた決算だ」

「おう。……そんなの毎月作ってんのか?」

「イザベラとユインとイヴとウェルトーナ以外誰も見んがな。こういう時の為に、我がカヴンに加入してから続けている。全メンバーに公開しているぞ。事務館はこの城から南東の建物だ。基本的に我はそこで事務をしている」

「マジかよ……。そりゃ済まんかった。実はあんたが一番働いてる説だな」


 ユングフラウがテレキネシスとテレポートの合せ技で、手元に資料を召喚した。それをケイに渡す。


「……これよ。表向きは法務局ローマ祓魔協会バチカンに依頼しただけで、俺らのことは載らねえんだよな」

「そうなるな。カヴンは裏の裏から支配する黒幕だ」


 ペラペラと資料を捲り、確認していく。


「……あんた、元エクソシストなんだよな」

「生前の話である。今や『魔女』。正反対に成ったがな。レオという男は知らぬが」

「あいつは何なんだ? 協会の長か?」

「『実力ナンバーワンの営業』と言ったところであろうな。権限もある。かなり手強い筈だ」

「…………了解だ。っていうか、儲け過ぎだろ俺ら。全然大丈夫じゃねえか」

「何を言う。充分な痛手だ。ヴィヴィ・イリバーシブルへ依頼する予定の新魔力家電の提案を延期せざるを得なくなった。さらに各銀行との取引も大幅に修正が必要だ。全くイザベラめ。……悪いが我は事務所へ戻るぞ。やるべきことが山積している」

「ああ。こっちは上手くやっとくよ。配置は勝手に決めるぞ?」

「うむ。後で纏めて報告してくれれば良い。ノアの所のウェルトーナが新参ながら優秀だ。話を合わせておいてくれると助かる」

「おう」






✡✡✡






 その後すぐ、ユングフラウも消えた。残ったのはギンナ達と、ケイ。


「本当に大丈夫なの? イザベラもユングフラウも」

「何がだ?」


 フランが睨んだ。


「そもそも。どうして私達が裏世界を救おうとしてるのよ」

「『私が』やりたいことだからだよ。……ごめんフラン」

「!」


 だが、ギンナから返答が返ってきた。フランの眉は寄ってしまう。


「いや、違うか。……『できること』だったから。なんというか。何もしないのは、見殺しみたいに思えちゃって」

「……分かってるわよ。あんたがそういう性格なことなんて」

「はっ」

「むっ。何がおかしいのよケイ」


 ふたりのやり取りを見て。ケイは笑って、円卓に座った。


「安心しろよ。いくら、お前らより魔力量が少なかろうが。戦闘力で劣ろうが。『500年生きた魔女の智慧』ってのがある。なんでカヴンに選ばれたか。あのイザベラも。ユングフラウも、セレマも。充分『バケモン』だからよ」

「…………まあ、新参で若い私達が心配するのは失礼かもしれないけど。それでも。私からすればそんな『報酬』……っ」

「ああ。そこなんだよな。お前からすれば、一番重要で大事件なのは。……そこも心配すんな。俺の予想だともう、この事件が終わる頃には『祓魔協会』は、『イザベラの掌の上』だ。それを勘定に入れたから、1億払うっつったんだろうな」

「は?」

「……嬉しいだろうな。イザベラは。お前らみたいな後輩が居て。『嬉しむ為』にわざわざ報告したのか。……魔女め」






✡✡✡






「さて。俺も動くか」


 ギンナは、猫への号令の為しばらくあの場所から離れられない。フランとユインも、ギンナへの魔力供給の為に同じく。


 ケイは一度、二等地の自宅へと戻った。玄関にある靴が一足多いのを確認して、リビングへと上がる。


「あ。お帰りなさい」

「おや。お邪魔していますよ。ケイ」

「おう。シルクさん。黒音も」


 両親であるユリスモールと襲音から、黒音クローネの世話を請け負っているシルクが遊びに来ていた。元カヴンメンバーのユリスモールはケイの兄弟であり、クローネは彼の姪に当たる。


「あーいいって。お前は動くな色葉。茶くらい俺がやる」

「でもすぐ出るでしょう?」

「いいから」


 ソファに座るのは、彼の妻のひとりである楽王子色葉。彼女は妊娠している。といってもまだ、お腹は小さいが。


「ギンナはどうでした?」

「あー。まあ、大変そうだったな」

「…………そうですか」

「何か気になるか?」


 自分の紅茶を用意して色葉の隣に腰掛けたケイに、シルクが訊ねた。


「……ニクライ戦争が終わった頃です」

「おう。ヘクセンナハトの土地を買った件だな」

「はい。その頃の私達は、全員まだ『無垢』でした。ギンナは、私達3人を守ろうと。それを免罪符に、戦争と立場を利用して、『その他の人々』を軽視していました」

「……ほう」


 クローネは、猫のぬいぐるみで遊んでいる。


「当時は、私もそれで良いと思っていました。そもそも、他者のことを考える余裕などなく。プラータに殺されまいとやっていましたし。けれど、今。改めて『魔女』になり、自立して。裏世界の危機がやってきて。ギンナは……。その優しい性格と美しい道徳から、今度は自らを犠牲に、赤の他人を救おうとしています」

「…………そうだな」


 クローネのさらさらな黒髪を撫でて。シルクは窓の外を見た。ヘクセンナハトには怨霊は入ってこれないが。そのさらに外側では、跋扈している。


「それが『できてしまう』能力と立場を得ました。誰もがギンナに協力的で」

「……不安か」

「はい」


 シルクは。

 ずっと、一歩退いて見てきた。ギンナを。フランやユインを。俯瞰して、客観視して。今も。

 それ故の、不安。


「……無茶はしないで欲しい。年齢的に見ても、まだ自分達のことだけ考えていて良いのに。少し、そう思ってしまいました」

「ああ。……シルクさん正しいぜ」


 ケイは紅茶を飲み干して、立ち上がった。


「じゃ、行ってくる。ギンナの負担をできるだけ軽くしてくるわ。それと、俺はあの『レオ』ってエクソシストが気になる。祓魔師の実力、拝見してくるぜ」

「行ってらっしゃい。ケイ君」

「おう色葉。待ってろ。晩飯までには帰るからよ」

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