20-6 アエルと踊る〜Leo=Lombardo

 イザベラ・エンブレイスはそう名乗る前。生前はこう呼ばれた。


 『魔女』と。


 彼女が生まれたのは、スコットランド東部の都市バラである。16世紀初頭。黒死病により人口が半減した最悪の時。イングランド軍に破れ、ボロボロだった時。


 幸運にも、ある貴族の家に生まれた彼女は、上流階級の教育を受け、慈愛と博愛に満ちた性格の女性に育った。この頃の教育は教会が支配しており、貴族の男子に偏ってはいたが、都市には女子の為の教育機関も建てられていた。


 そこで彼女は。

 教会での暮らしに慣れてきた、初潮も迎えた頃の彼女は。


 世話になっている教会の地下で、夜な夜な聖職者達が『何か』をしているのを目撃する。


 孤児を引き取り、集め。


 拷問や輪姦を行っていたのだ。


 当時、街中に厭世観が蔓延していた。皆、鬱憤の晴らしどころを探していたのだ。神に忠誠を誓った者すら、己を律することができず。足もつかず、誰も気にしない孤児を連れてきて。やりたい放題をしていたのだ。


 それを目撃した彼女は、どうしたか。

 何と言ったか。己がこれまで十数年間積み重ねてきた道徳心、博愛精神に則って。






✡✡✡






 結果。


 イザベラ・エンブレイスは『産まれた』。その時そこで産声を挙げた。


 彼女は彼ら全員の欲望を受け止め、その心と性器を支配した。彼女の、十数年間『教え』によって抑えつけられていた欲望は、堕落した聖職者達のそれを遥かに凌駕していた。


 全て。受け入れた。その場に居た孤児達をも受け入れた。


 教会は目に見えて、タガが外れたように急速に堕落していき、やがて通報されて。


 首魁であると判断された彼女は魔女裁判に掛けられることとなった。


「魔女」


 当時の記録書に記された事実はここまでだ。そのまま火炙りにされた彼女は死亡し、狭間の世界へと誘われた。そこでも死神を籠絡し、裏世界へと足を踏み入れた。


 真実は違う。

 見付かってしまった彼女は必死に抵抗した。何度も泣いて懇願した。だが、無駄だった。

 彼女は自分を守る為に、自ら壊れたのだ。魂が解放された今振り返ると、確かにそうだったと記憶している。


 ただの無垢で正直な少女であったと。






✡✡✡






✡✡✡






「……もう避難は終わったぜ。あんたひとりか」

「あー……。なんだ。この前の。イザベラさんの横に居た奴か。済まねェが、『人間』の俺にゃ、あんたが魔女なのか人間なのか判断付かねェんでな」


 裏フランス、都市リヨン郊外。この場所は怨霊の数も多く、昼でも夜のように、黒い影に空が覆われていた。


 誰も居なくなった大通りに、男がふたり。


「まあ、魔女で良い。キャサリン・アンドレオだ。ケイで良い」

「そうか。イザベラさんは? 今日は居ねェのか」

「四方八方飛び回ってるよ。忙しいからな」

「そうか」


 ケイとレオだ。


「あんたは良いのか? ケイ。それとも手伝ってくれんのか? あんたの取り分は無ェぞ」

「何もしねえよ。ただ見てるだけだ。エクソシストは初めてでな。お手並み拝見させてくれよ。レオ」

「……別に良いが。面白くは無ェぞ」


 イザベラが居ないと分かるとケイに興味を無くしたらいしレオは、怨霊の群れに向かって外套を翻した。十字架のネックレスが揺れる。


「ひとりで大丈夫なのか?」

「俺達が徒党を組んで軍隊みてェに戦うと思ってんのか?」

「知らねえんだよ。だから見に来たんだ」

「あっそ。なら見とけ。『魔女』野郎」


 レオからは、魔力を感じない。無いのだ。彼は魔法を使えない。そもそも、その『魔』を『祓う』者だ。彼が魔法を使うことはない。

 ならばどうやって。

 怨霊達はレオの存在に気付くと、一斉に突っ込んできた。津波のように。夥しい数の怨霊が。

 飲み込まれれば、即死することは誰の目からも明らかだった。


「!」


 レオを中心に。怨霊は囲んで突撃し、ドーム状になった。


 一瞬の間を置いて、爆発した。 


「うおっ」


 全方向に飛び散る怨霊。ドームの中心から光が射す。同時に、爆音が響いた。連続だ。息もつかせぬほどの連射音。これは。


「……銃…………か?」


 ケイは人間の現代兵器に詳しくない。だがちらりと見えたのは銃口だということは分かった。炎のように燃え、雷のように轟いている。怨霊が空を覆う暗い世界に、派手な道標が現れた。


「『突撃祓魔銃Assault Exorcism Rifle』つってな。通称AERアエルだ。何故かラテン語読みで浸透した。まあ作った奴がバチカンの奴だからな」


 アサルトライフル。自動小銃、突撃銃と呼ばれる。引金を引いている間、弾が自動で発射され続けるという銃だ。警察官の所持しているような拳銃とは大きさも性能も異なる。通常両手で持ち構えるその武器を、レオは二丁、右と左にひとつずつ握っていた。


「銃なんか、怨霊に効かねえだろ」

「そう思うだろ?」


 レオはそのまま、踊るように回転した。引金は引き続けている。細かく連続した爆音と共にフラッシュ、そして弾と薬莢が止めどなく射出されていく。

 銃弾に当たったであろう怨霊は、そのまま勢いよく消し飛んでいく。上下左右前後、全ての方向に銃口を向けきった時。レオに襲いかかっていた怨霊達は全て消え去っていた。


「良い時代になったもんだ。金を稼いで魔力タマを買うんじゃなく、仕事したら魔力カネが儲かるようになったんだからなァ」


 アサルトライフルには、弾倉マガジンと呼ばれる部分がある。大量の弾を予め取り付けておくことで、連射を可能にしているものだ。その部分を見ると、ケイには理解できた。


「……魔力を、弾にしてんのか」

「正解だ。毎分666発。魔導科学ってのは、『発端はこれ』だろうが。技術の発展は常に戦争を意識して行われる。まァ、お前らみたいな例外は居るがな」


 魔力を撃ちきったのか、ガシャンと弾倉が外れた。レオは慣れた手付きで、二丁のライフルに新しい弾倉を装着する。


「因みにバチカンが独占してる門外不出の技術ブラックボックスだ。祓魔師俺らしか使えねえ。祓魔協会の戦争の仮想敵はいつでも『怨霊』『悪魔』だからな」


 魔力とは。

 魔法の元となる『力』である。魔力を箒に流し込み、浮かせて飛ぶ。魔力を相手に飛ばして、テレパシーを行う。イメージとして一番近いのが『電気』と『電化製品』である。つまり。

 よく、日本のコミックにあるような感じで、『魔力そのものをエネルギー弾として攻撃する』ことはできない。質量が無いからだ。魔力とは精神力。魂。『この世に実在しない』エネルギーだからだ。色んな魔女や魔法、死者の魂が登場して麻痺してくるかもしれないが。これは『原則』である。


 例えばノアの魔法も、レオのAERと同じ原理である。銃に魔力を込めて、それを弾丸として撃ち出す。何故、それが可能なのか。


 正体は、ギンナのよく使う『テレキネシス』の応用派生だ。


 彼女は以前、裏ギリシャの迷宮で、バハムートを『その魔法』で殺害した。あれは周辺の瓦礫などを使って散弾として発射したが。

 今回のレオやノアは、『空気』や『当たった対象の表面物質』でそれを行っている。膨大な魔力を使うため、効果範囲はとても狭い。それこそ、銃弾ひとつ分程度しかそれを再現出来ないのだ。より精密かつ、強力な魔力操作が求められる。

 そしてそんな高度なことを銃身内でできるような機構がAERにはあり。無意識かつ自力で行っているノアが天才である、ということだ。


 因みにギンナにはこのような複雑な操作はできず、ノアはこれに特化している為ギンナのような汎用性のあるテレキネシスは扱えない。


「……使用者が人間だから自力で魔力生産できない、って点を除けば、ノアの上位互換かよ……」

「あん? なんか言ったか」


 だが。

 まだ、リヨンには怨霊が溢れ返っている。理性を持たない怨霊は、その全てが無に帰すまで、レオとケイに突撃するだろう。


「来いよ。俺と踊ろうぜ。怨霊レディ?」


 高らかに。

 二丁AERを構えた。






✡✡✡






 1時間後。

 リヨンの都市に、青空が戻った。


「……こんなもんか。久々に撃ちまくったな。いやァ爽快だ」

「…………!」


 絶え間なく、踊るように回転しながらライフルを撃ち続け。遂に全ての怨霊を蒸発させた。これが。

 現代の『裏世界の』エクソシストである。


「……すげぇ」


 ケイは言葉を無くしていた。あの量。ヴァンパイアの里と同じくらいだと見ていた。いずれ助けに入る時が来るだろうと。

 あの量を。カヴンメンバー総出で当たった数を。

 住民の避難が終わっていたとは言え。

 レオはひとりで、鎮圧してみせたのだ。


「…………『魔女』だっつうアンタに説明しといてやるけど」

「!」


 驚くばかりのケイを見て、レオはふぅと息を吐いた。


「『人間』は弱ェんだよ。魔女に怪物に巫女に死神に……。勝てる訳ねェだろ。そもそも魔力を使えねェ。肉体がある時点で不利だ。そんな俺達が、必死に死物狂いで『お前ら』に対抗しようとして生み出した技術が『祓魔術エクゾシズム』で。人間達の涙ぐましい人体実験の数少ない成功例が俺達正規エクソシストだ」

「…………」


 人間の動きでは無かった。戦闘中、ケイはそう思った。

 違う。あれこそが人間の限界なのだ。あれが人間なのだ。


「……人間でも、魔女や魔術師は居るだろ」

「人間が魔法を使うと反動がデケェ。知ってるだろ」

「…………」


 ケイの反論は通らなかった。その通りだ。カヴン元メンバーのソフィアは、その反動で死んだのだから。


「もう1度言うぞ。覚えて帰れよキャサリン・アンドレオ。俺達エクソシストは、裏世界を生き抜く『人間の』戦力だ。仮想敵は常に『死者の魂お前ら』だ。俺達のAERは、どんなに分厚い『幽体』でも簡単にぶち抜くぞ。造ってるからな」


 この、『AER』で武装したエクソシストが。少なくとも266名。


「…………『人間の』ねえ。金の話が纏まるまで仕事請けようとしねえで、人間達を見殺しにしようとしたあんたが人間の代表ヅラか」

「はっ! 俺達はそもそもバチカンの守護者だ。報酬もねェのにわざわざ国外へ出て悪魔祓いなんざやるかよ」

「……ああ。協会の姿勢とあんたの性格が違うだけか。わざわざ教えてくれてありがとよ」

「はっ」


 ケイは改めて。彼らエクソシストの脅威を感じた。あの武器。扱う身体能力。そして恐らく、まだ見せていない実力がある。


「(……これ、ヘクセンナハトの結界も力押しで破られたりしねえか……?)」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る