18-4 ネクスト・ソサエティ・リバースサイド・ワールド

 アメリカ大陸、西海岸。裏世界ではまだ、数年前まで未開地となっていたとある場所。


 広い広い荒野に降り立ったのは、クロウとフラン。


「…………私も当時『居た』訳じゃないから詳しくないけど」


 クロウを見るや否や、『職員』達が駆け寄って来る。社長、社長と彼を呼んで。

 ここには巨大な採掘プラントがある。


「『魔女団カヴン』。……昔より。いや、数年前より。確実に規模が大きくなってるわ。裏世界せかいじゅうに名前が広まってる」

「そうだな。『銀の魔女』は、君達の先代から一部では有名だった。だがカヴンのことと、そこに所属していることは明らかになっていなかった。『愛の魔女』『未来の魔女』『鉄の魔女』は、それぞれ界隈では有名だったけど……それもカヴンの存在は見えていなかった」


 敷地面積……1000平方キロメートル。

 従業員数……2500名。


「――全員『人間』さ。だから、カヴンの下部組織ではなく。僕個人の会社。だけど僕はカヴンメンバーで、『これ』をカヴンへ献上する。……その視察も兼ねてるんだろう?」

「…………!」


 アメリカ大陸は、広い。とてつもなく巨大だ。フランもずっとアメリカに居るが、『こんなもの』知らなかった。カリフォルニアにこんな巨大な、採掘プラントがあって。そのボスがクロウだなどと。


「…………いいや、クロウ。『これ』も含めて『カヴン』よ。魔女は貪欲、強欲だから。『卒業生達の就職先候補が増えた』と、イザベラは喜んでる。怪物や死神、妖怪も受け入れるんだから。『人間』だって例外じゃない。過去に人間がメンバーだったことだってあるし。問題は彼らに、『魔女の手先になる』覚悟があるかどうか」


 フランは少し怯んだが、クロウの『凄さ』は予想の範疇である。自身の仕事を忘れたりはしない。


「勿論。彼らはそもそも『死神の手下』であることを理解してウチに集まった。カヴン所属になっても基本的に僕が管理させて貰えるんだ。変わらないさ」

「……なら問題無いわね。もう『来てる』わ」

「ああ急ごう」






✡✡✡






「グラビトン社、か。一気に勝ち組だな。重力グラビトンクロウ」


 事務所の応接室。エアコンの効いた鉄骨造の建物だ。ソファを囲むのはクロウとフランと。

 壁に飾られた社章を見る、この男。


「ノア。久し振りね」

「『死神ヴァルキリー』フラン。その節はどうも」

「はいはい」

「んで、何の用だ? どうして俺をここへ呼んだんだ?」


 『魔法銃士ガン・ウィザード』ノア。アメリカでは、『魔女ウィッチ』ではなく『魔術師ウィザード』と呼ばれている。傭兵をやっていたノアはこのアメリカで、行き場の無い『無垢の魂』達を集めて『アメリカカヴン』を立ち上げた。そのボスである。


「手紙。一応出したけど、読んでないのね」

「……手紙?」


 ノアは眉をひん曲げて、自身の座るソファの背後を振り向いた。もうひとり。この場に居る。少女だった。エメラルドグリーンの髪と瞳。フランとクロウは、この少女が『魔女』であることは見抜いていた。


「来てます。そして、伝えてます。ノアが忘れっぽいマヌケなだけです」

「……マヌケは余計だろう」


 やれやれと、少女は毒を吐いた。フランは少女のことが気になった。


「アメリカカヴンのメンバー? 以前居たかしらあなた」


 言われて、少女はぴしりと背筋を整えた。


「お久し振りです。ウェルトーナ・ベリルです。アメリカカヴン所属、ノアの補佐をしています」

「……フランよ。よろしくね」

「僕はクロウ。珍しいな。『緑柱玉エメラルドの魔女』か」


 姿勢が良い。スタイルも良い。少女と女性の中間という外見だ。視線もキリッとしていて、口調もハキハキしている。『しっかりした』印象の少女だった。


「トーナは、あの時はまだ『無垢の魂』だったんだよ」

「なるほどね。覚えていなくて悪いわね」

「いえ。私もつい最近『魔女』に成りましたので。先輩方に近付けるよう精進します」

「…………なんか、堅いわね」

「んで。その手紙ってのはどんな内容だったんだ?」

「……済みません。ウチのボスは元傭兵で、細かい事務や商談は全くできません」

「おいおい、話進めようぜ」

「ノア。まずは謝らないと」

「む……」


 ふたりの会話を見ながら。フランとクロウはお互いに肩を竦ませた。






✡✡✡






「ウチを……あんたらのカヴンが吸収、ねえ」


 ようやく、今日集まった意図を知ったノア。腕を組んで、思考を巡らせる。


「光栄です。ウチはまだまだ弱小カヴンで、構成員も13人ぎりぎり。その上『無垢の魂』は11人。浄化すら、半分ほどしか終わっていません。今時代の最先端を走る巨大組織であるスコットランドカヴンから直接お声が掛かることは、殆ど奇跡。豊かな土地と施設、整えられた環境で、私達全員が安全に『魔女』と成れる確率が飛躍的に上昇します」

「…………と、お前は考えている訳か。トーナ」


 カヴンとは、魔女達の集まりである。例えばギンナは『無垢の魂』の状態のままメンバーとなったが、長い歴史の中でも異例と言われることだ。怪物も巫女も受け入れるカヴンだが、流石に『無垢』はありえない。幽体や魔力が安定しておらず、魔法も弱い。魂の練度も低い。つまり仕事ができないからだ。


 翻って、このアメリカカヴンは。その『無垢の魂』が構成員の殆どを占める。つまり、『仕事にならない』チームなのだ。実質的に、これまでノアひとりでやってきたカヴンなのである。


「その通りだよ。2年前も君達の殆どが『無垢』だった。この2年で魔女に成れたのはウェルトーナ、君だけなのだろう。裏アメリカの環境のせいでもあるが、少しペースは遅いと言わざるを得ない。危険なんだ」

「…………だが『それ』はよう。『スコットランドカヴンに入れば皆魔女にしてもらえる』ってのは、『交渉の為の副産物』で。正直な話、あんたらは『俺の力が欲しい』が一番だろ?」


 ウェルトーナとしては、すぐにでも吸収を望んでいるようだ。これで自分達の安全度が上がるから。だがボスであるノアは、まだ少し警戒している。その感情も当然、フラン達に伝わっている。

 『魔女』同士で『騙し合い』は通用しない。


「ああ。正直に言おう。僕も最近カヴンに入ったばかりだ。今、スコットランドカヴンはメンバーが足りない。どうにかして『13人』を確保したい。ノア、君は充分に強い。メンバーとしてこれ以上ないほど実力がある。僕らのカヴンは多種多様だ。魔女だろうが怪物だろうが受け入れる」

「…………俺、『組織』に入ったこと無いんだぜ。集団行動できるか怪しい。だから軍じゃなくて傭兵やってる。アメリカカヴンは俺がボスだからやってるんだ」

「心配要らないわ。『メンバー』に上下は無い。あんたはスコットランドカヴンでも『最高の地位』なのよ」

「…………なるほど。なんとなく読めてきた」

「!」


 ノア達にとって、条件が良過ぎるのだ。スコットランドカヴンが『13人』欲しいとは言え、身内だけで揃えることは可能なのだ。しかし、そうではなく。既に傭兵として実力の認められている彼へ声を掛けた。


「あんたらは俺の『戦闘力』が欲しい。何故欲しいのか? 別に、例えばお前らふたりが既に最強レベルだ。……『戦争』を想定してる。裏世界を支配しちまったあんたらが今更どこと戦争を? ……答えは『アフリカ』だ」

「!」


 とん、とテーブルを指で叩いて。ノアはフランとクロウを交互に見た。反応を窺っている。


「『アフリカ裏世界』には、北半球裏世界とは全く異なる体系の魔法がある。それは『呪術』『呪法』とか言われるものだ。簡単に言えば、リスクを増やして効果を上げている強力な魔法の一種。それに、『アフリカの時代が来る』ってのは、お前さんらの所の『セレマ占い師』が雑誌で言ってたろ」

「…………随分と詳しいんだな」


 クロウは目を丸くした。この察しの良さ。ギンナを思い出す。


「当たりか?」

「……少し違うわ」


 だが、得意気なノアに対してフランは訂正する。


「『アフリカ裏世界』を想定しているのは正解。けれど戦争なんてするつもりは無いわ。武力を集めるのはあくまで『万が一の備え』。アフリカではビジネスをするのよ。その先遣隊として、シルクが様子見に行ってた訳」

「ビジネスねえ」

「『呪術』についても調べる必要があるけど、そうね。もし、戦争……武力衝突になるとしたら、それは『アフリカ諸国』が相手じゃない」

「?」


 イザベラは。

 セレマ、ギンナと相談し、先々を見据えている。今の支配体制を崩さないように。もっと、支配領域を拡げられるように。


「『中国カヴン』。それが今、アフリカ戦略で見据えている最大の仮想敵。ギンナやユインから聞いてるけど、中国の裏世界は本物の『魑魅魍魎モンスターハウス』。神話クラスの超妖怪達が犇めく欲望と暴力の世界。……アフリカのマーケットを全て抑えられる前に、今から動き始めてるのよ」

「……!」


 世界中に、魔女は居る。名前も姿も変えて、それは存在する。『世界』ある所全てに『裏世界』はある。今、スコットランドカヴンが支配に成功したのは、ヨーロッパを中心とした『一部地域』に過ぎない。


「アフリカ大陸は、広い。アメリカと中国とヨーロッパを足してもまだ、アフリカ大陸の方が大きい。そんな巨大な大地が、『次の時代の舞台』だ。そこへ……君を連れていきたいって訳さ。ノア」

「……ああ。分かった」

「!」


 頷いた。ウェルトーナも驚いて彼を見た。この話を聞いて、即答だったからだ。


「ノア?」

「ああトーナ。悪い。わくわくしてきた」

「…………」

「入るぜ。スコットランドカヴン。アメリカカヴンはあんたらに吸収される。……チビどもは、噂の『魔女学校ソーサリウム』で勉強させて貰えんのか?」

「……ええ。『無垢の魂』はそこで受け入れられるけれど。……随分とあっさり承諾したわね」


 フランも不思議に思う。ノアは既に、晴れやかな表情をしていた。


「…………『また暴れられる』と思ってますね。戦闘狂ウォージャンキー

「はっ! バレたか」


 そこへ、ウェルトーナが気付いた。ジトリとノアを睨む。ノアは笑けてしまった。


「今までは、チビどもが居たから傭兵は休業してたんだ。危ねえからな。だが……『保護』してもらえんなら……俺は何も気にせず『コイツ』をぶっ放せるって訳だ!」

「戦争するとは限りませんよ」

「関係無えよ! 可能性の話だ!」

「……はぁ。フランさん。クロウさん。お誘いは光栄ではあるのですが……本当にこんな戦闘狂バカを迎え入れて良いのですか? メンバーではなく傭兵として雇うということもアリだと思いますが」


 そして、溜め息を吐いたウェルトーナがそう訊ねる。受けてクロウは、フランを見た。

 彼女も笑っていた。


「ふん。結構じゃない。言ったでしょ。ウチのウリは多様性。『こういうの』もよ。ようこそ私達のカヴンへ。ノア、ウェルトーナ。以下数名のアメリカカヴンメンバー。歓迎するわ!」


 クロウのカヴンとしての初仕事は、結果的には成功となった。

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