18-3 フォルトゥナの近況 with VAMPIRE

「結婚しよう」


 真剣な眼差し。あの幼さはもう感じられない。全てを分かって、この台詞を口にしている。


「………………はい」


 ギンナは不思議と、敬語になった。よろしくお願いしますと、思った。全てを理解した。






✡✡✡






「ん……」


 それから何度目かの朝。現在2月下旬。冷たい風が、ギンナの肌を叩いた。


「……クロウ? もう起きたんだ。うぅ。寒いなあ」


 しばらくもぞもぞとしていたが、仕方なく起き上がる。夜にかいた汗も付着したものも全て、一瞬で洗浄と着替えが完了する。テレキネシスと変身の魔法の合せ技と応用である。シャワーもメイクも必要無い。裸の状態から、一瞬で。これが『魔女』。

 因みにお気に入りのピンクのセーターに着替えた。


「……まだ慣れないや。まあ良いけど」


 幸せ。確かに感じている。好きな人と想いを伝え合い、共にひとつ屋根の下で暮らし。信頼できる仲間達と仕事をして。


「今日はベネチアに行かないとなあ」


 リビングへ向かう。すると、ギンナはクロウの他にふたつの魂を感じた。


「シルク? おはよう」

「ギンナ。おはようございます。いえ、ちょっとクロウに見て欲しくって」

「? クローネちゃんを?」


 クロウが、クローネを抱き上げていた。クローネは大人しく抱かれるがまま足をぶらぶらさせている。表情は、読めない。


「……随分と大人しい子だな」

「そうなんですよ。全然手が掛からなくて。今みたいに、初めての人に抱かれても嫌がらないし。ずっと無表情ですし。変わった子ですよね」

「あー……」

「ほらほら。ぶーらぶーら」

「あー」


 その様子を見て。ギンナは何故か少しドキドキした。


「クローネちゃんもクロウも黒髪だし、なんか親子みたい」

「……どうリアクション取ったら良いんだそれ。この子の親が、元カヴンメンバーだったっけ」

「はい。父親がユリスモールさん。母親は神藤襲音さんです。ユリスモールさんは表世界に戸籍を持っていないので、この子の名前は『神藤黒音』。襲音さんは元々表世界の普通の人間だったようです」

「……あの『夜風』の一派だな」

「知ってますか? ヴァルプルギスの夜ではそこまで言及はしていませんでしたが」


 ギンナがテーブルに朝食を出現させる。3人はそのまま席に着く。


「いや。会ったことは無いけど、名前は知ってる。別に有名な妖怪って訳じゃないけどね。確か、廃社を根城にしている妖怪一派だよ。狐や狸、動物の妖怪『妖獣』を数匹使役している、古い妖怪だ。確かその廃社の名前が……『さざなみ神社』って言ったかな」

「えっ!」


 クロウの口から出てきた神社の名前に。ギンナとシルクは顔を見合わせて驚いた。


「……知ってるのかい」

「…………『サザナミ様』の所かな」

「偶然でしょうか。……尼崎の件で実は一度お会いした神様なんです」

「へえ。あの時か。まあ、神様も妖怪もあんまり違いが無いのが日本の特徴だな。信仰されればすぐ神になり、失われればすぐ妖怪へ落ちる。……その夜風一派が何と戦っているかまでは知らないけど。イタリアから神話レベルの存在を連れてきてまで、大掛かりな計画らしい。この『神藤黒音』も、普通の人間の魂じゃないよな。神と悪魔か。……まるでデザイナーベビーだ。八百万の神と妖怪が手を組んでこんな『ミックス』を誕生させて、何を企んでいるのか」


 やはり、クロウの眼からしてもクローネは特別な存在であるらしい。シルクはそれを見て貰いに来たのだ。何か異常が無いかと。


「赤ちゃんだと魂を判断しにくいということは?」

「いや。あんまり関係ないよ。赤ん坊のまま死亡する人間も居るし。……この子は『黒色』だね。僕と同じ。……あくまで『魂は』だけの話だけど。あと、『霊気』『霊力』というのがあるようだ。人間に宿る精神エネルギーをそう言う」

「……『日本独自の魔法的システム』」

「あるだろうね。ま、僕はもう死神協会の死神じゃない。関与する気はないよ」

「…………というか、『クロウが死神協会の死神でなくなったから』夜風さんが動き出したと言えるのでは?」

「……なるほど。それを言うなら前々任のヴィヴィ元所長じゃないかな。僕はあくまで此岸長。つまり中間管理職だったから」


 日本の話題は、ギンナとクロウの出身地であるため関心は高い。が、ここからでは結局何もできない。一応カヴンとして味方である夜風一派の勝利をなんとなく願うのみだ。


「……さて。ごちそうさまでした。クローネに異常は無いみたいですし、帰りますね。朝から失礼しました」

「うん。じゃあね。クローネちゃんばいばーい」

「あーだ」

「あはは」


 シルクはクローネを受け取って、テレポートの魔法で帰っていった。






✡✡✡






「ああ、あと。これ」

「うん?」


 朝食を片付けてから。クロウがテーブルに、1枚の用紙を置いた。


「僕と『銀の魔女』との金銭貸借契約書だ。覚えてるかい」

「あー……。魔力でなんかこう、指紋? みたいにしたやつ」

「そうそう。まあ、君達は気にしないだろうし、僕も死神協会とは離れた。あとこれも」

「?」


 もう1枚。


「売買契約書と一緒になってる、『君の』権利書だ。売主がジョナサン・イリバーシブルで、買主が僕のね」

「……なるほど。そっか。そういうのもあるよね当然」

「で、これも、効力はもう無い。そもそも取り締まる警察能力が僕らに通用しないということと、裁判所へ行っても野良の死神は相手にされない。……契約にうるさい筈の『死神』が形無しだよ」


 2枚を重ねて、ギンナの目の前で破いて捨てた。


「あちゃ」


 ギンナから変な声が出る。


「……今更だしくだらないと思うだろうけど。ずっとこうしたかったんだよ。君の前で」

「クロウ……」

「それに、結局これらは『人間』の考えた法律の上にある『人間』のルールだ。僕らには関係無い。『人間』と違って僕らは、こんな紙がなくても約束は破らないからね」

「…………うん」


 誰にも文句は言わせない。その光景を見て、ギンナは心が軽くなった気がした。


「じゃあ、行ってきます」

「ああ行ってらっしゃい。僕もフランとアメリカだ」

「うん。ご飯は?」

「食べるよ。しばらくは君と食べたい」

「うん」


 いつも通り。以前ふたりは1年間も一緒に暮らしていたのだ。その生活に戻っただけ。

 その時よりは、少しだけ関係性は変わったが。


 ふたりはお互いに『行ってきます』をして、テレポートの魔法で消えた。






✡✡✡






 ギンナが向かったのは、裏世界のベネチアである。勿論、ライゼン卿の屋敷。


「こんにちはー」

「はっ。『銀の魔女』殿!」


 巨漢の門番さんにも、もう覚えられている。すんなりと開けてもらう。

 魂の練度が上がれば、周囲の魂を感じられるようになる。ギンナが来たことは既に、屋敷の支配者であるミッシェルに伝わっている。


「ギンナ!」

「ミッシェル! 久し振り!」


 テレポートの魔法は魔女にしか使えない。が、それに匹敵する勢いでミッシェルが屋敷の中から駆け付けてきた。そのまま、ふたりはハグをする。


「手紙読んだ。凄く嬉しい!」

「良かった。私達も皆、ミッシェルを歓迎してるよ」


 ギンナはヴァルプルギスの夜直後に、ライゼン卿の屋敷へ手紙を送っていた。ヴァルプルギスの夜で決まった事項だ。

 『吸血鬼ヴァンパイア』ミッシェル・クルエラを、魔女団カヴンメンバーとして迎え入れる、招待状を。


「裏世界での公的な身分は奴隷だし、『魔女』じゃないけど、良いの?」

「勿論。ウチのカヴンは『自由』が売りだから。怪物も人間も死神も居るし、居たことあるし。実力主義だから、立場とか種族とか関係無いよ」

「分かった。……慎んでお受けします」

「よろしくね。ウチとしても、実力も実績も権力も財力もあるミッシェルが入ってくれると心強いんだ」

「実績? 権力?」

「あっ、と。……詳しく説明するね」

「私に求められること?」

「そうそう。固くならなくて良いよ。これまでのミッシェルを見ての判断だから。これまで通りで良いの」

「分かった。入って。美味しいワインがあるの」

「……一応、仕事で来てるから遠慮しとこうかな」

「綺麗なベネチアングラスも」

「…………じゃあ、お話が終わってから」

「うんっ」


 ミッシェルは以前、完全な奴隷だった。ライゼン卿に逆らえなかった。毎日血を吸わされ、性交を強要されていた。だがギンナと出会い、アドバイスを受け、それを脱した。現在はミッシェルがライゼン卿を催眠魔法で支配している。

 そのことをずっと、感謝しているのだ。ミッシェルは、ギンナに救われたと。ギンナのためなら、なんでもしたいと思う程。


「ようこそ。『銀の魔女』殿」

「こんにちは。ライゼン卿」


 屋敷へ入ると、本来の主であるデイヴィット・ライゼン卿が出迎えた。190を超える長身と鍛えられた筋肉。ナイスミドルなダンディである。彼も以前は肥満体型で、欲望丸出しといった風貌だった。趣味が奴隷として買ってきた多種多様な種族の女児を抱くということからも、特にフランが嫌悪していたような人物だった。

 それが、ミッシェルと立場が入れ替わってから。ミッシェルの催眠魔法を使った体調管理、栄養管理、運動管理により、変わったのだ。脂ぎっていた肥満顔は、今や爽やかなものになっている。

 尤も、変わったのは外見だけで、趣味は一切変わっていないようだが。


「……この話は実質、裏ベネチアは裏スコットランドの傘下へ下るというものなのでしょうかな?」


 最近できるようになった、ライゼン卿の鋭い視線がギンナを捉えた。彼の変化の事情を知っている彼女は少し可笑しく思ったが、顔は真面目にして答える。ヘクセンナハトの場所は、元々ベネチアのものになる予定だったのだ。先代プラータのやったこととは言え、多少の申し訳なさを感じているギンナ。


「いえ。今は本拠地を裏ケアンゴームズに置いているだけで、元々私達のカヴンは土地に執着はありません。ラウス神聖国ともビジネスパートナー以上の関わりはありません。そしてあくまで、カヴンに参加するのは『ミッシェル個人』です。ベネチアとカヴンはこれまで通り、特に関係無いということで構いません。対外的には、『ヴァンパイア族との提携』ということで話を進めたいと思っています」


 ミッシェルに一生催眠されているとは言え、基本的にライゼン卿は自由の身である。洗脳に近い。卿の政治的手腕やその他人格への影響は殆ど無い。ただ、ミッシェルを主と認め、対外的には奴隷であるという状態を受け入れているだけだ。それがヴァンパイアの催眠魔法である。掛け続けると定着し、このようなことが可能になる。ライゼン卿に違和感はもう存在しない。


「なるほど。かしこまりました。では、これより先のお話は、私は聞かない方が良いですな」

「……お気遣いありがとうございます。必要であれば、ミッシェルから話があるかと思います」


 ミッシェルに普段から吸血され、血の気……もとい毒気の抜けたライゼン卿。ギンナとしてもこちらの方が圧倒的に会話がしやすい。以前は欲望剥き出しの目であちこち舐め回すように見られていたからだ。


「(私もう人妻だもん。そうじゃなくても嫌だったけど。私の幽体からだはもうクロウだけのものだもん)」


 ギンナは早とちりし、さらに気付いていなかった。

 プロポーズとその承諾をしただけで、ふたりはまだ結婚をしていないことを。

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