Chapter-17 CROSSOVER

17-1 クロスオーバー〜神色の撫子

 それから、さらに2年ほどが経った。


「あー」


 私は、(生きていたら)19歳になった。もう高校生の年齢じゃない。


「だー……。あぶっ!」


 魔女園ヘクセンナハトの、私の家に。久々に、4人全員が集まっていた。


「なにそれ。人間の赤ちゃん? 本物? ちっちゃ!」


 それに加えて。お客さんが、3人。いや……。


「ええと。昔一度会ったと思いますが、私から改めて紹介しますね」


 シルク。ショートボブの横髪を編み込んだオシャレな髪型で再会した。変身魔法は使える筈だけど、変わってないように見える。まあそもそも、死んだ時点で18歳とかだったもんね。相変わらずスラッとしたモデル体型だ。

 そのシルクが、連れてきたんだ。


「こちらが、神藤襲音しんどうかさねさん」


 ぺこりと。深くお辞儀をした女性。背は低め。目立つのは、ピンク色の髪。サクラさんやシャラーラより、少し薄い色かな。優しそうなピンク。


「で、旦那さんのユリスモールさん」


 隣に。青黒い髪をワックスでツンとさせた男性。イケメンだ。外国人のやつのイケメンのやつ。


「と、おふたりのご息女、クローネちゃんです」

「あー」


 襲音さんの腕の中で。わしわしと元気に手足を動かしている赤ちゃん。フランはこの子に反応したんだ。


「ユーリ、さん」

「ああ。久し振り。ええと、ギンナさん」


 この、ユーリさんは。私と同じ、カヴンメンバーだ。確か、ケイさんの話だと、ケイさんの弟(本当は兄)で、『半神半魔』……神と悪魔のハーフで。ずっと魔界に居た……って言う。

 このふたりとは、秋葉原に行った時に1度会ってるんだよね。3年前に。


「いきなり申し訳ない。俺も、魔女園ヘクセンナハトに来たのは今日が初めてで。で、シルクとは何度か仕事して知ってるんだが、そのシルクもこの街に家が無いと言ってさ」

「すみませんギンナ。押しかけてしまって」

「……いえ。大丈夫です。さあ、上がってください。テーブルは謎に大きいし、椅子も謎にありますから」


 確かにびっくりした。色々と。

 けど、何か話があるみたいなんだよ。とにかく、その話を聞こう。ねえフラン。ユイン。

 フランは赤ちゃんに興味津々で、ユインはいつも通りため息を吐いていた。






✡✡✡






 新法。純魔力法は、つつがなく施行された。今はもう、裏世界中、庶民も皆、魔力家電で生活してる。カヴンには莫大な利益が飛び込んできている。私達が世界中走り回った成果だ。


「結論から言うと……。この子を預かって欲しいんだ」

「!」


 7人が、6つの椅子に着いて。ユーリさんがクローネちゃんの頭を撫でながら言った。


「いえギンナ。私が勝手にですが……承ったのです。ですから私の仕事です。一応、報告をと」

「シルク……。どういうこと?」


 この3年間。シルクがどこで何をしていたのかは知らない。アフリカとか、色々行ってたのは知ってるけど。ユーリさんと仕事をしてたのは初めて聞いた。


「えっと。私から説明させてくれ。多分それが一番早い」

「襲音さん」

「うん。私は、今19なんだけど。12の頃から、『夜風』って妖怪の駒として修行してきたんだ」

「夜風って」

「うん。カヴンメンバーなんだよね」


 この場で一番異質なのが、この襲音さんだ。だって、ただの『人間』なんだもの。私と同い年だけど……まずヘクセンナハトに人間自体、居ないから。メンバーの身内ってことで、許可は出るんだけどさ。


「で、その『夜風』には、日本でずっと戦ってる敵の妖怪が居て。私はそれと戦う駒なんだけど。今度、その戦争が激化するんだ」

「…………それで」

「うん。この子……日本名は『神藤黒音しんどうくろね』。クローネって呼んでくれて良いけど。この子はその戦争が落ち着くまで、どこか安全な所で匿って貰いたいんだ。結構、頼める人は少なくてさ。ユーリと相談して、シルクさんに頼むことにしたんだ」


 目を合わせるシルクと襲音さん。彼らとシルクは、結構仲が良さそうに見える。この3年間で。色々あったんだね。


「私は、これからイザベラに頼んで部屋を貰おうと思います。魔女園ヘクセンナハトなら安全なので、そこでクローネと過ごすつもりです。ギンナやユイン、フランに面倒は掛けませんよ。安心してください」

「…………そういうことなら、まあ……」


 びっくりは、したけど。

 夜風さん? のことなら、結局はカヴンの問題でもあるし。イザベラさんも許可すると思うけど。


「良いわよ! 私もお世話したい!」

「フラン」


 フランが、銀の瞳をきらきらさせてクローネちゃんを見た。


「フラン。気を付けてくださいね。クローネは『人間』の『赤ん坊』です。幽体ではないので頑丈ではありませんし、何より『生きています』」

「……分かってるわよ。ねえ襲音。私抱いても良い?」

「うん。ほら。よっと」

「わ。……わ。ふわ」

「こうやって抱いてあげて。そうそう」


 襲音さんから、クローネちゃんを受け取るフラン。ちょっと緊張してる。


「ていうか、あんた10代で産んだのね。襲音」

「……まあ。ユーリの希望だったし」

「へえ。良いわね。『人間の奥さん』なんて、贅沢よ」

「はは。……まあ、この結婚も夜風のシナリオだったりするんだけどな」






✡✡✡






「それは良いけど」

「!」


 ユインが。和気藹々とした空気に切り込んだ。


「気になる単語が聞こえたわ。『駒』だの『シナリオ』だの。その黒幕の夜風は来てないの? カヴンメンバーが戦争なんて、イザベラに報告してるの?」

「ユイン」

「あのね。気になることだらけだわ。そもそもユリスモール。貴方は『欠席組』よね。貴方と『アンナ』と『夜風』『サブリナ』は、去年も一昨年も、ヴァルプルギスの夜に来なかった。自由というか、無責任と言えるわ。仕事って、その夜風の仕事でしょう? カヴンの仕事じゃ無いじゃない。それが急に、娘をカヴンで匿えって、ちょっと都合が良すぎない?」


 ズバッと。

 斬った。


 ユインは、カヴンでのことを重視してる。自分が魔女学校ソーサリウムの先生ってこともあるけど。カヴンの仕事には熱心だ。彼女からしたら、ユリスモールさんは『サボり』とか、そう見えてるのかもしれない。


「…………その通りだ。俺は、俺達はケイに甘えてた。だけど……。申し訳ないけど、俺はカヴンより夜風……いや。襲音の方が大事だ。利用できるものは何でも利用させてもらいたい。見返りは勿論用意する。今回だけ、目を瞑って欲しいんだ」

「その、夜風の駒で良いの?」

「ああ。俺達は望んで、夜風に従ってる」

「……どこで何と戦ってるのよ」

「それは……」


 ユインがユリスモールさんを詰める。ユリスモールさんの答えが止まった時、風が部屋の中まで吹き込んだ。


 ビュウ、と。


「……あらあら。何やら揉めているわね」

「!」


 この場に居た、誰でもない声がした。


「誰っ!?」


 フランがまず、睨みつけた。窓の方だ。いつも閉めている筈なのに、開いてる。いや、開けられた?

 窓の手前に、幽雅に座っている女性が居た。


「夜風」

「えっ」


 襲音さんが、呟いた。

 今は夜だ。

 夜空に溶け込むような、闇の黒と濃い空の藍、そしてキラキラの星粒がまぶされたような髪が、風に吹かれて揺れている。『夜空色の髪』。お尻まで靡いてる長髪。

 長い睫毛。恐ろしいほど整えられた顔のパーツ。下手したら、フランより美形の。

 1月の冬空には寒いだろう、肩を出した黒のワンピースロングドレス。スカートの裾からは赤いヒール。

 外見年齢は……20代後半くらい。大人の女性、って感じで。お化粧も濃くて。


「あらあら。『銀魔』が、本当に4人も居るのね。これは計算外だわ。けれど、最高。襲音、これは貴女の運かしらね」

「…………夜風、さん?」

「ええ。ご紹介に預かったわね」


 ふわりと。無重力みたいに浮かんでから。ゆっくり着地した。


「私は夜風。『妖怪夜風』。日本から来た、風の妖怪よ。風だから、どこへでも吹き抜けて行ける。そんな妖怪。初めまして、ね」


 私を見て。名乗った。分かったんだ。私が、代表だって。


「初めまして。ギンナ・フォルトゥナです」

「ギンナちゃんね。畏まらなくて良いわよ。私達は同僚でしょう? カヴンには階級も無いじゃないの」


 とは、言われても。雰囲気が違う。どっちかと言うと、プラータに近い雰囲気だ。なんというか……。圧される。


「……それで。カヴンをサボるなと、叱られている訳ね。ユーリ」

「……ああ」

「む」


 夜風さんは、真っ直ぐユインと向き合った。しかめっ面のユインに対して、余裕ありそうに微笑む夜風さん。


「そうよ。貴女達、ちょっと勝手に行動しすぎじゃないかしら。カヴンメンバーって言うなら、もっと協調性を求めるわ」


 怯まず、ユイン。


「ええ。貴女の言う通りだわ」

「!」


 簡単に折れた、夜風さん。


「ごめんなさいね。本当は、『夜霧先代』の仕事を継ぎたいのだけど。日本で今、手の離せないことが起こっていて。確かに、仕事もせず子だけ預かれと言うのは勝手で、筋が通っていないわね」

「……そこまでは言ってないわよ。正式にシルクに依頼した仕事だったら、別に問題は無いし」

「今後の行動で、なんとか貴女からの信頼を得られるよう努力するわ」

「…………」


 に、対して。不信感を露わにして睨み付けるユイン。


魔女団カヴンの目的は『自由』だったよな。ユインさん」

「! ……ええ、そうね」


 横から。ユリスモールさんが口を開いた。


「俺達が戦ってる相手は、『自由それ』を脅かす相手なんだ。夜風の個人的な因縁がある、というのは理由の一部でしかない。この世界全体のことに繋がってる。イザベラには報告してないけど……これは。俺達がやらなきゃいけない戦いなんだ」

「………………」


 正直。私としては……。と。

 考えていると。ユインが私と目を合わせてきた。

 いつも通りの、ため息の表情で。


「あんたはどうなの。ギンナ」

「……うん」


 ここは私の家で。私が皆の代表なんだ。全員が、私に向いてくれた。


「シルクがクローネちゃんを預かるのは問題無いよ。カヴンの『サボり』については、私じゃなくてイザベラさんと話して欲しい。その、日本での『戦争』については……夜風さん的には、カヴンや私達を関わらせたくないんだよね」


 そう言った。

 夜風さんは、ちらりと首を動かして髪を揺らした。視線は、そのまま。


「ええ。話が早くて助かるわ。…………『銀魔』が、4人」

「えっ」


 そのまま。

 気付けば窓際から、私の目の前まで。

 風のように、気付かないうちに近付いてきてた。

 ずい、と。顔を寄せられる。


「私は、。『魔女』独自のネットワークで、プラータに先を越されたのね」


 その言葉が、意味することは。


「……貴女に、助けられていた可能性があると……?」

「くす。そうね。貴女が、襲音と共に修練を積む未来も、あったかもしれないわ。プラータにとっての貴女達は、私にとっては、襲音やケイ、そこのユーリやアンナのようなものなの」


 じっと。目が合う。見詰められる。興味深そうに、眺められる。妖怪と言うけれど、とても綺麗で、大きな瞳に。

 妖しい瞳に。

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