17-2 クロスオブザーバー〜ネフィリム・エスカトロジー

「ま、とにかく。クローネを頼んだわよ。月に一度くらいは会いに来られるから、またよろしくね。私は……もう、魔女園ヘクセンナハトに来られないけれど。会えて良かったわ。ギンナ・フォルトゥナさん」


 びゅう、と風が吹いて。

 気が付くともう、夜風さんの姿はなかった。魂も感じない。もう、風になって霧散したんだ。






✡✡✡






「ごめん。夜風は『自由』を司る妖怪なんだ。自分勝手で横暴、それでいて冷静で、老獪。風みたいに掴み所がなくて」


 残った襲音さんが頭を下げた。どうやら夜風さんはいつもあんな感じらしい。


「…………良いわ。ギンナと夜風あんた達の間で話は付いたんだから。私はもう何も言わない。……家に帰るわ。じゃあね、ギンナ」

「あっ。うん。また明日」


 ユインはそのまま帰っちゃった。まだ不満があるみたいだったけど、彼女だって分かってる。印象が悪いだけで、今回の件は何もおかしいことは無い。やっぱりカヴンメンバーは、皆、一筋縄じゃいかない『凄い人達ばかり』ってことだ。






✡✡✡






「ほーらほらほら。あらー」

「良いですねえ。フランが赤ちゃんと一緒に居ると癒やされます」

「何よそれー」


 リビングで、フランとシルクがクローネちゃんのお世話をしてる。フランが張り切ってるのは確かに微笑ましいかも。


「……結構大人しい子、ですね」

「敬語は要らない、よ。お互い。同い年らしいし」

「…………うん」


 テーブルにて。襲音さんとユリスモールさんと、お茶を囲む。


「黒音は、ちょっと特別な子なんだ。まあそもそも、ユウと私の子ってことは、『神』と『悪魔』と『人間』の血が流れる珍しいミックスなんだけど」

「そっか。ユリスモールさんて、確か『半魔半神』って」

「ああ。もう、両親共随分と会ってないけどね。数千年は」

「あはは……」


 本当に、種族が違うのかな……。ていうか。

 同い年、だよね。19って。


 もう、私と同い年なのに。『お母さん』だなんて。

 なんだか、変な感じがする。


「長かった。……いや、まだ終わってないんだけど。早く落ち着きたいな。3人で、ゆっくり暮らしたい。いや、家族全員で。……いつか」

「…………」


 襲音さんの、クローネちゃんを慈しむように眺める横顔を見ながら。

 私は、思いを馳せた。きっと、彼らは。彼女達は。私の知らないところで、知らない物語を。

 紡いできたんだ。


「……その『特別』が、敵に狙われる、とか?」

「ん。……うん。鋭いねギンナさん。詳しい事情は話せないんだけど。それもあって、シルクさんに頼んだんだ。彼女……いやギンナさん達『銀魔』は、『魔法耐性マジックキャンセル能力』を素で備えてる。さらに、この魔女園ヘクセンナハトは幾重にも強力な、しかも何種類もの複雑な結界が張られてる。安全という観点から見れば、ほぼ完璧なんだ」

「……私も、詳しく知らないけれど」


 私は、その『銀の眼』の特性を強く意識したことは無い。いつの間にか魔法をかけられていて、それを無意識に跳ね返していたことはあるかもしれないけど。でもきっとそれは、環境の違いだと思う。襲音さん達みたいに、戦闘をするような環境に私は居ないから、実感があまり無いだけで。いざ戦いになると、確かに『銀の眼』の特性は有用だと思う。

 『銀魔』って言い方は、日本の言い方だよね。ヒヨリさんも、サザナミ様もそう言ってたし。


「そんなに複雑な結界なんだ」

「うん。私は結界術についても修行したことがあって。ちょっとこの街の結界は、過剰に思えるほど頑丈だよ」

「そうなんだ……」


 それも、気にしたことは無かった。いつもテレポートの魔法でスッと入ってたし。でも部外者からしたら、侵入不可の強固な結界なんだろうか。


「そう言えば、ケイさんは? あと、色葉さん」

「ん。ケイは……卒業してからあんまり会ってないかな。今は、ちょっと別のことしてるっぽい。カヴンでも私達でもない、別の組織の手伝い、かな?」

「……そうなんだ」

「色葉さんもそれに付いてると思う。アンは分からない。またサブリナと遊んでるのかも」

「……サブリナさん、も、私会ったことないメンバーだ」

「まあ、言っちゃえば全員変人だよ。人間の私からすると」

「あはは……」


 私の知らない話は、当然。それこそ星の数ほどある。シャラーラやエトワールさんのことも、知らないままお別れになっちゃったしね。


 それから、しばらく会話をして。おふたりはヘクセンナハトから去っていった。

 クローネちゃんは正直、めちゃくちゃ可愛い。私もちょくちょく、シルクの所に様子を見に行こうかな。私もお世話したい。






✡✡✡






 それからまた、しばらく平穏が続いて。年が明けて。


「ソフィアが死んだよ。一応、共有しとくね。ギンナ達とはあんまり接点無かったと思うけど」


 お城に遊びに行った時に。イザベラさんにそう告げられた。


「え……。ソフィアさんって」

「うん。カヴンメンバー。『偽計の魔女』ソフィア・エバンス。ヴァルプルギスの夜で会ってるよね」

「それは……勿論知ってます」


 ソフィアさんが亡くなった。確かに正直、私はあんまり話したことは無いし、一緒に仕事をする機会も無かった。どんな人か知らない。どんな魔法を使うとか。どんな性格とか。大切にしてるものとかも。知らないまま。年に1度。ヴァルプルギスの夜で挨拶するだけだった。思い出すのはそれだけ。


「どうして、そんな急に」


 若かった筈。まだ、20代くらいに見えた。生身の『人間』だった筈。亡くなるには早すぎる。


「『罰』だって。魔法の使いすぎ。表世界では、ただの人間が魔法を使うこと自体、ルール違反で『罪』になるんだって」

「…………そんな」

「まあ、ソフィアも自由に生きて、好きなことをして、死んだからさ。良いんじゃない? ギンナが気にすることじゃないよ」


 そんな、よく分からない理由で。

 カヴンメンバーが、あっさりと。


「だから問題はさ。ここの所立て続けに空いちゃった席をどうするかだね。シャラーラにエトワールにソフィア。3つも空いちゃった」

「…………シャラーラやエトワールさんとは、連絡は」

「あははぁ。取れないねー。宇宙空間を隔てて超長距離を離れると、魔力は通らないみたい。テレパシーの魔法が霧散しちゃうんだって。だから実質、ふたりも脱退ってことになるね」


 ここへ来て。カヴンの運営自体が安定してきた今になって。


 そもそもカヴン『メンバー』が、ボロボロになってきた。

 一大事だ。しかも、『欠席組』は依然として欠席組のまま。実質的に動けるのは、イザベラさんとセレマさん、イヴさん、ユングフラウさん。それから私達だけになってしまった。


「どうしよっかな。結構危機的なんだよね。ギンナ」

「えっ」


 そっか。それで、今日は私を呼んだんだ。


「畳み掛けるように、さ。ケイから連絡があったんだ。……あと半年以内に、表世界が滅ぶって」

「!」


 世界滅亡。それは私が初めて参加したヴァルプルギスの夜で、ケイさんから出た議題だった。

 それがようやく。今。現実に起ころうとしているって。


「裏世界への影響は、未知数なんだよ。ちょっと、今年のヴァルプルギスの夜、予定を早めようと思うんだ。どうかな」

「……はい。賛成です。これから裏世界を支配する私達カヴンにとって、早急に対応を考えるべき一大事だと思います」

「だよねー。んじゃ皆に通達出しとくね」


 どんどん、状況は変わっていく。『私達のこと』は、一昨年で結構落ち着いたけど。世界は、まだまだ不安定だ。


 それに何より。


 クロウからの連絡が、あれから1度も無い。






✡✡✡






「地震。津波。豪雨。……最近多いわね。世界中で」


 その日の夜。

 表世界の新聞を広げるユインが呟いた。最近頻繁にウチに来るってことは、彼氏とは喧嘩中かな。ちょいちょいあるんだよこの子。いつもすぐ仲直りするみたいだけど。


「うん。そろそろ『終末エスカトロジー』、始まるんだって」

「……『半人半妖』ケイが手伝ってるって組織ね。それが、天界に歯向かうとは聞いたわ。その影響っていうより、元々世界の破滅は既定路線だったらしいけど」

「……ソフィアさんも、その影響なのかな」

「さあ。知らないけれど、生身の人間が魔法を使い過ぎると死ぬ、というのは初耳ね。まあ、表世界での『魔法』なんて失われた技術だから知らないのも当然だけど」

「襲音さんも、魔力感じたけど。危ないのかな」

「知らないわよ。あの人に関してはカヴンメンバーでもないんだし私にとってはどうでも良いわ」


 ユインはまだ、『欠席組』と襲音さんを快く思っては無いみたい。シルクの所に行ったら良いのに。クローネちゃんと遊んでるだけで心が癒やされるんだから。


「その、『天界』? との戦争と、夜風さんの方の戦争は別なんだよね」

「そうみたいね。……まあ、この件に関しては、私達は完全に蚊帳の外よ。この地球で起こる全ての『イベント』に関与できる訳は無いわ。目の前の仕事だって山積みだし」

「そうだよね……」


 私達は、『銀の魔女』。それ以上でも以下でも無い。自由に生きる為に、力を求める魔女。カヴンに入り、裏世界を支配する魔女。無関係の戦争にまで首を突っ込んではいられない。


「表世界は、『佳境』ね。人間と、神に叛いた堕天使と、悪魔と魔女で結成された組織が、天界から奪った宇宙船で天界に殴り込み。……天界は預言通りに地上に降りて破滅的天変地異を起こしているから、その間に奇襲するんですって。捨て身の特攻ね。地上は焼かれているけれど、一矢報いる為に。……『神を名乗る者』の支配から脱却するために。5000年越しのチャンスだって」


 私が、16歳まで暮らしていた『表世界』が。そろそろ終わるらしい。異常気象、異常災害、ウイルスの蔓延。……終末が近付いてる。私は、裏世界で被害を受けないけれど。お父さんお母さんや、友達の皆は大丈夫なのかな……。


「ユイン、表世界のニュースも入れてるんだね」

「一応ね。裏世界への入口を知ってる住人は表世界からこちらに流れてくる可能性が高いし。人口が変動するなら、カヴンとしても見逃せないから」


 表世界が災害によって、最悪文明が崩壊しても。裏世界に直接の影響は無い。けれど、ふたつの世界は密接だ。今は、裏世界の住人皆が、表世界の動向を注視しているらしい。


「…………こんなこと、これからきっと沢山あるわよ」

「えっ」


 ユインと目を合わせる。


「私達は。100年も200年も、この先ずっと存在するんだから。見届けることは、『死者の魂』としての責任かもね」

「…………うん」


 まさか、自分が生きてる間に世界の滅亡が起こるなんて、夢にも思わなかった。

 いや、私はもう死んでるんだけどさ。

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