16-6 DEMON:No.006,Scialara〜人造種族の女

『来なさい。呼んでる』

『えっ。うん』


 たったひと言。ひと声。それで全部分かっちゃう間柄なんだよ……というより。

 正確には、私がそれで『分かる』って、信頼してくれてるから、私が予想しやすいんだよね。


 フラン。






✡✡✡






 彼女は今、アメリカだ。その彼女が、私に『呼んでる』なんて言うなんて。

 エトワールさんくらいしか、考えられない。


「フラン」

「こっち。ほら」

「うん」


 テレポートの魔法は、一度行った所にしか行けない。だからまずはカリフォルニアまで飛んで、そこでフランと待ち合わせ。

 挨拶もそこそこに、差し出された右手を掴む。すべすべの手。


「わっ」


 すると、もう。


「ここは」

「裏の、ペンシルバニア。裏フィラデルフィア宇宙センター。私も2度目だけどね。全く魔女ひと使い荒いんだから」


 今は、11月。フィラデルフィアの気温は、日本とそこまで変わらない気がする。普通に寒いかな。コート着てきて良かった。フランはいつも通りロリータファッション。幽体の温度調整してるっぽい。見た目は寒そうだけど。

 表だと、アメリカの独立運動や革命に縁のある街だけど。裏だと、それはあんまり関係無いみたい。まだ、裏アメリカ大陸では戦争があるしね。表のアメリカみたいにひとつの国になってない。


 目の前に、巨大な建物。鉄筋コンクリートの、ビルなんだけど。SF映画に出てくる宇宙基地のような、怪しい感じがした。ちょっと不気味というか。


「そう言えば、そろそろロケット発射だって言ってたね」

「そうよ。別にカヴンメンバーひとりひとりが見送りには来ないでしょ。必要ないし。エトワールとシャラーラの席には、また誰か用意しなくちゃいけないわ。イザベラは何か言ってた?」

「いや。少なくとも私は聞いてないや。宇宙へ行っても、テレパシーやテレポートができるなら席は空かないんじゃない?」

「……さあね。知らないわ」


 ガラスの自動ドアをくぐる。受付のお姉さんには、フランが手をやるだけですんなり通れた。顔パス? 凄い。

 白く綺麗な、ゴミひとつ無い廊下を進む。白衣の職員さんを通り抜けて、ビルをひとつ裏口から抜けて。


 HOTELと書かれた看板の見えた、もうひとつの建物へ。


「203だから。じゃあね」

「えっ。うん。一緒に来ないの?」


 その玄関で。フランが踵を返した。


「私、あいつ苦手なの。それに挨拶はもう済ませたし。これから仕事なのよ」

「……そうなんだ」

「いや。私だって、本当は、あんたと食事でもしたいわよ? ……ちょっとだけ、立て込んでるの。本当よ」


 目が合う。綺麗な銀色の瞳。


「うん。大丈夫。分かってるよ。じゃあ今度、都合の良い日に。フランから誘ってね? 私は、大体空いてるからさ」

「…………ええ。待ってなさい。私の稼ぎで、とびきり美味しいものを食べさせてあげる。魔女園ヘクセンナハトでは味わえない絶品をね!」


 ちょっと素っ気なく感じたけど。フランにはフランの世界がある。お互い少しずつ成長して、少しずつ、また距離を縮めていくんだ。

 さらりと手を振って、フランはまたテレポートで消えた。






✡✡✡






 さて。

 203号室。フロントで私の名前を出すと、すんなり通してくれた。『銀の魔女』の名前、私が思っているよりもっと、広まってるのかもしれない。


 コンコンと、ノックする。


「……ああ。入るが良い」


 そう返ってくる。入るが良い? エトワールさん、そんな喋り方だったっけ。いやそもそも、こんなに可愛らしい声だったっけ。


「失礼、します」


 開ける。内装は、シックな黒を基調にした高級そうなホテルの寝室だ。その、奥に居たのが。

 ――違う。先入観から、私はエトワールさんに呼ばれたと勘違いしていた。私を呼んだのは……。


「わはは。いきなり呼び出して済まんかったの」


 長い長い、淡い紅の髪が。オーラのように揺らめいてる。彼女自身も少し浮いていて、腕を組んで、足も組んで。まるで空中で、何かに座っているような体勢で。

 薄着。無地のTシャツ1枚だ。下はピンクのパンティ。

 褐色肌はキメ細かくて綺麗で、でも全身にタトゥー。燃える炎のような、縄のような紋様。


 自信満々に、にかりと白い歯を見せて笑う、12〜14歳くらいの少女……の、外見。


 カヴンメンバーのひとりであり、『魔力発電機構』の発明者。つまり今、私達が世界中で奔走してる純魔力法や、生活魔力、魔力家電なんかの。裏世界の住人に新しい生活スタイルへ導いた先駆者。革命者。超、魔導科学者。カヴンMVP。最年少で魔女に、そしてカヴン入りして。最速で最大の成果を挙げた、間違いなく裏世界とカヴンの歴史に名を刻む人物。

 『火の花』シャラーラ。


「……シャラーラ、さん」

「わはは。敬語など要らぬ。やつがれなんじは対等にカヴンメンバーではないか」


 最初に会った時は。確かニクライ戦争の戦後処理会議で。大人しい子だった。髪も黒だったし、こんなに長くなかった。勿論揺れても無い。そうだ、この子は。

 『死者の魂』としては、『巫女』だった筈。フランの殺した人達を生き返らせてた。


 次に会ったのは、ヴァルプルギスの夜。髪の色はこの時に既に薄紅色だった。でも、大人しくて。表情の変化もあんまりなくって。こんなに快活に喋ってなかった。こんな喋り方でも無かった。


「分かった。……シャラーラ」

「ふんむ。やつがれと汝は、カヴンとして『同期』、であるからの。地球を発つ前に、話をしておきたかったのだ」

「うん。私も、話したかった。色々と、ね」

「で、あろうの。まずは、魔力発電や純魔力法制定の愚痴でも聞こうかの」

「あはは……。いやいや。忙しいけど、これでカヴンは裏世界を実質支配できるんだから。感謝しかないってば」

「そうか。何よりである」


 あ。結構気さくだ……。フランは苦手って言ってたけど、私はそうでもないかな。まあ私、苦手な人とか居ないタイプだと思うし。


「……主とは、揉め事があったようであるな」

「!」


 シャラーラは、ジョナサンと一緒に居た。つまり彼が買った、『無垢の魂』だったと予想できる。主って、ジョナサンのことだよね。


「うん。まあ、ね。正直……良い感情は無いかな。私、奴隷として誰かに買われてたかもしれないし」

「……やつがれは、汝に感謝せねばならぬのだ。ギンナ」

「えっ。……あっ」


 私はあの時。クロウに買われた。だから助かった。金貨、10万枚で。それは、ジョナサンの懐に入った筈。

 そのお金で。


「……そっか」

「…………ああ。やつがれは、巫女に適性のある『薄紅色の魂』だった。浄化磨かれる前であったが、それを見抜く職人が居る。……金貨8万枚。オークション側に支払う手数料2万枚を引いて残った全てを。主はやつがれに注ぎ込んだのだ」


 私を売ったそのお金で。シャラーラを買ったんだ。ジョナサンは。


「ありがとう。汝のお陰で、やつがれは救われた。そして……済まなかった。やつがれのせいで、汝は危険に晒された」

「…………ううん。シャラーラが謝ることじゃないよ。お礼も、要らない」

「ギンナ……」

「私達は『対等』でしょ? ジョナサンのことは、私は良いよもう。もっと、今のシャラーラのことを聞かせてよ。どうしてあんな研究、思い付いたの? とか。どうして宇宙に行きたいの? とかっ」

「…………っ!」


 奴隷をお金によって解放することが、良いか悪いかは分からない。私は一度当事者になったから、無責任なことは言えない。まだ裏世界には、奴隷の文化は深く根付いている。


 プラータも、ヴィヴィさんも。カンナちゃんもこのシャラーラも。ミッシェルも。私も、一度は『商品』として売買の対象になったんだ。


「……やつがれは、汝らとは少し、出自が異なる。『人間』→『死者』→『無垢の魂』→『魔女や巫女など』というルートで、今ここに居る訳ではない」

「!」


 不敵に笑ったまま。あと下着のまま。シャラーラが話し始めた。


「『死者の魂』を研究している者達は、何もエトワールだけではない。エトワールは、自身の探求心に従った研究だが、奴らは違う。いつの世も、人間は。『戦争』の為に技術を研究する」

「……戦争」


 魔女や巫女の研究はあんまり行われてなくて、進んでない。魔法や魂、エネルギーのことはまだまだ謎が多い。ユインは昔、私達に説明してくれた。けど。

 ここは裏世界。『隠し事』なんて、星の数ほどあるんだ。


「死んだ兵の魂を、また兵として再利用する。幽体は頑丈で、魔法の使用も可能。……夢のような軍隊だ。やつがれはその研究のモルモットのひとりだった」


 真っ赤な瞳が。それに映る私も、赤くて。


「――『魔人デーモン』。その研究プロジェクトの名である」

「…………魔人」


 これは、初めて聞いた。魔女でも怪物でも巫女でも、死神でもなく。


 魔人。


「1963年、法務局と死神協会が本格的にアラブ裏世界に介入してきた頃、裏カイロで始まった研究である。2013年に凍結するまでの50年間で、モルモットは全部で2022名の乳児達。実験に成功し、奴らの望み通りの『魔人』と成ったのは、7名」

「!」


 2000人以上犠牲になって。

 生き残ったのは、7人。シャラーラもそのひとりなのか。


「やつがれのを救ったのは間違いなくジョナサンであるが。用済みとなった『魔人』達の社会的立場を守ろうとしてくれたのが、この裏フィラデルフィアという訳だ。7人全員が、『Project:ALPHA』で宇宙へ発つ。……ミルコ・レイピア博士には感謝してもしきれぬ。やつがれ達が活躍できる場を、地球の外まで探して、持ってきてくれたのだ」

「…………シャラーラ」


 彼女も。

 私達と同じように。色んな経験をして。ここに居るんだ。彼女にも、太く長い物語がある。


「……カヴンには、どうして?」

「主の助言である。やつがれは『巫女の魔人』として、『似たような』汝らと繋がっておくのが、やつがれの今後の為となる、とな」

「…………そうなんだ。でも、すぐ宇宙へ行っちゃうんでしょ?」

「わはは。構わぬ。であるから、一度話したかったのだ。もう充分である。それに、やつがれの痕跡は、魔導科学となって永劫、この地球に残り続ける。ま、汝らにはこれによって貢献したのだから文句はあるまい?」

「……うん。凄いよ本当」

「わっはっは」

「でもまあ、皆今、シャラーラのお陰でてんてこ舞いだって。魔女だけじゃなくて、法務局も含めた裏世界全体」

「で、あろうの。わはは」


 なんだか、話してみると。

 凄く、親近感が湧いた。どうしてだろう。生まれも経歴も全部違うのに。


 もっと、時間があったらなあ。そうだ。カンナちゃんの妹みたいなもんだよね。ジョナサンの子扱いならさ。


「あ、あとさ。訊きたかったんだけど」

「何でも訊くが良い」


 でも、今日話せてよかった。多分もう、会うことは無いから。

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