Chapter-14 RELATION
14-1 咲く花〜Mental growth
「いつまでそうしてんの」
4人の寝室。この部屋は破壊を免れている。家の修補作業は正午で一旦止め、昼食を報せに来たユインがそう言った。
フランがまだ、うつ伏せで固まっていたからだ。
「…………」
返事は無い。だが起きてはいるだろう。いつもの寝坊ではないのだ。
「アレはもう、殆ど恋人よ。魂まで共有しちゃって。『ニコイチ』ってやつね」
「…………」
ショックを受けているのだ。理由はひとつではない。だが原因はひとつ。
「何よ。ギンナは嬉しそうだったじゃない」
「……わかってる」
「それとも、クロウが死んだ方が良かった?」
「そんなこと言ってない!」
「あんたこの前、応援するって言ってたんでしょ?」
「わかってる!」
ようやく。声を上げて。
起き上がった。
「分かってるわよ全部! 私と……っ。私とギンナが結ばれないことも! ふたりを応援するべきだってことも! …………私が今回、ギンナにとって何の役にも立たなかったことも!!」
声の限り。
ぶちまけた。ユインは真剣な眼差しで、それを受け止めた。
「…………頭では、全部分かってるわよ。
また、どさりと倒れた。床に。長い銀色の髪が乱れている。
「あんたがクロウを呼んだのよ」
「……っ」
ユインは。
ふん、と鼻から小さく息を吐いて、ベッドに座った。
「少しでも遅れたら間に合わなかった。あんたのお陰で、ギンナは救われたのよ」
「…………でも」
「そう。でもそのせいで、ギンナとクロウは……まあ、あれはもう結ばれたと言って良いわね。そうなった。……まあ……辛いわね。あんたからしたら」
フランはまた固まってしまった。でも……と小さく呟いている。
「確かに、あんたは魔力が少なくて、魔法もひとつだけ。そっちでの役には立ってなかったわ。けどね。……あんたきっと、誰よりもギンナの身を案じてたのよ。迷わず飛んで、天井を突き破るほどね。あんたの、ギンナへの想いが軽かったら。きっとクロウは間に合ってない。救えなかったのよ」
「…………」
「胸を張りなさい。……ギンナが魔女に成る為には、いつか必ず必要だったことよ。あんたが一番、それに貢献した。それとも、あの話を聞いてもクロウはそんなに信用ならない?」
「…………っ!」
言われて。考える。否。ずっと考えている。
一番は。何より一番は、ギンナだ。彼女の……。
あの笑顔。
✡✡✡
「…………分かってるわよ」
「(おっ)」
ずるりと、起き上がった。立ち上がった。ボサボサの髪は、一度指で梳くとサラリと流れた。
「今度から、『
涙は渇いていた。毅然として、睨み付けた。
「(思ったより早く立ち直ったわね……。この子も成長してる……? そう言えば魔力が)」
ユインが、フランから感じる『魂』が。
少し変化した気がした。
「……吹っ切れたわね。やっぱりそっちの方があんたらしいわ。フラン」
「そう? ……今なら、バハムートでも死神のボスでも何でも、殺せそうな気がするわ」
この時、ユインの魔力、332。
フラン、345。
✡✡✡
「……へえ。さらにこんな極端な成長とかするのね。ギンナが『未練』だったってこと? 生前じゃなくても起こるのね」
「知らないわよ。なんだって良いわ。……ちょっと、エトワールの所へ行くわね。まだ途中だったし。何かあったら呼んで」
「え? あんた箒もまだ……」
「!」
リビングへ下りてきて。魔力を測って、昼食を摂って。フランがそのまま出ていった。魔力が200どころか300を超え、さらにユインを超えたというのに、フランは特に嬉しがる様子もなかった。
そして。テレポートの魔法で、フランはその場から消えた。
「…………なんですかあれ。本当にフランですか?」
ぽかんと、シルクがフランの消えた辺りを指差して呟いた。
「……『精神的成長』ね。私の仮説は、『当たり過ぎていた』ってこと。失恋は女を育てるって言うけど、こと直接魂の存在である私達には影響が大きいって訳」
「そういう、ことですか。なんだか別人みたいでしたね」
「テレポートの魔法を使ったってことはもう、『特化型』じゃないわね。いや……従来通り即死の魔法も使えるなら、完全にレベルアップしてる。……『魔女』なんてまだまだ、分からないことだらけね」
この時、シルクが抱いた違和感は。
同時刻のギンナも、感じていた。
✡✡✡
「えーとね。まだ学生寮とか無いんだけど。ふたりは手を繋ぐ必要があるなら、部屋は一緒にしないとね。取り敢えずは、私の城に住みなよ。あの、ヴァルプルギスの夜で休憩に使った部屋」
ヘクセンナハトにて。イザベラの案内で、城へやってきたギンナとクロウ。クロウはここで、ユインやセレマの勤める学校の第一号生徒となる。
「……住む。あっ」
ギンナが。口を押さえた。そりゃそうだと、思った。
「僕は君達の家に、敷地内に入れないんだろう? それは良いとしても、僕は君から魔力を貰わなくてはならない。だからまあ、こうなる」
「…………!」
「じゃ、ごゆっくりー」
イザベラが手をひらひらさせて、退室した。残された、ふたり。
「…………ふ。ふたりで、住むの……?」
真っ赤になったギンナが言った。
「君が望んだんじゃないか」
ギンナの魔法によってふわふわと浮かせていた、クロウの荷物。手を離して、彼が荷解きを始める。私物はそんなに多くなく、すぐに終わるだろう。
「……あのさ」
「なんだい」
玄関で固まったままのギンナ。淡々と作業をするクロウに。
「ごめん。まだ……あなたの気持ち、聞いてなかった」
「…………」
これまで全部、ギンナの望み通りにしてきたクロウ。それは、命を救ってもらったからであり、本来はクロウは消滅していたからだ。
だが。それにしても。
「僕は君に生かされてる」
「ううん。違うの。そうじゃなくて。……あなたの、気持ち」
トントン拍子だった。自分が魔力枯渇になって、彼が来て。
フランと同じく。気持ちの整理がまだ、付いていない。
「……君達は、楽しそうだった。4人でね。だから早く、僕が成長して君を解放――」
「違うって」
クロウとは。彼とは。
まだ、『話していない』。あの時のままではないのだ。人格も性格も、その後13年あったのだから。まだお互いに、何も知らない。
昔の思い出だけで、上手くいくということは無い。これからふたりが。
より親密になるのであれば。
「もう一度、言うよ……?」
「……っ」
作業の手を止めて。その手を引っ張り上げて。
両手で包んだ。目が合う。座る彼に合わせて、両膝を突く。祈るようにして。
「好き」
言った。
「……正確には。『好きになりたい』。私はね。法を犯して、命を懸けて、私を救ってくれたあなたを。……手放したくない。もっと話したいことある。もっと……知りたい。あなたの13年。これまでの全部。……昔の思い出だけじゃないよ。今の、あなたを。……私は見てる。見ようとしてる」
「…………ギンナ」
「今度はあなたの気持ちを聞かせて。嫌なら、止めるから。迷惑なら、もう消えるから。『私が私が』じゃなくて。あなたのこと」
「…………」
ギンナは。……杏菜は。生前の人生で、恋愛経験は無い。2度ほど、学校の男子から告白されたことはあったが、よく分からなかったため全て断っている。それ以外に浮いた話は無い。
誰かを好きになることは多い。だがそれが、『恋愛』に発展することは無かった。誰からも愛される性格だったが、全員が彼女を恋愛対象にしていたなどということは無い。
今。初めて。
彼女は『こんな気持ち』になっている。
彼は私のことをどう思っているのだろうと、『気になっている』。
本人に直接確かめるほどに。
「…………僕はね」
「っ」
その気持ちは。魂は。彼には伝わった。共有しているのだ。魔力を。
だが、心の奥まで全て分かり合っている訳ではない。ギンナは息を飲んだ。緊張する。何を言われるか。どんな言葉が飛び出すか。
「『君しか居ない』んだ」
「!」
少しだけ、自嘲気味に。視線を、斜め下へ逸らせて。そう言った。
「死んでからのことは、初期化されて無くなった。死神世界との繋がりも無くなったしね。となると、生前のことしかない。すると、『君との出会い』しか無いんだ。僕にはそれしか無い。……『好き』はね。ちょっと分からないんだ。比較対象も無いから。僕の人生は、君だけだった」
「…………っ」
彼は逆に。
選択肢など何ひとつ無かった。本来、普通なら。口説き文句の筈の言葉が。
悲しい自白になって、ギンナの耳を叩いた。
「……ギンナ?」
無言で。
抱き締めた。愛おしいのではなく。
不憫でならなかったからだ。
ギンナは、16歳で死んだ。不幸だった。だが。
16年も生きたのだ。様々なことがあった。沢山の思い出がある。
彼は違う。
「(そうだよね。りっくんは死んだんだ。私が……。空を飛びたいなんて言ったから。そこで彼の人生は終わった)」
何も無いのだ。その人生に。勿論、4年間はある。両親に愛されていた。だが。
「……じゃあさ。一緒に住もう。色んなことしよう。学校でだって、友達とかできるよ絶対。これから、やろうよ。私と」
頼りがいのある、彼の17歳の体。だが今は、空っぽで、押すと崩れてしまいそうなほど脆弱な気がした。
力強く抱き締める。彼からはやはり、腕は回ってこない。
「……仕事は」
「良いよ。しばらく休むつもりだったし。それよりあなたが心配。なんか、消えちゃいそう。駄目だよ。そんなの」
その、ギンナの様子が。声色が。表情が。
『あんなちゃんはぼくがまもる』
彼の漆黒の魂に、決意をさせた。
「分かった」
「え……」
優しく、振り解いて。クロウは立ち上がった。17歳の姿のまま。
「悪かったね。『無垢』になったからか、僕も不安定だった。弱い所を見せてしまったな」
「そんなこと……」
「君が大事だ。それは変わらない。だからこれから、精一杯、『それ』をやるよ」
あの、可愛らしい顔立ちが。成長するとこうも精悍な表情をするようになる。それを、できれば間近で見たかった。小中高と、一緒に通いたかった。
「りっくん」
「取り敢えず荷物だ。片付けてしまおう」
「……あ。うん」
急がなくて良い。これからだ。
ギンナはそう言い聞かせた。
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