14-2 Silver witches talk in the Sabbat.

『ねえ皆。話があるんだけど』


 彼女達の魔法には、正式な名称は無い。人や地域によって、同じ魔法でも呼び方は様々だったりする。彼女達は適当に、自分達が分かりやすい名前で呼んでいる。

 例えばこれは、テレパシーの魔法だ。


『……丁度良いわ。私からもあるわ』

『あ。私もです』

『…………私もよ』


 ここへ来て。

 色々と、状況が変わった。否、じわりじわりと変化していっていたが、ついに『話し合うべき』所まで来た。と、いった状況だ。


『じゃあ、フラン待ち、かな?』

『夜には終わるから、じゃあ魔女の家ね。ゆっくり話すなら』

『うん。分かった』

『あ。その間クロウは大丈夫ですか?』

『大丈夫。マナプール渡すから、しばらくは大丈夫だよ』

『そう。じゃあ、夜に』

『うん』

『はーい』






✡✡✡






 クロウの、ヘクセンナハトへの引っ越しを手伝って、次の日だ。その夜。


「わ。本当に壊れてる」


 数日振りに魔女の家に帰ってきたギンナ。その崩れた屋根を見て、驚いた。


『王よ』

「ラナ」


 その左肩に、ラナが乗ってきた。


『悪魔の女と成ったようだな』

「……まあね。お陰様で。心配掛けてごめんね」

『無事なら構わぬ。だがあの「魔女園」に棲家を移すなら、吾も引越しをせねば』

「あ。そっか。……イザベラさんに聞いてみよっか。例外として入れるか。まあ大丈夫か。ヴァルプルギスの夜にも一度来たしね」

『出来ぬなら周辺にて待つがな』


 するりと、また降りて。森へと入っていった。完全にこの森を庭にしている。ギンナは可笑しくなった。


「そう言えば私、猫の王だったなあ……」


 感慨深くなった所で。玄関に手を掛けた。






✡✡✡






「さて。集まったわね」


 被害の無かった、リビングにて。4人が腰掛ける。いつも通り、いつもの席に。


「単刀直入に言うわ。私達、解散した方が良さそうよね」

「!」


 ユインが。言った。

 恐らく4人共が思っていることを。しかし、言いづらかったことを。


「私は、これから魔女園での仕事が忙しくなる。校舎も出来てきて、本格的に動き始めるわ。きっと、魔女園に住んだ方が良い。色々とね」


 解散。

 ずしんと。心に伸し掛かる言葉だった。


「……私も。エトワールの仕事を手伝ってるんだけど。結構、面白くて。あと稼げるわ。今スウェーデンに居るんだけど、そっちでの開拓も、良いかなと思って。こっちだと、私の魔法を活かせる仕事は少ないし……」


 フランも。同調した。ギンナと離れ離れになることなど、これまでの彼女なら決して選びはしなかった彼女が。


「…………で、ギンナはクロウのことがあります。でしょう?」

「……うん。しばらくは、一緒に居たい。魔力供給のこともあるけど……。クロウ、初期化して、結構不安定なこともあって。私が、できれば付いていてあげたいなって」


 4人。

 ずっと4人でやってきた。助け合いながら。時には喧嘩もしながら。


「それに、この魔女の家です。今日、ユインとも話していたんですけど。もう解体してしまおうかと」

「えっ……」


 破壊された屋根。貫通している床と壁。素人のユインとシルクでは、満足に直せなかったのだろう。


「シルクは良いの? だって、3人がここを離れたら残るのはシルクだよ」

「私は……プラータの遺したパイプ。ガレオン国やチェルニアの要人から色々と招待されていまして。しばらくそっちに身を置いても良いかなと。どうせひとりじゃ広すぎますしね。この家」


 4人が住む家。4人の居場所。死んで、魂となって。寄る辺であった魔女の家。

 もう、必要性は失われていた。


「…………解散」


 口に出して言うと。こみ上げてくるものがあった。


「……なんだか、不思議ね」

「えっ?」


 ユインが、薄く笑って呟いた。


「最初は、ひとりひとつの魔法しか使えなくて。頭脳労働だ肉体労働だと役割分担して。協力してなんとかしてた。けど、魂だって成長する。今や全員『魔女』に成って。使える魔法も増えて。それぞれが単独で依頼をこなせるようになった。全員がきちんと、『銀の魔女』になったわね」


 顔を見合わせる。ひとりひとり。そこにはひとりも、頼りない少女は居ない。


「まあそりゃ、いつまでもずっと一緒、なんてことは無いわよ。いくら幽体だからって。成長もするし、外との関係性も変わってく。……家壊しちゃったのはごめん」

「あはは。それだけ急いでくれたんでしょ? ありがとうフラン」

「…………そうよ。感謝しなさい、ギンナ」

「うん」


 ギンナはフランを見て、本当に頼もしく思った。妹のように思っていたが、もうそんなことはない。しっかりと自立しているように見えた。自分の意志で、スウェーデンに行くと。


「……でも、私はちょっと、寂しい」

「!」


 ギンナは。

 彼女ら3人を誇らしく思う一方で。

 まだ、『依存していたい』気持ちも本物であった。


「ずっと、一緒だったんだもん。……もうすぐ1年経つけど。なんだかさ。4人一緒なのが当たり前っていうか。4人で、『私』みたいな感覚だった」

「……そうか。まだ1年も経ってないのね」


 4人で、わいわいやって。全ての依頼に4人で対応した訳ではないが。ここに帰ってくれば全員揃って。シルクの料理を食べて。同じ部屋で就寝して。朝が来て、一緒に朝食を摂って。またそれぞれ仕事へ。


「…………」

「…………」


 それぞれが、各々思い出し。

 沈黙が流れた。






✡✡✡






「ねえ、あのさ」

「なに?」


 破ったのは、ギンナであった。彼女が『あのさ』と言うと、全員が耳を傾ける。目を向ける。


「こういうのはどうかな」


 提案するのだ。いつものように。毎回、これに助けられてきた。3人は彼女に絶大な信頼を置いている。それが、荒唐無稽で突拍子もないことでも。彼女の感覚は、信用できる。


「つまりさ。私達はひとりでも、稼げるようになった。効率は『4倍』だよ。ねえ。解散って、これだってずっとじゃないでしょ? 私、良いこと考えたんだ」

「だからなによ」

「今はそれぞれ、ひとりで頑張ってさ。……いつかまたここへ戻って集まって。家を建てようよ」

「!」


 解散はするが。

 これで『4人』を終わらせたくは無い。間違いなく、全てを無条件で信頼できる唯一の仲間。

 家族であるから。フランが虐待された。ユインが、見放された。シルクが、不幸に見舞われた。

 『家族』は、この4人だから。


「大きな家をさ。それぞれ、稼いできてさ。どうかな。また、集まるために。また一緒になるために」

「良いですねえ!」


 少し気恥ずかしそうに言うギンナに、一番に賛成の声を上げたのはシルクだった。


「また、4人一緒になるために! いやあ、こういう目標とかあった方がやる気出ますよ。ねえふたりとも?」

「……そうね。まあそもそも私は、魔女園でギンナやクロウとは頻繁に会うだろうけど」

「確かに。何の目的もなく稼ぐのは意味不明ね。私達に老後とか無いし……って」

「?」


 そこで。ユインも頷いた所で。

 何か忘れていないかと。

 フランが気付いた。


「まだ借金返済してないわよ。クロウに」

「あっ」


 そうだった。

 金を稼ぐのは、その為でもあった。ギンナを救う為の代金。あと金貨、3万枚。


「クロウは何か言ってる? ギンナ」

「……ううん。元々、あんまり気にしてなさそう。けどまあ、ここで有耶無耶にするのは違うよね」

「その通りね。金銭関係で信用ならないようなこと、『銀の魔女』として許されないわ」

「丁度良いじゃない。あと3万でしょ? ひとり1万ね。ユイン、シルク」

「!」


 解散しても。

 離れ離れになっても。

 この4人は『銀の魔女』である。その資産と魔力は、共有だ。これは口で言わなくても、彼女達の暗黙のルールだった。


「え、私は?」

「あんたは、クロウに付きっきりでしょ? その間稼げないじゃない。別に良いのよ。あと、あんたがバハムート2匹消し飛ばして稼いだ8500枚あるでしょ。あれはあんたが持ってきなさい」

「え」


 口をぽかりと開けてしまった。大金だ。……というより、今のほぼ全財産である。それらを持たずに、3人は行くというのか。


「これは誰が一番早く1万枚稼げるか――いや。誰が一番多く稼げるかの競争よ。良いわね?」


 フランが言った。ギンナを除いて、3人で。

 勝負をしよう、と。


「ちょっ。それユインは不利じゃない?」

「いや、良いわ別に。普通に副業やるし。あんた達がイングランドを離れるなら、元いた顧客は全部私が貰うから。あと、顔が広まってるのはギンナだから、いけそうな時は協力して貰うわよ」

「なっ……。ギンナの協力はズルでしょ?」

「使えるものは全部使うわよ。私は『魔女』よ? あんたはどうなの」

「…………!」


 なんだか。

 風向きが変わってきた。しんみりした話し合いになる予想であったのだが。


「良いわよ! なんでもしたら? 結局私が一番稼ぐもの!」

「あはは。良いですねえ。じゃあ、期限を設けましょう。いつまでにしますか?」

「……ヴァルプルギスの夜で良いんじゃない? あと1年も無いけど、取り敢えず中間報告として。年に1度くらいは集まりましょう」

「賛成! じゃあそういうことでっ!」


 あれよあれよと、決まっていく。言い出しっぺのギンナが置いていかれている。それが少し、可笑しかった。


「あははっ」

「む。なによギンナ。あんたも、クロウが自立したら連絡しなさいよ。で、ちゃんとあんたも稼ぎなさい。『銀の魔女看板』はあんたのなんだから」

「……うん。大丈夫。分かってるよ」


 いずれ、別れの時が来る。

 だが、今ではない。本当の別れは。






✡✡✡






「……取り敢えず、空いた穴は一応塞ぎましたけど」

「そんなもんで良いんじゃない? 別にエリザベスもプラータも、この家を壊した所で何も言わないわよ。好きにやれって言うわどうせ」

「あと、郵便屋さんだよね。もうここには誰も来ないから……」

「それは私が彼に言っておくわ。今まで通りの依頼は私が管理するけど良いわよね?」

「うーん。まあ、ユインのハンデということで」

「こいつ魔女園じゃなくて彼氏の家に住み着きそう」

「……うるさい馬鹿フラン。悔しかったらあんたもそっちで彼氏作るのね」

「ぐぬぬ……っ」


 4人で、外へ出た。もう陽は落ちている。夜。魔女の時間である。


「結界は?」

「そのままで良いでしょ。また住むんだし」

「うん」


 輪になって、お互い向かいあった。


「何よギンナ。離れてもテレパシーやテレポートでいつでも繋がれるじゃない」

「……うん。でもなんか……。なんだろ。部活の引退式って気がする。メールはできるけど、みたいな」

「ごめん、それ多分あんたしか分からない」

「あはは……。じゃあ、私はこれで」

「私も。じゃあね。また会いましょう」

「うん。またね」


 こうして。4人の、『銀色の魔女見習い』は。

 それぞれひとりの、『銀の魔女』と成った。

 暑い夏の日だった。

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