13-7 黒色の魔女見習い

「魔力を、共有」

「うん。というか、魂? を分け合ったんだ。あのままだと、りっ――クロウが消えちゃう所だったから。私と、『存在を同一に』したの。クロウが捨て身で自分の幽体を捨てて私の幽体に入ってきてくれてたから、思い付いたんだけど」


 ギンナが、説明する。クロウは、自分自身の全てを使って、ギンナを救おうとしていた。それをどうにか、彼をも救おうとギンナが提案したのだ。


「じゃあ、ギンナの魔力はもう『銀の眼』では無いのですか?」


 クロウの魂の色は『漆黒』と言う。大方予想していたが、それとギンナが融合してしまったのだろうか。シルクが心配した。


「いや。『混ざった』というのは違う。ギンナは自分の『銀』と、僕の『漆黒』のどちらもを宿したという感じだ」

「……ん? どういうことですか? 見たところでは、ふたりとも変わりなく……ああ、クロウは縮んでいますが。特に問題ないように見えますが」


 シルクの言葉に、他の者も頷く。ただ単に、クロウがギンナを『魔女』にして救った。そう見える。

 するとクロウとギンナは。お互い顔を見合わせて。

 ギンナが赤らんで俯いた。


「僕らが手を繋ぐ理由さ。今、僕の魔力は完全にギンナに依存してる。離すとこの幽体からだはただの人形になる。やがて消滅するか、怨霊に入られて悪さをするようになるだろう」

「えっ……」

「じゃ、じゃあ、ずっとこのままなの!?」


 フランが慌てる。本当にずっと手を繋いだままなら、様々な支障が発生する。


「いや。供給された魔力が尽きるまでは離しても活動できる。節約するために、変身魔法は使えないけどね」


 ぱっ。と、手を離した。ギンナの手は名残惜しそうに伸ばされていたが、クロウは4歳の姿で布団から出た。


「それもまあ、しばらくの間だけだ。僕自身が成長して『無垢の魂』から……『魔女』か『怪物』か、何かに成れば。この幽体自体からも魔力生成は始まるだろう。不便だろうけど、それまでの辛抱だよ。ギンナ」

「………………うん」


 振り向いて、見つめ合う。ギンナは、嬉しそうな、恥ずかしそうな。寂しそうな表情を浮かべていた。






✡✡✡






 と、説明を受けて。


「……ふぅ。私はまだ、ちょっと下手ですね。テレキネシスの魔法は」


 帰ってきた、3人。その朝。シルクが両手の埃をぱんぱんと叩いた。

 壊れてしまった魔女の家を、修繕している最中だった。まずは瓦礫を掻き出さなければならない。


「あんた変身魔法使えるんだから、巨人にでもなったら楽じゃない。積み木みたいにやってよ」

「……なるほど!」


 ユインも、丁寧なテレキネシスで作業をする。家の奥底から引っ張り出してきた、図面を持って。

 シルクがぽんと納得してから、むくむくと巨体に変身していく。服もそれに合わせて伸びていく。服ごと変身しているのだ。みるみる、20メートルほどの大きさになった。


「……あんた何にもないのにティーバックとか普段使いしてんじゃないわよ」

「「きゃー。ユインのエッチ」」

「うるさっ。声野太っ。巨人化したらテレパシーにしなさい」


 ロングドレスの下に覆われてしまったユインが、上を見上げて呟く。シルクは大股で移動して、上階の瓦礫を片付けていく。


『……しかし、大工さん雇えないんですか? それか管理会社とか』

『ここは魔女以外入れない結界の中よ。それに、この家は先代が勝手に建てたもの。施工会社も無ければ大家も居ないし、火災保険なんか入ってない。ていうか探しても各階平面図しか無かったんだけど。本当適当。私達で全部しなきゃいけない』

『なるほど。……私達は全員建築素人ですよね。知識も技術も』

『そうね。いっそのこともう、崩してしまって魔女園に皆で引っ越すのも良さそう』

『あー。ありですねえ』

『ていうか技術者を何人かイザベラから借りて来た方が早いかもね。あの魔女、国ができるほど豊富な人材抱えてるし』

『おお、そんな手が』


 そんな会話をしつつも。天井と床に穴が空いた程度だ。このレベルの修補なら彼女らだけでもできるだろう。


『……フランは、まだ起きてきませんね』

『…………そうね。まあ、あんな話聞いちゃったらね』


 フランは。

 帰ってからずっと、ベッドから出てこない。理由は察するが、自分で壊した家くらい自分も手伝いなさいよと、ユインは溜め息を吐いた。






✡✡✡






 次の日。


「死神世界……。私、行って良いのかな」

「君が居なくちゃ僕が満足に動けないから仕方無いだろう。僕が幼児で死んだと知っている者は少ないからね。17歳の姿に変身しておかないと話が進まないんだ」


 クロウと、手を繋いで。

 ヒヨリさんが迎えに来た、あの黒い穴? に入った。その向こうは、赤い地面があった。紫色の川が流れてる。もっと向こうに、日本建築のお屋敷が見えた。

 地獄……っぽい、かな。空はどんよりしてて、殺風景だ。


「此岸長、あの、ほんまにウチ――」

「言ってるだろ。僕の最後の仕事だ。君を推薦する。……だから、お願いがある」

「ほえ?」


 ヒヨリさん。前は『妖怪』と癒着してて、ズルい方法で成績を上げてたんだよね。シルクがその妖怪を討伐したんだけど。結構、野心家なんだよね。そう考えると。なら、この話は乗ってくる、と。


「ギンナ」

「うん。えっと。……」


 死神とのパイプは、大事にしたい。基本的に、死神法に抵触しないと現れないもんね。多大な権限と強大な実力があるのに。……だからこそ、法律できちんとしてるのかもしれないけど。

 正味な話、『魂を操る』死神が大挙して裏世界に攻め込んだら即座に滅びるもんね。怖い怖い。


「……なる、ほど。それ、ウチバレたら初期化で済まへんような……」

「頼むよ」

「…………」


 お願いを、私が話して。クロウの言葉で、ヒヨリさんが唸った。


「……しゃあないなあ」

「ありがとう」

「此岸長から素直にそんな台詞、ズルいわぁこの人」


 どうにか了承を得た。






✡✡✡






 それから、彼の職場で引き継ぎ業務を見てた。クロウが実は面倒くさがりなのと、ヒヨリさんが本当に優秀らしく、何本かの鍵やパスワードと、ケータイを渡すくらいで終わった。そもそもクロウはヒヨリさんに承継させるつもりで色々教えてたみたい。


 で、次。

 彼の部屋に来た。殺風景な荒野にぽつんと、高層マンションがあった。

 コンシェルジュがねえ。居るんだよ。エントランスの奥にカフェもあって。

 なんかオシャレ。


「何階?」

「34」

「ひえぇ……」


 死神世界はワープ……というか、あのブラックホールみたいな移動方法があるからか、歩きで行くととてつもない距離が離れてたりする。死神世界ってどこにあるんだろう。物凄く広い気がする。

 ガラススケスケのオシャレな内装のエレベーターで、34のボタンを押す。ブラックホールを制限されてる空間もあるみたいで、それで部屋までは飛べないみたい。ルールが沢山ありそうだなあ。


「広……」

「ほら入って。手、離すよ。しばらくは大丈夫だし。荷物纏めないと。仕事関係は持ち込んでないから全部私物だけど。全部は持っていけないな」


 オシャレな絨毯。オシャレなシューズボックス。オシャレな姿見。

 チリひとつない廊下。整理整頓された本棚。テラスみたいなリビング。高級クラブみたいなソファとテーブル。

 壁一面の窓ガラスから、絶景の荒野。あ。向こうにオーシャンビュー。


「なにこれ」

「その辺適当に座ってて。喉乾いたね。紅茶?」

「あ……。うん」


 なにこれ。


「あのさ、今まで聞いてなかったけど。『此岸長』ってどのくらいの地位なの?」

「だからナンバー3だよ。日本支部のね。僕は結構現場に出てたけど」


 つまりさ。

 入社13年で、専務ってこと? 死神協会って、裏世界じゃ大企業だよね。


「……もう、ここに住めないけどね。……驚いてくれるなら、連れてきて良かったよ」

「…………」


 カチャ、とティーカップの音。少し休憩、と彼も私の隣に座った。


「ひとりで住んでても持て余すよ。この広さ。此岸長の面子を保てって、部長に言われて借りたけど」

「……お家賃は?」

「確か金貨――」

「あ、もう大丈夫。金貨で払う時点でおかしい」

「……ごめん」


 私達より、遥かに稼いでる。いやそりゃまだ私達は、裏世界へ来て1年も経ってないけど。


「……仕事一筋だったんだ。他にやりたいこともなくて。……君を担当する、あの日まで」

「!」


 でも。この人は。

 私の為に、退職する。無職になる。ここも引き払う。

 そもそも、一番最初に。私の為に、法律を犯してる。


「りっくん」

「なんだい」


 お茶。美味しい。初めての味。死神世界特産とかなのかな。


「これからどうするの?」


 私が『魔女』に成った代わりに『無垢の魂』に戻ってしまった、クロウ。できることは少ない。私からの魔力供給が無いといけない分、普通の『無垢の魂』より不便だ。

 私の、為に。


「……僕としては、君に迷惑は掛けたくないんだけどな」

「手を離してってこと? 意味ないじゃんそんなの」

「……だから、僕のことは君に掛かってる。決定権は君にあるんだ。僕は君に生かしてもらってる存在だからね」


 これからどうするのか。勿論、手を繋いだまま仕事なんてできない。お互いに。


「…………私が決めて良いんだよね」

「そうだよ。ギンナ」


 自然に、彼の手に自分の手を重ねた。きっと、こんな制約なくったってそうした。


「ふたりきりの時は、昔みたいに呼んでくれない?」

「……あんなちゃん」

「えへへ……」


 こんな制約なくったって。

 私達は。






✡✡✡






「可愛いぃ――――! なにその子!?」


 魔女園ヘクセンナハトにやってきた。入れるのは、『魔女』『無垢の魂』そして、カヴンが許可した者。一応まだ、ルールが出来るまでは魔女以外入れないようにしてるけど。

 まあ、例外として。イザベラさんにお願いしてみたんだ。


「ぼく、お名前は!?」

「……おい。ちゃんと説明してくれよ、ギンナ」

「あはは……」


 4歳児の姿のクロウを見せると、イザベラさんは目をハートにして抱き上げてしまった。クロウに睨まれる。


「――という訳でして。彼を『生徒』として、魔女園で受け入れられないかと」


 イザベラさんに、簡潔に説明をした。するとクロウを離――いや離さないなこれ。ずっと抱いてる。


「良いよー。歓迎っ。こんなに可愛いもんね!」

「『愛の魔女』イザベラか。降ろしてくれ。僕は死んでから13年経ってる。ギンナと同い年だ」

「えー。そんなの私は気にしないよ?」

「僕が迷惑だ」

「えー。……わっ」


 一瞬だけ魔力を使って、イザベラさんの拘束から抜け出した。で、来るのは私の隣。手を握る。嬉しい。


「……こほん。じゃあ改めて。まだ学校は出来てないんだけどね。例外として。ようこそ、ヘクセンナハトへ。クロウ。頑張って立派な『魔女』に成ろうね」

「よろしく頼むよ。イザベラ先生」

「きゃーっ。先生だって!」


 クロウは、『無垢の魂』として。魔女園に滞在することとなった。まあこれで安心だね。そっか。魔女に成るんだよね。


「魔女見習い、だね。クロウ」

「それが良いだろうね。君と魔力を共有する以上、僕も魔女に成るのが」

「うふふ」

「……にやにやしすぎだ。君は」


 楽しみだなあ。

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