13-6 Silver and Black hands “HOLD”

「見て。クロウが……」


 ギンナと手を繋いでいるクロウの身体に。

 変化が起こった。


「……何これ、小さく……?」


 スルスルと衣擦れの音がする。顔が。腕が。姿が。

 縮んでいく。


「……幼児?」


 ただ縮んだのではない。顔立ちも幼くなっている。4歳の。

 彼が亡くなった当時の年齢に。


「…………ん」

「! ギンナ!」


 目を開けた。ゆっくりと。上体を起き上がらせて。

 左手を確認する。隣に。


「…………りっくん」


 彼が居た。小さな手は、自分の手と握り合っている。


「『りっくん』?」

「あっ。えっと。……クロウ」


 首を捻ったフランに。ギンナは赤くなって訂正した。


「ギンナ、大丈夫?」

「……うん」


 自分の幽体からだを確かめる。苦しくは無い。寧ろ好調だ。空いている右手を、握りったり開いたりして。


「……クロウの魔力を感じる」

「すげえな」

「! テスさん」


 その場には。フランだけではない。ユインとシルクは勿論、カンナと。サクラとテスも居た。


「全てを飲み込む『漆黒の魔力』を注がれて。飲み込み返して、自分の『銀』にしちまった」

「はい。…………カンナちゃん」

「うん。ギンナちゃん。良かった……」

「カンナちゃんの魔力も感じたよ。ありがとう」


 視界がクリアだ。頭も清々しい。ギンナは、自分が生まれ変わったような気分だった。


「フラン。ありがとう」

「……当たり前よ!」

「ユイン。……私『魔女』に成れてるよね」

「……そうね。完全に」

「シルク。大丈夫?」

「あはは。普通の魔力枯渇なんで。問題ないです」


 ここは、病院だろう。運んでもらったのだ。それに、仕事中だったろうに、カンナやクロウまで。


「皆さん。ありがとうございます……っ」


 深く、頭を下げた。死ぬところを救われたのだ。






✡✡✡






「失礼する」

「!」


 部屋中に、黒い霧が発生した。

 霧は一定量固まると、そこはブラックホールのような穴になった。そこから。


「死神……」


 日本からイギリス、ドイツ……。様々な地域、時代の軍服を真っ黒に染め上げたような格好をした者が、10人程出現した。ギンナはすぐに分かった。死神だと。

 それにその中に、ヒヨリも居た。


「何よあんたら……」


 フランが、ギンナを守るように立つ。


「人命が救われるまで待っていた。例え『魔女』でもな。……我々は死神協会の者だ」

「見たら分かるわよ。何の用?」

「僕を断罪しに来たんだ」

「! クロウ!」


 クロウは起きていた。4歳時の姿のまま。ギンナと手を繋いだまま、死神達を睨む。


「そう言えば、なんで縮んでんのよあんた」

「ああ、上手く行った。流石『銀の魔女』だ」

「……そんなこと。良かった」


 ギンナが謙遜した。クロウは立ち上がる。


畔川凌平クロウ・サリバン此岸長。貴方は13年前に、『魂操作による記憶の改竄』を、そこの銀条杏菜ギンナ・フォルトゥナ及び、その両親と……貴方自身の両親に行った。死神法の重大な違反行為だ」

「!」


 その説明で。ユインは納得した。だから、ギンナは忘れていたのだと。

 クロウも頷いた。


「……ああ。今更どうしてバレたんだろう」

「ごっ! ごめんなさい! 此岸長っ!」


 ヒヨリが、叫んだ。思いっきり、頭を下げた。


「ヒヨリ……」

「あっ! あのあの……っ。えっと」

「彼女に非は無い。上位の死神からの尋問に耐えられる者は存在しないからな」

「……別に責める気はないよ。いつかは覚悟してたから」

「うう。此岸長ぉ……っ」


 ヒヨリは非常に申し訳無さそうにしている。だが、クロウは笑った。彼女に迷惑は掛けられない。これで良い、と。


「で、僕を消すのかい。アヤメ彼岸長」

「……否。とは言え、この13年間、常に死神協会の発展に貢献してきた貴方だ。私としても、個人的な友人の、弟子でもある。今日は別れを言いに来ただけだ」

「…………そうかい」


 先頭の死神は、アヤメと言うらしい。感じる魔力は凄まじいが、剣呑な雰囲気ではないと分かった。


「クロウ・サリバン。表裏一体の世界を調停する死神協会の名に置いて、貴方に『初期化イニシャライズ』の刑と、『死神世界追放』を言い渡す」

「!」


 ざわついた。

 『魔女』の5人にとって初めて聞く単語があったからだ。


「初期化……!?」

「なにそれ……。クロウ?」

「大丈夫。もうほとんど、ギンナにしてもらったから」

「!」


 4歳児に戻っている、クロウ。他の者は驚いたが、これは当然の姿なのだ。

 幽体は、成長はしない。


「そのようだな。『鎌』だけ取り上げて、我々は去ろう。……落ち着いたら、一度出頭してくれよ。雇用関係の手続きと、現場の引き継ぎ業務はきちんとしなくてはな」

「分かってるよ。ヒヨリに全て引き継ぐ」

「なに……?」

「はえっ」


 アヤメの視線が、ヒヨリへ向いた。彼女はぽかんとしている。


「知らないのかい? ヒヨリは僕より強い」

「……なんだと? それは今、貴方が」

「いいや、全盛期の僕よりね。本人は気付いてないけど。僕が空けた此岸長の椅子には、彼女を推薦するよ」

「!」


 ヒヨリは口をぱくぱくした。






✡✡✡






 アヤメとクロウで、それから少し会話をして。

 死神達はあっさりと、何もせずに去っていった。病室に届け出もせずに入ってしまったと、お詫びにテスとサクラに菓子折りを渡して。


「……で、説明してくれるかしら」

「うん……。良いよね、クロウ」

「君に任せるよ」

「…………うん」


 未だに、ふたりの手は繋がれたままだ。ギンナの頬が紅潮するのを見て、フランが奥歯を噛む。


 ふたりは、全てを話した。4歳の時に出会い、そして死んだこと。残ったギンナを悲しませまいと、記憶を操作したこと。その操作の影響で、ギンナの死後の魔力滞留症や、魔女の条件の未達、今回の魔力枯渇を招いたこと。

 クロウが全ての力を振り絞ってギンナを延命させた為、初期化――最初の幽体の状態に戻ってしまったこと。


「――僕は今、総魔力量も20程度の『無垢の魂』だ。浄化はされてる状態だけどね。だから、変身魔法も使えない」

「……今までずっと、変身してた訳ですか」

「うん。大人……っていうか。『もし死ななかった際の成長』に合わせてね。だから、17歳くらいの姿になってた」

「…………ていうか普通に可愛いのズルいわね……」


 4歳児の見た目で、流暢に難しい言葉を話すクロウ。その様子を見ているだけで場が和んでしまう。あのクロウが、と。


「もう死神じゃないのね」

「そうだね。『無垢』だから。まだ何者でもないよ」

「で。私が気になってるのは」

「?」


 フランが。

 指を差した。

 それを。


「いつまで手、繋いでんのよ。ギンナを治す為でしょ?」

「あっ……」


 かあ、と。またギンナが赤くなった。見た目こそ4歳児だが。

 彼は、ギンナと同い年であり。

 精神は17歳だ。


「……えっと」


 口ごもる。思い出す。勢いに任せて。

 告白してしまったと。


「フラン」

「何よ」


 シルクが。フランの肩を叩いた。そして、サクラの方へ顔を向けた。


「サクラ先生。ギンナとクロウは、しばらく安静ですか?」

「……はい。特にクロウ様は。魔力枯渇の症状が少し出ています。一度おふたりとも、詳しく診察をさせていただきたいと思います」


 サクラはそう言った。彼女にも、巫女としての責任がある。『漆黒の魔力』を『銀の眼』に注いだ副作用は無いか。例外続きのギンナに異常は無いか。初期化されたクロウは今後問題が発生しないか。

 調べなければならない。


「……と、言う訳です。私達は一度帰りましょう。ユイン。フラン」

「……そうね。行くわよフラン」

「ちょ……。そんな急ぐことないでしょ?」

「フラン。『壊れてしまった』家を元通りにしなくちゃ」

「うっ!」

「?」


 今、魔女の家は。天井から壁から、グチャグチャである。フランが落下したことによる一部滅失だ。それを言われると、フランはぎくりとしてしまった。

 何も知らないギンナは首を傾げた。






✡✡✡






 皆、帰っちゃった。カンナちゃんがラナと何か話してたのを見た。あれはなんだろう。

 サクラさんが、私達を診察して。軽く触診して。食事ができたらまた来ると言って。


 ふたりきりになった。


「……全然、元気だけどなあ」

「魔力の扱いは気を付けた方が良いよ。君は今、元々あった700の『銀の魔力』に、僕の『漆黒の魔力』が上乗せされてる。合計して、1200程にね」

「えっ。……って、クロウあなた、魔力500だったんだ」

「……多い方だよ。君が異常なんだ。まあ、僕の影響だと思うけど」

「ありがとう。あはは、お礼言ってもしきれないや」

「良いよもう。……迷惑は確実に掛けたんだし」

「うーん。全部許す」

「…………」

「あははー。ねえ、ふたりきりの時はりっくんて呼んで良い? 呼ぶよ?」

「……君、キャラ変わってないかい」

「そんなの。りっくんだってめちゃめちゃ変わってるじゃん。喋り方とか」

「……そりゃあ、13年も経つとね。ずっと死神の社会に居たし。逆に君はなんであんまり変わってないんだよ。昔と同じ――……」

「……『同じ』なに? ふふ」

「…………何でもないよ」

「ええー。ねえ、抱っこして良い?」

「……いや。駄目に決まってるだろ。良いかい。今の僕の姿は『死んだ当時』に戻ってるだけだ。僕自身は君と同じ17歳だぞ」

「ほら」

「ちょっ!」

「…………ほんとに嫌なら、止めるから」

「……それは、ズルくないか」

「えへへ。ぎゅー」

「……っ!」

「あのね。りっくん。私ちょっと今、テンション高いよ」

「……! だろうね……っ」

「魔力とか、記憶とか、それは大事だけど、置いといて。『りっくんとまた会えた』ことがもう、何より嬉しくて。ぎゅぅぅー」

「…………魔力貰うよ」

「へっ」


 りっくんが。私の手を握って。すると。

 私の中の魔力が彼に流れて、彼はぐんぐんと17歳の姿に成長した。


「わっ」

「ほら立って」

「えっ」


 手を繋いだまま。

 並んで立つと、やっぱり彼の方が高い。丁度目線くらい。


「そんなにしたいなら、ほら。抱きしめてやるよ」

「えっ。わわっ。ちょ」


 抱き寄せられた。長い腕。がっしりした体格。ていうか、ていうか!

 ヤカンみたいに沸騰した。


「あああ……っ。ちょちょっ。……りっくん……!?」

「なんだよ。さっきと一緒だろ。ほらもっと」

「やーぁぁぁ……。ご……ごめぇん……。むり……」


 超恥ずい。なんだこれ。くそう。ズルいズルい。『4歳』と『17歳』を、同時に、なんてっ。一気に立場逆転したっ。


「……全く。『安静』だろう。僕はもう、結構疲れた。悪いけど寝させて貰うよ。普通に、夜勤の途中だったし」

「う、うん……。ごめんね、いきなり呼んじゃって」

「……良いよ別に。君より大事なものなんて無いから」

「っ!」


 なんでこんな。

 そんなこと言えるのあなた。

 駄目だ収まらない。顔の火照り。


「おやすみ」

「おっ……。おやすみ……」


 隣で寝た。その間ずっと。

 ずっと手を、繋いでた。

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