12-2 信念まで張り通す意地

「今回狙うのは、クレタ島の迷宮に再び現れた『牛頭人身ミノタウロス』だ」

「!」


 ゼノン卿の言葉に、ホール内のハンター達にどよめきが走った。


「……ミノタウロス。有名では、ありますよね。少なくとも私達の生前の、表世界では」


 シルクが呟いた。ギンナも頷く。名前は聞いたことがある。牛の頭に人の身体。名前と見た目のイメージくらいは。


「…………?」


 気になったのは、その言葉だった。


「知っての通り、ここ数十年、定期的にミノタウロスが出現している。毎回依頼主も討伐者も異なるが、今回は私に回ってきた訳だ。私もクレタ島の土地を持っているしな。まあ、ここいらの貴族にとっては『またこの季節か』といった所だ」


 ゼノンが続ける。


「……定期的って……怪物ってそういう制度だったっけ」

「分からない……。ユインなら、色々知ってたかも」

「テレパシーで訊く?」

「デートの邪魔しちゃ悪いよ……」

「バァカお前ら。ギリシア神話知らねえのか」

「!」


 シルクもギンナも詳しくない。フランの質問に答えたのは、エトワールだった。


「ミノタウロスってのはクレタ島の王の妃と天界の雄牛との間に生まれた、人間と牛のハーフの個人名だ。……神話ではな」

「なにそれ。牛と人で子なんてできっこないわ」

「神話だから何でもアリなんだよバァカめ。……だが、裏世界じゃー違えんだ」

「何がどう違うのよバカ」

「…………」


 悪口に突っ掛かるフランを、エトワールはやれやれと受け流した。


「『牛頭人身の怪物』を広く指す。つまり種族名だ。奴らが『定期的に出現する』のなら、『死者の魂』じゃねえのは明らかだ」

「…………『第二世代セカンド』!」

「正解だ。お前は『銀ガキ』の中じゃマシなおつむしてるみてえだな」

「なんですって! それ私のこと!?」

「うるせえってんだ。ゼノンからつまみ出されるぞ」

「……!」


 一時、フランの大声に会場が注目したが、エトワールが手をやってゼノンに合図した。


「…………今回初参加の者も居るな。まあ良い。討伐できれば誰でも良い。報酬は金貨2万枚だ。人数が多いなら、協力して山分けでも良い。勿論早いもの勝ちの独り占めでも構わん。とにかく殺せ。殺した証を私に示せ。……辞めるなら今の内にホテルから退室しろ。ここの床は最新式の『瞬間移動魔法陣テレポーター』になっている。迷宮ラビリュントスまで直行だ。5分後に転送する。以上だ」

「!」


 ゼノンが説明を終えた。ホール内は一瞬だけ静かになった後、誰かが鬨の声を上げた。


「うおおおおおお!!」

「うおおおおっ!」


 皆が続く。ギンナが隣を見ると、フランも拳を上げて叫んでいた。






✡✡✡






「エトワールさんも、広告を見て?」

「あぁ? オレは毎回参加してんだ。丁度良いからな」

「?」

「…………はぁ。まあお前らも腐ってもガキでも、カヴンメンバーだ。一応オレの研究内容も共有してやるか」

「むかっ」


 ギンナも気にせず、シルクは興味なさそうだ。フランだけが、エトワールの悪態に憤っている。


「おい」

「へい姉御」


 エトワールが、背後に居た男性に声を掛けた。男性はエトワールを『姉御』と呼び、こちらへやってきた。

 彼もエトワールと同じく、黒衣の外套を来ていた。


 その、『黒衣の男』が、4人。並んだ。


「誰よ」

「オレの被験者テスターだ。こいつらにはオレが作った兵器を使って戦闘してもらう。そのデータ収集に、ミノタウロスさんに協力してもらってんだよ。ゼノンとも何度か仕事してる。ていうか商会にも出資してくれてるしな」

「兵器……。商会?」


 ギンナに問われて。エトワールは口角を吊り上げ、凶暴な笑みを見せた。


「そういや、キチンと名乗ってなかったな。オレは『魔女ネヴァン・エトワール』。生はリヨン、死はアルスター。……『怪物フリークス』だ」

「…………怪物!」


 リヨンはフランスの都市、アルスターはアイルランドの地名だ。怪物と名乗ったということは彼女は『魔女』ではないのだ。


「『星海の姫』っていうのは?」

「知らねえよ。『二つ名』ってのは『周りが勝手に呼び始めた』モンだろ。オレはそう名乗った覚えはねえ」

「研究って何よ。商会って?」

「あーうるせえなクソガキ。そろそろ飛ぶぞ」

「!」


 突然、床から光が放たれた。光は線となり、図形をなぞるように描いていく。それはホール全体を包むような巨大な、円や四角、三角などを合わせた『魔法陣』となり。


「テレポート?」

「へえ、『魔力を原動力とする機械』ですね。人が科学で再現した魔法。こんな大掛かりな装置になるのですね」

「なんだお前ら、経験済みか。1度稼働させるのに、金貨200枚が相場なんだが」

「私達のひとりが、テレポートの魔法を」

「ちっ。反則魔チーターが」

「むかっ」


 フランの『むかっ』と同時に。視界が急に暗転。一瞬の後に明転し、景色ががらりと変化した。






✡✡✡






「ここはっ!」

「はっは。今回は確かに多いな。新聞効果か。それか、ベネチアの『金の魔女ドラゴンスレイヤー』に触発されたか」

「! カンナちゃんのこと、知ってるんですか?」


 ホテルの清掃が行き届いた綺麗な床ではなく。巨大な岩盤の上に立っていた。周りは石材に囲まれている。大きなブロックがあちこちに積まれた、広い広い空間。ゼノンの立っていたステージのあった方向には、同じ石で作られた、地下への入口があった。この、巨大な石の世界こそ。


 『迷宮』である。


「あん? 今、裏世界で知らねえ奴が居たらそりゃブタだ。百年振りの『金の芽』だろうが。あっちは『史上最強の死神』だったが、今度は『地上最強のドラゴンスレイヤー』と来た。話題にゃ事欠かねえな」

「…………ヴィヴィさんも」


 風が吹いた。浜風である。景色の向こうに、海が見えた。ここはどうやら島であるらしい。ゼノンの説明を聞くに、『クレタ島』なのだろう。神話通りに。


「俺が一番乗りだ! ミノタウロスはどこだぁ!」

「くそっ! 遅れてたまるか! 金貨2万枚は俺のものだ!」


 始まったのだ。ミノタウロス討伐が。我先にと、ハンター達が入口へ押し掛けていった。


「ギンナっ! シルクっ! 私達も行くわよ!」

「うっ。うん。フランの場合、見付けたらもう依頼完了なんだから、そこまでの勝負だよね」


 フランが慌てて、指を差す。それからギンナとシルクの腕を取って、入口へと引き摺ったところを。


「待てバカガキ共」

「んがっ!」

「わたたっ」


 エトワールに首根っこを掴まえられた。つられてギンナもたたらを踏む。


「何すんのよ!」

「落ち着けボケ。入口付近にゃ居ねえよ。……お前ら『迷宮』の正確な地図の取り方完璧に修得してんのか?」

「………………」


 彼女の質問に。

 答えられる者は居なかった。


 迷宮。迷いの宮殿。ただでさえ、普通の洞窟でも迷いやすく、普通の遺跡でも方向感覚を失うこともある。


「何度も『イベント』があるなら、地図は取られているのでは?」


 ギンナが思い付いた。が、エトワールの表情は変わらない。


「来る度違えよ。中身全部。……3000年前に実在した名工『ダイダロス』の傑作だ。表世界にゃ顔を出さねえ『真の迷宮』。素人のお前らじゃ攻略は不可能だ。迷宮には罠もある。魔法を防ぐ壁もある。じっくり攻略しようじゃねえか」

「…………どうして私達に助言を?」

「あ? ……あんな。自惚れんなよ。『カヴン』てな、穴開いたつってほいほい代わりは立てられねえんだ。『魔女稼業』は『信頼』だろうがバァカ」

「…………信頼」

「あんたを信頼なんてするわけ無いでしょ!」

「ちっ」


 投げるように、フランを掴む手を離した。


「……お前よお。チビのお前。いつまでガキみたいに『気に食わないやつを感情的になって噛み付いて』やがる。裏世界の支配者カヴンメンバーだろうが」

「!」


 睨む。それがフランだ。『敵』と認識した相手に対して、徹底的に攻撃的になる。そうして、自分を守っているのだ。自分達を守ろうとしているのだ。


「てめえもリーダーなら『同僚』に迷惑掛けてんな。『話にならねえ』だろうが。ちゃんと『躾』してろ」


 エトワールはギンナを見た。何故フランを放置しているのかと。だがギンナは。


「……フランは、あの夜に『私達とプラータをバカにされた』ことをずっと怒っています。あなたに遠慮してほとぼりが冷めることはありません。『話をしたい』のなら、私が彼女を『躾ける』のは順序が違います」

「ああ!?」


 ギンナは怒っていない。シルクも。だが、フランは。

 彼女は忘れない。エトワールを見れば、すぐにあの時の新鮮な怒りが湧いてくる。彼女はずっと、生前も、耐えていたから。

 忘れることはない。『敵』は簡単には、覆らない。


「………………んじゃ、構わねえ。行っちまえ」

「!」


 『意地』は。

 張り通せば『信念』となる。フランは、ギンナが生前から出会った中で一番の『意地っ張り』だったが。


「てめえらが全滅すりゃ、『金の芽カンナ』を勧誘すりゃ良い。ほら行けよ。金貨2万枚が待ってるぜ?」

「…………エトワールさ――」

「言われなくても行くわよ! あと死なないから! 私達最強だから! このバカ!」

「ちょっ! フラン!」


 ここで、関係が悪化するのは良くない筈だ。対応を間違えたとギンナは思った。まさかエトワールもここまで『我が強い』とは。あのヴァルプルギスの夜で見せたのはパフォーマンスではなく。単純にエトワール自身もとてつもなく『意地っ張り』なだけなのだとしたら。


 もう遅い。フランに手を引かれて、ギンナも迷宮へと足を踏み入れた。


「シルク! 置いてくわよ!」

「はいはい。……済みませんね。エトワールさん」

「いいから行け。はぐれんぞ」

「あはは。忠告感謝しま――――」


 突如。

 シルクがエトワールの脇を抜けてふたりを追い掛けようと踏み出した瞬間だった。


 エトワールと、5人の被験者テスター、そしてシルクの立つ石造りの床が。


「――はっ!?」


 崩れた。






✡✡✡






「シルクっ!?」

「危ないギンナ!」

「きゃっ!!」


 振り返った時にはもう遅い。迷宮が地震のように揺れ、落盤していく。遺跡は崩壊し、全て奈落へ落とされていく。


「シルクがっ!」

「ここも危ないわよギンナ! あんたまで一緒に落ちたら駄目!」

「けど! シルク!」


『シルク!! 大丈夫!?』


 咄嗟に、テレパシーで呼び掛ける。


『大丈……で……。……あ…………ら』

『!? シルク!? シル――!』


 魔法を防ぐ壁もある。

 テレパシーが途切れ途切れになった。エトワールはそう言っていた。この先は。


「そんなっ! はぐれても、テレパシーがあればって……!」

「…………っ! もう崩れるわ! 外も無理! 中へ退避するわよ!」


 フランがギンナを抱えて、迷宮の奥へと飛び込んだ。もう外へは出られない。崩壊する迷宮内へ、飲み込まれるように。


「シルク――――――!」

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