Chapter-12 LABYRINTH

12-1 神話の裏世界へ

「……っていう感じで。まず『人間という群れの成り立ちと役割、その目的』みたいな話からしようとするのよ。イヴ」

「おお。なんか根源的な感じ?」

「ちょっと硬い気がしたけどね。まあ、『何故集団生活という手段を選ぶのか』を理解してる集団は強そうとは思ったわ。結局、目的意識を共有することが大事なのよ」

「ユインも硬いよ?」

「…………うるさいおバカ」

「あいた」


 ギンナとユインは、夕方に帰ってきた。お互いに話し合ったことを共有していると、魔女の家の玄関が騒がしくなった。


「ふたり、帰ってきたわね」

「うん。なんか話してるね」

「ただいま戻りました。ちょっとこれ見てください」

「?」


 リビングへやってきたシルクが手に持っていたのは新聞だ。夕刊である。今、ポストから取ったのだ。

 その一面を、ふたりへ見せた。


「…………カンナちゃんだ!」


 デカデカと、『金の魔女』カンナの写真が載せられている。続いて見出し――は、英文である為ギンナには読めないが。


「『Golden Witch金色の魔女が finally su遂にリンbdued Lindwurmトヴルムを討伐した!!』」

「リン……ト、ヴ……?」


 ユインが読み上げる。それが何か分からないのはギンナと、シルクの後ろから部屋へ入ってきたフランだ。


「竜よ。ドイツの竜。手当り次第に人を襲う凶暴な竜。そう。遂に討伐されたのね。それをカンナが。……まあ『金の魔女』なら当然とも言えるけど」

「ドラゴン退治っ!? 凄い! ていうかドラゴンとか本当に居るんだ!」

「最近、カンナの記事は多いですよね。今度はドイツですか。人気ハンターで引っ張りだこですね。キュートで美しく強いウィッチガール。紙面も明るくなりますしね」


 あのカンナが。立派にヴィヴィの後を継いでいる。裏世界の新聞に載るような活躍をしているのだ。


「すっかり英雄ね。裏世界の歴史に名を残すでしょう。『金の芽』は誰もそうらしいけど、あの子の場合、『竜の討伐者ドラゴンスレイヤー』として」

「…………!」


 英雄。

 その言葉に心打たれたのも、ギンナとフランだった。


「凄いなあ……。なんだか『魔女』として、どんどん先に行っちゃうような感じ」

「別に誰もあんたと比べないわよ。私達はハンターやってないし」

「いやそうだけどさ」

「これよ!」

「は?」


 フランが、わなわなと身体を震わせたと思いきや。

 その記事を力強く指差した。


「私の魔法! 『怪物狩りモンスターハンター』向きじゃない! 戦争が無くなっても、怪物被害は無くならない! 私もこれやりたい!」

「…………――」


 また始まった。今度は――と、言いかけて。ユインは少し考える仕草をして、椅子に深く腰掛けた。

 隣をちらりとすると、ギンナも目を丸くしていた。


「確かに。どうして今まで思い付かなかったんだろう」

「……単純に危険だからでしょ。いくら『銀の眼』と『死神フランの魔法』があるとは言え。経験の浅い私達には想像もつかない生態で牙を剥く『怪物』の退治なんて」

「でも。報酬は『デカい』」

「…………」


 今日。年会費で『金貨1000枚一般年収の10倍』と言われたばかりだ。今回はたまたま納められたが、来年払える保証は無い。それに、クロウへの借金も返していかなければならない。プラータの遺したコネでの大口の依頼は確かにあるが、それも不定期で報酬にも幅がある。


「一攫、千金……」

「……はぁ」


 ユインが、溜め息を吐いた。もう、どれだけリスクを語った所で、この少女達は聞かないだろう。


「どうするのよ『銀の魔女リーダー』?」

「やってみようよ! 一度くらい、『伝説の怪物退治』!」


 鶴の一声。

 ギンナとフランで、ハイタッチをした。






✡✡✡






 善は急げ。思い立ったが吉日。

 自由であるがゆえに行動力のある彼女達は、次の日に早速出掛けた。


 ユイン以外。


「なんで来ないのよユイン」

「絶対に嫌なんだって。まあ、怪物退治ってそりゃ危険だし、怖いもんね」

「彼女はインドア派ですからね。それに、ユインだけ自衛手段がありません。テレポートくらいですが、あの様子だとすぐ家に帰っちゃいそうですね」


 ぶうぶうと文句を言うフランはいつも通りのロリータファッション。宥めるギンナは昨日とはまた違ったデザインの学生服の夏服。スカートはチェック柄だ。シルクは夏の暑さを感じさせない黒のロングドレスだった。


「違うわよ。今日はデートよあいつ。郵便屋ポストボーイと」

「えっ! なにそれ!」

「知らなかったの? 毎朝と夕、依頼書と新聞届けてくれてる男。『人間』の子だって」

「全然知らなかった……。へえ――ええ」

「……何よその変な声」


 ギンナは口をあんぐり開けて喉の奥から感心の声を出した。全くの予想外だったのだ。


「最近あいつ、自分からお洒落するようになったでしょ?」

「あっ。確かに!」

「……ギンナあんた、実はそういうところ鈍感なのね」

「うっ」

「まあ、ギンナはジャパニーズガール。大和撫子ヤマト・ナデシコですからねえ」

「なにそれ」

「…………あのユインが。へえー。ふうーん」

「……本当に衝撃のようですね」

「ギンナお子様ね」


 年下のフランにそう言われても。ギンナはしばらくへえへえ頷いていた。






✡✡✡






「で、どこ向かってるの? 怪物は?」


 3人は箒で空を飛んでいた。フランはまだ飛べないので、ギンナの後部座席に乗っている。


「裏アテネ。ギリシャだよ」

「ギリシャ! まだ行ったこと無かったわね。どうして?」

「うん。『怪物の巣窟』『神話の世界』ギリシャ。死者の魂が怪物に成る率が凄く高い地域らしいよ。ユイン曰く」

「危険区ですね。ですが『仕事』もそれに応じてある筈と」

「そう。行ったことないから、ユインのテレポートの範囲外なんだって。だから箒」


 目的地はギリシャ。ベネチアのあるイタリアよりさらに南東。ギンナ達の住むイングランドから、約3000キロ。音速を超えるギンナの箒でも、2時間ほど掛かる距離だ。今はシルクもいる為、もっと旅は長くなる。


「ついでにベネチアへ寄って行きますか? カンナのドラゴンスレイヤー祝いに」

「駄目よ!」

「?」


 シルクの提案に、フランが吠えた。


「次に会うのは、私達もすっごい怪物ハントしてからよ!」

「……はぁ」

「ふふ。フラン、こういうの好きなんだね」

「大好きよ! やってみたかったのよ! 冒険! お金も勿論大事だけど、私は栄誉や名声も欲しいわ!」

「……なるほど。フランらしいと言えばらしいですね」

「みんなみんな、即死させてやるんだから!」

「それはそれで、緊張感無いような……」


 遠足やピクニック、はたまた女子高生の仲良しグループがこれからカラオケにでも行くような暢気なテンションで。

 3人は一路、ギリシャへ箒を向ける。






✡✡✡






 炎天下。

 カラッと乾いた空気。容赦無く照り付ける陽射し。気温は30度を超えている、8月のアテネ。

 それは裏世界でも変わらない。表の世界より自然の多い、ビルの少ない裏アテネに、ギンナ達はやってきた。


「あっつい」

「ユインが言うには幽体の温度調整できるみたいだけど。魔女じゃない私にはできないのかな」


 雲ひとつ無い空を見上げては、石畳の地面に項垂れる。街並みはミオゾティスと似たような感じで、古い建物とモダンな建物が混在していた。


「それで、どうするんですか? 流石に街には怪物は出ないでしょう。あるとすれば情報」

「うんそう。えっとね、『ゼノン卿』って貴族がハンター募集してるんだよ。ウチ、何故か各国の新聞も取ってるからね。広告にあったんだって」

「ふむ。まあ『銀の魔女』として世界の情報を把握するためだと思いますが……プラータがそこまでマメとは」

「きっとエリザベスよ。知らないけど」

「……で、その集合場所がアテネの。……なんとかってホテル」

「なんとかって?」


 ギンナはインに渡された記事をふたりに見せた。


 『Ξενοδοχειο Ἄρτεμις』


「読めない……。あはは」

「……私もギリシャ語は分からないわ。取り敢えずその文字を探す感じで、聞き込みもしたら良いでしょ。言葉は通じるんだし」


 街を歩いていると、やはり人の目を引く。『銀の眼』だからだろう。しかし3人はさほど気にしていない。フランなどは寧ろ、『見ておけ』といった具合に胸を張っている。


「――ホテルアルテミス? 向こうだ。……ああ、新聞にあった募集が。あんたら魔女か。魔女もハンターするんだな」

「ありがとうございます」

「…………素直にお礼を言う魔女は初めて見たぞ」


 適当に通行人に訊いて、目的地を確定する。話し掛けられた男性は少し驚いていたが、裏世界のギリシャでは怪物に比例してハンターは非常に多く、『銀の眼』程度では騒ぎになることはないのだろう。ギンナがにこやかにお礼をして、ホテルへ向かう。


「それで、どんな怪物なのよ」

「さあ。まずはゼノン卿から話を聞いてみないとね」






✡✡✡






 そのホテルはモダンな建物で、鉄筋コンクリート造の大きなビルだった。1階が広いホールになっており、そこにハンター達が集まっている。


「凄いね。50人くらい居るかな」

「意外と『人間』が多いですね」


 どれも、剣や銃を携えた男達だった。そこへ『銀の眼』の少女達が交ざるのは、場違いにも思える。3人は気にしないが。


「はぁ!?」

「!」


 だが。

 攻撃的なニュアンスを含んだ大声が、3人に掛けられた。びくりとしたギンナの隣で、フランが鋭く迎え撃つ。シルクが相手を確かめようと振り向くと。


「なんでてめーらがここに居んだよ!」

「……あっ」


 声のガラは悪いが、女性であった。艶やかな水色のウェーブ。白人の肌。ボディラインを隠すような黒衣。


「エトワール、さん!?」

「……ちっ!」


 『星海の姫』エトワール。ギンナと同じ、カヴンのメンバーである。彼女はギンナを見付けて声を上げてしまった。悪い目付きで舌打ちをした。


「あんた、あの時は散々バカにしてくれたわね!」

「ああ!? うっせえから黙ってろバァカ。時間だ」

「!」


 フランが憤りを露わにして絡む。だがエトワールの視線は既に、ホールの舞台に向いていた。


「あーあー。こほん。そろそろ良いかな。ようこそアテネへ。ハンター諸君!」


 マイクを通した音声がホールに響く。その場の全員が注目する。スーツ姿の、白人の壮年の男性。


「私はゼノン。今回の依頼主だ。説明しよう。今回狙う、怪物を」

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