12-3 絹糸で織られた心の迷宮

『No……アンナカワイイgirl、殺すマセン』


 いつからだろうか。


 いや……。


 ……フランは。ギンナに母親の影を見て。その延長線上に私達が居たのだろう。


 ユインは、感情はさておき。理屈で、それが良いと判断して。後から私達に愛着を持ってくれたと思う。


 ギンナは。

 あの子は日本人特有の仲間意識と。『幸せ』であるが故の、人を疑うことを知らない『無垢の信頼』だろう。しかしそれは強い。誰よりも。


 私は。


 私には……。


 幼い妹が居た。






✡✡✡






「ぐああああっ!? くそっ! うぐぅ!」


 暗い洞窟。いや、迷宮内だ。道はいくつにも別れ、階段もあり、上下左右、どこまでも続いている。地上の岩盤は崩れて私達を飲み込んだ後、魔法の力で閉じたらしい。明かりのない、真の闇。尤も、『銀の眼』にははっきりと周りが見えているが。


「がぎゃ……!」


 また、ひとり死んだ。このフロアには、10人ほどのハンターが居た。そして。


「ブゴォルルァァア!!」


 牛の頭。筋骨隆々、人間にしても最大サイズの体格の身体。過去に殺して奪ったであろうハンターの装備を着けて。


 私の身長より大きい両刃斧を片手で軽々振り回す、ミノタウロスが。


「グブルァァア!」

「アガォォオブァ!」


 

 ここは広い。コロッセオのような地形。恐らくは全て、最初から罠だったのだ。一気に飲み込んで、ここへ落とし。嬲り殺すための。


「くそっ! 見えねえ! 何頭居るんだ! こんなの聞いてねえ――――がっ!」


 また死んだ。真っ二つだ。力任せに両刃斧を叩き付けられて。声がうるさい。気色悪い。生理的に受け付けない声質だと思う。ずっと聞いていると頭痛がしてくる。


「ブゴァア!」

「……!」


 こちらへ来た。そりゃそうだ。いつかは私を見付けるだろう。その凶悪な鉄の塊が、私を狙って。


「…………妹が、んですよ」


 全部、焼いてやった。


「ブギャアァァアルァア!!」


 全身を炎上させる必要は無い。脳味噌だけ、炭化させる。私が魔力を放るだけで、気持ち悪い叫び声を上げて斃れていく。


「ハァ……! ハァ……! ゲホッ! うっ!」


 ハンターの咳が聴こえた。そうだ。

 私の魔法を使うと、『人間』は一酸化炭素中毒で死ぬだろう。この迷宮は素晴らしい設計だが、換気が考えられているとは思えない。


「今……光った! あんた、魔法か!」

「ええ。ですが……火です。こんな地下迷宮で、酸素も限られていますから」

「……!」


 最低限の魔法で、ミノタウロスを斃していく。しばらくすると、私には襲ってこなくなった。その程度の知能はあるらしい。


「…………ゲホッ! 助かったぜ……。嬢ちゃん」

「いえ……。自分の身を守っただけです」


 お礼なんて、言わないで欲しい。私は、いずれ恐らく。

 あなたも殺してしまう。






✡✡✡






『…………日本、だと?』

『はい。サラが言ってました。日本には、「良い魔法使い」が沢山居ると。見てきても良いでしょうか』


 最後にした、父との会話。私は愛されてなどいなかった。だからいつも、サラの名を出して喋るようにしていた。


 私は父の、前妻との子だったから。






✡✡✡






「これが魔法ですよ……。サラ」

「ブガガルァアアアッ!」


 煙が出る。肉を焼けばそうなる。ミノタウロスは油が多いのだろうか。よく燃える。


「がはっ! ――うががっ!」

「……私は巫女ではありませんので、助けられません」

「…………うぅっ!」


 これが魔法だ。

 日本では。この、悪魔の力を呪われた術を。

 『少女』が、『良い事』の為に行使している。そんな『物語』が、日々創られている。






✡✡✡






『シルビア! ねえ、わたしも通いたい! ほぐわつ!』

『……ええ。サラが大きくなったら、きっと通えます。魔法だって使えるようになりますよ』


 そうだ。そもそもハリー・ポッターはあの子の影響で私も読み始めたのだった。ハリー・ポッターは日本じゃ、ないけど。私が日本を選んだのは、ジャパニメーションを知ったからだ。魔法つかい〇〇ちゃん、とか。魔女っ子〇〇ちゃん、とか。サラが好きそうだと思ったんだ。

 サラは。

 小説家を夢見ていたんだ。






✡✡✡






「『信頼』ですか。私は多分……あの子達を、『妹のように』思っているのでしょうね」


 あるいは。

 平和な日本で育ったギンナからすれば、理解できないかもしれない。

 私の世界観を。死生観を。価値観を。


 私は、物心がつく前に既に、人を殺していたらしい。父は教えてくれなかった。その場に居た筈なのに。


『今朝。サラの容態が……』


 私の人生には、死が付き纏っていた。父のかけがえの無い娘は、生まれた時から重い病気を患っていて。


『……行ってこい。日本へ。サラに、教えてやってくれ。夢の世界を。魔法の国を』


 私は愛されてなど居なかった。だが父には、選択肢が無かった。


 そして日本には。


 夢の世界も魔法の国も無かった。あったのは地獄と。

 煉獄だった。






✡✡✡






「……どうしてこんな時に、思い出すんでしょうね」


 臭い叫びが聴こえなくなった。人の気配も無くなった。振り向くと、ミノタウロスと人間の死体が絨毯のように広がっていた。


「……ああ。暗闇か。ここは最初の、坑道に似てるんですね。自分の生と死を見つめ直す、『浄化』と。……すみませんギンナ。……嘘吐いてました。私の両親、とっくに死んでるんです」


 魔女に成ってから。魔力の増大が著しい。私は、どこへ向かっているのだろう。


「…………ああ。『討伐の証』でしたっけ。……角で良いですかね。焼き切りましょう」


 魔女は『悪』ですよ、サラ。

 このミノタウロス達は。自分達の身を守るために戦っていただけです。別に、迷宮から出て人間を襲っている訳でもない。


「……『持ってこい』、ですか。やはり目的は金。ミノタウロスの『素材』。……怪物が跋扈する裏ギリシャでは、普通のことなんでしょうね」


 第二世代ということは。『種族』化しているということ。あの、この前に会った吸血鬼の子のように。サクラ先生のように。元は彼らも、人間だった。そういうことだ。


「……ああ、そうか。『悪いこと』をしているから、サラの顔を思い出して、自責してるのか。……私は」


 フランは。

 結局、道具だった。自分の意思じゃ無い。


 私だけだ。私だけ、『自らの悪意』によって『人を殺している』。軍人以外も。関係無く。殺しまくっている。

 そうだ。私がいかにも『魔女』という服をいつも好んで着ているのは。


 サラが。

 憧れていたからだ。

 そして『魔女だから』と。無理矢理言い訳にするつもりだったからだ。


「サラ。……ギンナは許してくれましたが。きっと貴女は、私を許さないでしょうね」


 皆の為に魔法を使って。皆を笑顔にする。

 『怪物』なんて、自我もなくただ迷惑を掛けるだけの獣だったらどれだけ楽だったか。

 このミノタウロス達には。家があり、家族が居て。暮らしがあって。社会を築いていて。

 それでいて、人間や他の種族に襲い掛かることもない。

 人間より優れた生き物だと思う。家族を愛する優しい種族だと、私は思う。


「……定期的に現れる? 前回の討伐作戦で減らした分、繁殖しただけでしょうに」


 魔法は順調だ。サラのことは、未練ではないらしい。そりゃそうだ。サラはもう、とっくの昔に亡くなっている。


「………………」


 この世界物語は、残酷だ。きっと神様作者は性格の悪い、無名で人気の無い作家志望の学生か何かだ。


 でなければ。


 『神様』とかいう小説家は。自分勝手な正義感や価値観、趣味嗜好を好き勝手表現した自分だけが気持ち良くなれる『現実世界』という作品を、『全知全能の力』でゴリ押して『名作』に仕立て上げて、ゴリゴリに広告宣伝してるんだ。そうとしか思えない。


「ギンナもフランもユインも。『良い子』ですよ。サラ。……どうして私は、彼女達と一緒に居るんでしょうか」


 魔女モノゆるふわ4コマ漫画の、主人公達に紛れて。殺人鬼が居たら。

 おかしいじゃないか。


「貴女が。サラ。……逆境に生きた。全力で『8年も』生き抜いた貴女こそが、『銀の眼』であるべきだったのに」


 きっと、ギンナとは話が合った筈だ。日本のことで。アニメのことなんかで。

 フランとは仲良くなれた筈だ。元気なフランの後ろについて行っても良い。きっと毎日が楽しい冒険になる。

 ユインには懐いた筈だ。ユインも面倒見が良いから、なんでも聞いてきて素直なサラを可愛く思う筈。


「…………暗い」


 もう持てない。切り離したミノタウロスの角は、テレキネシスの魔法で浮かせられた。ひとつでも多く。借金返済の為に。ギンナとクロウを、応援する為に。






✡✡✡






 暗闇の迷宮をひとり、歩く。時折現れるミノタウロスを、踊るように軽やかに焼いていく。


「ふふ。今更何を、被害者ぶっているのやら。何を感傷的になって、ぶつくさ言っているのやら。この暗い迷宮が悪いんですね。ダメダメ。明るくいきましょう。ギンナとフランを探さないといけません」


 サラ。

 いつか私も、そっちへ行きます。サクと一緒に、待っていてください。

 沢山、聞かせてあげますから。魔法のお土産話を。小説の話じゃない。本当にあったんですよ。魔法。


「テレパシーが通じないということは、テレポートも無理でしょうね。うーん。まあとにかく進んでみましょう」


 いつからだろうか。


 私はとっくに壊れてしまった。


 もし死神がもう一度、目の前に現れたら。成仏を選んでしまうかもしれない。あの時は、復讐心が勝ったけど。

 サラとサクに会えるなら。

 ママに会えるなら。


 ……。ダメダメ。


 ギンナ達を置いてはいけませんよ。私はあの子達のお姉ちゃんですから。ねえ。まだまだ、プラータみたいに『満足』する訳にはいきません。


「ああ。幸せだ、私。『大切な人』が、こんなに多い」


 いけない。心の声が口から出てしまいました。


 ねえサラ。お話、させてくださいね。こんな殺人鬼でも。


 貴女を最も愛しているお姉ちゃんですから。

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