10-7 秋葉原観光〜Cross-cultural communication①
『完全に君達を表世界で実体化させる訳には行かない。だからお土産の購入は不可能だけど。幽霊として「観光」くらいはできるだろう。ほんと、頼むから僕の見てない所でルール違反しないでくれ。君達自身の為に』
クロウの最後の言葉だった。ケータイを握っていたフランの口から、それは語られた。
「…………」
「ギンナ」
「わっ」
裏世界の森の中。魔法によって、軽く木の小屋を建てた4人は、そこで休息を取っていた。明日の秋葉原観光へ向けて。
寝るでもなく、窓の外を見て呆けていたギンナにユインが話し掛けた。
「なによ、じーっとケータイ見つめちゃって。向こうからは掛かってこないわよ」
「うん。いや……。そうだね」
「気になるの」
「…………うん」
ギンナは、ユインになら何でも言えた。この胸の奥の、引っ掛かりを。
恐らくユインもそれを分かって訊いたのだ。
「クロウが、あんたと生前に出会っていた可能性、ね」
「……うん」
「本当に覚えてないの?」
「うん。全く。記憶を失ってた期間とかも無い筈だよ。私の記憶は、16年間分、全部ある。……物心付く前は流石に分かんないけど」
「……ふうん」
「……なんだろうね。最初に、『狭間の世界』で会った時、『随分長く死神をやってる』って言ってた。もしかしたら、私が幼い頃、とかかな」
「可能性はあるわね。けど、祖父母は4人とも健在なんでしょう? 他にあんたを気に掛けるような人、居るかしら」
「うーん……。畔川って名前も知らないし。親戚でも無さそうなんだよね」
「……そう言えば、本名、あんたに伝えたのね。最初からクロウと名乗れば良いのに」
「あ。確かに」
「それだけ『信頼を置いても良い』と判断したってことかしら」
「…………私達を守ってくれてるって」
「そうね。『魔女』の時点でいつ死神が刈りに来てもおかしくないわ。でもそれを防いでくれてる。何の義理も無いのに」
「……何だろうね。彼」
「気になるのね」
「……どういう、意味で?」
「そういう意味で」
「…………」
窓から月を見ると、漆黒の空に包まれるようにぽつんとひとつ、銀色に光っているようだった。
「……もう、寝よっか。明日早いし。もうこんな時間」
「そうね。あんた寝なさい。今日、色々ありすぎよ。あんたにとって。考えるのはまた今度」
「……うん。ありがとうユイン」
「はいはい」
急拵えの小屋であるため、ベッドはひとつ。4人で並んで寝るのだ。
ギンナは端っこ、フランの隣に陣取った。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
シルクを挟んで、反対側のインにおやすみをして。
そのまま夢の中へ落ちていった。
✡✡✡
「……そう言えばあんた、
「いや? まだ先の話だろ?」
「バカ川上。今から勉強しないと間に合わないわよ」
「ならアキバ連れて来るなよ……」
「うるさいわね。締めるわよ」
「すいません萩原様」
翌日の秋葉原駅前。
恐らく中学生であろうカップルの会話を何となく眺めながら、彼は待ち合わせ場所に居た。
「おーい。ケイー」
「……んあ」
彼の灰色の髪は目立った。しかしそれで見付けて声を掛けてきた少女こそ、目立つ髪色をしていた。
撫子色――つまりピンク色のボブカットの少女。髪と同じ様なピンク色のパーカーとホットパンツだった。
「お前、乗り気じゃなかったそうな割に早いな」
「お前はいつも遅えんだよ
ケイと比べると頭ひとつ分ほど小さな撫子色の少女、襲音。彼女の背後には、ケイと同じ背丈の青年が居た。
「新宿で襲音ちゃんと待ち合わせてて。朝3時から待ってたけど」
「馬鹿じゃねえのかお前」
こちらも派手な髪。青黒い特徴的な髪だった。黒いジャケットにジーンズである彼は、身体は細く顔も美形で、モデルのような雰囲気を放っていた。
「いや、だってよケイト。かっ。襲音ちゃんが可愛い過ぎて……。なんだよあのふわふわそうなパーカー……!」
「…………俺に惚気んなボケ」
襲音に聴こえないように小声で言ったユーリは、ケイにそのままぶたれた。
「で、アンは? ケイ」
「知らねえよ。そもそも来んのかあいつ」
「居ますよー♪」
「うお」
ケイの背後から、突然の声。振り向くと赤黒い髪をお下げにした、ツリ目の少女が居た。黒いフード付きのパーカーで、下はプリーツスカートを膝上まで上げている。
「
「アン。おはよう。て、パーカー被りか」
「いーじゃん別に。あ。ついでにユウ君もCiao」
「俺はついでかあ。一応俺も兄なんだけど」
「ユウ君はあたしの弟君だね」
「逆転してんなあ」
派手な髪色4人衆が揃った。今日はアンから提案した、彼女曰く『ダブルデート』だった。
「色葉さんは?」
襲音が訊ねる。色葉がケイの契約者であることはこの場の全員が知っているが。
「……俺らに遠慮して来ねえよ。きょうだい水入らずでどうぞってよ」
「さっすが色ちゃん!」
「…………え、私お前らの『親族』扱いなの……?」
「襲音ちゃん。正直俺はもうそのつもりだ」
「……うるさいユウ」
ユーリの隠すつもりのない口説きに、若干頬を染めた襲音だった。
✡✡✡
「すごーい! これがアキバなのねっ!!」
どれだけ大声で叫んでも、誰も見向きもしない。ここは秋葉原の裏世界。丁度幽霊のようになって、フランが騒いでいた。
「電化製品、特に炊飯器とか欲しかったんだけど。まあしょうがないわね」
「そうだよねえ」
「まあまあ。ウインドウショッピングも楽しいものですよ」
その後ろを、ユイン、ギンナ、シルクが付いていく。
「ねえこれっ! なにかしら! 楽しそう!」
「パチンコ、よね。ギンナやったことある?」
「私16だよ? あ、17になったんだっけ。死んでも年齢って増えるのかな?」
フランが止まったのは、ギンギラに光り輝く看板と入口のお店。時折自動ドアが開くとうるさいくらいの音量で何やら音楽が聴こえてくる。よりによってパチンコ屋だった。
「私はありますよ」
「えっ。シルクも未成年だよね?」
「18からできますよ。……まあ、私は交友関係が結構ヤンチャでしたから18未満でもやってる子は居ましたが」
「そうなんだ……」
「じゃあ教えてよ! ねえ入ってみましょうよ!」
「……滅茶苦茶うるさいですよ? 慣れるまで」
「構わないわ!」
よりによって、パチンコ屋へ、4人は入っていった。
✡✡✡
その様子を。
「……何やってんだあいつら」
ケイが見ていた。彼には裏世界のことも見えていた。
「どしたの? お兄ちゃん」
「いや、『銀の魔女』が居てよ」
「えっ。あの
「
「へー。じゃあ紹介してよ。同僚じゃん」
「……あー」
「なに」
「……襲音と、会わせて良いか、だな」
ケイとアンは、前方を歩く襲音とユーリの方を見た。
「……夜風ちゃんの『計画』には、多分入ってないね」
「俺もそう思う」
「んー。まあ良いでしょ。挨拶するだけだって」
「……おう。じゃ待ってろ」
「はーい。おーい襲音ちゃーん。ついでにユウくーん」
✡✡✡
「うっ! うるさすぎるわよ! なにあれ!」
「だから言ったじゃないですか。最初はそういうものです。遊べないのなら、入る意味はありません」
「何が楽しいの!?」
「自分のお金で当たったら、脳内麻薬が出まくるんですよ。超気持いいですから」
「うげー……」
「あはは。まだまだ偏見の多い業界ですからねえ。一部の人を除けばゲームセンターと変わりませんよ。使う金額が違うのと、上手く行けばお金が増えるというだけ」
「分かんないわ!」
「……ていうかあのアニメもパチンコになってるのね」
「あっ。知ってるやつあった?」
4人はすぐに出てきた。フランが耳を押さえている。シルクが説明するが、その耳には入らない。
「……って」
「おう」
入口前に。ケイが待ち構えていた。彼は表世界に居るが、完全に目が合っている。そして、今会話ができた。
「ケイさん!?」
「ヴァルプルギスの夜以来だな。まあ、それ以外でメンバー同士が会うのは稀だが。日本に来てたのか。ギンナの帰省か?」
「はっ……。はい。そうです。後はまあ、ちょこちょこと。今日は皆で観光でして」
ギンナが答える。彼女が代表であるからだ。プラータと同格であるケイと、今はギンナも同格だ。肩書上は。
「ケイさんは、この辺なんですか?」
「いや……」
ケイが日本に滞在していることはギンナ達も知っている。確かに何も言わずに来日したのは良くなかったかもと、ギンナは少し反省した。
「俺らも今日は観光……っつーかまあ、なんだ。仲間と遊びにな」
「遊び……。あれ、色葉さんは」
色葉が居ない。どうしたのかと思った直後に、ケイの背後から赤毛の少女がやってきた。
「Ciao♪」
「えっ!」
少女はケイの右腕にしがみつくように抱き付いた。
「離れろ」
「にゃー」
そして、ケイにぞんざいに振り払われた。
「……こいつが、この前言ってた『欠席組』だ。おら挨拶。お前もだユーリ」
「はーい」
「分かった」
もう、ふたり。青黒い髪の青年と撫子色の髪の少女が来た。彼らは全員、裏世界に居るギンナ達を視認できているようだった。
「『半魔半霊』アンナだよ。半分悪魔で、半分怨霊♪
「『半神半魔』ユリスモール。悪魔と神の間の子だ。一応生まれたのは俺が一番早いんだけどな」
「ユウ君は弟君でーす♪」
「……らしい」
アンとユーリがそれぞれ自己紹介をした。アンは楽しそうに、ユーリは真面目に。
「と、もうひとり」
「ん。……何がなんだか。ケイの知り合いってことか?」
「そんなとこだ」
「イタリアの?」
「イギリスだな」
そして。
撫子色の髪の少女が、最後にぺこりとお辞儀をした。
「ええと。
この、襲音だけ。
普通の『人間』だと、ギンナは感じた。
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