10-4 恋愛初心者達による空中恋愛相談所

「…………」


 その頃。フランも。


「……はあ」


 ユインに打ち明けていた。相談していた。

 彼女の秘める、ギンナへの想いについて。


「どうせそうだろうとは思ってたわよ」 


 ユインは深い深い溜め息を吐いた。前を見て運転している為後部座席のフランにそれが掛かることは無かったが、いつも意地っ張りなフランが『弱々しいモード』に入っていることは分かった。普段の彼女ならユインに相談など絶対にしない。 


「……どうすれば良いか、分かんないのよ。必死に『駄目だ』って思っても。自分の気持は……止められない」

「…………」


 ユインは考える。


「(大前提として、個人の『性的志向』と『恋愛感情』をとやかく言うつもりは無い。そもそも私達幽体死者の魂は子を産む機能が初めから無い時点で厳密には『女性』ですらない。生物の理から外れた存在。そして)」


 以前の彼女ならどうでもよいと切り捨てただろう。だが。


「(この場合、フランこいつも私も『駄目だ』と考えているのは、私達4人の関係性の悪化を憂いているからだ)」


 もう4人は『無垢の魂の集まり』ではない。『銀の魔女』なのだ。強力な魔法を駆使する実力者である反面、ひとりでも欠ければ成り立たない『弱い』存在。

 まずはそこを、危惧しなければならない。


「(生物でないにも関わらず『生物の本能』である『性欲』が幽体にあるのは、私達が『精神的な存在』であるから、ね。生前の感覚から影響を色濃く受けている。……だけど)」


 もし、4人が解散となれば。

 『銀の魔女』だろうが真っ先に消滅してしまう者も出てくる。それは容易に想像できる。


「……まあ、先に相談するあたり、前よりマシにはなってるわね」

「…………あの時は、お酒、が、入ってたもの」


 そんな『最悪の結果』が予想できるなら。異性間であろうと同性間であろうとどちらでも全く関係無く、『駄目だ』と言えよう。


「(あんた日本へ行く度に発情してるわね――なんて茶化せる雰囲気じゃないわね。本人も深刻だと理解してる)」


 同一コミュニティの中でカップルが生まれることは珍しくない。ある意味当然と言える。だが、例えば公表の仕方が悪ければ、周囲の者との関係性が悪化するのも間違いない。

 そして。悪化しようが喧嘩に発展しようが。部活やサークルなら辞めれば良いし、現代社会ならどこにでも逃げ場や居場所は作れる。だが。

 この4人は、どこにも逃げ場は無い。多少の喧嘩程度なら日常茶飯事だが、4人の不和は即、成仏に繋がる。


「(――その『不和』を防ぐ方法としては、

  ①容認。私もシルクもふたりのことを認めて、これまで通りに接して生活する。


  ②我慢。取り敢えず一線は越えないようにフランを抑え付ける。


  ③乱婚。もういっそのこと4人で乱交する。誰もが誰もの交際相手とする)」


 ユインは、冷静に考える。現代社会で騒がれている通り、『性的志向』は『どうしようもないもの』だ。本人が好きでそうなった訳ではない。簡単に『一般的』に変えられるものではない。

 だからこそ、まずはフランの気持ちを認めて、その上で起こり得る問題を解決しようと考えるのだ。


「(まあ、どれも無理なのは分かりきってる。①は、今度は私が我慢できない。今でさえもあのふたりの距離は近い。申し訳ないけど、私の『同棲愛を生理的に気持ち悪いと思う気持ち』だって尊重して貰わなきゃ困る。この気持ちだって、どうしようもないもの。だから却下。②も無理ね。私が我慢できないんだから、それをフランに押し付けるのは間違ってる。③も当然無理。シルクはバイセクシャルらしいからなんとかなりそうだけど、やっぱり私が無理。あと、4人がぐちゃぐちゃの関係って、普通に考えて駄目でしょ)」


 全てが上手くはいかない。いくら魔法を使えても、解決できない問題は次々に出てくる。


「(あとは勿論、ギンナ自身の気持ち。あの子は基本的には異性愛者だろうけど、あの甘さ。あの『押せばヤれそう』感は本当、危険。隙だらけなのよね。正直あの子の交渉が上手くいくのは会話術とかじゃなくてただの『人柄』。それがあの子の強みだもん)」


 考えれば考えるほど、よく分からなくなる。何度目かの溜め息が出た。


「(……①で、私が我慢するしか無いか)」


 相容れない考えが対立した時、許容か殲滅か断交か、そうでなければ妥協点を探さねばならない。


「(まあ、それもこれも、ギンナが受け入れたらの話だけど)」


 考えはまとまった。フランはこの間、じっと待っていた。ユインの肩を掴んでいた。


「……想いを伝える予定は?」

「…………それも、どうしたら良いか分からないのよ。ギンナが好きなのに、ギンナに『私が好きだ』と知られたくない。気持ち悪がられるかもしれないから」


 フランは一度、以前にギンナから拒絶されている。厳密にはギンナは驚きで動けず、ユインが乱入した形となり、ギンナからの返事は聞けなかったが……フランからすれば、拒絶されたという記憶になっている。


「ギンナは、私を好きだと言ってくれる。でもそれは、仲間としてなのは分かってる。ギンナはあんたにもシルクにも、同じように好きだと言うわ」

「でしょうね。あの天然甘ちゃん」

「……私は、もうひとつ『特別』になりたい」

「…………『特別』ねえ……」


 以前は母の影を追って、ギンナと重ねていた。だがどうやら、今のフランはそうではなさそうなのだ。


「あんたは、どう考えてるのよ。想いを伝えるんじゃないの? じっと待ってても、ギンナがあんたに『特別』な感情を持つ可能性なんてゼロよ。厳密にはゼロじゃないかもしれないけど、この場合はゼロと言い切って良いと思うわ」

「……分かってるわよ」

「私の目からは、今でも充分あんたら『イチャイチャ』してるように見えるけどね。その先って、なに。あんた自分がされて嫌で、大嫌いな『セックス』したいの?」

「…………っ」

「あんたの言う『特別』って、具体的にどんな状態なのよ」


 フランは、『恋』をするのは初めてだ。ユインは、恋などしたことがない。『娼館でなければ好き同士がセックスして家族になる』程度にしか認識していない。できていない。


「……確かに、今充分に幸せよ」

「でしょ? それとも、所構わずギンナとイチャイチャしたいの? 大迷惑じゃない」

「…………分かってるわよ」


 だからこれは。

 解決を求める『相談』ではなく。

 ただ話を聞いて欲しいという、それだけの『報告』なのだ。


「……後回しの、現状維持。ギンナにあんなこと言っておいて、あんたには逆のこと言うしか無いなんてね」

「…………」

「少しはスッキリした?」

「……ちょっと。ほっとしたわ。怒られると思ってたから」

「なによ。あんた私に怒られてめげるタマじゃないでしょ」

「…………ふぅ」


 それが分かった時。

 フランはひとつ、息を吐いた。胸の奥にあった『もやもや』が、風に乗って消えていった。


「そうね。思えば、私達の関係は今が最善で、私は『学生スチューデント』みたいに焦る必要が無い。……『それだけ』でやっていけるわ」

「ま、ギンナに彼氏ができないうちはね」

「…………!」


 最後のひと言でしかめっ面になったものの。

 フランはそれで納得した。






✡✡✡






『ふむ。人の経路は複雑であるな』

「!」


 無い心臓が、跳ねた気がした。フランのメイド服風ミニスカートから、ラナが出てきたのだ。


「ぎゃー! あんたなによ! どこに居たのよ!?」

「わわっ! 危なっ!」


 暴れるフラン。箒がぐらつき、ユインが慌てて制御する。


「全然気付かなかったわよばか!」

『吾は変身魔法が使える。忍び込むなど容易だ』

「へんたい!」

『吾は雄ではない』

「人のスカートに潜り込むのにオスメス関係無いわよ!」

『……ふむ』


 フランはふんづかまえようとするが、ラナはいつもの様にするすると躱す。


「……経路、って言った?」


 箒の軌道を落ち着かせたユインが訊ねた。


『交尾までの経路である』

「……恋愛のこと、猫語では経路って言うのね……随分ロマンチックだこと」

「猫世界には無いの? 同性愛」

『当然ある』

「えっ。そうなの?」

『発情期に雌と繋がれなかった雄同士が多い。多くはストレス発散であるな。また幼少期に大人の真似をする兄弟も居る』

「……結構あるんだ」

「(交尾のこと繋がるって言うのも猫世界用語かしらね……)」


 ラナが答えると、フランは手をぴたりと止めた。

 人間以外の同性愛は無いと勝手にイメージしていたからだ。


「けど、雄同士なのね」

『雌同士で何ができる』

「あー……うん。えっと。いや、交尾だけじゃなくてさ」

『群れの愛情表現を行うだけだろう。何をどう悩んでいるのか吾には理解できぬ』

「…………まあ、そうね」


 まさか猫に恋愛のアドバイスをされるとは。フランは腕を組んで考える。


「ユイン。あんた最近男と会ってるでしょ」

「はあ――っ!?」


 それは完全なる不意打ちだった。


「ちょっ……!」


 箒がガクンとグラついて、ギンナ達から遅れてしまうほどに。グラつきはユインの精神を表していた。


「危な……! しっかり運転しなさいユイン!」

「うるっ……うるっさいっわね! ああもう! バレてないと思ってたのにぃっ!」


 フランに背中をバンバンと叩かれながら、ユインが大口を開けて叫ぶ。それは風と雲に飛ばされていった。勿論ギンナ達には聴こえない距離だ。


火曜と金曜魔女園に行く日以外も謎に早起きしてるのバレバレよ。郵便屋の男でしょ」

「……あんたねぼすけのくせにっ」

「で、どうなのよあんたは。やったの?」

「…………あのねえ」


 急に攻守交代がなされた。言葉に勢いを取り戻したフランに、ユインが苛立ちを見せる。


「彼は『人間』なのよ。それに少し奥手だし。私にとっても、セックスは嫌な思い出なの。慎重に、滅茶苦茶気ぃ遣ってんのっ」

「へぇ〜?」

「ああもう、ムカつく! 最悪! よりによってお子様フランにっ!」

「ちょっ、なにその言い方! あんた私達に黙ってひとり勝手に恋愛とか、許されると思ってんの!?」

「馬鹿じゃないの!? そんなの私の自由でしょ!? ていうかまだそんな、『恋愛』とか呼べるような段階じゃないし!」

「でも好きなんだ」

「るっ……! っさい! ああーもーっ!!」


 ユインがここまで取り乱すのは珍しい。フランはなんだか楽しくなってきてしまった。


「…………言ったでしょ? 相手は『人間』なのよ。どう足掻いても……。私と彼は同じ時間を共有できない」

「寿命のこと? そんなの……」

「彼が良くても私が嫌なの。……私は、どんなに望んでも彼の子を産めないのよ」

「あっ」


 だが、ユインはフランの予想を超えて真剣に考えていた。確かにアプローチを仕掛けたのは彼からだったとは言え。今後を考えると。


「……まあ、まだそんな段階じゃないし。別に、『今が楽しい』で良いかもしれないけど。……色々、考えてんのよ。茶化されると、ムカつく」

「……ごめん」

「…………あんたにこうも素直に謝られるとそれはそれで違和感ね」

「むっ。なによもう。ていうかその『彼』、殺して『無垢の魂』にしちゃえば?」

「……それは『怨霊案件』で、死神が出てきて強制消滅。裏世界のルール違反よ」

「あ、そうなんだ……」


 そこまで言い合って。

 ユインはまた、溜め息を吐いた。


「はあ。……お互い苦労するわね」

「……そうね。いやあんたはズルいわよ」

「うるさい」


『人の世は複雑怪奇であるな。好みとなら押し倒せば良い』


「「あんたが一番うるさい!」」

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