10-3 Silver witch girls talk while changing clothes.

 再び、日本へ行くことが決まった。『銀の魔女』としての一番の目的は、クロウへの借金返済だ。まだ全額じゃ、ないけど。あんまり大金をずっと持ってるのもなんだし、ちょくちょく返しに行こうかなって。


 それと、今回は私の実家にも寄る。両親に会うためだ。


 やっぱり、心の隅にいつもあった。ちょっともやもやしてた。思えばこれが未練だったんだ。今まで気付かない振りをしてたんだろうか。


「今回は流石に、ちょっとくらい観光しても良いわよね」

「……さあ。向こうの神様次第じゃないの? 海外の魔力は嫌いらしいし」

「でも、サザナミ様は阪神間の管轄って言ってたよね。関東方面はまた別の神様が居るんじゃないかな」

「……まだまだ神秘よね、日本も」


 今回はブラックアークじゃない。普通に箒で飛んでいくことにした。前回着地にごたごたしたし、今の私達なら箒でもすぐに着けるだろうし。


 未だにフランは飛べないけど。


「じゃあ明日ねっ。日本行きの服、選んでおかなきゃ!」

「あー……。フランは『アキバ系』が良さそう。ねえギンナ」

「えっ。……それ、死語かな。でも似合いそう。フリッフリのメイド風コスとか。あ、ツインテールは必須」

「なにそれ!」


 ユインは日本の文化的な所にも明るい。確か前にアキバ行きたいって言ってたよね。うん。行こう。今回は全部しよう。したいこと。






✡✡✡






 次の日。恒例の。

 朝のお出かけ前の、お着替えタイム。


「うーん……。ほんと、探せば探すほど色んな服あるね」

5代目プラータの趣味もあるだろうけど、この家4代目エリザベスの時から使われてるらしいし。服と食器は本当、死ぬ程あるわね」

「でも逆に、靴は少ないよねえ。ヒールにパンプスにローファーに……スニーカーもあんまりないよね」

「ブーツは結構あったわよ。完全プラータの趣味ね」


 そう言えば、今までバタバタしてたけど。この『魔女の家』って結構、謎が多いんだ。まだ行ったことない部屋もあったりする。割とベットルームとリビング以外使わないもんね。ユインは色々把握してそうだけど。


「――あった」

「なにそれ。エプロン?」


 今は、入ったことの無かったもうひとつの寝室のクローゼットを漁ってる。埃とかは無かったから、直前まで使っていたであろう部屋。


 つまり、プラータの寝室だ。どうやらあの人、私達に隠れてバレないようにちょくちょくこの寝室にだけは帰ってきていたようなのだ。魂を感じることのできる魔女わたしたち相手にそんなことができたり、フランの魔法から人を守ったり、あの人ほんと、凄い魔法使いだったんだよね。多分あの人の『底』は、私達は結局見れずじまいだったんだ。それが今になってなんだか、惜しい気がする。


「クラシックな給仕用エプロンだね。ちょっと加工しよっか。今風というか。アニメ風のミニスカメイド服に」

「えっ。私メイド服着せられるの?」

「そうだよ? ほら、ヘッドドレス」

「わ」


 フランはもう、皆の着せ替え人形だ。だって一番可愛いんだもの。本人も全く抵抗しないし。……最初の方はプラータに着せられて嫌がってたけど、なんだかんだ楽しむようになったんだなあ。


「ユインはセーラー服だね」

「は?」

「いや絶対に似合う。断言する。魔女感出すなら黒セーラーにしよっか」

「…………あんたが言うなら着てあげるけど。そもそもそれ、男用の水兵のやつでしょ」

「日本文化だよ、もはや。ほら、ちゃんとサイズあるし」

「マジで何もかもあるのね……。この家、良い趣味してるわ」


 ユインもスタイル良いもんね。本人はそんなつもりなくて、褒めるとちょっと照れるのが可愛い。

 思ったんだけど、フランとユインは生前、褒められたこと、少そうだもんね。だからこそ、これからは楽しく。幸せに。ねえ。


「ギンナ。私はどうしますか?」

「シルクはねえ。正直言うとプラグスーツが一番似合いそうなんだけど。流石にコスプレ専用の衣装は無いからねえ」

「……まさか、あの社会現象を起こしたアニメのですか?」

「あ、知ってる?」

「出てくる単語がキリスト教モチーフなので知ってました。……流石に、身体のライン出過ぎですよアレは……」

「あはは。まあ冗談。シルクはねえ、着物、どうかな」

「! キモノ! 大好きです! あるんですかこの家?」

「はい」

What the heckなんてこった!」

「好きだったんだ?」


 クローゼットにあったのは、大きな花柄が特徴的な、萌葱色の着物と山吹色の袴。うーん。畳紙は無いし平置きでもない。まあこの辺は海外との意識の差かな。当然桐箪笥なんて無いしね。一応湿気も虫も大丈夫そう。シワもまあ、私の魔法があればちょちょいだね。


「それはもう。成人式は日本で、振り袖フリソデを着て出たかったんですよ。その前に死んじゃいましたが」

「……そっか。じゃ、ようやくだね」

「はい。まあまだ、死んでからの時間を足しても20歳ハタチにはなりませんが」


 小物も探したら出てきた。これも古い物だね多分。本気の着物だ。


「で、これ、こんなんどうやって着るのよ。これ服なの?」

「ギンナ、着付けできるの?」


 フランが興味深そうに着物を触ってる。ユインは着付けという概念まで知ってるらしい。凄いなあ。


「いや、全然。全く。そんなの現代人は普通できないよ」


 私の所は、七五三くらいかなあ、着たの。あ、ウチの高校の卒業式は着る慣習があったような。……卒業する前に死んじゃった。シルクと一緒だ。小中じゃ着なかったかな。

 そんな訳で、全然知らない。日本の伝統的民族衣装なのにね。


「どうするのよ」

「調べる」

「……時間掛かりそうね」


 色々ああだこうだと遊んでいると、もうお昼に差し掛かってきた。


「で、ギンナは何着るのよ」

「私は、まあ親に会うし、分かりやすく制服にしようかなって。ほら、あの『ヴァルプルギスの夜』の時のブレザー」

「おお、あの『女子高生ジェーケー』ファッションですか」

「ユインもセーラー服だけどね。私達はスクールファッションだよ」

「……そう。まあ、あんたとは同い年だしね」

「ねえ」

「…………」


 楽しい。なんだが最近、本当に楽しいんだ。この4人でわちゃわちゃするの、本当に楽しい。

 こんな感覚、生前は無かった気がする。本当の意味で通じ合った『仲間』というか。もう家族だよね、この3人とはさ。ねえ。


「……なに? ユイン」


 そんなことを考えていると、インが私の顔を訝しげに見てきた。


「……あんたのよく言う『ねえ』ってやつ、プラータに似てきてるわね」

「えっ」

「あー分かる。なんか似てるわよね」

「えっ。えっ」


 そのインの、鋭い指摘に。フランも同調した。……全然、自覚なかった……。


「……どうしよ。治すべき?」

「いや別に……。どっちでも良いんじゃない」

「……そうかな」


 無意識に、プラータの影を追ってるんだろうか。

 皆がそう言うなら、あんまり気にしなくても良いのかな。

 うーん。






✡✡✡






「じゃ、行こっか。フランは私の箒で――」

「待った」

「え」


 準備を終えて。飛べないフランを魔力の多い私が乗せて、3人で向かおうと思ったんだけど。ユインが待ったをかけた。

 私とフランが『電車ごっこ』みたいになったまま。


「あんたそれでも速すぎるのよ。後、私とシルクじゃ日本までノンストップじゃ魔力が保たないわ」

「……そっか」

「だから、箒は『2本』よ。あんたはそのまま。私とシルクが交代で飛ぶ。で、最初は私が飛ぶけど、一番軽いフランを乗せるから」

「…………分かった」


 ちょいちょい、こんなことがある。私が皆と比べて圧倒的に魔力があるってことを、忘れがちというか。反省点だ。そもそも音速で飛べるのは私だけ。この旅行もユインとシルクの速度に合わせる必要がある。

 ごめんね。


「あんたの背中ぁ?」

「嫌なら『電車』で来なさい」

「…………う」


 バチバチの萌え萌えメイド服を着たフランが渋々、黒セーラーのユインの後ろに立った。

 で、私はシルクだ。


「シルク。箒跨がないようにね。袴だから」

「分かってます。彼氏サクの自転車の後部座席を思い出す座り方ですね」

「なにそれ青春」


 ゴリゴリの着物で武装した超絶美人シルクが私の肩を掴んだ。


 ともかく、出発だ。お金忘れないように。






✡✡✡






 裏世界の澄み渡る空を、2本の箒が流星のように奔る。マッハほどでは無いが、時速は300キロほど。ユインの現状で出せる最高速度だ。それに追従するように、ギンナが続く。

 日本の高速道路の法定速度の何倍もの速度であるが、彼女達への『影響』はかなり少なく見える。髪は靡いてはいるがその程度で、帽子も飛ばず、肌が波打っていたりはしていない。口を開けても頬が暴れることはなく、後部座席の者と普通に会話ができている。

 箒を中心に、彼女達は魔力によって空気抵抗やその他虫などの小さな衝突物から守られている。ただの掃除用箒ではなく、『そのような機能を持つ魔女専用の箒』であるからだ。名前は同じだが最早別物。『掃除用具』ではなく『飛行機』なのである。


「……そう言えば、ギンナ」

「ん?」


 ギンナの長い銀髪が靡いて、シルクの顔を撫でる。それを躱そうと首を左右に揺らしながら、話し掛けた。


「……いえ。この前日本から帰ってから、結局バタバタしっぱなしでしたから。こうしてギンナとふたりで時間を過ごすのは久し振りですね」

「あー……。うん。そうだね。落ち着いたタイミングは無かった訳じゃないけど、それでも仕事とかでどっちかは居なかった、かな。私の護衛もフランにばっかりお願いしてたし」


 今回、再び日本へ行くということで。シルクにも思うところはあったのだ。


「実は、ギンナに嫌われてしまわないかと心配していたんです」

「えっ。どうして? 何が?」

「……4人の中で、私だけ生前が『加害者』で。わざわざ自ら『不幸』の道へ行って。……何より『人を殺した』からです。プラータによる強制ではなく、自分の意思で」

「…………」


 それは、シルクがずっとひとりで溜め込んでいたことだった。フランにすら言わなかった、自身の生前について。

 不幸や犯罪とは無縁の『普通』であるギンナには、受け入れられないのではないかと。


「……正直に言うとね」

「はい」


 ギンナは。


「あの時。てっちゃんを殺してる最中のシルクは、ちょっと怖かった」

「……でしょう、ね」

「うん。なんか、英語でさ。叫んでたじゃん」

「はい。……汚い、罵声を」

「シルクらしくないっていうか。まあ『シルクらしさ』を私がどれだけ知ってるかって話だけど。……イメージと違って」

「……はい」


 シルクは、この話を不安ながらもしたのだ。日本から帰ってからも、ギンナの態度は何も変わらなかった。不思議に思ったのだ。だから。


「でもね。『それ』がシルク、なんだよね」

「!」

「全部シルクなんだって、思った。いつもの優しいシルクも、あの激しいシルクも。そりゃ、彼氏殺されて怒らない人なんか居ない。当然の『怒り』だよあれは」

「…………はい」

「私がシルクを嫌うなんて、あり得ないよ。ね?」

「……ありがとうございます」

「あはは。お礼言われちゃった。別に良いって」


 それを、聞いて。ギンナの返答は、至極『いつも通り』だった。


「(ああ、これか。フランはギンナの『これ』にやられちゃった訳ですね)」


 

 いつもギンナが当然のように自然に、なんの気無しに行う『それ』は。

 彼女達『不幸な生前』を持つ者にとって、至上の『癒し』と『安心』を与えることとなっている。


「……やっぱりギンナはずっと処女で居て欲しいですね」

「なにシルクまで! 私だけ恋愛禁止令!?」

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