10-2 銀の魔女による一人称リレー
じゃあ私達も、ヴィヴィさんに開店祝いを何か用意しなきゃと、フランが切り出して。
それならばと、ヴィヴィさんは私達が付けていた古いマナプールを選んだ。そんなもので良いのかと思ったけど、やっぱり私達の『銀の魔力』は貴重だそうで、ヴィヴィさんは満足げに、魔女の家を去っていった。
「数十年振りにここへ来たわ。エリザベスの、ただのアトリエだったんだけどね。ルーナの奴、結構改造してるわね」
最後に、魔女の家を外から懐かしそうに眺めて。またラナの案内で、森を抜けていった。
✡✡✡
「…………さて」
4人で見送って、空を見上げる。今日は良い天気だ。雲ひとつない青空が広がっている。
「ねえユイン」
「何よ?」
「まず何からすべきかな」
ユインは私と目を合わせると、少し驚いた顔をした。多分、私が笑ってるからだと思う。なんというか、清々しい心地なんだ。
「……普通に、依頼が溜まってるわ。それに、これからはプラータ個人へ来ていた依頼も私達でこなす必要があるってだけ。後は、カヴンでの仕事は
「なんかこう、『6代目銀の魔女』襲名しました! みたいな告知とか要るかな」
「要らないわよ……。日本の
「そっか。じゃあまずは……」
「朝食ですねっ」
「シルク。……そうだね。お腹空いちゃった」
新しく『始まる』。そんな気分だ。私達はもう既に、『銀の魔女』だ。
私だけ、魔女『見習い』だけどね。
✡✡✡
フラン
✡✡✡
ギンナが、『銀の魔女』になった。私達はギンナの指示の下、彼女をサポートしていくことになる。
少しずつ、変わっていく。ユインは週に2回程度、朝早く起きて魔女園に行くようになった。学校はまだできないけど、色々打ち合わせがあるって。
シルクは……あんまり変わってない。仕事が無い時は家で家事をしてくれてる。当番制だけど、ついつい甘えてしまう。
私は。
ずっとギンナと一緒に居ることにした。護衛として。ずっと横から、ギンナを見ていた。
「こんにちは。『銀の魔女』ギンナ・フォルトゥナです」
依頼者へ向かって、そう名乗るようになった。なんでよりによって、プラータの名前を。
私は、プラータのことは最後まで好きになれなかった。成仏したと言っても、別に何も思わなかった。
けどギンナは、違った。ほかのふたりは分からないけど。
ただ、名乗る時のギンナは、ちょっと楽しそうで、嬉しそうだった。爽やかな笑顔で、『こんにちは』と。大人にも男にも、どんな相手にも臆さず怯まず、挨拶をしてる。
貫禄、というか。雰囲気が出てる。ギンナはもう、完全に『銀の魔女』だった。これでまだ『無垢の魂』なんだから、どうかしてる。
「ふぅ。じゃ、帰ろっか。フラン」
「……ええ。久々に魔法使ったわ」
「あんまりやり過ぎないように……って言いたいけど、魔法使わないといけないしなあ」
「良いわよ。魔力溜まって、あんたみたいに増えるかもしれないし。私はまだ諦めてないもの」
「うん。そうだね」
「ていうか見た? 遂に、安定して『寸止め』できるようになったわ。これで『殺す』だけじゃなくて、『気絶させる』選択肢が取れるわよ!」
「確かに。凄いフラン!」
「えっへん!」
命を奪う、自分の魔法のこと、やっぱり好きになれない。けどもう、受け入れてる。私はこの力を、ギンナを守る為に。ユインやシルクを守る為に使うんだ、って。
「……? どしたの? フラン」
だから、『銀の魔女』になったってやることは変わらない。気に入らない奴を殺すだけ。
ギンナの側で。
「…………やっぱり、駄目ね」
「えっ? 何が?」
私は、ギンナが好き。
駄目だ。やっぱり。私はどこかで、あの生前の悲惨な経験で、歪んでしまったのだろうか。それとも、元々なのか。もう分からない。
分かっているのは、この気持ちだけ。
やっぱり好きだ。
「なんでも無いわよ。ほら箒」
「あっ。うん。ありがとう」
どうしたら良いのか分からない。お酒が入ってない今でもはっきりと、自覚してる。
伝えられない。ギンナに嫌われたくない。ユインから何を言われるか。
私はこの、優しい子が好き。
どうしよう。これを隠したまま、百年も一緒に居られる気がしない。
✡✡✡
ユイン
✡✡✡
「ん……。ふわ」
魔女の朝は早い。夜は遅いくせに。
いや、セレマが早いだけだ。いっそのこと、魔女園に前日から早入りしようかと思うくらい。
ギンナとフランは勿論、シルクもまだ起きてこない時間に。私の1日は始まる。
顔を洗って、魔女服に着替えて。ポストを確認して――
「わっ!」
「ん……」
男の驚く声がした。魔法で守られている、この魔女の家で。
「…………」
「……えと。おはよう、ございます……?」
苦笑いで、挨拶してきた。
キャップにポロシャツ。そして、自転車。
「……あなた、郵便屋さん?」
「は、はい。そうです」
魔女の森を抜けて、ここへ手紙を届けられる郵便屋。初めて会った。結界を張った時の、何代も前の『銀の魔女』が契約したって言う。
「……初めましてね。いつもありがとう」
「……はっ。初めまして!」
「…………」
若い。10代後半に見える。それに、『人間』だ。どういう仕組みで結界を越えるんだろう。
「どうやって結界を?」
「えっと……。これを持ってると結界の影響を受けないんです」
彼が取り出したのは、銀色の鍵だった。見たことは無い。けど感じる魔力は、確かに銀。
「それは?」
「……何百年前の、ウチの社長が貰ったそうで。ミオゾティス担当の配達員は代々これを持って仕事をします。それが『銀の魔女』さんとの契約で」
なるほど。
「……盗まれたり、奪われたりしないようにね」
「大丈夫です! 色々制約があって、今は俺以外が持っていても無駄になりますから!」
「……そうなんだ。ごめんなさいね。私達は襲名したばかりで、そういうのまだ全然知らなくて」
「いえ! とんでもない! ……はは」
「?」
郵便屋さんは大袈裟に手を広げてから、頭を掻いてはにかんだ。
「いえ……。俺も初めて見た……いやお会いしたので。緊張、して。いややっぱ、綺麗……というか。凄い美人さんですね。雪のような銀色」
「…………!」
「じゃ、じゃあこれで。さよなら!」
そそくさと。自転車を漕いで去っていった。
「…………!?」
私は。
しばらく、誰も居なくなった森を凝視してしまっていた。
✡✡✡
シルク
✡✡✡
「髪」
「えっ?」
最近は、戦闘に関する依頼も無いし、頭脳労働担当のふたりが出る時はフランが護衛を買って出るので、私は暇な日が多かった。その分、魔法の練習や家事ができるから特に困ったりはしていない。
ユインに勧められた本を読んでいると、仕事から帰ってきたフランが私に向かって言った。
「伸ばしてたんでしょ?」
「……どうしてそう思うのですか?」
「彼氏に『絹のように綺麗』って褒められたんでしょ? 寧ろどうして伸ばさないのよ」
「………………まあ、そうですね。伸ばしていましたよ。サク……彼が
「……切ったのね」
私はショートヘアだ。ギンナやフランみたいに長くない。けどそれを、今更言われるとは思っていなかった。
「そうですね。私にとって『髪』はサクとの思い出の、『女』の象徴です。それを断ちました。復讐の為に」
「……あんたまだ、変身魔法できないのよね」
「そうですね」
「勿体無いじゃない」
「えっ」
この『幽体』の身体は、髪も爪も伸びてはこない。ずっとショートのまま。それを気にしたことはなかったけれど。
「もうあんたの復讐は終わったんだから。これから『魔女』の人生は長いのよ?」
「…………ふむ」
確かに終わった。もう何も未練は無い。じゃあ私も、『これから』を生きて良い気がする。
フランにけしかけられて、そう思った時。
「……あ」
シュルリと、私の髪が伸びた。しかも服装が、いつの間にか生前の私の私服になっていた。ぐにゃりと、変わった。
「できました。変身魔法」
「はぁ――!? ふざけんじゃないわよ! これだから『魔女』は!」
「あはは。どうですか? 似合いますか?」
魔女と言えど、まだまだ私も成長期。魔力もまだまだ増える筈。どんどん色んな魔法を覚えていく筈。
「……まあでも、ずっとショートでしたし。こっちの方が落ち着きます」
「ええ……。勿体無いってば。あんた何でも似合うのに」
「ありがとうございます」
それでも、ショートにした。フランは残念がっていたけど。
髪を『伸ばせない』のと、『伸ばせるけどやらない』のは、全く違う。心の在り方が。
「じゃあ暇なので、街へ降りて逆ナンでもしてきましょうかね」
「…………勝手にしなさいっ」
✡✡✡
ギンナ
✡✡✡
「ねえユイン」
「何よ」
「この前言ってたさ。『魔女に成る条件』。あれ、私の②だけ説明まだでしょ?」
「…………そう言えばそうね」
しばらく、経って。
バタバタしてた『銀の魔女』の仕事も少し落ち着いた。結構稼いだから、もう1度日本へ、クロウの所へ行こうかなと思っている。
「じゃあ、皆を呼んで。説明するから」
「うん」
夕食時。
私が魔女に成れない理由はやっぱり知っておきたい。私だって、いつかは魔女に成りたいし。
ということで。ユイン先生お願いします。
「……まあ、例の如く全ては私の仮説だから」
「うん。分かってるよ」
魔女や、魂に関しては詳しく研究した、みたいな本は無い。だから全ては推測。色んな人の経験に基づいたものだ。それはもう、全員分かってる。
「ギンナはこの前言った通り、私達と違って『生前』に『克服すべき不幸』が無い。今の所、それが理由で魔女に成れないと私は思ってる」
「うん」
そこまでは知ってる。気になるのは、その続きだ。
「でもね。『精神的変化』が魔女に成る条件なら、今後それが起きる可能性は充分にあるのよ。例えば……そう。あんたの場合、『両親』と『クロウ』」
「えっ」
ふたつ、提示された。これだけじゃ分からない。
「どういうこと?」
「あんた、未練が無いことを気にしてたわね」
「……うん」
「それはね。きっと、『未練』なのよ。両親や生前のことを気にならないという不安こそが『未練』と言える。つまり生前の不幸じゃなくて、『死んだことによる不幸』。死後の未練」
「…………」
ちくりと。
心の奥に、小さな痛みが走った。
「……もうはっきり言うわね。あんたと私の仲だし。あんたはねギンナ。『いつか解決しなければならない問題を先延ばしにしてる』だけ」
「……!」
徐々に。
痛みは広がっていく。
「さっさと会って来なさい。
「………………!」
奥深くに。
「……幸せ、だったんでしょうが」
「…………うん……!」
突き刺さった。
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