Chapter-10 ANNA
10-1 不屈の精神〜Lucianna=Silva
✡✡✡
許さない。
許さない。絶対に。
噛み付いてやる。あいつも。あいつも。
「…………可哀想」
お前も。許さな――
「ジョー。貴方今いくら持ってる?」
――……。
「はぁ? 何を言っているんだリズ。奴隷を買うためにここへ来たんじゃないだろう」
……?
「今分かったわ。通じたの。この子は磨けば、私と同じ『銀の眼』よ」
「…………なんだって?」
「ジョー。このまま見逃せば世界の損失よ? この子だけ。ちょっと節約すれば良いのよ。私、頑張って稼ぐから。ねえ、ジョナサン」
「…………君の悪い癖だ。エリザベス」
……こいつらは、何を話してるの?
「ありがとう。愛しているわジョー。ほら。いらっしゃい」
アタシを囲んでた、鉄の扉が開いた。けど、いつものような『痛いこと』の様子じゃない。
「もう大丈夫よ。私はエリザベス。彼はジョナサン。私達は貴女の味方よ。もう大丈夫」
「……………………!?」
鉄の次に、そいつの腕に囲まれた。
『痛い』じゃなくて、『暖か』かった。
「貴女、名前は?」
「…………。ルチアーナ・シルヴァ」
✡✡✡
――最悪のあの時代。法整備の追いついていないあの国に。
戦争で
ギンナは――
シルクには、
ユインは、
フランは……。
あの子が、一番アタシに近い。だからあんな魔法に目覚めたんだね。
けど、駄目だ。学校に通えていて、給食も食べられたじゃないか。それに最悪とはいえ、家すらあった。
今更、不幸自慢なんてするつもりは無いけどね。
アタシは『死んでから』も数年ほど、状況は変わらなかった。
あの夫婦に、買われるまで。
世界の何もかもを、恨んでいたからねえ。
良いじゃないか。幸せが一番さ。
ねえ。
✡✡✡
プラータが消えた。
私より、3人の方が『魂』を感知できるらしく、完全に無くなったと私に伝えた。
間違いない、と。
「……知ってる? プラータがこの前測った、魔力量」
「知らない。いくらだったの? あんたより上?」
「…………あのね」
魔女の家に、帰ってきた。まだ、深夜だ。ヴァルプルギスの夜から、そのまま。
「……フランより低かったんだ」
「え?」
死者の魂にも、寿命はある。魔力がどんどん無くなっていって、最後には塵となって消える。個人差はあるけど、大体は100年から200年くらいらしい。魂は精神力だから、『生きる気力』が薄くなると、弱っていく。そもそも人間の精神は、何百年もの活動に耐えられるものじゃないらしい。理論的には不老不死なのに、心が諦めたり満足したりして、自分で死んじゃうんだって。前に、サクラさんから聞いた話。
プラータは、多分『満足』して逝ったんだと思う。カヴンに参加する、私達を見て。お母さんみたいな慈愛の微笑みで。笑いながら。
そんな気がする。
「…………取り敢えず、さ」
私から、提案した。これを言うのは、いつも私な気がする。
「疲れたよね。休もう?」
色々ある。やることはもう。考えることもそう。それはもう沢山。だけど。
取り敢えずは、さ。もう深夜だし。
整理するべき情報が、多すぎる。
✡✡✡
『起きよ。王』
「みゃ……!」
柔らかく冷たいものに踏まれた。目を開けると、ラナが私の顔面の上に居た。
「…………ふぁ。なあに? ラナ。今何時……」
『森の入口で主らを呼ぶ者が居る』
「………………?」
まだ寝ぼけてる私の顔を、ふみふみしてくる。気持ちいいんだよねえ。
って。
「え、誰?」
『吾は知らぬ。が、主らを知っている様子である。所々が黄金色の黒髪の女だ』
「…………ヴィヴィさんだ」
ラナって、凄く便利だよね。目覚ましにも、インターホンにもなる。
あと、魔女の森に掛けられた結界の魔法は死神にも効くことが分かった瞬間だった。本当、安全な所なんだね、ここ。
「えっと。お招きした方が良いよね。案内して貰える? ラナ」
『承った』
お願いすると、ラナはするりと家から出ていった。いやあ、便利だなあ。王の特権かも。
「皆起きて。ヴィヴィさんが来るよー」
「…………んん」
「んご……」
時計を見ると、9時半だった。別に早くもない。やっぱり皆、私も含めて疲れてたんだなあ。ユインより早く起きたのは初めてかもしれない。
ラナのお陰だけど。
……で、私達いつまで4人一緒の寝室で寝るんだろうね。ベッドを4つくっつけてさ。……別に良いけど。
✡✡✡
「ヴィヴィさん。おはようございます」
「……ギンナ。悪いわね。朝早くに」
「いえいえとんでもない。どうぞどうぞ」
速攻で洗顔と着替えを済ませた所で、ちょうどヴィヴィさんがやってきた。ドアを開けて、招き入れる。そう言えば誰かが来るのは初めてかもしれない。まあ秘密の場所だから当然かな。ヴィヴィさんは信頼できるし全然オッケーだけど。
「今日はこんな所まで、どうされたんですか? 依頼か何かでしょうか」
「いや、ハンターは引退したわ」
「えっ」
リビングのソファに座ってもらって、魔法でお茶を淹れた。結構様になってきたと思うんだよね。私の魔法も。
「どうぞ。アールグレイですが」
「へえ。丁寧な魔法。見違えたわね」
「……そんな……。ありがとうございます」
褒められると照れる。なんだろう。会うのはこれで3回目だけど。1回目は最悪の出会いだったのに。
なんだか、この人と居ると安心する……気がする。
「ハンター稼業はカンナに引き継いで、私は引退したわ。それで、この街に戻ってきたのよ」
「……じゃあ、カンナちゃんはひとりで」
「ええ。全然問題無いわ。私より強いし」
「……!」
私達が、『銀の魔女』を受け継ぐのとほぼ同時期に。カンナちゃんもハンターを引き継いでたんだ。
「それで、一応挨拶にね。……貴女達は、この街を離れるつもりは無いの?」
「えっ……」
ヴィヴィさんは、虹彩異色の眼で、私に訊ねた。
その言葉が出るってことは、知ってるんだ。
「……プラータのこと」
「ええ。継いだんでしょう? 気分はどう?」
「…………正直、実感はまだ無いです。何もかも、これからって感じで。昨日の今日ですし」
「まあ、そのようね。……起きてきたわね」
「!」
紅茶に手を付けた所で、階段から降りてくる音がした。このリズムはユイン……いや。全員居るな。やっぱり『魔女』は、分かるんだね。ヴィヴィさんが来てるって。
「……ハンター:ヴィヴィ? どうして……」
「ユイン。ごめん。私が、ラナに言って案内して貰ったんだ」
「…………別に良いけど」
最初に降りてきたユインは、ヴィヴィさんを確認して眉を寄せた。その後ろから、フランとシルクも顔を覗かせた。あのエロいネグリジェで。
「……死神、ですね。どなたですか?」
「カンナを引き取ったベネチアのハンターよ。なんでここに居るかは知らないけど」
「……貴女は初めましてね。私はヴィヴィ・イリバーシブル。今はハンターは引退して、道具屋兼花屋を、今日から始めるの」
「!」
シルクへ自己紹介した、んだけど。
その自己紹介は、私達全員に向けられていた。
「……どういうこと、ですか?」
道具屋兼花屋を、このミオゾティスで、なんて。
あの人と、一緒だからだ。
「……本当、ルーナは何も言っていないのね。説明は全部、私に丸投げか」
「えっ」
ヴィヴィさんは溜め息を吐いて、ティーカップをまた傾けた。
それをコトリとテーブルに置いて。
「取り敢えず貴女達、着替えるなりなんなりして話を聞く態勢になってくれる? 伝えることが沢山あるわ」
「………………」
そう言った。私達はお互い見合わせて、一先ずはその言葉に従った。
✡✡✡
「ルーナはジョナサンを殺して死んだわ」
3人が着替えて。席に着いて。
一番、ヴィヴィさんがそう言った。
「……ジョナサンが」
「約束、と言っていたわね。彼をスクラップにするって」
「!」
「それって……ギンナ」
「……うん」
あの時だ。
ラウス神聖国へ行った時の約束。私がジョナサンに拐われてオークションに出されたと知ったプラータが、私に言ったこと。
「……あのジョナサンが、そんな簡単に」
「タイミングが良かったのよ。彼も彼で、成仏する機会を窺ってた。……娘の手で逝けるなら、それが最高だと思ってたんでしょうね」
「……娘、ですか?」
そして。まだまだ。
驚くべき事実が明かされる。
「『不死の怪物』ジョナサン・イリバーシブルと、その妻『銀の魔女』エリザベス。彼ら夫婦が200年と少し前、初めて買った『無垢の魂』の奴隷が『ルチアーナ・シルヴァ』。夫婦はその少女を自分達の娘として育てた」
「――――っ!」
さらりと、ヴィヴィさんの口から。
ジョナサンの奥さんが、『銀の魔女』だったと。
「その『娘』は成長し魔女に成ると。その頃にエリザベスは寿命で成仏した。『娘』は『銀の魔女』を継いで、こう名乗るようになった」
「…………まさか」
「ルーナ・シルヴァ。それから何度か名を変えて。今は――」
「プラータ・フォルトゥナ」
「――その通り」
買ったのは、知ってた。けど。
……プラータとジョナサンは、父娘、だったんだ。ああ、だから。
自分の中で、欠けていたパズルのピースが嵌まった気がした。
すとんと。
腑に落ちたというか。
「貴女達には名乗ったわね。ギンナに、ユイン。私は独立してからも、イリバーシブルの名を使っていた。……それで継いだのよ」
「じゃあ、ヴィヴィさんも」
「まあね。私は100年前に買われて、あの家の『次女』だった。ジョナサンは私にとっても父で、ルーナは姉。……全員『死者の魂』同士で血も何も繋がっていないけど。私やルーナが生前焦がれてやまなかった『家族』が、そこにあった」
ヴィヴィさんの金と黒の眼は。遠くを眺めているようだった。昔を懐かしむように。
……その『家族』はもう、彼女しか残っていない。
「なんの、因果か、ね。知らないままも可哀想だから、ついでにここへ寄ったのよ」
「……ついで?」
「ええ。私の、最初の作品。どうかしら。使ってくれると嬉しいわ」
「?」
ヴィヴィさんは、テーブルの上に、箱を広げた。小物を包むような、小さな箱が4つ。ラッピングされている。
私達に、ひとつずつ。
「……開けて良いの?」
「どうぞ?」
フランの問に優しく答えて。
私達は、同時に開けた。
「わあ……っ!」
それは、花の形をしたブローチ。
いや、ブローチの形をした――
「……マナ、プール」
思わず呟くと、ヴィヴィさんがくすりと笑った。
「ふふ。探知機も発信機も毒も入ってないわ。最高級の、『ジョナサン製』から『彼の悪意』だけ抜いた、正真正銘『最高』のマナプール。……まあ出来はまだ、ジョナサンに敵わないだろうけど」
「ありがとうございますっ」
箱に、何の花か書いてあった。
フランには、当然のようにリリー。
シルクは、カクタス。
ユインは、アストランティア。
私は、アプリコットだった。
杏菜の杏。アンズだ。綺麗な銀色の。
「…………フランには『無垢』なリリー」
「!」
「シルクには、『暖かい心』のカクタス」
「えっ」
「ユインには『知性』のアストランティア」
「……!」
ひとりひとり。これは。
まさか。
「……ギンナにはアプリコット。……花言葉はね」
……『疑い』だって。生前調べたから知って――
「『不屈の精神』」
「っ!」
「ふふ。私は、貴女達のこと詳しくないから。花は全部、ルーナが決めたのよ。私に依頼して、ね」
知らなかった。
「……プラータ……っ!」
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