ヴァルプルギスの夜―④
プラータが、消えた。
それは4人の心を動かしはしたが、悲しみは無かった。悲しむほど、関係を築けて居なかったからだ。
否。
最後の1ヶ月は、一緒に居た。どこにも行かずに暮らした。だからだ。
悲しむ訳には行かないと。4人全員が、理解していた。
✡✡✡
「じゃ、再開するよー」
イザベラが号令をかけ、再度円卓に着く。時刻は午前0時丁度。5月1日に入った。
空の見える、庭園。星は強く瞬いて、半月が円卓を照らしている。ライトアップされたように、この場所だけが明るい。
「シャラーラ。行ける?」
「…………うん」
一同は、新人メンバーのシャラーラに注目する。彼女は無口である。だが、今回議題があるという。世界滅亡や銀行の話をした後で、今更驚くこともないだろうと油断している。
彼女の、小さな口から。
「『Project:ALPHA』」
それが発せられた。
「ん? なんだって?」
「……『アルファ計画』が始動、した」
「は? だからなんだそれ?」
隣に座るエトワールが、なんとか情報を引き出そうとする。シャラーラの喋り方は遅く、たどたどしい。短気なエトワールはイライラしてしまっている。
「表世界の。……滅亡予言に、先立って。……人類移住計画が始まった、の。……まだメディアには出てないけど、各国首脳はそれで一致した。既に、『候補地』の惑星はいくつかピックされて、いる」
「……!」
それは。
前半の報告にも負けず劣らず、ビッグなニュースであった。
「人類移住計画、てか。SFの世界だな」
ケイが呟く。滅亡を報告した彼すら、知らない情報だった。
「……まあ、表の科学技術は凄いよね。宇宙船とか普通に作るしさ。まあ、既定路線じゃない? 滅亡が分かったならそうなるでしょ」
セレマはそう考える。すると確かに、と声が挙がった。
「ふむぅ。表の人類も、別の惑星で永らえると。人間はとことん、神に背くのだな」
「ははっ! 良いじゃねえか! 生きる執念! 支持するぜ、その計画!」
ユングフラウとエトワールだ。どうやら『神に背く』というワードが、エトワールを刺激したらしい。
「――それで。その報告だけですか?」
「!」
イヴが、まともに質問した。それだけならば、ただの報告であり。わざわざこの場でするようなことではない。カヴンに、関係が無いのならば。
「……その『乗組員』に、やつがれが選ばれた」
「は?」
答えた。
シャラーラの言う『やつがれ』とは、一人称のことだ。随分古い言い回しだが、彼女達も古い魔女であるために一応伝わっている。ギンナも、会話の文脈などから推測できている。
「裏世界の魔女が。それもカヴンメンバーが……『宇宙進出』だと?」
「……そうなる。だから、やつがれはカヴンに入りたかった。きっと、裏世界も変わっていく」
「…………!」
皆が驚愕する。表世界の重大事件に関わることすら、これまで殆ど無かったのだ。そんな、国際的な長期プロジェクトに加担するなど。
言ってしまえば、『銀行』すら小さく聞こえてしまう。
「やつがれが向かうのは、『
「……表とここまで接触するとはな」
「ミルコ・レイピア。朝霧ほたる。カナタ・ギドー。……やつがれはレイピア博士に付いていく。それを……。宇宙からこっちへ報告する」
「……おお!」
そもそも『カヴン』自体、『裏世界の支配』を目論む悪の組織である。その支配の手を、表へ。さらに、宇宙へ伸ばせる可能性を、シャラーラは示唆したのだ。
ユングフラウが感激の声を挙げた。
「大手柄じゃない? シャラーラ。凄いじゃん」
「………………以上」
「ありゃ」
一通り喋って。シャラーラはまた黙り込んでしまった。
「ふーん。面白くなってきたねー。これで、予め決まってた議題は消化したかな? ……ああその前に、今のシャラーラの件。採決ね」
――パン。
ギンナももう慣れた、一拍にて。
今年のヴァルプルギスの夜の議題は出し尽くされた。
✡✡✡
「ごめん、あたしちょっと、これで失礼するわ」
「はーい。またねーセレマ」
採決後、セレマがそそくさと去っていった。ユングフラウのことを占うと言っていたが、完全に忘れている様子だ。ユングフラウは残念そうに肩を竦ませた。
「……ギンナ、と言ったか」
「! はい。えと、ユングフラウ、さん」
そして、ユングフラウはギンナの方へ向いた。ギンナはその甲冑に怯んでしまったが、なんとか名前を思い出す。
「ちっ!」
「!」
ユングフラウが何か言いかけたところで。エトワールの舌打ちが響いた。
「いつまで男のフリしてやがる。キモいんだよカメレ女」
「……えっ。ユングフラウさん、男性じゃないんですか?」
「…………」
エトワールも、一番最初のイメージよりは少し柔らかくなっていた。口は悪いが、別に警戒するほどではないと、ギンナは感じていた。こうして会話にも入ってきてくれているのだし、と。
「……性別など、我にとってはファッションに過ぎぬ。今女に変身すると甲冑の重さで潰れる」
「バカめ。バァカ」
「む。……阿呆に付き合っては居られぬ。我も失礼するぞ。イザベラ」
「ほいほーい。『銀行』の件、引き続きよろしくねー」
ユングフラウがやれやれと立ち上がった。扉へ向かう途中で、ギンナの所へやってくる。
「もう少し話したいが、我も忙しくてな。またの機会に」
「……はい。ありがとうございます」
その甲冑の隙間から見えた青い瞳は、優しそうな印象を受けた。
「ええと、一応まだ、これからのそれぞれの役割とか確認したいんだけどー」
もう既に解散の雰囲気が漂っているが、イザベラが仕切り直す。
「私はいつも通りですね。失礼します」
「あっ」
だが、イヴがその場から消えた。
「あーあ。じゃあもういいや。テレパシーあるし。はいはいかいさーん」
諦めたように、イザベラは手を広げた。
✡✡✡
「では、私も。表世界に影響ある話は進捗教えてくれるかしら? ケイトに、シャラーラ」
「……ああ」
「あ。私の島には来ないでね? 特にケイト」
「…………」
続いて、紅茶を飲み干したソフィアが立ち上がり、そのまま出ていった。シャラーラから返事は無かったが、気にせずに退室した。
「……じゃ、俺もそろそろ帰るか。エトワール、近くまで送ってやろうか?」
さらにケイが、色葉を呼んだ。
「…………いやあ。オレはちょっと面白え考えが浮かんだ」
「?」
しばらく静かにしていたエトワールだが、何かを企んでいるように口角を上げていた。その視線の先は、シャラーラである。
「なあ。一枚噛ませろよ。『宇宙』」
「!」
睨み付けられたシャラーラは、じっと視線を返す。その表情は読めない。
「ヒューストンか? ロスコスモスか? どこに行けば良い。お前に付いて行けば良いのか?」
「…………」
「なあ答えろよ。新人よお」
「……フィラデルフィア。やつがれが、上の人間に掛け合うことはできても。……そこからは知らない。貴女次第」
「おう! 充分だ! なんだお前、良い奴だな!」
にかっと笑ったエトワール。彼女の表情はころころ変わるなと、ギンナは思った。
ケイは宇宙に興味を持ったエトワールを不思議そうに見た。
「なんだ、宇宙に行きたいのかお前」
「おー。陸も海も制覇して。……近年、人間は空も制覇した。残るは『奈落』か『天上』かだろ。オレは陰気な海底には興味ねえ。宙へ行くぜ」
「……流石、『星海の姫』は言うことが違うな」
「うっせバァカ。じゃ行くぞほら。シャラーラ!」
「…………分かった」
シャラーラを連れて、エトワールも退席した。入ってきた時は不機嫌だった彼女は、ご機嫌で出ていった。
✡✡✡
「――て、訳だ。じゃあなギンナ。頑張れよ」
「はい。ありがとうございました。……あの」
「どうした?」
庭園に残った『カヴン』は、イザベラとケイと、ギンナのみになった。
「今日来られなかった方は、テレパシーが通じません」
「あー……。まあ良いんだ。あいつらは。俺が会った時に繋げといてやるよ。何百年先か分からねえけど」
「……ご兄弟、なんですか?」
今回欠席したのは、4人だ。ギンナは思い出す。確か名前は、サブリナ、アンナ、ユリスモールと、夜霧?
「……ま、生まれたのは俺が一番後なんだがな。何故か『兄』を押し付けられてる。迷惑な話だ」
「そうなんですか」
「ていうか、シャラーラは何歳か知らねえが、それを除けば俺がカヴンでソフィアの次に若い。……で、今度からお前が一番か。まあ、俺も若輩なんだよ。明治以降に生まれた、『新世代』って奴だ」
「……『明治』」
色葉は日本人だ。今日の会議でも、度々そのワードが出た。
ケイは、日本と関係が深いらしい。
「ケイの異名は『半人半妖』。妖怪って所が日本由来だよねー」
「イザベラ」
その会話に、イザベラが入ってきた。
「……妖怪、つまり怪物なんですね」
「んー。難しいな。この世界にはな、ギンナ。お前達の辿った『死者の魂』ってのと、もうひとつ『
「…………はぁ」
「とりわけ、カヴンの連中は『例外揃い』でな。世界は広いってこった。なあイザベラ」
「あははー。やっぱケイが一番しっかりしてるよね。唯一の男の魔女だし。頼りになる『お兄ちゃん』だねー。次は議長お願いしよっかな」
「あのなあ……」
ギンナは、改めて彼女へ向き直った。
「イザベラさん。今日は色々と、ありがとうございました」
「ほいほーい。一応議長だしねえ。イヴとかソフィアとか、問題児多いから困っちゃうけど」
「……皆さんとは、挨拶できませんでした」
「気にしなくて良いって。やっぱルーナと比べて真面目すぎるねー」
イザベラは笑顔で応えた。ひらひらと手を振っている。見ると、ケイは色葉を連れて扉の前まで行っていた。
「色葉ちゃん、だっけ」
「! ……っ」
「ああ、もう喋って良いぞ」
「あっ! えと……。はい。楽王子色葉です」
呼び止められた色葉はびくりとして、声を絞り出した。
その様子を、イザベラはじっと観察する。
「……ふーん。『普通』だね。ケイらしい」
「うるせえな。もう行くぞ。じゃあなギンナ。また今度な」
「はい。ありがとうございました」
「ばいばーい」
✡✡✡
「さて。ギンナ達も帰りなよ。私はここの街作り担当だし。それとも泊まってく? もう深夜だしねえ」
「…………」
ギンナは、後ろの3人とテレパシーをした。ユインはセレマと話して、また後日会う段取りをしたようだ。
「いえ。帰ります。でも、また来て良いですか」
「もちろん。私達の為の街だし。今は人少ないから、良い部屋取り放題だよ」
「……ありがとうございました」
「ほーい」
最後に自分達も、イザベラの『ひらひら』を受けながら。
ヘクセンナハトを後にした。
ヴァルプルギスの夜が終わった。
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