ヴァルプルギスの夜―③

 ――パン。


 円卓ではなく、何故か立ったまま、可決された。


「よーし。良いね。次の議題は、シャラーラからかな?」

「…………」


 イザベラが話を投げかけるも、シャラーラは依然大人しく黙ったままだ。それを見て、イザベラは自らの顎を撫でた。


「んーじゃあ。ちょっとここらで休憩しよっか。まだ『夜』だし、次で最後だしね。一旦かいさーん」






✡✡✡






「ケイさん」

「ん」


 皆がぞろぞろと庭園を後にしていった、そのタイミングで。ギンナがケイを捕まえた。


「色々フォロー、ありがとうございました」

「気にすんな。最初は緊張するだろ」


 ギンナが落ち着いて手を挙げられたのはケイがフォローしてくれたからだ。


「ていうか俺が居なくてもしっかりしてたろお前。既に活躍してるしな」

「……それは、私じゃなくて私の仲間です」


 話しながら、その仲間達の元へ向かう。


「……! ……!」


 フランが、何か言いたそうにしている。


「あー。取り敢えず部屋から出るか。厳密には休憩中だから喋れるが、まあやりにくいだろ」


 それを見て、ケイが言った。色葉が立ち上がり、彼に付いていく。


「……私達も降りよっか。疲れたねえ」


 それに続くように、ギンナとユイン、フラン、シルクも扉の方へ向かった。






✡✡✡






「あー疲れたっ!」

「わ」


 階下に降りてきて。ユインやシルクと確認するように顔を見合わせてから、フランが大声を出した。


「『喋っちゃいけない』なんて、こんなに辛いと思わなかったわ! もう凄いストレス!」

「あはは。フランらしいですね」

「ていうかギンナ。大丈夫?」


 ユインが、ギンナを心配した。あの『化け物』達の集会の場に居たのだ。好奇の目に晒されながら。


「うん。もう緊張はしてないよ。ケイさんと、ユインのお陰。あと後ろで皆がテレパシーで緊張解してくれてたし」

「あれは普通に話してただけですけどね」

「あのエトワールって女は嫌い。人を馬鹿にして見下す奴は皆嫌いよ」

「まあ今思えばあれも、パフォーマンスなんだろうなあ」


 一同は執事達に案内され、休憩室へ通される。夜は長い。まだ、ヴァルプルギスの夜は終わらない。


「もう大丈夫そうだな。お前ら」

「あ、はい。ありがとうございました」


 そこで、ケイ達とも別れた。休憩室は個別に、13部屋用意されているらしい。


「ふぅ……。で、いきなりとんでもない事になったわね」


 皆がソファに座り、ひと息ついてから。ユインが切り出した。


「そうですね。表世界の滅亡に、裏世界の中央銀行。普通に暮らしていては決して聞けないような内容でした」

「ていうか何なのよ滅亡って。え、ほんとに滅亡するの? 世界が? うそ」


 シルクは部屋にあったティーセットで、全員に紅茶を淹れた。フランの発言を聞いて、3人で頷く。


「いや、それもそうなんだけど……」

「? あっ。ユイン『先生』!」

「…………滅亡のインパクトが大きすぎて忘れてたわねあんた達」


 そうだ。フランとギンナが声を挙げた。


「ごめんね。ほんとに大丈夫?」

「やるわよ。仕方ないから。私ができることってそんなに無いし。カヴンに貢献して悪いこと無さそうだしね。あと、この街に滞在するのも悪くなさそう。折角4人居るんだし、分担でしょ。ギンナ?」

「……うん。でもねえ、ユインて『先生』、合ってると思うんだ、私」

「私も思います。なんだかんだ教えるの上手いですし、何気に優しいですしね」

「……褒めても何も出ないわよ」


 ユインは、このヘクセンナハトの街で魔女の先生をすることになったのだ。ギンナの提案だが、彼女はそれを飲んだ。

 とは言え、不安はあるだろう。こうしてそれをギンナ以外の仲間達に言えるほど、ユインも打ち解けたと言える。


「『銀の魔女』の仕事もあるから、じゃあ4人でここに引っ越すのもありだよね」

「そうね。魔女の森もあれはあれで便利だったけど。ヘクセンナハトも魔法で外から守られてるみたいだし。ラナは?」


 ギンナがそう提案し、フランが頷く。そして今まで大人しくしていたラナへ訊ねた。


『構わぬ。吾は王に追従するのみ』


 ラナは、ずっとフランの肩や背中にくっついていた。フランももう慣れたか諦めたようで、振り解いたりはしない。


「別に拠点がふたつあっても良いでしょう。依頼の手紙は魔女の家に来るでしょうし」

「あーそうだねえ。まあ追々考えていこう」






✡✡✡






 と、そこで。

 コンコンと扉がノックされた。


「はーい?」


 ギンナが返事をしながら、開けると。


「やー。こんにちは。休憩中ごめんね」


 紺色のローブ。黒髪ウェーブのアジア人女性がそこに居た。


「えっと……」

『(未来の魔女セレマ)』

「セレマさん」

「おっ。自己紹介してないのに。さっきの会議の会話から? 偉いね。そう。あたしはセレマ。よろしくね。ギンナ?」

「……は、はい。よろしくお願いします」


 ギンナはセレマの名を把握できていなかったが、瞬時にそれを察知して、ユインがテレパシーで伝えた。ギンナは冷や汗をかきながら苦笑いで受け答えをした。

 シルクが少し吹き出してしまう。


「えーっと。今の内に色々打ち合わせしとこうと思って。ユイン、だっけ。君」

「! なにかしら」


 ユインと同じく、このセレマもヘクセンナハトで教師となる。だから訪ねてきたのだろう。


「ごめんね。ちょっと今忙しくてさ。ヴァルプルギスの夜終わったらすぐ帰らないといけないから。今の内に」

「分かったわ。私は大丈夫」

「ありがと。じゃあ休憩終わるまで借りてくよ。ルーナ……」


 そこで。


「えっ」


 初めて気付く。言われて、初めて。


「あれ、ルーナは?」

「…………え」


 いつの間に、居なくなっていたのか。


「は? プラータ? そう言えば……!」


 初めての『ヴァルプルギスの夜』。カヴンの魔女達との出会い。他にも要因はある。意識から抜けてしまっていたのだ。そこに居た筈の人物が。


 どこにも居ない。『魔女』が言うのだ。それは。


「……ちょっと……。『魂』も感じないわよ!?」

「そんな……っ!!」


 この世から居なくなったということと相違無い。






✡✡✡






「…………uh――……♪」


 4月30日。否。


「……やあ。久し振りだね。レディ」

「はは。やり残したことは無いかと考えたら、『これ』があったかと思って、ねえ。来たのさ」


 もう、時刻は0時を指す直前だった。ご機嫌に鼻唄を歌いながら、銀髪の彼女はその花屋にやってきた。


「……中へ。最期のティーでも出そう。僕しか居ないけど」

「いやあ、居るよ。……別に、日にちも時間も指定なんてしてないけどねえ。鼻が利くんだ」

「……?」


 店主は彼女を招き入れる。シャッターはもう閉まっているため、裏口から。


「上弦、だねえ。綺麗な半月メッザルーナだ」


 夜空を見上げてから、女性は店内へ入った。


「……ほら。ねえ」

「……! 君か」


 すると、店内には既に女性がひとり居た。店主が明かりを付けると、彼女の半分だけ金色の髪と瞳が顕になった。


「あんたはどうせ、何も言わず逝くと思ってね」

「へえ。らしくないじゃないか」

「うるさいわね。『姉』の旅立ちくらい見送らせなさい」


 半分金色の女性と、銀髪の女性が砕けてやり取りをする。その間に、店主が紅茶を淹れて戻ってきた。


「……で、らしくないのは君の方だろう。僕に何の用だい?」

「ふふん。アタシの弟子が、『世話になった』ろう?」

「…………その件か」


 ここを訪ねた理由を訊くと、店主は眉をひそめた。心当たりがあったからだ。


「ああその件さ。約束しちまってね。『あのジジイをスクラップにする』と。消える前に約束それは果たさないとねえ」

「…………なるほど」


 その上で。納得したように頷いた。


「抵抗しないのかい?」

「ああ、良いさ。僕もそろそろ、妻の元へ行こうと思っていたんだ」

「あの巫女紛いはここに残して良いのかい?」

「……あの子はもう、ひとりで歩ける。この世界での僕の役目は終わったさ」

「結局何だったんだい? 聞かせなよ。最後に買った魂のこと」

「…………いずれ、人類の希望を背負って旅立つ子だ。色々と、特別な『処置』を施した。『火の花シャラーラ』という名はね。『命』を意味しているんだ」

「……聞いてもよく分からないねえ」

「宇宙の話だ」

「あー。アタシも歳だからね。新しい話はついて行けない。……あれだけ奴隷を買っておいて、道具屋の後継は居ないのかい」

「君が奪っていくからだろう」

「あはは。そうかい。そういえばそうかねえ」


 ふたりは楽しそうに語り合う。まるで親子のように。

 そして。


「私が継ぐわよ」

「ん。……へえ、そう言えば、あんたはファミリーネームそのままで活動してたね。面倒くさいのかと思っていたけど、『そのつもり』だったって訳かい」

「……まあ、ね。死神を辞めたのも継ぐため」

「ハンターの方は良いのかい?」

「そっちも、後継が居るわ。あの子は私と違って純粋な『金の芽』だし。もう完全にひとり立ちしてる。任せてきたわ」

「そうかい。そりゃ、何よりだ」


 こちらも、姉妹のように。


「……僕はお礼を、言わないとね」

「?」

「亡き妻の、後を継いでくれて。僕は魔女には、成れなかったから」

「…………ふん。アタシは自分のしたいように好き勝手してただけさね。たまたま『銀の眼』だったから、便利な名前を使わせてもらっただけだ」

「それでも、だよ。ありがとう」

「…………今度アタシを継ぐことになる子に迷惑掛けておいて、よく言えたね」

「……そっちはもう、関係無い話だ」

「相変わらずクズだねえ。……さて」


 ふわりと。

 立ち上がって。

 ふたり。


「……もう、良いのね?」

「ああ。世話になったね」

「あの子達に挨拶も無し」

「もう必要無いさ。カヴンにも自然に融け込んで。受け答えもバッチリだ。4人の連携もしっかりしてる。今更もう、アタシが何か言う必要は無いんだよ。アタシはもう、『銀の魔女』じゃあ、ないからねえ」

「……一端の師匠ぶって」

「あはは。結局、何ひとつ、直接は教えなかったね。アタシは師匠失格だ。うまくいかないもんだねえ」


 半分金色の女性は。


「さて」


 その背中をふたつ、見据えて。


「全力で殺すよ。残る魔力全て注ぎ込む。アタシも死ぬ」

「良いね。殺されるなら、君が良かったから」

「……あー。それを狙って、あの子を誘拐したのかい」

「…………さてね」

「全く。死ぬまで治らないねえ」


 ふたりは向かい合って。


 互いに笑って。


「――さよならだ」

「ああ。愛しい娘達」

「じゃあね。――父さんと、姉さん」


 柔らかな、銀色の光となって。

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