ヴァルプルギスの夜―②

『(黒ミサとかサバトとか、魔女の集まりって裸で踊ったり悪魔と乱交したり空を飛んだり、意味不明なハチャメチャ祭りって伝承のイメージだったけど。実際は普通の総会ね。ただの建設的な話し合いだわ)』


 ユインは、そんなことを思いながら眺めていた。今の所ギンナはうまくやっている。あのエトワールという女は警戒する必要があるが、概ね今のカヴンには受け入れられている空気がある。


『(……プラータは一応、カヴンではきちんと仕事していたのね。その築いた信頼が、私達をフォローしてる)』


 これから、ここへ深く関わっていくことになるのだ。できるだけ、他のメンバーとは親しくなっておきたい。

 セレマからウインクを貰ったユインはそんなことを考えていた。






✡✡✡






「じゃ、次。誰から行く?」

「俺で良いか?」

「およ。ケイ。どーぞ」


 続いて、ケイからの議題だった。彼は用意された紅茶を少し傾けてから、ふうとひと息して。


「――近々、世界が滅亡するって件だ」

「!」


 そう言った。円卓に緊張感が走る。


「……事前に聞いてはいたけどさ。詳細聞かせてよ」

「ああ。この情報は、表世界でも裏世界でもねえ、『天界』関係の話だ。俺の知り合いが居る、魔女と堕天使の組織『夜』からの情報だ」

「堕天使……?」


 その言葉に反応したのはイヴだった。


「ああ。天界から追放された犯罪者だ。んで、その組織が近々天界へ攻め込む。それに伴って、地表は最終戦争になる訳だ」

「…………ラグナロク。アルマゲドン。天孫降臨。エスカトロジー」

「そういう訳だ。尤も、滅びるのはあくまで表世界。裏世界の俺達も一応影響はあるが、取り敢えず破滅はねえ。だがもう、表世界には行けなくなる。……っつー議題だ」


 話が、一気に飛躍した。意味不明な単語が飛び交う。ギンナは勢いに飲まれ、何も質問できない。


「それはいつだ?」

「恐らくは、5年以内だな」

「死神協会は把握しているのか」

「さあな。だが、放っといてもいずれ天変地異は起きるってのは誰しも薄々感じてるだろ。既に巨大地震や津波が多発してる。それが前触れだ」


 5年以内に世界が滅びる。ギンナは震えた。意味が分からなかった。そんな最大級の話題を、魔女達は平然と議論している。


「てな訳で。まあ議題っつか、報告だな。俺はその『夜』って組織に協力することになっててな。なあソフィア?」

「……ええまあ。けど、私の『島』にだけは来ないでねケイト。迷惑だから」

「……どうだかな。ケースバイケースだ」


 ケイとソフィアが視線を交わした。それを見て、エトワールが舌打ちをひとつ。


「ちっ。……そういやお前らは元々『表』のモンだったな。ホラ吹きババアに『お兄さん』」

「ええそうね。だから、その『終末エスカトロジー』が来たら私も手が離せなくなる。それでも良いかしら? イザベラ」

「……んーまあ、仕方無いね。大昔の排他的なカヴンじゃなくて、ウチは色んな所から色んな人を受け入れるグローバルなカヴンだから。『終末』後に人数減ってたらまた考えるよ」

「うふふ。ありがとう。議長の貴女の柔軟な思想が反映された、素晴らしいカヴンだと思うわ」

「どーも。……ケイも?」

「ああ。俺も地獄と天界へ行く予定だ。その前にも地上でやることあってな。次回の『ヴァルプルギスの夜』は欠席にしてくれ」

「ほいほい。まあ終末は仕方無いね。採決取るよー」


 ――パン。

 また、全員が一拍した。






✡✡✡






「んじゃー次はー……」

「我からも、報告がある」

「ほいよ。ユング」


 ギンナはまだ、前の議題を飲み込めていなかったが。次の議題へシフトする。今度はユングフラウが手を挙げた。


「その、『エスカトロジー』の影響でもあるが。裏世界での『通貨』が変わる。現在の貨幣から、紙幣へ。そして徐々に、『魔力』を使用した電子的なものへと変えていく取り組みが、魔法界で始まった」

「ん……」


 彼から出てきたのは、これもまた、とてつもなく大きな話だった。


「詰まるところ、その流れで裏世界に『中央銀行』ができる。そして、その創設に一枚、我々カヴンが噛めることになった」

「――!」


 これには。

 流石にギンナは、目を丸くしてしまった。それ以上に。

 ユインが、大口を開けて驚愕していた。


『ちゅっ……! 中央銀行!? それに噛めるって……ほんと! 「世界の支配」じゃない! こんな大きなことに関わるの!? カヴンって!』

『どういうこと? 銀行くらいそりゃあるでしょ』

『フラン。裏世界にはこれまでありませんでしたよ。私達もどこへも預けていないでしょう?』

『……あ、確かに』

『それに、裏世界が世界として安定していると、人口も増えます。金銀銅が足りなくなっているのでしょう。今の時点でも既に、金貨だけじゃなく魔力も通貨になっていますし』

『私達の魔力が売れるってこと?』

『そうです』

『……で、中央銀行に関わるとどう凄いのよ』

『それは……。後でユインに訊きましょう』

『聴こえているわよ馬鹿……。ていうか銀行ができることと、紙幣ができるのは別問題。取り敢えず、世界を金で牛耳れると思っとけば良いわ。説明面倒くさいし。あと銀行は元々あるわよ。裏世界全部に対して信用される中央銀行が新しくできるってこと』

『……まあ、説明されても私達は馬鹿ですから分かりませんけどね』

『…………もう』


 3人が呑気に話してるのは、円卓から距離があるからだろう。当の代表、ギンナは。


「…………やば」


 語彙を失っていた。


「……銀行だ? いつ、どこでだ。どの国がこの裏世界を牛耳るってんだ」

「恐らくは10年以内。場所は裏ローマだ。インドやエルサレムという案も出たが、結局はそこへ行き着いた」

「……金貨はどうなる。オレ達が数世代かけて、何百年も必死こいて掻き集めた金貨は」

「当然、我々カヴンの論点は『そこ』だ。通常流通している金銀銅貨については回収し新たな貨幣を作る方針だが、ローマ側も我々の貯蓄を危惧している。その辺りはこれから話し合う所だが、一応今後も、我がこの件を預かろうと思う」

「真面目そうな気の遠くなる話ね。ユングが適任」

「……と言うより、私達が金貨を独占しすぎたから紙幣を作らざるを得なくなったのでは……?」

「あははー。それはそれで面白いね。ていうか『その件』で既にローマ相手に優位に立ててるね。一枚噛めるというより、向こうはわたし達に話を通さざるを得なかった訳だ」


 表世界の滅亡よりも、魔女達にとってはこの話題の方が盛り上がった。主に報告者のユングフラウ、エトワール、イザベラ、ソフィアとイヴが意見交換している。


「ともかく。これで裏世界の経済は加速する。表のようにな。……ケイ殿の報告にあった表世界の滅亡で、裏世界へ人が流れ込んでくることもあるだろう。今は『歴史の変わるポイント』の時代だ。我々も『乗り遅れぬ』よう、常にアンテナを張っているべきだ」

「面白い時代に生まれたものだわ」

「うーん。ちょっと、大きな話だね。こりゃ年に一度の『ヴァルプルギスの夜』じゃ遅れるかも。進展、逐一ユングから聞きたいかな」

「その通りだ。この問題はカヴン全体に関わる。所在地の分かる者には文を送れるが……」

「それで良いだろ。オレらにも居場所を告げねえ奴は放っとけ」

「うーん。仕方無いね。それぞれの今の貯蓄の運用とか、これまでと変わって来そうだけど」

「手紙か。まあ前時代的だよな。今や表世界じゃ、ケータイだのパソコンだのメールだの」

「でもそれ、誰かに盗み見られる可能性あるでしょ? なら古典的でも、魔法封した手紙が確実じゃん」

「伝達速度は遅いだろうよ」

「それは仕方無いってー」

「あの……」

「!」


 ギンナがまた手を挙げた。


『……凄いねユイン。大活躍だよ。いつか言ってたけど、全然まったく、私の下位互換なんかじゃないよ』

『…………』


 こんなに。

 こんな、大物達を相手にして。

 こんなに自分達が『食い込める』ものなのだろうか。ギンナは少し興奮していた。

 天上の会話に突き刺す、提案。


「魔法で繋がる、誰にも傍受されない『専用のライン』を、私達なら通せます」

「……どういうことですか?」


 彼女の隣に座る、金髪碧眼のイヴが訊ねた。ギンナはごくりと唾を飲み込んだ。


『ユイン』

『はいはい』


 ギンナのテレパシーで、ユインがまた立ち上がった。そして円卓まで、ゆっくり歩を進めてやってくる。


「なんだ?」

「私達は『繋がって』います。今、心の声で彼女を呼びました」

「!」

「なんだと……!」


 魔女一同は驚きを顕にした。そうなのだ。ユインの、『テレパシーの魔法』は。

 『銀の眼』という『約束された天才型』であるが故の。


 フランと同じく、現状で唯一無二の魔法である。


 一度繋げば、以後は繋がった者同士で会話が可能になる。その『初期工事』ができるのはユインだけだ。


「最初はただの通訳魔法でした。それは皆さんもできる筈。けれど彼女は、特定の人達の心を通わせられます。どなたか、試してみませんか」

「…………!」


 皆、驚きで固まったが。最初に手を挙げたのは。


「やるぜ。お手並み拝見だ。お前らの実力見せてみろ」


 エトワールと。


「なるほどな。『銀の魔力』だから何の妨害も受けねえ訳か」


 ケイ。そして。


「我もだ。この件において責任がある」


 ユングフラウだった。


「分かりました。ではこちらへ。彼女と額を――」


『ギンナ。手で良いわ。私もレベルアップしてる。もう痛くしないわよ』


「――いえ、手を。繋いでください」


 彼女達は立ち上がり、ギンナとユインの元へ集まった。それぞれが手を差し出し、繋いだ。

 ギンナ、ユイン、エトワール、ケイ、ユングフラウが。


『ええと。いつも私達が使う回線と別に設定するわよ。混乱しないように』

『あはは。確かに。いつものノリでカヴンの人達に聞かれたらやばいね』


 そして。ユインの魔法は音もなく使用された。


「……どう?」


 訊ねたのはソフィア。だが。


『聴こえますか?』

『!』

『おっ。凄え。なるほどなあ。聴こえるか? エトワール』

『……聴こえるぜ。へえ、便利なモンだな。これ自分で――ああ、切れるのか。別にプライバシー侵害される訳でもねえな。好きな時に繋がれる訳だ』

『…………おお! 素晴らしい魔法だ。これなら迅速に情報共有できる』


「…………? ちょっと、どうなのよ」


 彼女らは実際には何も喋らぬまま。お互いを見つめて笑ったりしている。傍から見れば気味が悪いなとソフィアは思ったが、恐らくは成功したのだろう。


「……ソフィアよ。完璧だ。イザベラ、イヴ。セレマに、それとシャラーラも。こちらへ来い」


 ようやく口が開いたユングフラウが、他のメンバーを呼んだ。


「ふーん。面白そう。じゃあ採用かな?」

「ああイザベラ。こいつは便利だ。なるほどな。なあギンナ」

「はい」


 ケイが、笑顔で言ってくれた。フォローでもあるが、本心だと分かった。


「『4人』てのは、『多様性』だ。人数が多いのは、それだけ『できることが多い』って訳だ。お前ら、良いチームだな」

「…………! ありがとうございます!」


 皆で手を繋いだ。

 カヴンに、ここで初めて受け入れられた気がした。

 ギンナはそれが、嬉しかった。

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