WALPURGISNACHT
ヴァルプルギスの夜―①
幻想的にライトアップされた、星空の下の円卓。
進行を務める、
『愛の魔女』イザベラから時計回りに、
『偽計の魔女』ソフィア。
『鉄の魔女』ユングフラウ。
『火の花』シャラーラ。
『星海の姫』エトワール。
『未来の魔女』セレマ。
『半人半妖』ケイ(キャサリン)。
『銀の魔女』ギンナ。
『異界の魔女』イヴ。
計9人。それぞれの着いた席に、魔法の力でティーカップが現れた。紅茶が注がれている。
「……サブリナ、アンナ、ユリスモールはまた欠席か」
「そだねー。まあしょうがないって。ねーケイ?」
見回して、ユングフラウが言った。13人全員揃っては居ないからだ。
「……俺に言われても何もできねえがな。サブリナは行方不明、アンは封印。ユーリの奴は魔界だ。もうしばらくは戻って来れねえだろうな」
「はっ! オレに遅刻だどうの抜かしといて『特例』にゃお咎め無しか!? 『お兄さん』よぉ!」
答えたケイに、噛み付いたエトワール。
「……良いから脚下ろせ。仮にも『姫』だろお前」
「なんだよパンツ見たいのか?
「できるならな」
「…………ちっ!」
さらりと躱されたエトワールは舌打ちをひとつ。
「……後は
続いて、セレマが呟いた。
「そだねー。後継は居るんだけど、日本からは遠いって、今日は欠席。事前に連絡受けたしまあ、承諾したよ。なんか忙しそうだったし」
「……また『日本』ねえ。ケイト?」
『夜霧』という日本の言葉に反応したギンナ。ソフィアがそれについて、ケイへ訊ねた。
「だから俺に言われてもな……。
「あはは。欠席者把握係だねー。ケイ」
「……話進まねえよ。イザベラ」
やれやれと溜め息を吐いたケイは、そこで会話を終わらせた。
「ほーい。えっとねー。何個か議題があるんだけど、まずは『新人』ふたりを紹介しよっかな」
「じゃあギンナから。挨拶」
「はい」
呼ばれて、立ち上がる。自分以外に今、8人が居る。それぞれが、自分へ興味の眼差しを向けている。
ごくりと、唾を飲み込んだ。
「……プラータ・フォルトゥナの後継、第6代『銀の魔女』ギンナと申します。よろしくお願いいたします」
だが毅然と。名乗った。自分だけではない。今から。これから。彼女の後ろに控えている3人の『銀の魔女』と一緒に。やっていくのだと。
「『無垢』じゃねえか」
「!」
予想通りの言葉が、エトワールの口から出た。当然、そこを突っ込まれるだろうことはギンナ達も予想していた。
ギンナは『魔女』ではない。『無垢の魂』のままだ。
「なんかできんのかよガキンチョ」
「ですから、私達は『4人』です。私はただの代表。今はまだ経験も浅いですが、精一杯頑張りたいと思います」
「……はあ?」
怯まず、ギンナは答える。もう既にエトワールのことは嫌いになり掛けているが、それでも先輩だ。ここは大人しく受け流す。
「オイオイ
「…………っ」
大声で捲し立てられる。ギンナは『それ』についての耐性が無かった。生前を合わせてこれまで、『怒鳴られた』ことなど無かったのだ。
『ギンナ! 怯んじゃ駄目よ! こいつにだけは!』
テレパシーでフランが叫ぶ。ああ。
彼女なら、ガンガン言い返すだろう。ギンナはそう思った。シルクやユインなら、さらりと流せるだろう。
「(敵対なんかしたくない。言い返すのは駄目。ここは穏便に……っ)」
「……『銀の魔女』は今回、注文以上の仕事をしたぞ」
「ああ!?」
「!」
そこへ。
ケイが、横から口を出した。
「ヘクセンナハトの土地を用意した。街作りはイザベラの仕事だが、今俺達の居る『ここ』を用意したのが『銀の魔女』だ」
「……そりゃ、ギンギラババアだろ。このガキじゃねえ」
「ちげえよ」
「はあ?」
「プラータの仕事は『ヴァルプルギスの夜までに土地を用意する』ことだったろ。街作りはその日以降の予定だった。だが、予定より4ヶ月も早く用意した。……いつも時間ギリギリのプラータの仕事じゃねえよ」
「…………」
ケイは、4ヶ月前にイザベラやユングフラウと一緒にこの地を訪れていた。そこでプラータと、弟子達を見たのだ。
「戦争を終わらせたのが、お前らだな」
「……っ。……はい。実際には後ろに居る、『フラン』という魔女がニクルス教国軍を滅ぼして終わらせました」
「なんだと……」
エトワールは怪訝な目でギンナとフランを交互に見た。
「『無垢』かどうかなんざ、些細な事だ。既に仕事を終わらせてるぜ。こいつらは」
「…………ちっ。んなもんオレなら半年前に滅ぼせるっつーの」
「……教団と相性の悪いお前では難しいつって、この話はプラータに行ったんじゃねえかよ」
「…………!」
エトワールを言いくるめて。ケイは皆を一瞥した。
助け舟を出してもらったギンナは、彼に頭を下げた。
✡✡✡
「んー。ま、わざわざ仲良くする必要は無いけど、邪魔はしないようにね。んじゃ次、シャラーラ」
「…………」
イザベラが、話題を変える。ギンナの自己紹介はもう打ち切られた。一同の視線は、ユングフラウとエトワールの間に座る、淡い紅色の髪を揺らす黒人少女へ向けられた。
「………………」
少女は虚無を見つめるようにして、じっと動かない。
「えーと。シャラーラ? 自己紹介」
「…………」
イザベラが催促する。そしてようやく、少女の小さな唇が動いた。
「……
「…………」
そして。
それ以降また、動かなくなった。
「……おいおい、大丈夫かよ。こいつが
隣で訝しげに睨み付けるエトワールが大きめの声で言う。
「『替わり』じゃないよ」
「あん?」
その質問には、セレマが答えた。
「シャラーラは『全く新しい存在』。欠けたカヴンの埋め合わせでもあるけど、彼女が今後のあたし達の『未来』に大きく影響する。それだけは言える」
「……カッ! 当たらねえメルヘン女に言われてもなあ」
「そうね。あんたは『当ててもらえない』星の下に生まれてるから。可哀想」
「んだと!」
セレマはやれやれと手を振った。その視線の先のソフィアが、くすくすと笑い声を上げた。
「うふふ。貴女が居ると本当、話が進まないわね。何をそんなにカリカリしているの? エトワール」
「うっせえホラ吹きババア」
「あはは。ねえギンナちゃん。この子はね、一番弱いから、一番吠えるのよ。可愛いでしょう?」
「………………っ!!」
ソフィアの視線は、ギンナを見ていた。ギンナは恐る恐る、エトワールを確認する。
「………………!!」
最大限の不満を顕にした表情で、黙って足を正して座っていた。
言い返せないのだ。
「(かわ……いくは、無いけど。そうなんだ……)」
✡✡✡
「まーいっか。こんなんで。じゃー、早速『ヴァルプルギスの夜』最初の議題はー。まあ、わたしからにしよっかな」
切り出したのはやはりイザベラ。
「まーここ、
「ほう。なるほどな」
「ね。良いでしょー? これまでの話だと、単純にわたし達だけの楽園って感じだったけど。どうせ街だしさ。同胞増やそうよ」
それは街作りを一任されているイザベラからの提案だった。ケイを始め、数人が頷く。
「俺が今ちょうど、日本で学校に通ってる。アドバイスはできるかもな」
「おー。良いね。そうそう、先生を募らなきゃいけないんだけど。そんなの教えられる人って居ないかな?」
裏世界においても、魔女の絶対数は少ない。そもそも死者の中から死神に克つ者が少なく、さらに『無垢の魂』となってから魔女を選ぶ者も少ない。『魔女界』は人材不足なのだ。
「ねえイザベラ。カヴンメンバーにはそんな適任は居ないわよ。皆、才能とか生まれつきの魔力とかで飛び抜けて魔女に成ったんだから。『普通』を教えられる人なんてここには居ないわ」
「んーまあ……だよねー」
魔女達の頂点。それが『カヴンの13人』である。大昔は世界中にいくつものカヴンが組織されていたらしいが、現代ではこのスコットランドカヴンひとつを除いては、ほそぼそとした魔女達の集まりがある程度だ。以前ほどの力は無い。『銀の魂が支配者の色』とは、これまでの『銀の魔女』全員がこのカヴンに所属していたことに由来している。
『……ねえ、どうかな』
『…………はぁ。好きにしなさい。あんたが代表でしょ』
『ほんとに良いの? 結構重要なことだよ』
『あんたが決めたならやるわよ。私に務まるとあんたが考えているならね』
『……うん。ありがとう』
ギンナは。
ここで手を挙げた。
「ん。ほよ? ギンナどうかした?」
「私達のひとり、『ユイン』が、教師に向いているかと思います」
「おっ」
ヘクセンナハトに魔女学校を作る。それ自体は皆賛成の様子だ。後は教師。
「彼女は自身の努力で魔力量200を達成し、精神的変化についても他人に説明できるほど理解しています。順調に、段階を踏んで『魔女』に成りました。頭も良く、教えるのも得意です」
「へー。良いじゃん。ユインって、どの子?」
「!」
全員が、庭園の端にある椅子を見る。そこに座るユインが、立ち上がってお辞儀をした。
「そっか。4人居るって、結構便利かもね。じゃあ、あたしもやるよ先生」
「おっ。良いの? セレマ忙しくない?」
続いて、ユインへ向けてウインクをしたセレマも立候補した。
「いや、今あの子見てね。あたしと一緒に居た方が良いって『視えた』。あたしも割と魔力に悩んでた時期あるし、多分教えられるよ」
「おっけー。まあ、わたしも基本この街に居るし。取り敢えずは大丈夫かな。エトワールは先生やりたいとか言わないよね?」
「ああ? 誰がそんな面倒くさいモンやるか」
「あはは。だよねー。ソフィアとユングは?」
「興味無いわ」
「我は既に弟子が居る。済まんが無理だ」
「あははー。おっけー。んじゃわたしからは以上だよ。今決まったこと、採決取るね。賛成は一拍お願い」
「っ!」
――パン。
イザベラを除く8人が、同時に手を叩いた。ギンナも慌てて遅れないように、なんとか叩くことができた。
挙手でも拍手でも無い。これがヴァルプルギスの夜の採決の取り方なのだろう。エトワールまできっちりと、両手で合わせていた。
「じゃ、次。誰から行く?」
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