9-5 The Thirteen Witches〜カヴンの魔女達

お嬢イザベラ様」

「うーん。ほいよー」


 執事の言葉に気の抜けた返事をするのは、

 『愛の魔女』イザベラ。真紅の髪をツインテールにした、外見は10代半ばほどの女性だ。この城の主でありながら、何故か趣味で『フレンチメイド服』を着ている。コスプレ用であり、ピンク色を基調としたメイド服だ。


「『半人半妖』のケイ様。続いて、

 『銀の魔女』御一行様がご到着なさいました」

「ほいほいー」


 イザベラは今、城の最上階に居た。それも室内ではなく屋上である。屋根の上にヒールでつま先立ちをして、ヒラヒラのスカートを風に靡かせている。執事は室内から、窓を覗いて報告している。


「さらに――

 『偽計の魔女』ソフィア様、並びに

 『火の花』シャラーラ様、

 『鉄の魔女』ユングフラウ様、

 『未来の魔女』セレマ様、

 『異界の魔女』イヴ様、

 『星海の姫』エトワール様もお着きに」


 その報告に、挙げられた魔女の数を指折り数えて、イザベラは頷いた。


「事前連絡のあった、

 『妖怪夜風』様、そして、

 『半神半魔』ユリスモール様と、

 『半魔半霊』アンナ様は御欠席。

 最後に、

 『幻の妖精』サブリナ様は音信不通のままでございます」

「ほーい。じゃあこれで『全員』だねー。今行くー」








✡✡✡






 城の最上階。天井が無く、開放された広い空間があった。円形の部屋だ。庭園と言って良い。水路が規則正しく張り巡らされており、花壇で囲まれた中心地。

 そこに、『円卓テーブル』があった。

 足元から、柔らかな光が放たれている。現在時刻は夜だが、円卓の周辺はライトアップされていた。


「会議が始まれば、『13人メンバー』以外は喋っちゃいけないよ」

「えっ」


 当然ながら、大理石で作られた椅子の数は13。部屋の壁にも椅子が備え付けられていた。


「アタシらはこっちだよ。さあギンナ。行っといで」

「えっ。私? もう? なんか、引き継ぎとか」

「自分でやりな」

「――っ」


 プラータが他3人を連れて部屋の隅へ向かう。円卓に残されたギンナは所在無さげにしていたが、瞬きをひとつして腹を括り、椅子を引いてそこに座った。


『「円卓」は、「着く人間の地位に差が無い」ことを表す。部屋も円形だし、上座が無いからね。どこ座っても大丈夫よ』

『分かった。ありがとう』


 ユインが、ギンナへテレパシーをしたからだ。喋ってはいけないが、テレパシーは可能である。


「ほ? ありゃ。一番乗りだねえ」

「あっ。えっと……。イザベラ、さん」


 ピンクのメイド服を着た真紅のツインテール、『愛の魔女』イザベラがやってきた。彼女はキョロキョロと見回してから、円卓に着くギンナを視界に入れた。


「前に会ったねえ」

「はい。プラータの弟子のギンナです」

「んー。ギンナ。もう『弟子』じゃないでしょ。『そこ』に座ったらさ」

「!」


 イザベラは真顔で唇を尖らせながら、ギンナのひとつ飛ばした席に座った。


「ようこそ『カヴン』へ。緊張しなくていーよー。メンバーは全員『対等』だから。なんなら敬語も要らない」

「……そういう訳にはいきません。私は一番、若輩ですから」

「へー真面目。ルーナと真反対だねー」

「…………」

「まー。今回『初めまして』がふたり居るから、挨拶でも考えといてねー」

「……私の他に、もうひとり?」

「そうそう。アラブの方からねー」

「…………そうなんですか」


 『新人』は自分だけではないらしい。ギンナは少しだけ、ほっとした。






✡✡✡






「へぇ、凄いじゃない。綺麗な庭園。これは薔薇ね。イザベラが好きそうな花」


 続いてやって来たのは、きめ細やかな白髪を真っ直ぐ腰まで伸ばした女性。外見の年齢は20代後半くらいだ。エメラルドグリーンの瞳で庭園を見回しながら、円卓へ歩を進める。ベージュのロングスカートワンピースにカーディガンを羽織ったカジュアルな格好だった。ひと目では『魔女』とは分からないような格好だ。


「やっほーソフィア。早かったねー」

「ふふ。ええ。仕事が一段落したので」


 イザベラが、彼女へ手をひらひらさせた。ソフィアと呼ばれた彼女はにっこりと微笑んで、イザベラの隣に座った。


「あら。貴女がプラータの後継? 綺麗な銀色」

「……初めまして。ギンナと申します」


 ソフィアはギンナを見付けて、柔らかく笑いかけた。ぺこりと頭を下げたギンナ。


「あらあら『申します』だなんて。そんな高等な教育、プラータにできっこないわよねえ」

「あははー。言えてる」

「えっと……」


 やはり、敬語をいじってきたソフィア。ちらりとプラータの方を見ると、彼女はにやついていた。意に介してはいないようだ。


「ギンナちゃん。リラックスリラックス。別に戦う訳じゃ無いんだから。ただの会議よ」

「……はい」


 カヴン。魔女団。プラータの『同格』。その事実だけでなく、実際に彼女達から感じる『魂』が。ギンナより遥かに『格上』だと告げている。中々緊張が解けないギンナ。この場には、裏世界でも指折りの『大物』が集まるということなのだ。






✡✡✡






「……お前はあっちだ。声を出すなよ。カヴンメンバーしか喋っちゃいけねえルールだ」

「……! ……!」

「いや、息は止めなくて良いからな?」


 次に現れたのは、先程挨拶をしたケイと色葉だった。どうやら色葉はカヴンへ来るのが初めてらしく、ケイから説明を受けて首をぶんぶん振っている。その様子に親近感の湧いたギンナ。

 そのまま色葉は、フランやイン達の方へと歩いていった。ケイは当然、円卓へ向かう。


「おひさーケイ。元気?」

「まあまあだ。しかし街作んの早えな。イザベラ」

「ふふん。まあねー。『あの子達』はやっぱ欠席だよね?」

「あー。そうだな。すまんが」

「いやー。まあしょうがないよ」


 ひらひらと手を振るイザベラに、朗らかに返すケイ。


「うふふ。可愛い子じゃない。どこで捕まえたの? ケイト」

「……日本だよ。今、日本結構『アツい』んだぜ。ソフィア」

「ごめんなさい。興味無いわ」

「だろうよ。お前は」

「あら日本じゃないわ? 貴方に興味が無いのよ」

「あーはいはい」


 話しかけてきたソフィアを躱して、ギンナの隣にどかりと座った。


「緊張してんな。まあしゃあねえわな」

「……はい。皆さん、魔力凄すぎでは……」

「お前も大概だっつの……」


 そのままケイはギンナへ話しかける。ギンナは彼が隣で少し安堵した。気が利く男性なのだろう。心の中で感謝した。






✡✡✡






 ガシャリ。ガシャリ。

 扉の奥から聴こえてきたのは、金属音のようなもの。一定のリズムであるため、足音だと推測できる。


「……と、言う訳だ。会議後にでも占ってはくれぬかセレマよ」

「良いけどロクなモンじゃないよどうせ。目に見えてんじゃん」

「ふむぅ」


 ふたり、やってきた。甲冑のような金属を纏った茶髪の白人男性と、紺色無地のローブで全身を包んでいる黒髪のアジア女性。ガシャリという音は彼からしているものだった。


「うわ、ソフィアが居る。最悪」

「あらあら、嫌われてしまっているわね。私が来ることくらいも占えなかったの? お馬鹿なセレマ」


 ローブ姿のセレマはソフィアを見て露骨に嫌な顔をした。対するソフィアは微笑を崩さない。


「ちっ……。あたしこっち座るから」

「喧嘩中の女の間に座れと言うのか」

「あらユング。こっちへいらして?」

「……仕方無い」


 ソフィアから離れた、ケイの隣に座ったセレマ。甲冑姿のユングフラウはやれやれとソフィアの隣に座った。


「今日の議題、貴方からひとつあるのでしょう?」

「……その通りだ。だが今回の一番の議題は、ケイ殿からのものだろうな」

「あー……あれね。はいはい」

「分かっておるのか? ソフィア殿」

「勿論」






✡✡✡






「あら、可愛いお嬢さん」

「!」


 ソフィアの声。

 自分が呼ばれたかも――と顔を上げたギンナは、皆の視線が扉へ向いているのを見て恥ずかしくなってしまった。

 扉の前には、ひとりの少女が立っていた。


「………………」


 あっ、と。

 ギンナは口を押さえた。『知っている』からだ。見たことがあったからだ。

 髪の色と長さは変わっているが。見覚えがある顔だった。


「(ジョナサンの後ろに居た『巫女』の子――!)」


 淡く光る薄紅の髪は地面に着くほど長いが、ふわふわとひとりでに浮いて揺らめいている。紅の大きな瞳。黒人の肌。整い過ぎている顔。赤と白の巫女服を着ている。その袖から見える腕には、黒い文様のような入墨があった。一際、存在感を放つ少女だった。


「およ。よく来たねえ。迷わなかったー?」


 イザベラが少女へ話し掛けた。


「…………」


 だが、イザベラの方へ視線は向けたが返事はせず、その場から動かない。


「えーと。シャラーラだよね。こっち来なよ。君の席」

「…………」


 シャラーラと呼ばれた少女はようやく足を動かし、円卓へ着いた。ユングフラウの隣である。


「……あれも『新人』か。愛想ゼロ子だな」

「ケイさんも今日初めてですか?」

「ああ。事情を知ってるのはイザベラとセレマだな。なあセレマ?」

「うんまあ。あたしは予知しただけだけど。でもまあカヴンの総意になるよ。この子から議題あるし」

「マジで?」






✡✡✡






「あとはイヴとエトワールかな」

「もう居ます」

「ん」


 人数を数えて、イザベラがそう言った――と同時に。

 空いていた、イザベラとギンナの間の席から声がした。

 そこには既に、女性が座っていた。古代ギリシアを思わせるような白いキトンを着た、金髪の白人女性。


「イヴ。いつから居たの」

「10万年前からです」

「冗談過ぎるわバカ野郎」


 無表情のままボケたイヴに突っ込むケイ。ギンナはひたすら驚いていた。


 残る席は、5つ。


「んじゃ、あとはエトワールだけだね。遅刻だねー。あの不良魔女」


 だがイザベラは、そう言った。欠席者が居るのだ。ギンナはなるべく、今日会った皆の顔と名前を覚えなければと意気込んだ。






✡✡✡






 バン! と。


「!」


 ギンナはびくりとしてしまった。勢いよく、扉が開かれたのだ。


「ちょっとー。荒っぽいなー。壊さないでよエトワール」

「あんだと。うっせえよボケナスツインテール」

「口汚っ。淑女にあるまじきー」


 イザベラが注意するも、噛み付き返したのは黒衣を纏った女。水色の髪は濡れているように光沢を帯びている。その表情は明らかな『苛つき』を表していた。


「ったく……。あ?」


 黒衣の女、エトワールは部屋の端に居るプラータ達と色葉を見付けた。円卓へは向かわず、そちらへ歩みを進めた。


「おーおー。ギンギラババアがようやく引退しやがったか。清々すらあな」

「…………」


 プラータへ向かって、毒を吐きながら近付く。隣のシルク他、弟子達は目を丸くしてエトワールを見る。

 あのプラータへ。暴言を。なんてこと、と。


「…………」


 だが、プラータは笑って受け流している。ひと言も発さない。余裕の笑みで、エトワールを見る。


「はっ。そういや外野は声出せねえんだったなあ。なあ?」

「良いからこっち来なって。始めるよー」

「はっ!」


 イザベラが再度注意する。だがエトワールは構わず、シルク、フラン、ユインと順番にジロジロ睨め回す。


「大勢引き連れてよお。『数が多い』となんか『雑魚感』出んな。なあ」

「…………!」

「お?」


 フランが強く睨み付ける。


「……ん、魔法か。はあん。『特化』か。まあ精々頑張りな。殺せると良いな? クソガキ」

「…………!」


 フランは魔法を放っていた。テレパシーでユインが制止するも、フランは激怒していた。

 だが、効かなかった。少しだけ反応を見せたが、エトワールは鼻で笑って受け流した。


「んーで。なんだお前。ただの人間じゃねえか――」


 エトワールが、色葉の方を向いた――


「エトワール!」

「……ああ?」


 同時に、ケイが彼女を呼んだ。彼女は首をぐるりと回して円卓のケイを睨み付ける。


「……遅刻だバカ野郎。席に着け。時間がねえ」

「………………」


 ケイも、その月色の瞳でエトワールを突き刺した。ふわりと、灰色の髪が揺れた。

 しばらく睨み合っていたふたり。


「……ちっ! あーったよ」


 折れたのは、エトワールだった。水色の髪をガシガシと掻きながら円卓へ向かい、セレマとシャラーラの間に座った。机の上に、足を放り投げて。






✡✡✡






「揃ったね。んじゃ、始めるよー」


 イザベラが、切り出した。

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