8-3 黒猫の王を追う金と銀の魔女

 それから。

 私とフラン、カンナちゃんの3人でベネチア市中の見回りに出掛けた。今日そのケット・シーを捕まえれば良いけど、何日か掛かるようなら部屋を貸してくれるとライゼン卿は言ってくれた。けど、断った。主にフランが。まあ、相手はあのライゼン卿だしね。


「……そう言えば、そんなにキモく無かったわね。視線とか。この前はもっとこう……」

「いや、まあ今日は仕事で来たしね。ライゼン卿は仮にも裏ベネチアを預かる名士だし、その辺りはきちんとしてるでしょ」


 フランは男嫌いだ。そして、男性の視線に敏感でもある。テスさんの病院でライゼン卿と会った時は、いやらしい視線を感じたんだって。あの時は私もちょっと、怖かったけど。

 でもまあ、仕事と趣味は別物だ。ライゼン卿は真摯に真剣に、ケット・シーで悩むベネチア市民を救おうとしている。それは私にも分かったよ。嫌われていると思ってた私達に依頼をするほどなんだから。


「とは言っても、余裕じゃないの? ギンナの魔法もあるし、カンナも居るでしょ。それに、殺して良いなら私の視界に入った瞬間終わりよ」

「ギンナちゃんの魔法?」


 話していると、丁度通りに猫が居た。三毛猫だ。こっちを見てる。


「早速居たわね。ギンナ」

「うん」


 私は荷物の中から、宿泊用に持ってきたバスタオルを取り出した。

 タオルに魔力を込めて浮かせて、猫の方へと飛ばす。


「わっ」


 カンナちゃんが声を漏らした。無生物操作は魔女の基本だから、カンナちゃんもできる筈だけどね。


「……にゃっ!」


 それに気付いた猫は逃げ出したけど、私の無生物操作は時速1600km音速を超える。勿論そんなに速くはしないけど、猫を捕まえるくらいは朝飯前だ。優しくバスタオルで包んで、こっちに引き寄せた。


「ほら。まあこの子はそのケット・シーじゃないよねえ。黒猫じゃないし」

「にゃっ! ふーっ!」

「こら暴れるな。ギンナのバスタオル破ったら駄目よ」


 これで王様も捕まってくれるなら簡単なんだけど、どうなんだろう。


「凄いギンナちゃん!」

「そうかな。カンナちゃんも無生物操作はできるでしょ?」

「できるけど、あんな遠くまでは無理。私、魔力はあるけど効果範囲が狭いの。『金の芽』って、それが欠点なんだって」

「そうなんだ」


 金の芽にも弱点はあるんだ。知らなかった。でもまあ、こんな依頼じゃなけりゃ気にならない欠点だと思うけど。


「にゃーっ」

「……ねえ君、喋れたりしないよね」

「にゃ。にゃーっ」

「うーん……」


 三毛猫ちゃんはどこからどう見ても普通の猫だった。魔力も感じない。


「ほら。良い子良い子」

「…………にゃ」


 カンナちゃんが撫でると途端に大人しくなった。可愛いなあ。猫は良いよねえ。癒やし。ベネチアの猫は野生だけど人に慣れてるっぽいね。


「どうしよっか」

「取り敢えず、夜になるまで待つしかないかもね。集会は夜だし」

「カンナはここに住んでるんでしょ? 猫の声は聞いてたの?」

「ウチの事務所、ヴィヴィさんのこだわりで完全防音だから気付かなくて……」

「ありゃりゃ」






✡✡✡






 ベネチアは、100以上の小さな島でできている。私達は色んな島を行き来しながら、黒猫を見付けると捕まえて魔力の有無を確かめたり話し掛けたりした。やっぱり捕まえること自体は簡単だけど、肝心のケット・シーが見付からない。ベネチアも結構広いからなあ。運河も入り組んでて迷いそうになるし。


「そもそもケット・シーについて詳しくないんだけど」

「私もあんまり……」

「カンナは怪物ハンターじゃないの?」

「……ウチが相手にしてるのはもっと、人的被害の出るような怪物だから。水龍とか。こんな依頼は私も初めてなの。あと、ケット・シーはアイルランドの怪物だからイタリア半島には馴染みが薄いと思うし……」

「ふうん」


 フランはさっと流したけど。水龍って何? ちょっと怖いんだけど。え、裏世界ってドラゴンとかも居たりするの? 怖っ。


「あっ。猫よ」

「よっと。……うーん。この子も魔力無いよね」

「これは現場を押さえるのが早そうね。夜までベネチア観光よ!」

「えっ」


 もふもふの白猫を抱きながら、フランが言った。


「だって、ギンナとユインは前来たんでしょ? 私はバカ息子の護衛で来れなかったし、初めてだもの」

「うーん。一応仕事中なんだけど」

「良いのよ堅いことは。ね、カンナ。案内しなさいよ」

「じゃあ今丁度本島だし、サンマルコ広場かな。お昼食べよっか。フランちゃん、イカスミパスタはいかが?」

「良いわね! 食べたことないわ!」


 そう言えばフランと一緒に『仕事』をするのは初めてだ。私の仕事に付き合って貰ったことはあったけど。

 私、真面目過ぎるのかなあ。日本人だから?


「ほらギンナ! 猫逃して早く行くわよ!」

「……うん」


 魂もお腹が減る。幽体の活動にもエネルギーが要る。今日は私が一番、魔法を使ってるし。

 たまに勘違いしそうになる。私達はまだ生きていると。






✡✡✡






 その日は猫の捜索という名目で、ベネチア観光をした。ガイドに『金の芽』を付けるというのは友達特権だとしても贅沢な気がするね。


「そろそろ陽が暮れるわね。集会はどの辺であるの?」

「多分、日によって違うと思うけど。広場が可能性高いかも」


 徐々に、人通りは少なくなっていく。露店は畳み始め、街灯が点く。私達は広場に座って、じっと待っていた。


「でもまだ、人は居るよね。今から夕食時だし」

「うん。多分深夜じゃないかなあ」

「暇ね。しりとりでもする?」

「じゃあ『しりとり』」

「えっ。……『緑茶』」

「ち? ゃ? ちゃ?」

「や、だね」

「『役立たず』!」

「『頭痛』」

「えーと。『嘘付き』」

「『寄生虫』!」

「『裏切り』」

「んー。『流血』」

「『使い捨て』!」

「……ねえ、なんでそんなネガティブっぽいの……? 私もだけど……」

「あはは。私達も、そろそろ晩御飯食べよっか」






✡✡✡






 そして。


「………………っ。……っ」


 何やら、声が聴こえてきた。


「……なんかにゃーにゃー言ってる?」

「多分。行こう」

「ほらフラン! 起きて!」

「んにゃ……」

「もうっ」


 深夜2時頃だ。街全体がざわざわし始めた。私にもたれ掛かって寝ていたフランを起こして、声のする方へ走る。



――から、王は何と言ったんだ――


――違うだろ。王はもう居ない――


――ならどうするんだ。姫は――


――バカ野郎。次は俺の番だろ――


――お前こそ黙れ。ここで言い合っても仕方ないだろ――



「ほんとだ。声がする。人の言葉だけど、猫の声だ」

「あっちこっちに居るよ。塀の上、屋根の上」


 四方八方から、猫の話し声がする。あの高い声で、人の言葉を喋ってる。


「うるせーんだよ毎日!」

「にゃー!」


 そして、それに怒る市民が時折追い散らしていく。ちょっと異常な光景だ。


「ギンナ!」

「うんっ」


 近くの一匹を捕まえた。私達の『銀の眼』の一番最初の能力が『暗視』だ。魔法でもなんでもない、銀色の幽体としての標準装備。暗くても何も問題無い。


「にゃー!」

「暴れないで。……魔力、感じる?」


 その子は喋らなかった。フランとカンナちゃんは首を横に振った。魔力も感じない。普通の猫だ。


「ごめんね。ほら」


 放してあげる。すると。


「おい! こっちは駄目だぞ! 『銀の眼の魔女』だ! 捕まる!」

「!」


 放してあげた猫が。塀を登りながらそう叫んだ。


「ギンナ!」

「分かってる!」


 もう一度捕まえる。何度やっても、猫は私から逃げられない。


「にゃーにゃー!」

「……ほら喋りなさい! あんたがさっき叫んだのは分かってるのよ!」

「にゃーっ」


 けど。

 ついさっきまでバラバラに逃げていた猫達は、私達から遠ざかるように、私達を中心に逃げ始めた。

 この子も喋らない。魔力も感じない。


「……どういうこと!?」

「ただの猫? これも? そんなこと……っ」


 気が付けば。

 喋り声はしなくなっていた。猫1匹も見当たらない。


「…………にゃー」


 腕の中の猫が、やれやれ、と言いたげに鳴いた。






✡✡✡






 ベネチアは静まった。私達はカンナちゃんの厚意で、ハンター事務所に泊まらせて貰うことになった。


「失敗ね」

「うっ……」


 フランが言った言葉が私に刺さった。私の軽率な魔法で、猫達に警戒されてしまったのだ。『銀の魔女が狙っている』と。


「おかえりカンナ――って、お客さん?」

「ヴィヴィさん! お久しぶりです!」


 もう深夜だけど、ヴィヴィさんは普通に出迎えてくれた。黒髪に、金のメッシュが入ったオシャレな頭。黒の右目と金の左目。半分だけ、『金の芽』らしい。


「ギンナね。もう大丈夫なのね」

「えっ……?」

「いや。元気なら良いわ。で、こっちは」

「フランよ。ギンナと同じく」

「そう。いらっしゃい。私はヴィヴィ。ハンターよ」


 ヴィヴィさんは私の顔を見て、安心したような表情をした。なんだろうか。

 というか、最初にヴィヴィさんを見た時のような、『死神から感じる威圧感』は感じなかった。今見たら普通の人だ。あの時はどうしてビビっていたんだろう。


「それはそうとカンナ。私また出るけど、そっちは大丈夫?」

「はい。問題ないです」

「そう。んじゃね」


 私とフランの肩をぽんと叩いて、ヴィヴィさんは出ていった。こんな時間から仕事なのかな。


「ふたりはお風呂入る? 私が日本人だからって、この前ヴィヴィさんが付けてくれたの」

「入るっ」

「じゃあ私も……って、お風呂無かったの?」

「うん。びっくりでしょ? イタリアって、お湯を張って浸かる習慣は無いらしいの」






✡✡✡






 なんだかんだ、どたばたと。そんな一日だった。

 湯船に浸かって、ほっとひと息。


「私、死んで幽体このからだになって良かったと思えるひとつに、これがあるわ」

「?」


 大きめの浴槽に、カランはひとつ。交代で洗いながら、フランが呟いた。


「『健康体』。……魂に健康も不健康も無いと思うけど。もの、私。顔色も良いし、目の下にクマが無い。髪だってサラサラ。色は不満だけど」


 鏡を見ながら、自分の顔や身体を触るフラン。浴槽の私とカンナちゃんは見合わせた。


「そうだね。ニキビもできないし、多少転けても怪我しない。そう言えば髪も爪も伸びてこないね」

「あと生理来ないね」

「あー。……やっぱもう、まともな人間じゃないんだなあ」


 私は色以外、見た目はあんまり変わってはいないと思うけど。生前のフランは、どんな感じだったんだろう。大変な人生だったよね。


「ま、それは良いわ。カンナ。あんた問題ないとか言ってたけど、どうするの? 猫」

「うん。ちょっと思い付いたんだけど……」

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