8-4 名は無い。姿は猫、魂魄は人。

 次の日の、夜。またしても猫達の喋り声が聴こえる。

 昼間はまた散歩しながら猫を捕まえて確認するだけ。やっぱりケット・シーは見付からない。魔力を持つ猫も居なかった。


「あんなに、魔力持ちの猫が居たのにね」

「多分、違うよ。ケット・シーは1匹だけ。ケット・シーから魔力を貰って、普通の猫も喋れるようになってるんだよ」


 昨日、カンナちゃんは殆どなにもしていなかった。じっと見ていただけだ。私達を。その金色の目で。


「で、どうするのよカンナ」

「うん。『喋ってる』『人が近付くと逃げる』『捕まえても喋らない』なら……」


 カンナちゃんは、くるりとその場で一回転した。可愛いから絵になるなあ……じゃなくて。


「その『話』を一旦聞いてみようかにゃって」

「えっ!」


 ばさりと、衣擦れの音がして。

 その姿は、猫に変わっていた。金毛の猫ちゃんが、カンナちゃんの声で喋ってる!


「なにそれ!? 変身魔法!?」

「うん。ふたりも練習したら多分できるようににゃるよ。にゃあ行ってくるね。服、ちょっとおにゃがい」

「……!」


 カンナちゃん猫はそのまま、広場の方へと四足歩行で走っていった。

 残ったのは、カンナちゃんの着ていた魔女服と下着。


「…………流石魔女、だねえ」

「これが『金と銀』の差なの? それとも私達ふたりが落ちこぼれ?」

「うっ……」


 フランがそう言った。確かに。シルクとユインはもう魔女だ。私とフランだけ、まだ『無垢』のままで。使える魔法もふたつだけ。

 変身魔法は便利そうだよなあ。そうか、幽体も魂だから、それを操って姿を変えるのかな。理屈は分かってもできないけど。


 取り敢えず、カンナちゃんの服を回収する。これ、今あの子裸なんだよね。当然だけど。

 服の下に、硬いものがあった。


「……朝も思ったけど、カンナちゃんコルセットしてるんだね」

「ふうん。きつそう。私は無理ね」

「私も……。凹凸がね」

「ウチだとラユインはっきりしてるのシルクくらいでしょ。昨日お風呂で見たけどカンナってスタイル良いのね。変身してるのかしら」

「あー確かに。……いやちょっと失礼かもだけど。『魂の形』を変えられるなら本当の姿なんてあって無いようなものだよね」

「ズルいわね。魔女って」

「うん。魔女はズルいよね。色々」


 本当の姿なんてあって無いようなもの。確かに、私達は肉体が無いから不定形だ。じゃあ私も変身魔法を覚えれば、バストアップも……。


「あ。あと実はユインもエロい身体してるよ。本人隠してるけど」

「うそ。そうだっけ。絶対私タイプでしょユイン」

「あのねえ、エロいの。細いし。ズルい」

「ズルいわね。元娼婦だから?」

「さあ……」


 お子様体型は、私とフランだけだ。あれ、私達だけ落ちこぼれてない? 色々。






✡✡✡






「ただいま〜」

「おかえりカンナちゃん。はい服」

「ありがとう」


 しばらくすると、カンナちゃんが戻ってきた。彼女に服を渡すと、するするとまた、変身して元に戻った。


「なんでコルセットしてるの?」

「ああこれ? 便利だから、じゃあ今度教えてあげるね」

「?」


 コルセットが便利って、なんだ?


「それでね。話聞いてきたよ」

「どうだったの?」


 すでに、集会は終わったらしい。もう静かになっている。今日もうるさかったなあ。


「うん。えっとね。猫達の王様が、亡くなったんだって。それで、次の王様を決める話し合いを、連日やってたって感じ」

「次の王様を……」

「うん。でもね、ずっと平行線なの。俺がなる俺がなるって。全く話が進まない。ちょっと喧嘩にもなってるし。これ放っておいても終わらないよ」

「待っておかしくない? 猫の王はケット・シーでしょ?」

「……ううん。違うの。ケット・シーはただ、ベネチアに伝えに来ただけなんだって。王様が亡くなったって」

「伝えに来た? ケット・シーって、『怪物』でしょ? なら元人間の魂じゃない。どうしてそいつが猫の王様とか死んだとか知ってるのよ」


 猫にも、社会があるらしい。そして王様も居る。人間が呼んでるだけじゃなくて、本当の王様が居るんだ。

 裏世界みたいに、猫世界があるんだ。


「えっと。死者の魂がどんな怪物になるかって、その人の精神が凄く関わっていて。つまりケット・シーは猫好きなの。人間の頃の記憶は無いけど。だから、猫世界にも詳しいんだと思う」

「…………ふうん」


 ちょっと行ってみたいな、猫世界。……ていうかフランがずっと不機嫌なんだけど、猫嫌いなのかな。


「で、結局どうするのよ?」

「この『夜中うるさいケット・シー』問題を解決するには、集会を終わらせるしかない。つまり、『次の王様』が決まれば良いんだよね……」


 カンナちゃんの話では、皆が王様になりたがってる。だから話は平行線で、いつまで経っても王様が決まらない。


「うん。誰もが納得する猫を選んで、王様に仕立て上げる。それしか無いかな」


 カンナちゃんが、そう言った。

 『仕立て上げる』って言い方が、魔女っぽくて、ちょっとぞくっとした。






✡✡✡






 さらに次の日。さっそく私達は、王様探しに街へ出た。


「とは言っても、『王様っぽい猫』なんてどうやって探すのよ」

「まあ別に、どんな猫でも良いよ」

「そんな適当な……」


 もう、この依頼を受けて3日だ。カンナちゃんは焦っているようだった。かくいう私もだ。『金の魔女』と『銀の眼』がふたりも出張って、一体何をやっているのかと思われる。こんな所で信用を失ったら、今後の私達の仕事にも関わってくる。


「このくそがぁあっ!」

「!」

「きゃああああ!」


 急に、そんな声がした。それから、女の人の叫び声。

 と。

 猫の声。


「向こうの路地っ」

「カンナちゃん!?」


 カンナちゃんが、飛んだ。

 ふわりと、箒も何も無しに。塀も家も飛び越えて、声のした方へと行ってしまった。


 緊急事態だ。この街に住む彼女がそう判断したんだ。


「フラン乗って!」

「っ!」


 私も箒で追う。人の目はもう気にしない。当然、予想できたからだ。

 フラストレーションの溜まった街の人が、昼間に猫を襲うなんてこと。


「カンナちゃん!」


 パッ、と。カンナちゃんが飛び込んだ路地が光った。急いで駆け付けると、もう『こと』は終わった後だった。


「……ギンナちゃん」


 男の人が、壁にもたれ掛かるようにして気絶していた。彼女の視線の先には、黒猫が1匹座っていた。こちらを警戒しているけど、動かない。逃げようとはしていない。

 男の人の手には、木の棒が握られていた。


「殺したの?」

「眠らせただけだよ」


 フランが確認する。男の人は見たところ怪我も無い。相手を眠らせる魔法も使えるんだ。カンナちゃんは。


『礼を』

「!」


 次に聴こえた声は、いつも私達がやっている、ユインの魔法のようだった。つまり『魂』で直接聴くような声。


『云うて然るべき、なのであろうな。悪魔の女達よ』


 それが、目の前の可愛らしい黒猫から発せられたものだと直感したと同時に、疑問が浮かんだ。


「……あんたがケット・シーね」


 それが言葉になる前に、フランが口を開いた。この子は本当に、早い。私が普段から色々考えすぎなんだろうけど。いつも遅れるなあ。


『……左様であるな。が人から「猫の妖精ケット・シー」と云われていることは存じる』


 見付けた。やっと。

 思わぬ形での出会いだけど。


「変な喋り方。ま、どうでも良いわ。これで依頼は達成ね。ギンナ」

「……う、うん」


 一度見付けさえすれば問題無い。私はタオルを用意する。


「待って」

『待て』


 すると、カンナちゃん――と同時に、ケット・シーが制止した。私はタオルを飛ばす前に込めていた魔力を霧散させて、タオルは地面に落ちた。


「カンナ?」

「…………まず、話をしたいの。駄目かな。だって『話せる』んだし……」

『善き判断だ。人の立場で考えれば、今ここである程度の信頼関係を築くことは後の状況を好転させ得る』

「……はあ? 猫のくせに何言ってんの」

「フランちゃん待って」

「フラン」

「なによ」


 私が、フランの手を引いて止めた。この子は、『他人』と認識したら殺すことに躊躇わない子だ。最終手段として、街の猫を皆殺しにしかねない。やっぱり私が付いてきて良かった。


「……カンナちゃんだけじゃなくて、ケット・シーも『待て』と言った。つまり彼は、私のタオルから逃げられないんだ」

「…………」


 この場を支配しているのは間違いなく私達だ。偶然とは言え、辿り着いた。……いや、違う。


「……ケット・シーを嗅ぎ回る人間のことは一昨日、猫達に知られた。あなたは、わざと私達をここへ呼んだ……?」

「!」


 カンナちゃんもフランも、吃驚して私とケット・シーを交互に見た。

 ケット・シーは。

 表情を変えないまま頷いた。


『聡いな。しろがねの悪魔の子女』

「……あなたは、何者なの……?」


 荒事じゃなくて、話し合いなら。

 私の仕事だ。


『吾に名は無い。姿は猫。魂魄は人。そう答える他無い』

「……私はギンナ。この子はフラン。『銀の眼』の魂で、こっちがカンナ。『金の魔女』」

『ギンナ。フラン。カンナ。人の用いる名は便利であるな』

「どうして、私達を呼んだの?」

『…………吾に付いて来い』


 名は無い。猫の彼がそう言った時、私はカンナちゃんと目を合わせてしまった。多分ふたりの脳内には同じ人物夏目漱石が浮かんでいた。

 今関係ないけども。






✡✡✡






 ケット・シーが連れてきたのは、街を一望できる坂の上の家だった。なんでも空家らしく、するりと侵入した彼を追って私達も入った。

 鍵は開いていて、中は埃と泥で荒れていた。長い間人が来ていない感じだ。玄関からリビングまで、冷たい風が吹く。けほけほとフランが咳をした。


『王女が行方不明である』

「えっ」


 埃だらけのテーブルの上に飛び乗った彼が言った。


『王女が認めた者が次なる王と成る。簡潔に説明するならば』

「…………!」


 このケット・シーは。

 やはり、私達と同じで『問題を解決したい』と考えている。だから私達に接触してきたんだ。


「探すべきは王じゃなくて、王女!」

『「金銀かね色」の悪魔の女達は理解が早くて助かる。夜半の響鳴集会の件は人にとって迷惑だと自覚がある。利害は一致しているな』

「!」


 急に。

 事態が解決に向かった。依頼内容はこのケット・シーの退治だけど。


『心当たりはあるか? ギンナ』

「…………ある」


 まだまだ、私達の知らない世界があると思った。そしてそれぞれの世界から、私達『銀の眼』は特別視されていることも。

 他の魔女やハンターじゃ彼に辿り着くことはできなかった訳だ。

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