8-2 再訪と再会

「凄い! 速い! 凄いわっ!」


 私の後ろで、私にしがみつくフランが興奮した様子で叫ぶ。無意識だろうけど、めっちゃ胸揉まれてる。別に良いけどくすぐったい。


「……うーん……。遂に、本当に『1時間』でベネチアまで来れるようになっちゃったなあ」


 最初にプラータから箒を受け取った時に言っていた、あの冗談が。本当になってしまった。ていうか本気出せばもっと速く行けそう。ブラックアークと違って、やっぱり箒は小さい分消費も少ないし扱いやすいね。

 私も成長してるんだなあ。






✡✡✡






「よっと。ここだね。ライゼン邸」

「大きな屋敷。デブね。主人がデブなら屋敷もデブ」

「それは言い過ぎ……」


 あの時は通過するだけで寄ることのなかった屋敷。裏世界ベネチアの北西にある巨大な洋館だ。上の階から多分、アドリア海を一望できるんだろうな。


「正面から入るの?」

「うんまあ、ミッシェルが居るし。侵入はちょっと」


 フランがそう訊いてきたのには理由がある。大体の場合、依頼主の屋敷に伺う際は勝手に侵入するからだ。最初は悪いと思ったけど、これは『銀の魔女』なりの気遣いだった。つまり、『依頼主を被害者にする』ことで、『銀の魔女と繋がりがある→犯罪の幇助』と役人に受け取られない為の措置。魔女としても、依頼主がどんどん捕まってしまえば仕事は無くなる訳で。『勝手に侵入された上に金まで盗られた』とすることでそれを防いでいる。

 前にプラータがミオゾティスで、『悪名高いと気持ち良い』と言っていたけど、真実はこういうことだ。私達の評判が悪くなるほど、仕事も増えるし街の人達も助かる。あれは役人向けの演技だったんだと今更気付いたんだ。


 まあ今回は、ライゼン卿自身が役人側だしねえ。


 古風というか、門前には警備員さんが居た。門兵だ。槍を持ってる。現代じゃありえないけど、裏世界なら普通の光景。


「こんにちは。『銀の魔女』です」

「!」


 もう、弟子と名乗らなくなった。なんだろう。シルクが魔女に成ったからかな。でも自分達が魔女というより、『銀の魔女という会社』みたいなニュアンスで名乗るようになった。プラータが名乗った所は見たことないから、ただの二つ名なんだけど。まあ一種のブランド戦略なのかなあ。


「……話は聞いている。……本当に子供だな」

「でもあんたくらい一瞬で殺せるわよ」

「……っ! 分かった。入れ。中のメイドが案内するだろう」


 フランが腰に手をやって胸を張り、凄む。結構利くんだよね、これ。世にも珍しい『銀髪銀眼』の、フリフリのゴスロリ少女が大人の男性相手に一切怯まず睨み付けて堂々と脅すんだから。何やら『神秘的』で『神々しく』て、『本物だ』と思わせる迫力と魅力がある。実際フランは超が付いておかしくない美少女だし。私達の外見と纏う雰囲気は、結構現実離れしてるんだよね。


「ギンナ!」

「ミッシェル!」


 中へ入ると、ミッシェルが走ってきた。多分、魂を感じて出て来てくれたんだ。そのままの勢いで私に突撃してくる。


「わっ」

「(この吸血鬼女、ギンナにハグを……!)」

「ギンナありがとう。お陰で私は自由になった」

「……良かった。じゃあそれは……」


 ミッシェルの首元にはまだ、奴隷の証である鉄の首輪があった。けれど鎖は繋がれてない。屋敷内は自由に行けるってことなのかな。


「おーいミッシェル。いきなり走り出して驚いたぞ」

「!」


 屋敷から、太った男性が出てきた。いや、前見た時よりちょっと痩せてる気がする。ライゼン卿だ。この屋敷の主で、ベネチアの主でもある。

 彼は鎖を持っていた。ミッシェルはくすりと笑って、彼の元へまた走っていって。


 鎖を、首輪にガチャンと繋いだ。

 自分から。


「ミッシェル……?」

「ギンナ。私は自由。いつでも逃げられる檻はもう檻じゃない。表向きはデイブがご主人だけど、本当は私の眷属」

「……!」


 鎖で繋がれたミッシェルが、楽しそうにジャラジャラ鳴らしている。隣のライゼン卿は、私達を見てぺこりとお辞儀をした。

 じゃあ、催眠の魔法は成功したんだ。でも、ライゼン卿自身は催眠で洗脳されているようには見えない。どういうことなんだろう。

 デイブというのは、この人の名前がデイヴィットだからだね。ニックネームで呼んでるんだ。


「ようこそ我が城、我が国へ。『銀の魔女』殿。来ていただけて良かった。わしは貴女達から良くは思われていないと思っていましたのでな」

「ライゼン卿には、ニクライ戦争での賠償で、土地を譲っていただきましたし。……それにミッシェルは友達ですから」

土地それはもう終わった話ですな。お気になさらずとも良い。ではこちらへ。早速ですが、今回の仕事の話をしましょう」


 なんというか。最初に見た時より毒気が抜けてるような気がした。

 ……ああ、ミッシェルが抜いているのかな。物理的に。






✡✡✡






 屋敷の中へと案内される。中には、シャンデリアや絵画、壺や彫刻など芸術品が数多く飾られていた。そしてそれらを目立たせるためのライトセットも。これ、ライゼン卿がオークションで集めたんだろうなあ。そもそもコレクターなんだ。……ちょっとエッチな彫刻が割とあるのがこの人っぽい。


「『銀の魔女』殿は何をお飲みかな」

「……ではアールグレイを。ブランドは選びません」

「私はミルクよ! 成分無調整で!」

「かしこまりました。ではそのように。しばらくお待ちくだされ」


 応接間に通された。ライゼン卿が使用人さんに指示を出す。ていうか猫耳の使用人さんだ。あれも理性ある怪物なのかな。おっぱいおっきい人だ。良いなあ。

 ミルクと答えたフランを全く笑わなかったのは、流石貴族と言える。割とこれで、フランの逆鱗に触れて殺されかけた人は多いらしい。シルク談。


 その、応接間には。


「ギンナちゃん!」

「あれ、カンナちゃん!? 久し振り!」


 カンナちゃんが既に座っていた。きらきらした金髪と、まんまる綺麗な金眼。髪、伸ばしてポニーテールにしたんだ。似合ってるなあ。でも私達と同じような黒基調の服だ。ワンピースロングドレス。肩が出てて、ちょっと大人っぽい。


「ギンナちゃん元気だった? あのね、私も魔女に成ったんだよ」

「えっ。そうなの? ヴィヴィさんて死神だったんじゃ」

「やっぱり色んな魔法使えた方が良いって言われて。ギンナちゃん達も魔女目指してたでしょ? なら一緒が良いなって」

「そうなんだ……」


 言いながら、カンナちゃんは帽子を被った。つばの広い、とんがり帽子。『魔女っこ』って感じだ。凄く可愛い。

 そっか。『金の魔女』だ。……ていうか、もう既に成ってるんだね。金髪に魔女服はぴったりだなあ。


「カンナ! あんた魔力いくらよ!?」

「えっ。……確かこの前測ったときは824、だったかな」

「凄い!」

「バッ! バケモンじゃないのあんたも!」

「……そ、そうかな……。ヴィヴィさんはもっと凄いし……」


 824!

 なんだか、私達より何歩も先を行ってる。確かサクラさんが、800を超える人は数えるほどだって言ってたけど。そうか、カンナちゃんは『金の芽』。そもそもが超稀少の、歴史に名を残して当然の魂だったっけ。


「そう言えば、そのヴィヴィさんは?」

「今は、別の依頼だよ。結構分担することが多くなってきて」

「ふうん。忙しそうだね」


 分担か。ということはもう、ヴィヴィさんに一人前と認められたってことだよね。

 凄いなあ。この数ヶ月でどれだけ成長したんだろう。


「カンナはもう、ベネチアの守護を担う一翼。今回もお願い」

「うん。ミッシェルちゃん」


 カンナちゃんの隣に、ミッシェルが座った。私達もテーブルの向かいに座る。ミッシェルの隣に、ライゼン卿も。


「ふたりは知り合いなんだ」

「ベネチアでは有名なハンターだから。私が市中で殺されないように一番に挨拶に行った。……デイブの提案で」

「そりゃあ、大事なミッシェルがいきなり攻撃されてはひとたまりもありませんからなあ」


 そうか。吸血鬼は怪物だから。ハンターのヴィヴィさんにとっては獲物なんだ。理性のある怪物はとっても少ないから。


「今まで、ライゼンさんの飼われた怪物奴隷さん達はお屋敷から出なかったからそんなこと無かったけど。ミッシェルちゃんは表向きは奴隷だけど、実際はライゼンさんの主人だし、街にも出るからね。すぐ仲良くなったよ」

「ギンナの共通の友達だったし、良かった。ヴィヴィも良い人だった」


 カンナちゃんとミッシェルが、仲良くなってた。なんか嬉しいな。






✡✡✡






 そこで、猫耳巨乳の使用人さんが戻ってきた。トレーには一滴も溢さず、各々のカップがあった。私にはアールグレイ。フランにはミルク。カンナちゃんにはおかわりで、ダージリン。ミッシェルは何か妙に赤い液体……血かな。ライゼン卿もアールグレイだ。


「……それで、怪物退治ってことで呼ばれたんだよね。カンナちゃんと一緒にやるの?」

「うん。デイブ説明」

「おほん。それでは説明しましょう。今回討伐していただきたいのは、この怪物ですな」


 ミッシェルの指示で、ライゼン卿が説明を始めた。テーブルに広げたのは手配書だ。実は良く見る。情報として、ユインが集めてるんだよね。


「『アドリア海の魔物』」


 大きな字でそう書かれていた。そして、写真が1枚。


「…………猫?」


 黒猫が町中で、こちらをじっと見ている写真だった。


「その通り。裏ベネチアには表と同じように猫がたくさんおります。市民には親しまれ、野生でありながら『街の飼い猫』のように可愛がられております」

「…………なるほど」


 へぇ、そうなんだ。

 私達って、前の日本もそうだけど、あんまり観光をしないよね。まあ仕事だからでもあるけど。ベネチアの猫も運河も、全然堪能してないや。


「猫にとっても、ベネチアは『国』なのですな。それで依頼は、この『王』。猫の王を捕まえて欲しいのです」

「王?」

「この、手配書の黒猫だけは、『猫』ではないのです。つまり、『怪物』」

「!」


 もう一度写真を見る。ただの猫にしか見えない。でも賞金首にまでなってるなんて。


「『ケット・シー』。アイルランドでそう呼ばれる怪物ですな」


 怪物。

 元人間ということだ。死者の魂。でも、テスさんやてっちゃんのように、人の形をしていない。


「どういう被害が?」

「夜中になると猫達を集めて集会を行なっています。大声で『喋る』んですな。それが迷惑で。追い散らしてもまた集まる。……猫が人の言葉で。……市民が不気味がってしまって」

「そんなの私達じゃなくても捕まえられるでしょ。カンナひとりで良いじゃない」


 フランが文句を言った。確かにそう思える。猫一匹捕まえるだけなんて。けど。

 何かある。ミッシェルが私達まで呼んだんだから。


「ケット・シーは誰にも捕まえられない。他にもハンターを雇ったけど無理だった。これは、『貴女達を呼ぶレベル』の依頼なの」

「…………!」

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