7-7 絹の温もりと支え合う心

「シルビア・ブラッドリー……いや、シルクか」

「はい」


 クロウはこの惨状を見た。シルクが燃やした者達はもう何ひとつこの世に残っていない。全て灰で覆われている。


「……君を担当した死神は僕じゃないが、自分の国から出た『銀の眼』だ。一応調べたよ」

「はい」


 シルクの様子はもう、落ち着いていた。恨みや怒りの感情は全く感じない。


小川咲人おがわさくと……君の恋人は成仏してる。君達のように『無垢の魂』となった第二の人生は無かった」

「……そうですか。分かりました。……分かっていました」


 クロウの説明に、シルクは微笑んで頷いた。


「わざわざ調べていただいてありがとうございます。でももう、大丈夫です。サクが居なくても、私はこの世界で過ごしていけます」

「……そうかい」


 ぺこりと頭を下げた。


「ヒヨリ」

「ひゃ、はいっ」


 続いて死神少女を呼んだ。呼ばれたヒヨリはびくりと震えた。


「(……同じ死神でもクロウはビビられる立場なんだ……)」


 ギンナはそう思った。


「シルクが退治したのは怪物だな?」

「えっと、はいっ。『色喰鬼』、です!」

「……ま、良いか」

「えっ?」


 クロウはそれをヒヨリに確認して、再度ギンナへ向き直った。


「ここへ来たのは、借金を返すって訳じゃないんだろ?」

「…………うん。ごめん。まだ掛かる」

「今回の『怪物退治』の報酬で相殺しようか」

「!」


 それは願ってもない提案だった。そうだ、本来怪物退治は仕事なのだ。殺す相手が怪物だったのが偶然だが。


「『尼崎の色喰鬼カラーイーター』か。被害は多い。ここ2ヶ月で9人殺されてる。なあヒヨリ」

「えっ。ひぅ。……はい」

「『君の給料からも天引こう』。死神として野心があるのは良いが、やり過ぎだ」

「ごっ! ごめんなさぁい!」


 クロウは全て看破していた。観念したヒヨリはその場で土下座した。


「……よって、金貨2万枚だ。ギンナ。君達の借金は残り、4万枚。それで良いね?」

「……!」


 判決が下った。

 4人はお互いを見合わせて、こくりと頷いた。


「ありがとう。クロウ」

「……それじゃ僕はこれで。ヒヨリ。行くよ」

「はぃぃ……」

「ちょっと待って」

「?」


 踵を返したクロウに、フランが声を挙げた。


「なんだい」

「……ちょっと、思ったんだけど」


 フランは眉を曲げて、不安そうな表情をした。無意識に、ギンナの側へ寄りながら。


「私が『銀の眼』だから。……もしかして、ママも、『無垢の魂』になってたり……って」

「無いよ」

「っ!」


 引きつった。プラータが魔女の家へ連れてきていない時点で期待はしていなかっただろうが。だがはっきりと、クロウが言ったことで。


「……僕はあのオークションが終わってから、君達4人のことを調べた。……フランソワーズ・ミシェーレ。君は……アメリカの死神を殺しているね」

「!」


 フランは死後すぐに目覚めた魔法で、死神に克っている。


「『肉体があることのみを生きているとは定義しない』のが死神の価値観だ。だから、今日ここで君達が人間を殺したことは不問にできる。アメリカの件だって、特別罪には問われない。『銀の魔女』の抑止力もあるしね。ただ、アメリカの死神達には相当嫌われているだろうけど」

「…………それが、何よ」

「話が逸れたな。『親子間』で遺伝されるのは『肉体の情報』のみだ。『魂の色』は全くの別になる。後天的な環境などで性格が似ることはあるけどね。つまり、君が『銀の眼』だからといって、その家族も銀という訳ではないんだ」

「…………っ!」


 確かに、筋が通っているとギンナは思った。魂の遺伝はしない。するのは肉体のみ。受精卵に魂が宿る経緯は分からないが、クロウの話は本当だろう。


「オリビア・ミシェーレ……君の母親の魂は当時担当した死神の手によって成仏した。きちんと、正式な記録に残されているよ」

「………………そう」


 ぎゅっ、と。拳を握り締めていた。それに気付いたギンナは、フランのその手を包むように掴んだ。


「……分かったわ。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして。それじゃ、これで」


 そのまま、クロウとヒヨリは闇の中に消えていった。

 最後にギンナと目を合わせて。






✡✡✡






 それから。

 私達はブラックアークに戻ってきた。神様にバレないように、すぐに発つべきなんだろうけど。

 ちょっと、疲れた。


「……シルク、大丈夫?」


 私は一番、シルクが気になった。勿論フランのこともあるんだけど……今は。

 当初の目的通りに、復讐相手を殺したシルクを。彼女の心が心配だった。


「はい。皆、ありがとうございました。なんだか身体が軽いです」

「……そう」


 シルク本人は、極めて笑顔だった。晴れやかな表情をしていた。まあ私としても、一応相手は『怪物妖怪』で悪人だったし、あんまり良心も痛まないから良かったけど。


「……確かに、なんだか身体が、本当に軽くなったんです。憂いがひとつも無くなったというか。これなんでしょう。ギンナ分かりますか?」

「えっ」


 訊かれて、考える。シルクには何かの変化が起きているらしい。確かに、シルクから感じる魂の感覚が少し違う。


「……私達の身体は肉体じゃなくて幽体だから、魂そのものの存在」

「ですね」

「だから、精神の影響はモロに受けるんだよ。プラータもこれを狙ってたんだと思う。シルクが過去とケジメを付けることで、シルクを澱ませていた『枷』が外れたんじゃないかな。精神的に」

「ほうほう」

「私の予想だと……」

「予想だと?」


 私達4人は、魂に共通点がある。それは『銀の眼』としての共通点と、『無垢の魂』としての共通点だ。他にもまあ、女性としての魂もあるけど。

 その、『無垢』に感じる部分が。


「シルクはもう、『魔女』に成ってる」

「おっ」

「!」


 私達3人よりプラータに似てる。


「本当ですか。もう私、『無垢』ではないのですね」

「ええっ。ずるいわよ。シルクだけ?」

「……一番乗りね。魔力量はどうなってるのかしら」


 この会話に、フランとユインも入ってきた。


「で、どの辺が魔女なの?」

「そう言われると正直あまり実感としては微妙ですね……。使える魔法も増えていないと思いますし」

「そもそもあんたふたつ使えてたじゃない。魔女としては充分よ。これから増やしていくんじゃないの」

「ふむ。確かに。…………」


 シルクは少し黙って、目を閉じた。


『聴こえますか?』


「!」


 今までは。

 シルクからテレパシーの魔法はできなかった。私達はびっくりした。いきなり。


「……これで3つですね。私」

「ええええっ!」


 シルクが魔女に成った。私達4人で、一番最初に。

 ならシルクが、『銀の魔女』を継ぐのだろうか。






✡✡✡






「ねえ、やっぱり帰りに魔力測定器あの体重計買って帰りましょうよ。なんだか気になるわ」

「あんた一番低いのに気になるのね」

「うるさいわね。そろそろあんたくらいは追い抜いている筈よユイン!」


 ブラックアークがある以上、長居ができない。日本円も無いし、神様の目を気にして裏世界にも行けない。日本観光はまたの機会にして、早々に出発した。シルクのこと、プラータに報告しないといけないと思うし。


「はいご飯。皆疲れてるでしょ」

「さっすがユインね!」

「調子良いわねあんた」


 帰りは急ぐこともない。ゆっくり飛んでいる。私は操縦の為に船室には入れないから、甲板にテーブルを置いて、ユインがご飯を持ってきてくれた。


「あれ、この船ガスは無いですけど。これ焼いてますよね」


 シルクが最初に気付いた。豚肉のソテーだったから。


「……なんか出せたわ。火」

「えっ」

「は?」


 ユインが。

 ジト目の無表情のまま。

 Vサインの指の間から、マッチのような火を出した。


「はああああっ!?」


 一番声を出したのは、フランだった。


「え、あんた! シルクの魔法覚えたの!?」

「そうね。やったらできたわ。あの凄まじい炎の嵐を見たからかしら。シルク、これで合ってる?」

「ええ。自分の幽体を焼かないように注意してくださいね」


 シルクに続いて。

 ユインまでも、『3つ目』の魔法を使えるようになった。でもまだ一応、魂の感じは『無垢』だ。ユインは魔女には成ってない。

 けど。


「火は扱えたら凄く便利よ。人類史上最強の『文明の利器』だものね」

「………………!」


 私達は、出遅れた。

 フランとふたりで、口をあんぐりしていた。


 ソテーはめちゃくちゃ美味しかった。






✡✡✡






「ひとりでやってみるわ。無理そうなら呼ぶから」


 とのことで、食後にユインと操縦を交代した。私は寝室に戻って、ベッドに座ってぼうっとしていた。

 今日のことを、思い出して。


「ギンナ。良いですか」

「……うん」


 シルクが入ってきた。


「フランは?」

「寝ちゃいました。本当、天使のように可愛い寝顔で」

「あはは。だろうね」


 シルクはおもむろに私の隣までやってきて、ぽすんと座った。


「大丈夫ですか?」

「!」


 『無垢の魂』の成長は、魂の練度。


「…………うん」


 シルクには、私の『魂』が分かったらしい。

 私はシルクの肩に、頭を置いて身体を預けた。


「……怖かった」

「そうでしょう。こんな役回りをさせてしまって申し訳ありません」

「シルクのせいじゃないよ」

「それでも。私のことです」

「……うん」


 シルクは、私の肩を抱いてくれた。暖かい。心地良い。当然だけど、あの人達とは全く、何もかも違う。

 多分私が魂だから。幽体だから、より敏感なんだ。

 あの男の人達は、私をいやらしい気持ちで見てた。だから触られた時、とっても気持ち悪かった。

 今は。

 シルクは本心から私を案じてくれている。それが分かる。だから心地良いんだ。頼りになるお姉さんだ。背も高いし。ああ。

 フランは『これ』に飢えていたんだなあ。


「今回は本当にありがとうございました。これでもう、私は迷いません。フランを吸う必要もなくなりました」

「えっ。吸う?」

「あはは。実は私も割と不安定で。しばしばあの子を吸って安定させていたんです。それが、もう要らなくなりました。まあ、あの子はからかい甲斐があるので冗談でまた吸うと思いますけど」

「…………ふうん」


 そっか。良かった。シルクが不安定な時は、フランが居てくれたんだ。あの子も頼られたら、しっかりするもんね。


「ギンナもそういう時は私を吸って良いですからね」

「うーん……。取り敢えず今は良いかな。でも確かにフランは吸い心地良さそう」

「あはは。抜群ですよ」


 私達は、お互い支え合ってるなあ。

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