7-6 煉獄に咲く七花

「降りや」

「……っ」


 30分ほど経った。ワゴン車が辿り着いたのは、山中だった。道を逸れて入った、人気の無い場所である。


「てっちゃん、ここどこや?」

「尼崎の、お隣の山や。ええ場所やで。縦走路から外れとるから誰も来ん」

「ジューソーロ?」

「知らんかったら知らんでええ。今度挑戦しよか。六甲全山縦走」


 そこでギンナは降ろされた。当然ながら、来た道も帰り道も分からない。西日が差してきた、午後の山中。


「死神が来るんか?」

「そうやで。さっきライン入れといたからな」

「ラインできるんや。死神……」


 ビュウ、と強く冷たい風が吹いた。ギンナは一瞬目を閉じてしまう。


「……!」


 次に開けた時には、目の前に黒いセーラー服を着た少女が立っていた。


「……『色喰鬼いろくいおに』さん。あんま目立つことせんといてな? 妖怪と繋がってるん上司にバレたらウチ即死やねんで」


 半袖のセーラー服だった。スカートも膝が見えている。この真冬に完全に夏服であるが、寒そうな素振りはしていない。それだけで、何か『世界が違う』と感じた。黒髪ボブカットの、少しツリ目の少女だ。


「すまんな死神ちゃん。ほいでもこれ見てえや。『銀魔』やで『銀魔』。ヤバいやろ」

「えっ」


 てっちゃんがギンナを繋ぐロープを引っ張る。死神の少女はそれを見て、目を丸くした。


「……え、ほんま? ほんまの『銀魔』……?」

「ほんまやで。これ億行くんちゃうか?」

「…………ほんまかいな……」


 じろりと見られる。ギンナはあの感覚に陥った。一番初めにクロウに見られた不快感。ヴィヴィに会った時に感じた根源的な恐怖。


「(本物の死神。……なんでこんな怪物と接点があるんだろう)」


 だが、ギンナは怯まなかった。睨み返した。


「で、どうや? 死神ちゃん」

「……これ、顔的に日本人か? 名前は」

「え、日本人なん? ギンナちゃんやで」

「え……」


 死神少女はギンナの名前を聞いて。

 青ざめた。


『今』






✡✡✡






 ドカン。大きな音がした。爆発音だ。空が赤く染まった。


「――は?」


 上を見上げた男達の内、取り巻きふたりがばたりと倒れた。


「……!?」


 彼らの方へ視線をやると、フリフリのゴスロリ衣装を着た長い銀髪の少女がふわりと着地した所だった。


「は!? 銀……っ! おまっ」

What are youあんた達ギン doing to Ginnaナに何してんの?」

「!」


 鋭く光る銀色の眼で、てっちゃんを強く睨んでいた。間違いなく激怒している。てっちゃんは動揺して一歩後退る。


「(フランっ!)」


 が、ロープはまだてっちゃんの手にある。


What did you do 何をしてんのよ……I’ll never絶対に forgive you許さない!」


 フランがいつもの調子で叫ぶ。強く。獣のように。


Franフラン. They doesn't under彼らに英語はstand your English通じませんよ.」

It does not matter関係無いわ!」


 続いて、シルクも現れた。彼女達は箒で飛んで来たのだ。


「……は? なんで……次から次に……『銀魔』やと!? ありえへん! SSSやぞ!?」


 てっちゃんはその光景に腰を抜かしてしまっていた。


「……ハァイ。『てっちゃん』。マタ会いマシタネ」

「……!! おま、まさか……シルビアか!?」


 フランと英語で話してから、シルクがてっちゃんを見た。髪の色も瞳も変わってしまっているが、そのカタコトと声で分かった。


「アナタ、ワタシの彼殺します。ワタシ、アナタ殺します。ワタシ、アナタの仲間に殺します。……けどワタシとアナタ、まだ死にません」

「…………!?」


 ボッ。と。

 シルクの両手から火花が散った。言葉は少し拙いが、その表情を見れば分かる。


「ナニヨリ、ギンナ拐われマシタ。殺します」


 完全に切れている。


「ぐっ!」


 空を撫でるように手を掲げると、まずてっちゃんの顔面を炙るように焼いた。


「うごおぉぉっ!! 熱っ!?」


 顔を押さえて転がるてっちゃん。


「……くそっ! おいお前ら起きいや! 何を寝とんねん!」

「トリマキ、死んでます」

「は!?」


 その間に、ギンナの拘束は解かれていた。ユインも来ていたのだ。


「…………」


 ギンナは考える。この場には死神が居る。どうあれ、魂の支配者であるあの少女が動けば全て制圧される。だが黙って見ている。


「ギンナ。ダイジョブですか」

「……うん。ありがとう。私は平気」


 シルクは冷静に見えた。ギンナを案じる余裕はあるようだった。だが、その視線はてっちゃんに釘付けであった。


「…………くそがっ! おい、舐めんなよクソ女。俺は鬼や。Aクラスの妖怪やぞ! いくら『銀魔』かて『まっさら』に負けるかいやボケ!」

「!」


 てっちゃんは爪と牙を剥き出しにして、高速で駆け出した。木々の間を飛び越えて、シルク達を包囲する。


「もうええ! 全殺しや! 全部食うたら俺かてSランク行くやろ!」


 目では追えないスピードで、シルクに襲い掛かる。


Screw youくたばれ!」

「!!」


 シルクの魔法は、火ではない。火炎を出すような魔法ではない。

 燃やすのだ。燃焼させる。結果的に、対象から火が出るように見える魔法だ。


 ドカン。1発。爆発を伴う炎上。顔面に直撃した。


「がっ……!」


 ドカン。2発。押さえる両手ごと焦がす熱量を叩き込む。


「…………!」


 声も出なくなる。肺に酸素が行かないのだろう。

 ドカン。3発。執拗に、首から上を狙う。膝を突いた。


「…………っ」


 無言で。4発。眉ひとつ動かさず。機械のように撃ち込んでいく。どさりと仰向けに倒れた。だらしなく、脚を広げて。


「…………! …………!」


 今度は『それ』を目標に。

 5発。あらんばかりの憎しみを込めて。『それ』を焼き尽くす。


God damn you地獄へ堕ちろ!」


 大量の唾が飛ぶ。6発。あらん限り、全力で魔力を放出する。


「………………っ!」


 やがて、劫火が止んだ。周りは焦土と化していた。爆心地だ。彼女の怒りそのものを表したような熱が放たれている。ギンナもフランもユインも避難していた。中心には、シルクのみ。彼女の、せっかく用意した洋服も焼け焦げていた。


 そこには、もう何も無かった。完全に灰となって焼き尽くされたらしい。


「……はぁーっ。はー。はぁっ」


 どさりと、片膝を立てて座り込んだ。相当な魔力を消耗したのだ。過剰に攻撃を加えた。これまでの依頼での戦闘よりずっと、力を込めて。


「……It serves you rightざまあみろ,Dick headクソ野郎.」


 最後に吐き捨てた。


「………………!」


 ギンナは。

 彼女に声を掛けることができなかった。






✡✡✡






「ほら。行きなさい」

「っ!」


 振り向くと。

 ユインに背中を押される、フランが居た。


「……フラン」


 彼女はギンナを見ていた。視線は逸しながら、しかしこらちへ歩いてくる。


「ギンナ」

「……うん」


 フランは申し訳なさそうに、悲しそうに、寂しそうな顔をしていた。

 言葉はもう通じる。翻訳魔法が機能し始めた。


「……お。お酒のせいで。……変な気分になっちゃったのよ。悪かったわ」

「……!」


 ぶっきらぼうに、そう言った。

 ギンナは。


「……ふふ」

「?」

「あはは。うん。ちょっとびっくりしたよフラン。お酒弱いんだね」

「……!」


 笑いながらそう答えた。するとフランの表情はみるみる晴れていく。

 開花するように。


「そ、そうよ。もう飲まないわ。そもそもギンナのお酒とか、ちょっとキモいわよ」

「だよねえ。あの神様特有の価値観だと思うし。3人とも不気味だったもん。なんか視線が」

「そうよ。あの神様が悪いのよ。ねえユイン!」

「……ま、そういうことにしとこうかしらね」


 たった、これだけである。これで良いのだ。フランは緊張の糸が切れたのか、目尻に涙を浮かべた。


「フラン。助けてくれてありがとうね。かっこ良かったよ」

「ふ、ふん。当然じゃない。ギンナは私が守るって言ったじゃないの」

「うん。……ユインもありがとう」

「別に……フランは箒使えないし。ていうかあんた捕まり過ぎなのよ。今回は作戦だったとは言えほとんどアドリブでしょ? 一歩間違えればまた売られてたじゃない。テレパシーの魔法は普通に使えて本当に良かったわ」

「うん。ごめん」


 事前に奴らの性格などをシルクから聞いていた彼女らは、『釣り』をしたのだった。当初はギンナを餌にするつもりは無かったのだが、あの『お酒』のせいで狂った。結果的にはなんとかなって、良かったものの。






✡✡✡






「で、あんたね」

「!」


 ユインが触れれば、通訳の魔法は作用する。フランが死神の少女を見据えた。


「…………死神さん」

「!」


 シルクが立ち上がり、こちらへやってきた。ユインが自身のコートを、半裸になってしまった彼女へ掛けてあげた。


「貴女の取引相手を燃やしました。私達はどうなりますか?」

「………………うーん」


 黒いセーラー服に赤いリボンの少女は、顎を撫でた。


「……本来なら、『妖怪退治してくれてありがとう』やな」

「そうですか」

「うんまあ、生きてる人間もふたり殺しとるし、それは罪やねんけど」

「えっ」


 そして、その手を頭へ持っていき、ポリポリと掻いた。


「……んー。あんたら、ウチがこの妖怪とツルんでたん黙っといてくれへん? ほしたら、この殺人も黙っといたるわ」

「お願いします。私はあの男達を殺せればそれで良かっただけです」

「交渉成立やな。ていうかウチかて、上司が目ぇ掛けとる『銀魔』をどうこうするつもりあらへんし。そもそも」

「えっ」


 上司。

 そう言えば『彼』は、役職ではナンバー3と言っていた――


「君は何度捕まれば気が済むんだ」

「!」


 死神少女の目が、大きく開かれた。その視線の先。ギンナが振り返ると、彼が立っていた。

 夕闇に融ける漆黒のコートを身に纏って。


「し、此岸長様っ! えっと、これは……っ」


 少女がまず、驚きの声を上げた。一気に冷や汗が吹き出る。背筋を伸ばし、『気を付け』をした。


「ヒヨリ。君はここで何をしていたんだ?」

「……ひっ」

「後で詳しく話をしよう。その前に……」


 彼は少女を睨み付けてから、ギンナと目を合わせた。


「……クロウ」

「やあギンナ。……元気かい」


 ギンナからも、冷や汗が出た。その場に緊張感が漂う。フランもシルクも動けない。まるで蛇に睨まれた蛙のように。


「ようこそ日本へ。銀色の……魔女見習い達」


 その空気を醸している張本人は、4人を見渡して、薄く笑ってそう言った。

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