7-5 Aランクの鬼とSSSランクの少女

「(こいつを見てるとムカつくのは、ギンナの優しさに付け込む甘ちゃんだから、だけじゃない)」


 ユインは、腕を組んで椅子に座っていた。フランは未だ、床に這いつくばっている姿勢のままだ。そうして、お互い黙ったまま数分経過した。


「あんた、自分がしたこと分かってる?」

「………………」


 遂に口を開いた。ユインだ。フランは応えない。


「分かんないの? あんたが生前されて嫌だった、レイプと同じことをギンナにしようとしたのよ」

「…………!」


 フランの瞳孔が開き、唇がきゅっと結ばれた。


「ギンナが困ってたの、あんたも見たわよね」

「…………っ」


 応えない。

 ユインは続ける。


「レズは別に構わないけどね。あんたにできるのは想いを伝える所までだったのよ。それから先は、相手の気持ちも確かめないといけない。異性恋愛でもそうでしょ? 相手も自分を好いてくれた時に、初めてしなさい。……それにしても今のタイミングは意味分かんないけど。何のために日本まで来たのよ馬鹿」

「…………ぅ」

「何考えてんの? あんた」

「…………っ」

「これからどうすんの?」

「ぅ……っ」


 唸る。

 頭を抱えて。


「だって……。寂しかった」

「だからって無抵抗の相手を性行為目的で押し倒して良い理由にはならないわ」

「だって……。だって。……ユインは」

「は?」


 次に、自分の身体を抱き締めるようにして。


「ユインは、寒くないの……?」

「はあ?」

「だって。……ひ、人に、触れていないと……。寒くてっ」

「………………幽体は寒さは感じるけど、そこまで深刻じゃないでしょうが」

「そうじゃなくて……っ」


 フランが何を言っているのか、ユインには分からなかった。人の温もりが欲しいという話だと思うが、ユインは自身を振り返ってもそのような身に覚えは無い。


「ね、ねえ、ユイン……」


 見ると。フランはユインの方へ手を伸ばしていた。


「何それ。やめて」

「っ」


 ユインは冷たく払い除けた。


「ギンナが好きだったんじゃないの? 私でも良いんだ。へえ」

「ちがっ……。ぅ……。ごめん、なさい……」

「(…………こいつは)」


 また再び、フランはうずくまってしまった。

 ユインは、それを見詰めながら思考を続ける。


「(。何よこいつ。最初は誰に対しても、プラータにもさっきの神様にも偉そうに叫んでたのに。ラウスの議事堂でも平気な顔して大虐殺したのに。……馬鹿じゃないの)」


 戦争の依頼を受けて、精神が不安定になった。公園で身の上話をギンナにして、治った。

 そう聞いていた。だが。


「(根っこはまだ残ってたのね。一番信頼していたギンナに拒絶されて、さらに深い闇に沈んでる。私達の中で一番魔力が低いのは、一番脆いってこと?)」


 魂が不安定過ぎる。


「…………ごめんなさい。ごめんなさい」

「あんたさ、多分勘違いしてんのよ」

「……ぇっ」

「(幼少期のトラウマなんて私だって経験してるっての)」


 ユインは腕を組んだまま。ふう、と息を吐いた。


「『男嫌い』で『ギンナが優しい』。あんたの世界は今、『それだけ』。そりゃ、女が好きだって勘違いしちゃうわ。でも違う。あんた、母親の影を追ってるだけでしょ? 母親に欲情する馬鹿は居ないわ」

「…………」

「別にキスもセックスも要らないでしょ。あんた気持ち良くないって答えてたじゃない。……ちょっと行き過ぎただけでしょ?」

「………………ぅん」


 かくんと頷いた。


「ギンナに嫌な思いさせたくないでしょ。仲悪く、なりたくないでしょ?」

「うん……」

「なら……あんたがやるべきことはひとつよ」

「え……?」


 それを見て。ユインはまだ、『終わっていない』と感じた。


「(……私は自分の境遇を早い内に諦めたけど。こいつはずっと、傷付いて悲しんでた訳ね。最後まで見切りをつけられなかったのは、相手が実の父親だったから?)」


『シルク。そっちはどうなってる?』

『ええ。……少し、トラブルですね。ギンナを見失いました』

『は?』






✡✡✡






「……ここは?」

「雰囲気ええやろ?」


 ギンナが男達に連れて来られたのは、古い神社の境内だった。鳥居はボロボロに剥げており、参拝客は見えない。人が管理しているようには思えない神社であった。


「ま、俺らの溜まり場や。中は一応掃除しとるから綺麗やで。ボロいけどな」

「中って、本殿? 入って良いの?」

「ええねんええねん。そんなん。誰も来んしな」

「…………」


 確かに誰も居ない。だが、ギンナは感じていた。

 本殿の中に、魂がひとつあると。


「誰?」

「おっ。鋭いなあ。そうや、お姉ちゃん名前は?」

「……ギンナ」

「ギンナちゃんな。あそこには俺らのリーダーが居んねん」

「リーダー?」

「おう。てっちゃんて言うねんけどな。てっちゃんヤバいからな。1回死んでんけど生き返ってん。ヤバいやろ?」

「……死んだの?」

「ほんまは殺されてんけどな。そのクソ女に」

「!」


 男ふたりに両脇を固められ、逃げることも容易くはなくなった。だがギンナは落ち着いていた。


「(……なんだろ。全然怖くない。……いくら肉体労働担当じゃないと言っても、まさか人間には負けないと、思ってるんだ。無意識に)」


 この男達は、シルクを殺した連中である可能性が高い。探らなければならない。


「さあ入りや。遊ぼうやギンナちゃん」

「(……いきなりこんな場所に連れてくるなんて。……ちょっとおかしい。私を見て、怪しまないの?)」


 おかしいとは思いつつも、望む所である。ギンナは本殿へと足を踏み入れた。


「てっちゃん! バリカワイイ子おってん! 駅前!」

「……ああ?」


 そこには。先程から感じていた魂の正体が居た。形は、人と似ている。


「(…………『怪物』……!)」


 すぐに分かった。死者の道のひとつ、『怪物』であると。

 額から突起物が見えた。あれは角だ。そして、金色の瞳。猫のように縦に細い瞳孔の瞳。


「…………おっ」

「?」


 その瞳がギンナを捉える。すると『てっちゃん』はさらに瞳孔を細くして驚いた。


「……おめえら、俺が誰か分かるか」

「え? てっちゃんやろ?」

「……俺はな。『魂ランク』やとAランクの鬼や」

「魂ランク?」

「おう。俺みたいに死んで生き返った奴のランクわ」

「ええやんAランク! てっちゃんバリ強いやん!」


 てっちゃんは落ち着いていた。落ち着いて、ギンナを見ていた。目が合う。ギンナは逸らさない。


「……この女は『SSSトリプルエス』やで」

「……は?」

「(そんなランク知らない。多分勝手に言ってるんだ。ゲームに例えて。まあ、『銀の眼』はトップレアだよね。贔屓目無しでも)」


 この事件は。もう。表の問題ではない。

 裏世界の問題に発展している。


 ギンナはじりじりと後退し、本殿の壁や柱を触った。


「姉ちゃん。ほんまに俺らと遊んでくれるんか?」

「…………ひとつ、訊かせて」

「おう?」


 鬼。怪物だ。この国では妖怪と言うのだろう。理性はありそうだが、基本的に怪物は人間の敵。欲望のままに活動する存在だ。

 取り巻きの男達を使って、この廃神社へ『餌を連れてくる』なんてことをしているのかもしれない。


「『シルビア・ブラッドリー』って、知ってる?」

「!」

「!」


 取り巻きの男達が反応した。てっちゃんは。


「…………力ずくで捕まえろ。気合入れろよおめえら」

「っ!」


 次の瞬間もう、ギンナの目の前に迫っていた。恐るべき速度で、彼女の顔面をアイアンクローで掴みに掛かった。


「――――っ!」






✡✡✡






 時間にして、約20分。

 既にボロボロだった神社は、ぐちゃぐちゃに倒壊していた。全壊である。だが。

 そこにはもう、誰ひとり、魂ひとつ居なかった。


「……ったく手こずらせよって。てっちゃんほんま、こいつなんなんや?」


 窓の内側からシートを貼り、外から中を見えなくした車……ワゴン車の中で、取り巻きの男が愚痴を溢した。


 隣に、ロープで手錠をされ、轡をされたギンナが居た。

 両手は合わせるようにされており、何も触れなくされている。


「ヤバいやろ。一撃で神社崩壊や。あれが『銀魔』の力や。ほんまやったら俺らよりよっぽど最強やねんけどな。こいつはまだ『まっさら』やねん。強なる前の段階やな。やからギリギリ捕まえられたんや」

「『銀魔』?」


 男達はボロボロに怪我をしていた。肩や腕を押さえている。数ヶ所程度骨折はしているだろう。家屋の倒壊に巻き込まれたのだ。

 中心に居た筈のギンナは無傷であるが。


 車の運転は、もうひとりの取り巻きが行っていた。てっちゃんはギンナの後ろの席に座っている。


「で、どないすんの? 俺らで楽しまへんの?」

「その辺の別嬪やったらそれでええねんけどな。ここまでのランクやったら逆にアカン。『銀魔』なんぞ、速攻死神に売る。キズモノにしたらアカンで。値ぇ下がる。なんぼやと思う?」

「んー。500万!」

「あほ。億いくで」

「ほんまかいな!! ヤバ過ぎやろ銀魔!」

「もったいないなあ。怪我せんのやったら俺の好きなハードめなプレイも出来たやんか」

「あほか」


 ギンナは、ここへ来て暴れなかった。初動で逃げられなかったのだ。てっちゃんのスピードは凄まじかった。諦めたのだ。


「なあ、ほならせめてチチくらい揉んでもええよな」

「まあ怪我ささんのやったらええけど……お前ほんま、常に発情しとんな」

「おもっくそ怪我してんで俺。チチくらい揉まな割に合わんて。なあギンナちゃん」

「あほか」

「……っ」


 男の手が腰に回され、胸に到達した。瞬間、気持ち悪い感覚がギンナを襲う。


「言うてギンナちゃん貧乳やんけ。そんなん揉んで楽しいか?」

「なんもないよりマシやろ。貧しくてもチチはチチや。やわこいで? ギンナちゃんの銀チチ」

「あほか」

「………っ」


 本気で、気持ち悪い。背中がぞわぞわする。虫が身体の上を這っている感覚。ギンナはブラックアークで、3人にした質問を思い出した。


「(……男の人に胸触られたの初めてだけど、本気で気持ち悪い。吐きそう。早く終わって欲しい。……これが好きな人なら違うのかな)」


 あくまで、ギンナは冷静だった。捕まるのは初めてではない。それ以上に。


「(死神に売られる? 望む所。問題は、あの怪物てっちゃんをどうやって倒すか。今暴れてめちゃくちゃにしたら、街の人達に迷惑が掛かる。車が止まってからじゃないと)」


 ここは日本だ。今から死神に会うだと?

 ギンナの中に、恐怖は少しも存在しなかった。


「なあギンナちゃん。シルビア言うたな。知り合いか?」

「…………!」


 ギンナは轡をされている。話せない。だがてっちゃんは続ける。


「つまりや。あの女も、生まれ変わっとるいう事やろ」

「! ほんまかてっちゃん!」

「せや。……見付けんで。殺す。今度こそぶち殺す。ぶち犯す。『銀魔』でも『金魔』でも犯し尽くして殺す。……まだ俺はハラワタ煮え繰り返っとんねん!」

「……てっちゃんバリキレてるやん」


 てっちゃんは拳を握り締めた。その音が、ギンナにも聞こえた。


「(……これで確定した。てっちゃんが、シルクの恋人を殺したストーカーだ。この取り巻きが、シルクを殺した。…………許さない)」


 歯を食いしばった。

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