7-4 Broken silver heart “LILY”

「じゃ、シルクの復讐相手を探してくるから。ギンナあんたは、フランの介抱してなさい」

「……うん。気を付けてね」


 停めたブラックアークが拠点だ。ユインとシルクはそのまま尼崎市内へと向かう。


「服を買って来たんですよ。魔女の姿は目立ちますから」

「良いじゃない。私はこういうのが好きよ」


 シルクはハイネックニットにジーンズ。ユインはチェック柄のブラウスに白パンツ。このふたり確かに、スカートよりパンツが似合うよね。シルクはニット似合う。アウターは、シルクが黒のオーバーサイズロングコート。ちょっと魔女っぽい。ユインはダウンコートだ。ああ、ユインもダウン似合う。良いなあ。


「さて行きますか」

「ちゃっちゃと済ませるわよ」

「行ってらっしゃい」


 そんなにすぐには見付からないと思うけど。早く終わらせて、シルクが調子を取り戻してくれたら良いなあ。






✡✡✡






「えへへ。ギンナ」

「…………」


 さて。

 やることが無い。フランはお酒に弱いんだな。覚えとこう。


 ……なんか最近、フランとこういう、スキンシップ多いな。別に良いけど。ちょっとベタベタし過ぎかな。


「フラン。もう皆行ったよ」

「うんうん。ギンナとふたりきり〜」


 フランが私に甘えてくるのは、彼女の生前が悲惨なものだったからだ。一番誰かに甘えたい時に、甘えられなかったから。だから、生前と合わせてもう16になろうとしている今でも、誰かの温もりを求めてる。それが、お酒が入って顕著になってるんだ。


「ギンナ」

「えっ」


 また、ベッドに押し倒された。……ちょっと待って。これ。


「……フラン?」

「ねえギンナ」


 この子本当に、『甘えたい』だけ?

 もしかしてこの子。


 ――私達って、『男嫌い』よね――


 あれ。


「私ね」


 なんか、目が。表情が。うっとりして――


「……だめ?」

「はっ?」


 顔が。近――


「何してんの」

「っ!?」


 ピタリと止まった。部屋に、ユインが入ってきていた。


「…………っ」


 ユインは、私と目を合わせてから。つかつかとこちらにやってきて、私に覆い被さるフランを突き飛ばした。


「っ!」

「え……」


 フランは何も言わず、抵抗しなかった。ユインはそのまま私の腕を掴んで、入口の方まで引き寄せた。私は転けそうになりながら立って、そっちへ向かう。


「フラン!!」

「っ」


 ユインが大声を上げた。突き飛ばされてベッドから落ちたフランはそのままの体勢でびくりと、身体を震わせた。


「あんたそのつもりだったの? そういや男嫌いとか言ってたもんね。何してんのあんた」

「………………」


 フランは動かず、黙っている。


「『そういうの』ナシって、あんたが言ったのよ? あれ、ギンナがシルクに取られると思って言ったのね。あんたはギンナを狙ってたんだ」

「………………」


 問い詰めるユイン。


「あの、ユイン……」

「あんたは黙ってて。あんたが今何を言っても無意味」

「っ!」

「忘れてたけど、表世界の人間相手じゃ魔法で通訳できないから、元日本人のあんたを呼びに来たのよ。それが、何よこれ」


 説明しようとしたら、強く睨まれた。私も黙ってしまう。

 まだ、ユインに腕を掴まれたまま。多分、私をフランの元へ行かせないため。


「……ギンナは優しいもんね?」

「!」


 ぴくりと反応した。


「あんた母親が死んでから甘える相手居なかったって? で、男嫌いで。……ギンナは優しかったもんね。誰にも。……押せばヤれると思ったんだ。優しいギンナなら受け入れてくれるって」

「……!」


 ユインが怒ってる。明らかに。今まで、こんなことは無かった。どこか冷めてて、文句は言うけど、怒ることなんて。


「ふざけるなよフランソワーズ・ミシェーレ。こっちはシルクが怨霊に落ちない為に来てるのよ。人殺そうって覚悟で海越えて、山越えて、来てんのよっ」


 フランの真名を呼んだ。それだけ、ユインの怒りが本気である証拠だった。


「いつまでも甘えてんなよ!」

「ひっ……!」


 ユインとよく喧嘩する、フランだけど。

 今回は、様子が違う。ユインが吠えると、がたがたと震え始めた。


「ご……。ごめんなさい……」

「!」


 フランが。

 弱々しく、そう呟いた。


「ごめんなさい……。ごめんなさい……。許して……。ギンナ。ギンナ……。嫌いにならないで……」


 頭を抱えて。うわ言のように。


「……はぁ。一応訊くけど、あんたはそっちなの?」

「…………違う、よ」


 溜め息を吐いたユインに訊ねられた。そう答えるしかない。私はフランを大好きだけど、それは恋愛感情とかじゃない。普通に、友達を好きな気持ちだよ。


「ハグとか、一緒に寝るとかは良いけど。……その。キスとか、それ以上とかは。ちょっと。……考え、られない……よ」

「良かった。じゃあもう良いから行きなさい。外でシルクが待ってるわ」

「えっ。でも」

「良いから。私は日本語分かんないし、フランを見とくわよ。あんたは気にせずシルクの手伝いをしてきなさい。ちょっと外の、故郷の空気でも感じてリフレッシュしてきなさい」

「…………うん。分かった」


 そのまま。促されるままに、外へ出た。ちらりと振り返ると、フランと目が合った。きらりと、光が銀眼に反射していた。


「……あの、私別に、フランを嫌いにはならない、からね。その」

「分かってるから、良いから行きなさい。私も別に同性愛自体を否定はしないわよ。ただ今回は、それと関係無く、駄目でしょうが」


 ……すぐに、逸らされた。


「……うん」






✡✡✡






「ギンナ。どうしました?」

「…………なんでもないよ」

「そうですか」


 不安定なんだ。そう思った。フランは、死んでからずっと。本当の、素の彼女は、あの笑顔の、天真爛漫な、ちょっと意地っ張りの女の子だと思う。けど。

 どうしようもなく甘えたくなる時がある。発作みたいに。我慢できなくなって、過剰に求めてしまう。多分、そういうことだ。身近な甘え先が、私だっただけ。


「…………」


 シルクも。

 きっと、不安定だ。笑いながら、ずっと心の奥は復讐で燃えていた。さっきまでだって、楽しそうに私の魔力のお酒を飲んでたりしたし、楽しく旅をしていた。

 けど、本心は。憎しみで煮え滾っているんだ。


「……やっぱり駄目だよね」

「何がですか?」

「戦争……。あっ」

「ふうん。フランになにかありましたか?」

「う……」


 子供を戦場に送って、何度も殺しをさせて。それも、虐待されてきた子にだよ。

 精神に異常を来たすに決まってる。フランは。


「…………キス、されそうになって」

「ふむ」


 壊れちゃったんだ。


「キスくらい問題なさそうだと思いますが」

「…………私もまあ、そうは思いたいけど。あれはちょっと……違った、ような」

「……性的なテンションだった訳ですね」

「うんまあ……。ちょっとびっくりしちゃって」


 こんなこと、シルクに話して良いのだろうか。でも私も、動揺しているんだ。


「ちょっと、怖くて」

「ふむ。怖がらせてはいけませんね」

「…………どうしよう」


 当然ながら。私に恋愛経験は無い。それも、同性同士なんて。考えたこともない。


「(私なら、フランにいくら嫌われようが吸い続ける自信がありますけど。ギンナは『嫌な思いをした』というより、今後フランとの関係が悪くなることを憂いている。本当、どこまでも優しい性格ですね。日本人特有なのでしょうか)」


 次にフランと会った時、どんな顔をしたら良いのだろうか。……ユインは彼女に何を言うつもりだろうか。壊れてる彼女に追い打ちを掛けるようなことはしないで欲しいけど。

 この問題は、どう解決したら良いんだろう。


「気分転換が大事ですよ。そんな時は」

「えっ」


 シルクが私の肩をぽんと叩いて、前方を指差した。


「ほら。タピオカミルクティーが売っています。買ってきますから、ここで待っていてください」

「……円持ってたっけ」

「無いですけどなんとかしますよ。私こういうの得意なので」

「……えっ」


 そう言うと、シルクはすたすたと歩いて行ってしまった。私はロータリーのベンチに座って待つことにした。






✡✡✡






 ぼうっと景色を見ていた。日本だ。歩いているのはスーツの社会人。ジャージの高校生。チャリンコのおばちゃん。日本のチェーン店も見える。聴こえるのは日本語の会話。エスカレーター、関東と左右逆なのって本当なんだ。


「こんにちは〜」

「?」


 話し掛けられた。男性だ。ふたり組。ツーブロックの茶髪でツンツン。やんちゃボーイだ。


「それ、何かのコスプレ? バリカワイイやん」

「いやあすまん。なんやコイツがカワイイとか言い出してほな声かけよっかなって」

「いやお前やろが」


 あ、関西弁だ。

 コスプレ? 今私……。

 いつもの魔女(っぽい)服だった。しまった。


「いや、これ普段着で……」

「おほっ。日本語バリ上手いやん!」

「それ銀髪、地毛? むっちゃ綺麗やんな!」


 …………。


 ナンパか、これ。うわ、初めてだ。なんというか、今フランのことばっか考えてて、それどころじゃない感。

 あんまり怖くないな。私が死者だからだろうか。


「なあ、ちょっと遊ばへん?」

「……えっと」


 シルク。あれ。

 お店の方を見たけど、シルクの姿は無かった。どこ行ったんだろう。


「お姉さんどっから来たん? アメリカ?」


 こういう時、どうすれば良いんだろう。この人達と揉めたくない。けど、話を聞いて貰えるだろうか。


「ギャハハ。アメリカて。クソ女の居ったとこやんけ」

「!」


 私は、外回りが仕事と言いながら。『私を銀の魔女の弟子と知っている相手』としか話したことは無かった。プラータの名前を使って、有利に進めてただけで。そりゃそうだ。私だって、普通の高校生だったんだから。


 ……ちょっと待った。


「クソ女って?」

「ああ? いや、なんでもあらへんよ。俺ら割とヤンチャしとんねんけどな。半年くらい前か? 仲間が殺されてん」

「!」


 待った。


「なんやアメリカから来た言う女にな。ほいで殺し返したんや」

「……警察は」

「ギャハハ。俺らはな。ちょっと事情があってその辺自由にできんねん。興味あるか?」


 こんなこと、ある?


「……ちょっとある」

「ギャハハ! ええやん! ほなこっち来いや」

「いやほんま別嬪やなあ」


 この人達だ。人を殺して。シルクを殺して捕まりもせずのうのうと生きている。

 逃さない。

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