7-3 極上の銀霊酒〜マナプールの使い方

 イングランドの魔女の家から日本まで、丸2日かかった。途中、私が休む際にユインとシルクに操縦を代わってもらって。それでも。一度もどこかに着陸することなく、ノンストップで辿り着いた。

 私の魔力、どんだけあるんだ……。


「日本の冬も寒いわね……」


 フランが自分の身体を抱いて震えていた。


「どこに降ろそう。ブラックアーク」

「そうですね。まあ裏世界ならどこか良さそうな場所はありそうですけど。私も日本の裏世界は初めてですからね」


 もう、尼崎駅の上空に来ていた。ここからは私も知らない場所だ。中学の修学旅行で奈良・京都まで来たけど、そこから西は行ったこと無い。


「あー。ちょっと待った」

「?」

「!」


 下を見ながら降りる地点を探していると、4人の誰でもない声がした。

 空に、人が浮かんでいた。


「それ、魔空艇だろ? ちょっと、着陸は待ってくれない?」

「えっ」


 女の人だった。赤い派手な着物を着た女性。髪は私達と同じ銀髪で、膝くらいまで伸ばしている。顔立ちも整っていて、とっても綺麗な人。腰には瓢箪が括り付けてあって、その左手に盃を持っていた。


「なっ。なによあんた。飛んでるし。『銀の眼』?」


 フランが指差して言った。女性はそう問われると、右手で頭を掻いた。


「んー。ちょっと違う。私は魔女じゃない。『神様』だ」

「は?」


 反対側の腰には、刀があった。


「何それ。あんたが全知全能の神とでも言うつもり?」

「あははっ。そうか、お前達は外国人か。違う違う。日本には沢山居るんだよ。私はそのひとりってだけだ」


 神様。この人が?


「…………」


 ユインを見る。目が合った。彼女もかぶりを振った。分からないんだ。

 魔女も吸血鬼も居た。なら神様だって居てもおかしくない、のかな。


「私は幻華まどか。人には『サザナミ様』って呼ばれてる。『さざなみ神社』の『小波幻華さざなみまどか』だ。波と酒と釣りの神。よろしく」

「…………ギンナ、知ってる?」


 フランがこちらに振り向いた。私はぶんぶんと横に振る。


「お前達、欧羅巴ヨーロッパの魔女だね。こんな所にどうした、旅行か?」

「…………野暮用よ。あんたには関係無いわ」


 フランは強気にガンガン行く。けどこれは、平行線だ。話は進まない。私達を代弁してくれるのは嬉しいけど。


「私はギンナ。私達は『銀の魔女』プラータ・フォルトゥナの弟子です。日本へ来るのは初めてなので、色々知らないことがあると思います」

「ほう」

「ギンナ……?」


 一歩進んで、フランの隣へ立った。

 だってこういうのは、私の仕事でしょ。


「この船を動かしてるのもお前だね。ギンナ」

「はい。船を着けられないとは、どういうことでしょうか」

「日本の神は海外の魔力を嫌っているんだ。私は気にしないけど、うるさい奴が多くてね。阪神間は私の管轄だし、後で何を言われるか分かったものじゃない。だから、やめてくれないかな」

「…………」


 そんなこと、初めて知った。


「そんなの知らないわよ! あんた達が勝手に言ってるだけでしょ!? ずっと飛んどけって言うの!? ギンナが死ぬわよ!」

「いや、上空に留まるのも良くないな。見えないくらいの沖に置いてくれば問題ない」

「ふざけんじゃないわよ!」


 フランが吠える。私を気遣ってくれてるんだ。嬉しいけど、神様を怒らせるのは良くなさそう。これ、プラータは知ってたのかな。……そうだよね。知っててブラックアークを渡したんだ。


「それか、蝦夷か琉球なら大丈夫だ」

「どこよそれ!」

「フラン。無理。遠すぎる。……私達が訊くことはひとつよ。神様」


 フランの肩を叩いて、ユインも口を開いた。


「その差別的で勝手な『ルール』、破るとどうなるの?」

「……そうだな。いきなり殺される、なんてことは無いが、『徐々に嫌われていく』だろうね」

「誰に?」

「日本の神々に」

「…………」


 ユインは、その答えに不満そうだった。確かに、それで結局どのような不利益を被るのかが分からない。別に嫌われるだけなら良いけど、絶対それで終わらないよね。


「……そんなの全部殺してやるわ!」

「待ってフラン。やめとこう。ここに来た目的はシルクだよ。他に問題を抱える訳には行かない」

「ふむ。神を殺す、と? どのように」


 正直、私も気に食わない。けど、あんまり逆らっちゃいけない気もする。『神様』が何なのか、まだ分かってない。死者の魂の道のひとつなんだろうか。人格があるなら人に近い気がする。


「……黙っていて、くれませんか」

「ほう?」

「!」

「ギンナ?」


 交渉は、私の仕事だ。船を太平洋沖に置いて箒で飛んできても良いけど、ブラックアークには錨は無い。帰りを考えると結局、どこか陸に上げてもらうしかないんだ。ブラックアークを放棄はできない。だって金貨600枚なんて。片道で手放すには大金過ぎる。


「正攻法でもなく敵対するでもなく。私に、協力しろと?」

「はい」


 この人は言った。私は気にしないと。なら交渉の余地はある。この人に、『他の神に黙って私達を停めさせても利益がある』と思わせれば。


「勿論見返りはあるんだろ?」

「……見返りになるかどうか分かりませんが、私達のマナプールはどうでしょう」

「まなぷーる?」

「これです」


 私はネックレスを外して手渡した。無生物操作の魔法を使うようになってから、私は皆よりも魔力が溜まるようになったんだ。純度の高い『銀の魔力』。魔女にとっては貴重なものだけど、神様の需要はあるんだろうか。


「ああ、『霊力印籠』か。ふうん」


 神様は、まじまじと観察してる。海外の魔力は嫌われてるなら、駄目だろうか。そもそもどうして嫌われてるんだろう。

 ていうか私、生前は日本人なんだけど。

 言おうか、それ。


「あの、私はイングランドから来ましたけど。生前は日本人でした。だから、海外の魔力とは言えないかな、と」

「なるほど。いんぐらんど。……ああ、英吉利エゲレスだな。お前が日本人? まあ確かに顔立ちはそうだが……色が違うだけで印象も変わるな。銀ぎらぎんじゃないか」


 言うと、今度は私をまじまじと。なんていうか、眼力強いな、この人。ええと、幻華さん、だっけ。銀髪はそっちもじゃん。


「ふむ。中々清浄な霊力だ。お前、処女だな」

「っ!」


 なんで分かるのよ。


「(ギンナの魂が綺麗で心地良いのって、処女だからなのね。なら尚更、男は近付けちゃいけないわっ)」


 こっち見ないでフラン。


「少し貰うぞ」

「!」


 幻華さんは、持っていた赤い盃に、瓢箪から何かを注いだ。多分お酒だ。

 そこに、私のマナプールから魔力を数滴垂らした。えっ。なにそれ。


 で、それをぐっと飲んだ。えっ。


「…………んんっ!!」

「へっ」


 一瞬目を閉じた幻華さんは、カッと見開いて、口も大きく開けた。


「美味いっ!!」

「はぁっ?」


 そしてぐいぐいと盃を傾けてあっという間に飲み干してしまった。


「あの……」


 え、私の魔力飲んだの?


「これは凄いな! 酒は熟成させた方が良いが、これは新鮮なのが良い! ギンナ! これ私にくれ!」


 めっちゃ笑顔で言われた。


「……えーと、じゃあその代わりに」

「おう! 隠れられそうな場所へ案内しよう! 他の神には黙っておいてやるよ!」

「…………!」


 交渉は、成立した。いとも簡単にあっさりと。

 私のマナプールと引き換えに。






✡✡✡






「! ああそうか。『銀魔』。前に死神が言っていたな。これがそうか。高級じゃないか。そんな珍しい魂の、さらに処女の霊力。こりゃ摘みが欲しくなるな。良い買い物だ。うむ」


 幻華さんの案内で、裏世界の林の中にブラックアークを停めることができた。彼女は上機嫌で、私の魔力を盃に垂らしてはちびちびと飲んでいた。


「……魔力って飲めるの?」


 フランが訝しげに訊ねた。


「いいや? 私だけだ。私は酒の神でもあるからね。『なんでもお酒にする』ことができる。飲んでみるかい?」

「えっ……」


 すると幻華さんは気前よく、盃をフランへ手渡した。フランは迷っていたけど、ちらりと私を見てそれを傾けた。……見ないでよ。なんか妙な気分。


「……美味しい!」

「だろう?」


 フランの表情はみるみる晴れやかになった。……美味しいんだ。私の魔力……。


「へえ、興味ありますね。神様、私もひと口よろしいですか?」

「ああ」


 シルクも続く。


「わ。凄いですね! 魔力のお酒!」

「なになに、ギンナの味?」


 そしてユインも。


 えっ。えっ。


「……悪くないじゃない」

「でしょう?」

「ちょっ。もうひと口」

「あははっ」


 えっ。


「ふふん。ありがたいだろう? 私のことは気軽にサザナミ様と呼んでくれ」

「サザナミ様!」

「サザナミ様!」


 そうして。

 回し飲みを終えて。


「…………っ!」


 くるりと、私を見るんだ。

 なんか、変態みたいな目で。3人とも。


「ちょ……。皆?」

「……これ、ウチで作れないの?」

「多分、無理ね。サザナミ様のご利益なのよ」

「残念ですね。すぐに金貨6万枚くらい稼げそうなのに」

「ギンナーっ」

「わっ」


 フランが突然抱きついて来た。


「あははっ。美味しいわよギンナ。ギンナが私の中に入ってくる〜っ」

「ちょちょ……。フラン、酔ってる?」


 ていうか。

 全員未成年なんだけど。いや、死んでるから良いのかな。身体が無いから悪影響は無いよね。いや、そういう問題か?


「えへへ。ギンナ美味しい〜っ」

「…………っ」


 私だけ。

 なんかすっごい、恥ずかしいんだけどっ。






✡✡✡






「さて。じゃ私は帰るよ。そんなに暇でも無いんでね。用があるならさっさと終わらせて帰ることだ。他の神に見付かる前にね。私は擁護しないよ」

「……分かりました。ありがとうございます」

「ギーンナぁ」

「ひゃっ。ちょっと舐めないでフラン」


 完全に酔ったフランに絡み付かれながら頭を下げる。幻華さんは満足げに、私にウインクしてふわふわと飛んでいった。


 フランがなんか小動物みたいになってる。


 可愛いけどさ。


「……と、取り敢えずは、無事日本上陸、だね」

「ええ……」

「そうですね……」

「…………」

「…………」


 何この微妙な空気。


「えへへ〜」


 何これ。

 なんだこれ。


 え、私被害者だよね? 飲まれたよね? 私。なんか。なんか飲まれた。

 私を飲んで酔ってるんだよね。このフランは。なんで頬染めてんのシルク。ユイン?


 なにこれ。

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