7-2 Silver girls talk in the BLACK ARC.

 船。黒い船。


 船が浮いている。


 家が丸々収まる大きさの船が、空中で留まっていた。マストも帆も無い。なのにエンジンも見当たらない。


「ブラックアークと言ってね。船底にある丸いコアの部分だけ動かせば全部移動するって便利な『箒』だ。ギンナ。あんたの魔力なら日本までもつだろう」

「もつ……?」


 ああ、これ……。

 私が動かすのか。自分の魔法で。






✡✡✡






「プラータは来ないんですか?」

「アタシはまだ仕事があるのさ。早速オーウェンやユージンから連絡があった。それに、弟子の喧嘩に首突っ込む師匠が居るかい。その船はやるから、勝手にやりな」

「……因みに、このブラックアーク? って、いくらくらい……」

「金貨にすると、600枚くらいかねえ」

「ひええ……」


 動力は、本当に『私』だった。箒や、家の物を浮かせて動かすように。水晶のようなコアに触れて魔力を流し込むだけ。まあ、いつも箒にフランを乗せていたりしていたから、その延長で、『大きな箒に皆を乗せる』だけの道具らしい。


「あっ。でも使いやすいかも」


 水晶を動かせば良いだけなのは楽だった。本来なら、逐一触って色んな所の調整をする必要があると思う。でもこれは楽だ。


「……一応、私とシルクも動かせるようにしておきましょ。ギンナを休ませたり、緊急事態にも備えて」

「分かりました。けど、私達でなんとかなりますかね……」


 ユインとシルクも動かす練習をして。

 次の日にはもう出発できるようになった。


「晴れて良かったね。地図要らないかも」

「……そうね。一応持っていくけど」

「リアル『グー○ルマップ』できるじゃん。低気圧とかも別に、私達に関係無いもんね」


 4人で乗り込む。まあ、表で飛行機使った方が早いかもしれないけど。表のお金はあんまり無いし。

 取り敢えずは、裏世界で。


「じゃ、行ってきます」

「きっちり焼いてくるんだよ」

「あはは……」


 プラータに見送られて。ブラックアークは発進した。






✡✡✡






「……アタシは日本に行かないほうが良いからねえ。そうだろう? ルカ」






✡✡✡






「わああああっ」


 フランが。船首で目をキラキラさせていた。箒に乗った時もこうだったなあ。


「飛んでるわ! これで日本までなんて、凄い!」

「はしゃぎ過ぎよ。人殺しに行くのにそんな」

「関係無いわよ! なによ、人くらい死ぬわよ! 私達も死んでるんだから!」

「…………」


 結局。

 私達の死生観は、どっぷりと裏世界に染まってしまった。自分が死んだことで、他人の死について深く考えることはなくなったのかもしれない。


「それに殺すのはクズ野郎なんでしょ? 何も悪いこと無いじゃない」

「……はい。擁護しようの無いクズです。煉獄に落としてやります」

「……そっか」


 そうだ。

 相手は犯罪者だから。ニクライ戦争でだって、兵士しか殺してない。民間人は、私達は殺さない。

 それで良いんだ。


「……煉獄って、魂を浄化して天国へ行く為の場所よね」

「あ、そうなんだ。なんか地獄っぽいイメージだった」

「はい。炎の苦しみによって、生前の罪をあがなう場所です。裁きを下すのは神ではなく私なので、救うつもりはありませんが」

「…………」


 強い決意が、シルクの表情から分かった。普段はしない、シルクの本当の顔。






✡✡✡






「でさ。私達って、『男嫌い』よね」

「ん」


 フランが、話題を変えて切り出した。私達はそれを聞いて、各々腕を組んで考える。


「ねえユイン。あんた売られたんだもんね」

「……私は、そもそも『人間』に期待してないから。娼婦も仕事だったし。従順にしてれば殴られなかったし。良い客は優しかったりもした。……嫌い、って言うほどでもないわね」

「それはあんた、飼い慣らされてるのよ。親に売られて、幼い頃から身体売ってたなんて最悪よ?」

「まあ、そうだけど。……確かに段々どうでもよくなってきた。『無垢』の証拠なのかしら」


 4人の中だと、処女なのは私だけだ。でも、恋人と愛のあるセックスをしたのは、シルクだけだ。


「シルクは? あんたもレイプされたんでしょ」

「はい。決して許しません。けど……。それで『男』全てを憎みはしませんよ。優しい男性も居ます。私は、私と彼を殺した者だけを憎みます」

「…………なんだか大人っぽい答えね」

「皆のお姉さんですから」


 男嫌い。確かに、酷いことをされたらそうなってもおかしくない。


「なあんだ、私だけね。まあ良いわよ。それならそれで」

「何よそれ。変なの」

「(私はギンナさえ居れば良いし。ユインとシルクが男好きなら私がギンナを独り占めできるもん)」

「……?」


 ちら、とフランと目が合った。いや、私は酷いことされたことないしなあ。彼氏も居たことないけど。あー。

 そっか。未練があるとしたらこれかなあ。セックスは気持ちいいって言うし、1回くらいしてみたかったかも。いや1回目は痛いんだっけ。想像すると怖いけど。

 幽体だと、子供は授かれないんだよね。確か。それはちょっと悲しいかも。


「ねえ、セックスって気持ちいいの?」

「…………」


 訊いてみた。ちょっと恥ずかしいけど。まあこの4人の前なら、なんでも言えると思う。


「全然。ゴミカス。痛いし苦しい」

「全然。ただの仕事。射精待ちタイム」

「……愛のあるセックスは、幸せなものです」


 三者三様。いや、フラン・ユイン組とシルクで分かれた。


「愛とか知らないけど、痛いだけよあんなの。男が、自分が気持ちよくなるためだけの行動。殴られるし押し潰されるし。最悪」

「何にも感じないわよ。何ひとつ。早く終われば良いなあってだけ。あと気持ち良い振りとイク演技が面倒。下手だとバレて殴られるし。中国は規制が強くて、皆違法サイトで日本のAV観てるんだけど、それをやれって注文が多い。意味不明」

「……ふたりも、素敵な男性と出会えたら変わりますよ。互いを思いやるセックスは最高ですから。自分が気持ち良いだけでなく、心も満たされるのです」

「…………想像できないわね。ていうかギンナ、あんた興味あるの?」

「……ちょっとある」

「へえ」


 なんというか。想像してたのと違う。私も、シルクみたいなイメージだったから。


「ま、悪いことは言わないからやめときなさい。ていうか幽体でできるの?」

「形は人だからできることはできるわ。妊娠しないってだけ。……金持ちが『無垢の魂』を欲しがる理由が分かるでしょ? それに、幽体だと歳を取らないのよ。プラータを見たら分かると思うけど」

「最悪ね。オークションの時も思ったけど、やっぱり金持ちって大嫌い」

「…………」


 生前の話題は、いつも暗くなる。今回はシルクの過去を清算する旅だから余計に。

 良くないな。私から振ってしまった話題だけど。

 折角青空が広がってるし。明るくいきたいのに。


「でもユイン。この間のプラータのやつは変な声いっぱい出てたよね」

「なっ……!」

「えっ。なに?」

「なんですか?」


 言われてユインは急に顔を赤くした。フランとシルクは知らないことだ。あの、スコットランドの小屋で。


「あれ、何されてたの? 気持ちよかった?」

「…………う」

「なになに、プラータになんかされたの? えっ。それって……」

「う、うるさいわねっ。あれは……っ」


 フランとシルクの表情が一気に明るくなった。良し。ユインには悪いけど、空気は変わった。


「…………あれは。……身体検査よ。隅々まで調べられたってだけ。治療の一環よ。私達は結局、全員何かしら問題があったってだけ」

「そうなの? 私が魔法不全、ギンナが魔力滞留、シルクは浄化不足でしょ? あんたは?」


 詰め寄るフラン。ますます赤くなるユイン。

 にやにやするシルク。


「……私も魔法不全気味だったからマッサージしてもらっただけよ」

「変な声って?」

「ぅ……。き」

「き?」

「気持ち良かったわよっ。あの女、性格は置いておいて形は良いし、指も細くて綺麗だし。もう。これで満足かしら?」

「へぇぇーっ」


 気持ち良かったんだ……。セックスは何も感じないと言ってたユインが。

 具体的に何されたんだろ。


「具体的に何されたの?」


 私の脳内とフランの台詞がシンクロした。


「いっ。言える訳ないでしょ!? あんな……。くそっ。私、プラータを信用なんてしてなかったのに……っ」


 女性同士でエッチなことって、全然想像できない。まあ男性ともなんだけど。でもなんだか恥ずかしいね。ちょっと、いきなりは無理だ。そもそも誰かの前で裸になること自体が。

 ……オークションを思い出してちょっとへこむ。


「ふむ。ならやってみますか?」

「へっ?」


 無意識に俯いていた私に、シルクが提案した。


「私はバイセクシャルなので。ギンナは可愛らしい女の子ですし、全然いけます」

「な……っ」


 え。ちょ。『全然いけます』って、何!?


「だっ! 駄目よっ!」

「わっ」


 私が言葉を無くして口をぱくぱくしていると、フランが割り込んだ。大の字に手を広げて。


「ギンナはそういうのは駄目よ! まだ早いわ!」

「……あんたより年上よフラン」

「フランも交ざって良いですよ?」

「そ、そうじゃなくって! ていうか、私達同士でそういうの、なんか嫌! やめなさいよシルクも!」


 フランも顔を真っ赤にして。必死にそう言った。

 うんまあ……。ちょっと急すぎるよね。

 するとシルクはくすりと笑って頷いた。


「あはは。分かりました。確かにそうですね。この4人の関係が何かギクシャクするようなのはナシですね。ではそれぞれ各々、素敵な殿方との出会いを待ちましょう」

「……いや私は……。男は……ごにょ」

「あんたが言うと冗談かどうか分かんないわ。シルク」


 やれやれ、とユインが肩を竦ませた。私もほっとした息が出た。

 まあちょっと逸れたけど、こんな感じで。明るく楽しくお話しようよ。






✡✡✡






 ブラックアークの速度は、飛行機よりは全然遅いと思う。日本に着くのはどれくらいになるだろうか。


「あれ、シルクは?」

「……中よ。やっぱり無理してたのね。なんかぴりぴりしてるわ。今フランと一緒だけど」


 操縦士は私だから、私は甲板に出てないといけない。この船には機械なんか特になくって、舵輪すら無い。完全に、魔女が魔法で、目視で動かすこと前提だ。

 椅子を持ってきて空を眺めていると、ユインが隣にやってきた。


「今どの辺よ」

「うーん。ドイツくらいかなあ。まだまだだね。何日か掛かりそう」

「速度は上げられないの?」

「ちょっと、まだ操縦怖いんだよね。慣れてきたら上げてみる。飛行機が車だとしたらこれは自転車だからね。転けないように気を付けないと」

「……ま、あんたの破格の魔力があってこそね。こんなの使う魔女、相当稀よきっと」

「あはは」


 途中、魔力の回復で休憩するかもしれないけど。基本的にノンストップで飛べると思う。幽体って、人間より強いしね。


「…………『銀の魔女』を継ぐのはひとり」

「!」


 隣に座ったユインが呟いた。プラータのセリフだ。


「結局、こうなったわね。全員はなれない。魔女自体には成れるかもしれないけど。プラータの後継者はひとり。それって、カヴンメンバーのことだったのね」


 そう言っていた。プラータは。カヴンの13人のひとりにすると。


「どうやって決めるのかしらね。使える魔法と魔力量的に、あんたの下位互換である私はまず無いだろうけど」

「そんなこと……。分かんないよ。でも」

「でも?」

「正直誰でも良くない? 4人はずっと一緒なんだから」

「…………」


 多分、積極的に成りたい子は居ないと思う。だから別に後継者争いも無いと思う。

 ただの代表だよ。誰か成っても、変わらない。


「……あんたやっぱ、ずっと処女で居なさい」

「えっ。なんで!?」


 私はそれが理想かなあ。

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