Chapter-7 PURGATORY
7-1 未練
「さて。次の問題はあんただよ。シルク」
「えっ」
テーブルには、プラータと。ユインとシルクが残った。名指しされたシルクは、驚いて声を挙げた。
「私ですか?」
「(……巫女に治して貰うべき3人。ギンナとフランと、あとシルクだったって話ね。実際は何も治療してもらってない。その件か)」
ユインは一昨日の夜のことを思い出していた。スコットランドの、プラータの隠れ家にて。
「…………」
顔を赤くした。
「魂を見れるようには、なったかい」
「……はい。まあ。見えなくても近くに誰が居るかは分かる程度には」
「訓練をすれば、その魂がどんな状態かも分かるようになる。幽体の体調とか、感情とかね」
「……はぁ」
シルクはきょとんとしている。だが、プラータは。
「あんたひとりだけ、別のことを考えてるねシルク」
「?」
看破している。
「魔女も何も本当に興味が無い。ただ機を待っているね。……『怒り』が見えるよ」
「!」
占い師のような言い方をして。
シルクが固まった。
「こっちの世界じゃ、それを『未練』と言うのさ。生前のことだろう? 『決して許さない』って憎しみが見える。まあ、『銀の眼』としては正常な感情だろうがね」
「……シルク」
他殺であると。言った。詳しいことは語らなかったが。
殺されたのだ。シルクは。何者かに。
「『それ』があると、まだあんたは魔女には成れないね。忘れるか、きちんと清算するか、だ」
「清算?」
「行こうか? 日本。アタシの弟子を悩ますクソ野郎を、アタシだって許さない。あんたが気持ちよく第二の人生できるように、全部終わらせに行こうか」
「……!!」
シルクは。
きゅっと唇を一文字に結んで。
銀色の瞳に涙を溜めた。
✡✡✡
次の日。
「未練って何よ。そんなの無いわよ。生前は世界の全てが私の敵だったんだから。私はこれからにしか興味ないわ」
フランはそう答えた。
「私もそうかな。親の為に身体売ってただけの人生だったし。親の顔ももう思い出せない。何の感情もないわね」
ユインも同じ答えだった。
「私は……。不思議と、興味無い。親と仲悪くも無かったし、友達もそれなりに居た。好きなテレビやアニメ、漫画もあった。のに。……なんでだろ。戻りたいとは思わない」
「あんたは模範的だよギンナ。平均的。典型的。中庸。普通。正に『無垢の魂』」
「褒められてる気がしない……」
私も未練は無いけど。未練が無いことの理由は分からない。それが普通と言われれば、そう納得するしかない。
「……私は。別に、戻りたいとかはありません。私もまあまあクソな人生でしたので。だけど、私がクソのまま死んだのに。奴らが生きているのは許せません。絶対に」
シルクはそう語る。あの優しいシルクが、怒りを顕にしている。
「浄化が完全じゃ無かったのさ。あんたは一番長く坑道に居たけどね。3人と比べて未練の感情が強かった。……厳密に言うと、魔女どころか『無垢』ですら無い。その癖魔力量は130越え。アンバランスだね。いつか破裂する。……あの巫女もまだまだだねえ」
プラータはそう言ってるけど。巫女の奇跡でどうにかなるんだろうか。サクラさんを疑うとか侮るとかそういうことじゃないけど。このシルクの問題は、それで解決できるとは思わない。
「浄化のし直しとか?」
「無理だね。ここまで来たらもう無理だ。後はシルク自身の問題だよ。興味を無くして忘れるか、きちんと復讐を果たすか」
復讐を果たす、なんて言うけど。
表世界の生きてる人を、焼くということになる。それは、どうなんだろう。
「…………私は、ストーカーに恋人を殺されました」
「!」
俯いて。
観念したようにシルクが語り始めた。
「日本に単身で留学して。文化に触れるのは楽しかったけれど、ひとりは寂しくもあった。彼は私の髪を、絹のようだと褒めてくれました。……優しい人でした」
シルク、という偽名の由来だ。最初にそう言っていた。恋人に褒められたんだ。嬉しかったろうな。
「絶対に許せませんでした。式が終わってもまだ私の周りをチョロチョロしていたので、誘う振りをして首を絞めて殺しました」
「……」
「その時、何も感じませんでした。もうすでに、この時点で私の心は壊れてしまっていたようです」
表での殺人は、なんだか『魔女としての殺人』と違う気がした。同じなのに、どうしてだろう。
「その男には仲間が居て。私は複数人に強姦されながら殺されました。クソみたいな人生でした」
現実味を感じなかった。私が、平和ボケしているからだ。この、シルクの話した出来事は。日本で起きていたのに。
「死んでからは、何もかもどうでも良くなっていました。けれど。……魔法が使えると知った時に。私の心も燃え始めました。これを使えば、奴らを根絶やしにできると」
浄化が完全じゃなかった。でもそれは、浄化が終わった最初に、その時に、プラータは気付いていた筈だ。この人は魂の状態まで見えるんだから。
でも、言わなかった。今まで黙ってた。サクラさんに診させるため? 違う。
浄化しきれなかったんだ。いずれ、シルク自身が納得するまで解決しなければならないと。それにも気付いていたんだ。
私達の中で、シルクが一番年上だ。だから、一番長く、世界を経験してる。恋人が居た子なんてシルクだけだ。フランやユインのように最初から酷い環境だったんじゃなくて。私と同じように、比較的平和な社会に居て。シルクが自ら、復讐のためにそっちの世界に行ったんだ。
一番複雑だ。フランもユインも、『自分が苦しい』だった。けどシルクは。
……恋人を殺される苦しみは、誰も経験してない。そもそも『信用できる男性』を、私達は知らない。
「じゃ、日本へ行くのね。シルクをきちんと魔女にするため? じゃあシルクが『銀の魔女』になるの? どうなのプラータ」
「いやあ、それ以前の問題だよ。『無垢の魂』にならないと。このまま憎悪を膨らませると『怨霊』になっちまうのさ」
フランの質問にプラータが答える。怨霊。前にユインが説明してた。
『怨霊』は死人の成れの果て。表の世界に舞い戻った魂。今の私達は質量があるから表と裏どちらも普通に行き来できるけど、無垢の魂にならないまま表へ出たのが怨霊よ。何をどう悪さするのかは知らないわ。
と。そっか。未練があると霊になるって、こういうことか。シルクが怨霊に?
絶対嫌だ。そんなことになるくらいなら、『見ず知らずのクソ野郎』なんて全然どうでも良い。
「じゃ、日本行きの便を取ってくるから。あんた達は準備しときな」
「えっ。はい」
返事をした時には、もうプラータの姿は無かった。
便ってなんだろ。飛行機かな。
✡✡✡
「ユインは日本行ったことあるの?」
「無いわよ。あんたは?」
「無いわよ。州の外へ出たことすら無いわ」
準備と言っても、替えの服くらいしかない。この幽体は、汚れないし汗もかかないしトイレもしないから。フランとユインが、家の前でまた箒に乗る練習をしていた。私は、それをぼうっと眺めている。
「……日本かあ」
「ギンナ? どうしたのよ」
まさか行くことになるとは。日本で生きていたのが、もうずっと前のように思える。
「やっぱり家族に会いたい?」
ユインが訊いてきた。フランはまた箒に跨ったまま転けている。
「……どうだろ。迷惑かなあって。だって私はもう死んだんだしさ。今更……って感じ」
「16の娘を亡くした親の気持ちは、私には分からないけど。数ヶ月程度で気持ちが落ち着くとは思えないけどね」
「……うーん。……私があんまり未練ないのって、酷いかな」
「それが『無垢の魂』なんでしょ」
「…………」
親より先に死ぬことは、不孝者だ。それは間違いない。こんな所で楽しくやっているけど。私達は両親を悲しませている。いや、3人は親とどんな関係だったのかは分からないけど、私の親は多分悲しんでいる。
生まれ変わるとしたって。死ぬのは不幸だ。まして私は生まれ変わっても居ない。死んだまま。今の私に命は無い。
「……シルクの留学先、どこだったっけ」
「アマガサキって言ってたわよ。コウベの方? カンサイ地方だって」
「…………じゃ、結局会わないかな。私関東だし」
もし、今、私を亡くして悲しんでいる両親を見たら。
無い心は動くのかな。
私は死んだけれど、死後の世界で友達と楽しく暮らしている。
くらいは、伝えても良いんじゃないかな。
「因みに私の親は、子供を金を稼ぐ人形としか思ってないから。お互い何とも思わないわ。私以外にも兄弟姉妹は沢山いたし」
「……そっか」
そんな親なら、私も吹っ切れるかもしれないけど。
「フランは?」
「親? 母は死んだし、男はクソ」
「…………」
フランもフランで、悲しい人生だ。お母さんは優しかったそうだけど、早くに亡くなってしまって。お父さんは碌でもない男だった。
フランって、男性を酷く嫌っているよね。ジョナサンにも噛み付いていたし。
「じゃあシルクの両親は?」
「!」
部屋から出てきたシルクが通り掛かった。彼女はちょっとの間、考えるポーズを取った。
「……まあ、留学の費用を出してくれる程度には愛されていましたかね」
「そうなんだ。じゃ親不孝者じゃない。先に死んで」
「でも、私思ったんですけど」
「?」
「私達『銀の眼』って……。いや、その他の『色付きの魂』って。生前より『死んでから』が本番じゃないですか?」
「!」
シルクは。
こう、誰も気付いていないようなことを考えてる気がする。確かに。魔法なんて、生前の表世界じゃ使えない。死んで、さらに死神に克って、初めてそこで価値が生まれる。
「私は全然、会えますよ。両親に。ありがとうございましたと伝えたいですね。もう同じ世界では一緒に暮らせませんが。たまに会いに行くとかならできるでしょう。私達は幽体として、表世界でも活動できますし。……こう考えるのも、私が『無垢』のなり損ないだからですかね」
「……たまに、会いに行く」
死者に会ったという話は、オカルトでしか聞いたことは無い。けど。この世界の仕組み的には、できなくはないんだ。確かに私達は表の世界で存在できる。
けど、少ないんだよね。そもそも死神に克つ死者が少ない。私達だってプラータが居なかったらどうなってたか。
「まあ、私が『無垢の魂』になったらその気持ちもなくなるかもしれませんが」
「…………」
……どうあれ。
私は死んだんだ。その事実がひっくり返ることは無いから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます