6-7 自由と聖域

「カヴンの集会は4月30日の夜だ。だからまだあと、丸々4ヶ月あるね。その間に、色々済ませとくよ」


 魔女に、クリスマスは無い。


 家に帰ってきて、プラータがそう言った。まあ確かに、聖夜を祝うのは魔女っぽくは無いかも。


「色々って?」

「まずは、あんた達のひとりをちゃんと『魔女』にしないとねえ」

「えっ」


 いつもの長方形のテーブルに、5人で掛ける。紅茶はプラータの魔法じゃなくて、私とシルクで淹れた。


「その集会……『ヴァルプルギスの夜』をもって、アタシは引退する。カヴンの13人は欠けちゃいけないんだ。代わりに、あんた達がアタシの立場を引き継ぐんだよ」

「……引退!」


 プラータは高齢、らしい。クロウが言うには。そもそも、私達を集めた目的がこれだったんだ。


「じゃ、1年の休暇っていうのは」

「勿論戦争の終わりを見越してたんだけどねえ。思いの外早く終わっただけさ。なら前倒しだ」

「…………」


 4人は黙った。何を言えば良いか分からないからだ。感想が無い。プラータに『辞めないで』と言えるだけの関係性は築けてない。プラータが私達にとって、『良いか悪いか』判断できないんだ。ただ、『逆らえない』だけ。弟子だという自覚も無い。


「別にあんたが引退しようがしまいがどうだって良いわ」

「!」


 フランが切り出した。この子はいつも、最初に発言する。私は、それを尊敬してる。言い難いことを、言うから。


「良い? 私達が欲しいのは『自由』。この首輪と腕輪があるからあんたの言う事を聞いてるだけ。勝手に師匠面しないでくれる」


 言いまくる。この子は。けどその通りだ。昨日、プラータに撫でられて、嬉しかったのは。

 私の、ストックホルム症候群だったのかもしれない。


「ふむ。ギンナ」

「えっ」

「説明しな」

「!?」


 プラータは、私を見てそう言った。ちょうど、最初の時と同じように。

 フランの言葉に対して。私に。


「…………」


 フランだけじゃない。全員私を見た。この、一連の状況を私が知っていたとは、皆は考えない。私の『予想』を期待してるんだ。

 あの時と同じように。


「…………『首輪と腕輪については、勝手に予想しな』。プラータは、以前そう言った」

「よく覚えてるねえ」


 プラータは。

 ジョナサンの花屋で最初にカンナちゃんを見た時に、『これで、カヴンから依頼されたヴァルプルギスの夜用の土地を用意できる』と考えたんだ。どれだけ、先の事まで考えているんだろう。私にはできっこない。


「……今までずっと嵌められていたから、気付かなかった。改めて触ってみると、これに魔力は感じない。マジックアイテムじゃない」

「!」


 首輪があるのが当たり前だった。死んでからずっとだから。どこか、当然のように考えていた。プラータには逆らえないと。固定観念で。


「『それ』が分かるようになるまでの、練習器具。……魂の練度具合を測る為の目安だ」

「そんな……!」

「正解さ」

「!」


 パキン、と。私は自分の魔法でそれを破壊した。何のことはない。ただのプラスチックの首輪だった。これに、ずっと怯えていたんだ。

 何も、『知らなかった』から。


 続いてユインも自力で外す。私はフランの、ユインはシルクの首輪を壊した。


「騙してたのね……!」


 フランが睨み付ける。怒りの表情だ。プラータが人間ならすぐに殺されてたかもしれない。


「ああ。アタシは人に何か教えるなんてした事なかったからねえ。でも、『銀の魔女』の後継は立てないといけない。そこへ、あんた達だ。奇跡の『銀の眼』4人同時死亡。流石のアタシもたまげたね」

「私達は弟子にしてくれなんてひと言も言ってないわよ!」

「で、どうする?」

「!?」


 結論から言うと。

 どうすることもできない。


「あんた達は自由だ。で、ここはアタシの家。フランは出ていくんだろう? どこへ行って何をするんだい。生きていけるのかい」

「…………! 私ひとりじゃないわよ! ねえギンナ! シルク! ユイン!」

「………………」

「…………」


 何故なら。私達が『自由』に生きるには。

 『銀の魔女』が一番だから。

 それだけじゃない。


「フラン。私達はもう、名前と顔が売れちゃった。どこで何をしても、もう『銀の魔女』だよ……」

「!」


 そんなつもりは無かったと思うけど。フランはずっと、『銀の魔女の弟子』と名乗っていたんだ。スムーズに依頼をこなす為に。


「プラータのやり方。……話の、持って行き方は気に食わないかもしれないけど。……『銀の魔女』を引き継げることは、凄く、『自由』に近いよ。……もっと早く気付ければ良かったんだけど」


 もう遅い。プラータがにやりとした。ユインが、溜め息を吐いた。


「ギンナの言う通りね。私達は『銀の魔女』をやるしかない。フラン。あんたここを出てひとりになったら、先々で出会う気に食わないやつを殺して回るでしょ。絶対」

「……っ」

「それね。怪物指定されてハンターに討伐されるわよ。死神も出てくる。あんたの魔法は割れてるから、対策されてしっかり狩られるわね」

「!」

「それを退ける知恵と、正当化させる論理が、『銀の魔女』という名前にあるのよ。今日、議事堂で目の当たりにしたじゃない」

「うっ!」


 この話を。

 あの会議の後にするから、意味があった。意味を持たせたんだ。私の予想と合わせて。こうなるように仕組んだ。

 怪物指定。ハンター。……例えばあのヴィヴィさんに適う訳がない。私達は。フランやシルクの魔法を以てしても、別に世界最強じゃない。嘘とハッタリと騙しを使わないといけない魔女。


「私は、『弟子』、認めても良いけど。最終的にプラータは居なくなってくれるみたいだし。……私だけじゃ魔女はできないから、全員フランみたいに拒否するなら仕方ないけど」


 それがユインの答えだった。そうだ。『銀の魔女』の仕事は、これまで分担していた。私だけでも無理。私とユインでも、無理。


「フラン。あんたの言う『自由』って、何よ」

「!」


 4人で何かをする。それは。

 結局『銀の魔女』だ。私達はどうあれ、銀髪と銀眼。魔法をいくつも使える。魔力量も200手前。もう『魔女』寸前まで来ている。新しく事業を立ち上げるのはリスクが高い。それなら素直に引き継いだ方が良い。


「………………気に食わないわ」

「フラン……」


 フランは、自分の感情に素直だ。だから、初めて箒に乗った時には100%の笑顔を見せてくれた。だから。

 今、100%の不満を顕にしているんだ。


「……ずるいじゃない。こんなの。この。私のこの気持ちは、どうしたら良いのよ……っ」


 奥歯を噛み締めて。ぎゅっと手を握って。こんな時だけど。

 私とユインが落ち着いている分、彼女が感情を出してくれていて、安心する。


「………………もう寝る」

「フラン」


 わなわなと震えながら、立ち上がって。

 部屋へ行ってしまった。


「やれやれ。まだ子供だねえ。便利な名前だけ継いでから好きにやれば良いじゃないか。仕事の内容も強制しないし何が不満なんだい」

「……やり方よ。何も知らない不安な『無垢の魂』に、有無を言わせず労働させた。その自分勝手さが嫌なのよ」

「それがアタシのやり方さ。他人に気を遣うなんてあり得ない。アタシはアタシの好きなようにする。あんた達も好きにしなよ」

「…………何を言っても無駄ね。シルク」

「はい?」

「フランに付いてやって」

「どうしてですか?」

「…………あんたは、フランと仲良いでしょ」


 ここまで。そう言えば。

 シルクが発言していない。


「……どうでしょう。からかいはしますが、私は彼女を慰めることはできません。ギンナ、お願いできますか?」

「えっ。……分かった」

「(私が、フランに慰めてもらう立場ですからねえ)」


 控えめにそう言った。シルクが何を考えているのか、分からない。だけど、まあ。


「じゃあ、先に。お休みなさい」


 プラータの話は気になるけど、後でふたりから聞いたら良い。フランのことも心配だ。私も寝室へと向かった。






✡✡✡






「……フラン」


 部屋の電気は付いていなかった。フランはベッドにうつ伏せで、枕を抱くようにしていた。


「フランの気持ち、分かるよ」

「…………ンナ」

「えっ。うん。なあに?」


 彼女の細い声を聞き取ろうと近付く。ベッドに座って、彼女の手を撫でた。


「わっ」


 すると。手を掴まれて、引きずり込まれた。凄い力と速さで抵抗する暇も無く、私はフランに押し倒された形になった。


「……ふ、フラン?」


 ふわりと良い香りがした。花の香りだ。


「あんたはズルい。いつも、達観したように。高みの見物みたい」

「…………ごめん」


 長く、真っ直ぐ綺麗に手入れされた銀髪が私に垂れてくる。頬がくすぐったい。


「感情が追い付かないのよ。いつも。生前も」

「……うん」


 長い睫毛の大きな銀の瞳。涙が見えた。煌めきながら落ちてくる。頬が熱い。


「!」


 ぽふんと。支えの腕が曲がって、私に覆い被さっていたフランが落ちてきた。その顔を、私の胸に擦り付けるように。


「(好き)」

「…………?」


 この子だって賢い。頭では分かってるんだ。『銀の魔女』になるしかないって。でも、プラータに言われて、はいなります、というのはなんだか癪なんだ。その気持ちは分かる。


「(暖かい。良い匂い。シルクの気持ちも分かるわ。ずっとこうしていたい。私が、ギンナを独占したい)」


 フランは一番年下だ。皆の妹なんだ。私は嬉しい。なんだか頼られているようで。……魔法は、えげつないけど。それも『魔女』。例え世界中から嫌われても、私達4人はずっと一緒に居たい。


「……母が死んだのが5歳の時」

「…………うん」


 ずっと寂しかったんだと思う。誰にも、甘えられなかったんだ。


「……私の人生に『自由』は無かった。無かったのよ」

「うん……。辛かったね」

「……っ」


 私も腕を回して抱き締めた。頭を、背中を撫でてあげた。私ができることはそれくらいしかない。私は、フランやユインが経験してきた辛いことを経験していない。気持ちは分かるけど、本当の所は分からない。彼女達の抱えている闇は。


「(今分かった。みんなギンナを好きな理由。『聖域』なんだ。4人でギンナだけが汚れを知らない。安心するんだ。私達がどれだけ汚れても、包み込んでくれる。ギンナだけは綺麗なままだから。だから私達も、大丈夫な気がするんだ。いつでも、ギンナへ帰って良い。『銀の魔女』になってもならなくても。どうせ全員、ギンナに付いて行く)」


 それは多分。


「ギンナ」

「うん?」

「……ずっと一緒に居て。離れないで。私が、守るから」

「…………うん。フランと一緒に居るよ」

「大好き」

「………………うん。私もフランが大好きだよ」


 シルクもだ。多分、だけど。

 私にはそう見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る