6-6 銀の魔女の仕事
戦争について、とか。宗教とか。良心とか。利益とか。なんとか。かんとか。
ユインと話し合っていたあれこれを、一切合切無視して、全て飲み込んで、滅茶苦茶に。
『どうでも良い。アタシが通るよ』と。
「さ。まずはニクルスの現況からだね。誰か報告を――」
「ひっ! 人殺し!」
「ん」
プラータが話し始めたと同時に。我に返ったひとりが叫んだ。正に、悪魔でも見ているかのような恐怖の激情で。
プラータは、小さな虫でも出たのかという素っ気無い顔を向けた。
「な、何が戦後処理だ! この人殺し! 衛兵! 警察! すぐに連絡してこの魔女を――!」
『フラン』
『はいはいっ』
「っ!」
そして。
彼は死んだ。激情の顔のまま、バタリと倒れた。
「ギンナ。四方に扉がある。全て触って周りな。『開けられちゃ』いけないよ」
「…………分かりました」
でも。
私に向いた時には、プラータの表情は穏やかな『師』になっていた。断れる訳は無い。私は言う通りに、部屋の壁を伝ってくるりと回った。
そっか。私の魔法って、こう使うんだ。誰も、ここから逃さない。私の魔力量があれば、本気を出せば大人でも、扉を動かせない。この場は完全に、プラータに。
『
「で、ニクルスだ。損害は?」
「……大きな戦闘は全て、旧聖ニクルス平原と周辺で行われた。細かい略奪を除けば双方民には被害は無い。ニクルス軍は死者20万人。重傷者130万人。軍総司令は死亡。繰り上がりで将軍がその座に就いた。将校は14人死んでる。後は替えが効く兵だ」
「ほう。話せるねあんた。もう少し説明が要るかと思った」
答えたのは、オーウェン神聖騎士団長だった。冷や汗を垂らしながら、説明をした。
「……ラウスの関係者は、貴女には職員以外殺されてない。……『銀の魔女』を考慮すれば、被害は浅いレベルだ。まだ協力的であると、判断せざるを得ない」
「良い心掛けだよ。――ジョナサン!」
「!」
オーウェンさんはプラータを睨んでいた。だけど、逆らえないと理解していた様子だ。
続いてプラータはジョナサンを呼んだ。
「金貨だ。1万枚払う。その連れてる『無垢』、巫女の卵だろう」
「…………ああ、良いだろう。レディの頼みなら」
そう言って。ジョナサンは後ろに控えていた女の子に何か指示をして。
女の子が両手を組んで祈りのポーズを取った。
すると。
「!」
この会場の、外がざわついた。私も魂を感じて分かった。
「……生き返った……?」
ユインも驚愕していた。
「オーウェン。アタシはあんたを気に入っちまったよ、全く。……今度からあんたの依頼は安くしてやろう」
「…………!」
オーウェンさんは。自国民の命を弄ばされて。
プラータを、本物の悪魔を見るような目で言った。
「……感謝する。『銀の魔女』」
と。
✡✡✡
「ま、最初から殺す奴は決まってたんだけどね。折角フランと巫女が居るから遊んだのさ。良い余興になったろう。緊張もほぐれた筈さね」
「…………っ」
敵わない。
誰もプラータには。それが強く、印象付けられた出来事だった。未だ、他国からやってきた使者の何人かは生き返らない。私にはどこの国の誰かは分からないけど、プラータにとっては不要な人だったんだ。
「でだ。最初にアタシの要求から言うよ。金はもう要らない。欲しいのは土地だよ。ケアンゴームズ国立公園の一部だ。裏世界だと……ニクルスの首都郊外になるかね。4500エーカーほどで良い。ちょうど、この間の戦闘で廃墟だろ? 復興は要らないさ」
結論から言うのがプラータだ。ケアンゴームズは確か表での観光地だ。エーカーっていうのは、広さの単位かな。
『平方キロメートルだと、18とかその辺』
『…………広いね』
『そうね。街でも作るつもりかしら』
ユインが、こっそり教えてくれた。この子本当に何でも知ってる。私が知らなさすぎなだけなのかな。あと計算速くない?
「……あそこは、本来はどうだった」
「爆心地だが、後回しの場所だ」
「だが、ニクルスは解体じゃない。傀儡政権だろう?」
プラータの要求について、生き残った人達が話し合う。その様子を、プラータは愉快そうに眺めている。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「?」
そして。ひとりの男性が、慌てた様子で手を挙げた。
「まずは、復興支援をというお話でしたよね!? 確かに我々は敗北しました。ですが罪の無い国民は、関係無いでしょう! ケアンゴームズの住民は、難民はどうなるんです!」
「……奴は?」
「ニクルスの使者だ。確かなんとか宣教師とかいう」
「ああ、勘違いの下っ端かい」
ガレオンの人に訊ねると、そう答えた。そうか。敗戦国の人もここに居るんだ。そりゃ、ニクルス教国がこれからどうなるかを話し合う場なんだから当然か。
それを聞いたプラータは、もうその人に興味を無くしたみたいだった。
「誰か、このボーヤに説明しておやりよ」
「…………あー。ニクルスの人」
そして。別の人が、手を挙げた。
「なんですか。私はニクルス教国国主代理、第一級宣教師ジャン・……」
「あー良いから。我々はね。君が誰かはどうでも良いんだ。ただ、ニクルス教国の人であれば。君達は『敗戦国』だ。……良いかい? 今後、君が何をどう喚こうが『それ』を言われる。君が思う『何故』の疑問は全て、『それ』で説明される」
「……なっ! 侮辱ですよ! 人権を軽視――!」
「だから。君達は『敗けた』んだから。それとも、今ここで、君を含めて君の国を国民もろとも完全に滅ぼそうか? 『それでも良い』んだよ。我々はね」
「っ!」
口調は優しく。だけど、凄く怖い台詞だった。ジャンという人の顔は引きつって、次の言葉を出せなくなった。
「分かったかい? 復興とか、命がどうとか、人権とか、倫理や道徳は『
「…………! この、人の心を持たぬ邪教徒がっ……!」
「ふっ」
絞り出された悪態に、その男の人は笑った。
「覚えておくと良い。『宗教』は便利な政治道具だ。上手く扱えば『戦争だってできる』。ああ、神聖なるラウス神よ。あなたの尊き御名によって、祈りを捧げます」
そして、わざとらしく祈りの言葉を呟いた。そのひと幕を見たプラータは愉快そうに笑った。
「ふふん」
「……これで良いかい? 『銀の魔女』」
「はっは。あんたも気に入ったよ」
「そうかい。チェルニアの外交官ユージンだ。この後の私の個人的な商談相手が君のせいで死んでしまってね」
「話は聞こうユージン。便宜は図るよ」
「それは助かる」
この、ユージンという人はおじさんで、凄く落ち着いていた。見れば、後ろに護衛が居る。あれは死者の魂だ。男性。怪物とかなのかな。
ともかくこれで、空気がはっきりした。『銀の魔女とのパイプ』を作ることが、この会議の攻略法だと皆が気付いた。いや、プラータがそう仕向けたんだ。
「しかし今資料を確認すると、その土地はベネチアのライゼン卿の所有となる土地と被っていますな」
「!」
ライゼン卿が、びくりと肩を震わせた。分かってたけど、言い出せなかったみたいだ。
「そうかい。譲ってくれるかい?」
「…………む。うむ……しかし」
強く否定ができない。当然だけど。ライゼン卿はベネチアを背負ってる。こっちも命懸けだ。
と、ここで、後ろに控えていたミッシェルが前で出て、ライゼン卿に耳打ちした。
「…………そうか。うむ……」
ライゼン卿は頷いてから、再びプラータを見る。
「……良いでしょう。今回は魔女殿にお譲りしましょう。その分、別の方法でニクルスには賠償を求めるという形で」
「ああ。悪いねライゼン。礼はするよ」
今。
ミッシェルが、『ベネチアへの賠償』のことを決めたように見えたけど。
奴隷の彼女が……?
「なんだい。ライゼンの許可だけで終わる話だったのかい。ま、話が早くて悪いことは無いね。じゃあこれで、アタシらの用事は終わりだよ」
「!」
拍子抜けしたとばかりにどさりと。円卓に置いたのは。
金貨の入った巾着袋。
「2万枚ある。1万はさっきの『巫女代』でジョナサンに。ライゼンには個別で500枚やる。後は『好きにしな』。会議の邪魔して悪かったね。後、アタシと仕事したい奴は入ってるメモの場所へ手紙を寄越しな。そっちは弟子じゃなくてアタシに直通だ。ま、届くかどうかは運次第。受けるかどうかはアタシの気分次第だけどね」
「…………!」
2万枚、って。プラータが持ち出した全額だ。ユインと顔を見合わせた。
これに使うお金だったんだ。
「行くよあんた達」
「は、はいっ」
くるりと踵を返して。プラータはまた、堂々と出ていった。私達も続く。
最後に振り返って、ミッシェルと目を合わせた。彼女はにこりと笑っていた。
私も笑って返そうと思ったけど。
上手くできていたかは分からない。
✡✡✡
「ちょっとプラータ! 色々説明してもらうわよ!」
プラータはその後、私達4人を集めて移動した。あの、原理の分からないワープの魔法だ。気付けば景色は、エンハンブレの街じゃなくて、黒い廃墟だった。
黒いのは炭だった。町が、焼け焦げたんだ。全ての家が壊れていた。視界が開ける程に。
「ここがその、土地?」
「そうさ。ニクルス首都郊外、地名はホルス。さほど広くは無いけどね」
「ここって、シルクが焼いた町じゃない!」
「ああ、そうなのかい」
フランがプラータに噛み付く。けれどプラータは余裕の笑みでそれを躱す。
「元々、ここを買うつもりで金を溜めてたのさ。だけどあんた達が思ったより早く終わらせちまったからねえ」
「何をするのよ。ここで」
ユインもプラータへ詰め寄る。私も、訊きたいこと沢山ある。
……『銀の魔女の仕事』を見たばかりで。まだドキドキしてる。
「アタシは仕事だったのさ。このくらいの広さの土地を用意するってね」
「? 誰からの依頼よ」
「
「何よそれ」
まだ、町からは焦げた匂いがする。真っ黒になった町。その上に雪が積もって、モノクロの町。これを、シルクがやったんだ。彼女の本気の魔法は初めて見た。
✡✡✡
「……ここか? ルーナ」
「!」
黒い、煙だと思った。違った。声がした。
私達の周りにいくつも、黒い煙が渦巻いて。
「そうさ。良い所だろう」
「何故ドイツではないのだ」
「馬鹿言うんじゃないよ。裏ドイツの土地なんか高くて買えやしない。ここも頑張って値切ったんだ。丁度戦争があってね。アタシじゃここらが限界だよ」
「…………」
渦がひとつひとつ、形を取って。
黒いローブととんがり帽子の、魔女になった。
「まあ良いじゃねえか。スコットランドの気候は良い。それにイザベラの出身地だろ?」
「まあねー。ていうか滅茶苦茶汚いじゃん。誰が掃除すんのー」
3人、現れた。女性がふたりに、男性がひとり。そっか。魔女って言っても、女性だけじゃない。
「おひさールーナ。元気してた?」
「あんたはまだ死ななさそうだねえイザベラ」
女性のひとりが、プラータへ手を振った。ルーナって、ヴィヴィさんも呼んでた名前だ。プラータの古い知り合いはそう呼ぶのかな。
「あの、プラータ。カヴンって」
3人は空を飛びながら焼け焦げた町を見回りに行った。私はプラータに訊いてみた。あの人達は何なのかと。
「魔女団。まあ魔女同士の集まりさ。全部で13人。アタシもそのひとり。……普段は絡まないけどね。今回は、色々と話し合う議題があるのさ」
「議題?」
「良い機会だね。魔女同士の繋がりは持っておいて損は無い。良く見ておきな、ギンナ」
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