6-5 フォルトゥナの魔女

 次の日。

 プラータに付いて、議事堂のある街までやってきた。隣のユインはなんだかまだ顔が赤かった。あの後一度目を覚ましてから私に「あの女はやばい」と言った。

 どういう意味の「やばい」なのか分からなかったけど。


「ラウス神聖国首都、エンハンブレ。今日の午前11時から首脳会談がある。前半の世間話はアタシ達には関係無い。午後から出るよ」

「分かりました」


 それまで自由行動だと言われ、プラータはどこかへと行ってしまった。


「…………取り敢えず、なんか食べよっか。ユイン?」

「……ええ」


 残された私達は近くの喫茶店に入った。


 エンハンブレの街は、凄く栄えている。道路は煉瓦で舗装されて広く、人通りも多い。裏世界だというのに自動車も走っていた。

 建物は石造りの、古そうなものが多い。過去と現代のハイブリッドのような街だった。日本では見られない光景だ。


「今日も雪が凄いねえ」

「…………そうね」


 私達は今、プラータの用意した服を着ている。いや、これまでもそうだったんだけど。持ってきた着替えじゃなくて、あの小屋にあった服だ。

 私はウエストの位置が胸のすぐ下まで来てる、正にヨーロッパの貴族風のドレス。黒を貴重にした大人っぽいやつだ。靴下は膝上までのもので、ガーターとして白いリボンを付けている。

 ユインは、ワンピース型のロングドレスで、正面にボタンが並び、その上に大きなリボンが胸元に誂えられている。肩は形がはっきりしてるけど、ウエストはきゅっと締まっている。似合うなあ。ユインはスタイル良いんだよ。絶対私より可愛い。

 ふたりともその上から黒マントを羽織っている。そして帽子。プラータのような大きなつば付きのとんがり帽子で、私達の髪の色を隠す魔道具マジックアイテムだそう。これを被っていると銀髪銀眼に見えないんだって。


「……『一面の銀世界』」

「え?」


 ユインが、頬杖を突いて呟いた。窓の外の景色を見て言ったんだ。


「知ってる? 中国……いや。私の故郷の降る雪は茶色で汚いのよ」

「えっ。知らない」

「PM2.5とかの影響でね。だからよく、日本の雪に憧れたりした。雪合戦やかまくらができるようなふわふわの雪は、降らないから」

「…………そうなんだ」


 中国でも北方は白い雪も降れば積もると思う。けどユインの所は違ったんだ。

 彼女は、そう育ってきたんだ。


「綺麗。……生前、これを見たかったわ」

「…………」

「ギンナには言ったわね。私の真名」

「……うん」


 私達は本名を伝え合っている。最初は、坑道で私が言ったんだけど。

 張雪麗チャン・シュエリー。名前に雪が入ってる。だからか、雪に対して何か思い入れがあるんじゃないかな。


「客の男に連れて行かれた部屋で、何かの映画を観させられたのよ。そこに映ってた。……『これが私なんだ』って初めて思った。私の親は、これを思って私に付けたんだって」

「…………」


 ユインの銀眼は、雪と光を反射してキラキラしていた。生前のことを思い浮かべてるんだろうな。


「あんたは、どういう意味があるの?」

「……えっとね」


 ユインがこっちを見て、目が合った。

 私の真名は銀条杏菜ぎんじょうあんな。ユインは中国人だから、漢字は分かるよね。


「可愛らしく、人の役に立てるように。かな」

「良いじゃない」


 中学に入ってケータイを買ってもらって、調べたことがある。

 杏の花言葉は、乙女のはにかみ。

 疑惑。

 臆病な愛。


 正直微妙〜なんだよね。疑惑て。


「正にそのままね。実態も」

「…………でも私、ぼったくったりしてるし」

「それでもよ。あんた生前はやっぱり黒髪だったんでしょ?」

「え、うん。まあ」

「化粧して着物着たらもう『大和撫子』よ。ちょっと顔立ち幼いけど」

「えっ」


 窓に映る、自分の顔を見る。ユインもそうしている。


「……プラータを見たら分かるわ。『銀の眼』の時点で容姿が良いのよ。……死んでから良くなったのかもしれないけど。日本人特有の『謙遜』も良いけど、自分の武器は客観的に自覚しておいた方が良いわ」

「………………」


 そんなの。

 自分で言える訳ないじゃん。






✡✡✡






「……魔女だ……」

「え、まじかよ……」

「俺初めて見た……。ていうか通して良いのかよ」

「お前、そう思うならつまみ出せよ」

「無理に決まってるだろ。あれ、『銀の魔女』だぞ」

「うげっ。よりによってレディ:シルバーか……」


 正面から、堂々と入った。石造りの巨大な議事堂へ。ハリー・ポッターに出てきそうな尖った建物だ。

 ざわざわとどよめく堂内。プラータはそれを気持ち良さそうに浴びながら進む。私達は2、3歩下がって付いて行く。


「さて。仕込みは万全だね。邪魔するよ」

「!?」


 円卓の会議室。どれだけ厳重な警備があったか。人の目があったか。

 プラータは全部無視して、勢いよく扉を開けた。


「何者だっ!」

「おい! 警備兵はどうした!」

「ふふん」


 そして。

 雑に騒いだ『室内にいた職員』が全員倒れた。


「!」


 プラータが、彼らに指を向けた途端にだ。


「……『銀の魔女』プラータ・フォルトゥナ」

「おやアタシの最新の偽名じゃないか。勉強熱心なのはどこのボーヤだい?」


 高級そうな木製の円卓には、10人くらいが座っていた。私達を見て驚いてる人も居るけど、落ち着いている人も居る。


「……ガレオン国大使、ドナルド・アンダーソンだ」

「ガレオンか。なら納得だね。女王は元気かい。レタス嫌いは治ったか?」

「…………! ……女王は……。変わりない」

「そうかい」


 隣のユインを見る。目を見開いて震えていた。分かるんだ。ここに居る人達のこと。私は分からない。多分、色んな国の、偉い人なんだろうけど。


「ふむ。揃いも揃って、死体蹴りが好きそうな連中だね」


 プラータはその顔ぶれを見渡す。私も、プラータの影に居るからか落ち着いている。見ると。


「……!」


 居た。知ってる人。あのプラチナブロンドは。病気のように白い肌は。


「(……ミッシェル……!)」


 ライゼン卿が、円卓に座っていた。その後ろでミッシェルが待機している。彼女は私を見付けて、にこりと笑って控えめに手を振ってきた。

 あの様子だと、上手く行ったのだろうか。ならどうしてまだ、奴隷の首輪を……?

 とにかく。

 この戦争には、ライゼン卿……つまりベネチアも一枚噛んでいたということだ。


 そして。


「………………っ!」


 素知らぬ顔で。何食わぬ顔で。プラータを、私達を見ても無関係で興味無い様子で。

 ジョナサンが居た。背後には、奴隷であろう首輪を付けた女の子も。まだ浄化前だと私にも分かった。黒い髪で黒人の女の子だ。歳は、12〜14くらい。私達より年下に見える。

 また奴隷を。……この人は。

 『死体蹴りが好き』。確かに、この人には似合う言葉だと思った。


「何の用だ魔女。ここはお前のような者が来る場所ではない。『人間の戦争』など興味無いだろう」

「そうでもないさ。お前は心当たりがあるだろう? 神聖騎士団長オーウェン」

「…………」


 神聖騎士団長。この人が。私達にいつも依頼してきた人。短い金髪の男性だ。


「……何にせよ、会議の途中だ。魔女よ。分前が欲しいのなら『やるから』、端で見ていろ。お前の座る席は無い」

「そうも行かない。その席、開けてもらうよ」

「なんだと?」


 別の男性がプラータに指図をした。私も分かった。「あっ。やばい」と。


『フラン!!』

「!?」


 耳じゃなくて。魂に響く声がした。


『な! なによ……あんたプラータ!? どういう』

『良いから「やりな」! 議事堂全部だ! 良いかい、ひとりも逃すんじゃないよ!』

『へっ? そ、そんなことしたら……!』

『良いのさ。殺して駄目な奴はアタシが個別で守る。あんたは全力でやりな』

『………………分かったわよ! どうなっても知らないから!』


 はっと気付いた。

 フランとシルクの魂を感じたんだ。上から。

 そうか、箒で。来てたんだ。今、屋根の上に居る。


「ぷ、プラータ、ライゼン卿とその奴隷の子は……っ」

「分かってる。あんたの友達だろう? 心配要らないさ」

「っ!」


 来る。フランの魔法が。プラータの言う仕込みって、これのことだったのか。

 全員死ぬ。こんなの防げない。


「おい、魔法が来るぞ! 防御だ!」

「魔力反応あり! 障壁展開!」


 職員が騒ぎ始めた。そりゃ、魔女なんてのが居る世界だから。色々、対策はするよね。今この場には各国の要人が集まってるし。彼らも各々で、自衛手段があるっぽい。それぞれの護衛が。恐らく『普通の魔法』なら容易く防ぐだろう手段が。


『この議事堂大きいわね……。全力よ! シルク、私を支えなさい!』

『分かりました』

『くすぐらないでよ!?』


 来る。

 予備動作無し、詠唱も無し、技名も無し。最近成長して乗りに乗ってる……。

 最強無敵の魔法が。






✡✡✡






「……ふむ」


 プラータを止めようと、彼女に襲い掛かった警備兵の『生首』を片手で鷲掴みにして。バスケットボールのようにぽい、とそれを投げ捨てて。


 コツコツと、ゆっくり歩いて。


 死体がずり落ちて空いた円卓の席に、悠然と座った。


「ま、これで結構話しやすくなったんじゃないかい?」

「………………!」


 その間。彼女以外の誰も。

 バタバタと糸の切れた人形のように倒れていく人達以外。

 全く動けなかった。


「……ぎ、『銀の魔女』、殿……っ」

「うん? ああ、ライゼンか。少し痩せたかい? ヴィヴィは元気かい?」

「……っ!」


 ジェノサイド。大量殺戮。その渦中に、中心地に居た普通の人間。ライゼン卿は震えながら、困惑していた。


「何故、わしは……」

「うーん? あんたはまあ、別に『邪魔』って程でもないからねえ。ヴィヴィの良い客らしいし。後ろの子はウチの弟子の友達だって言うしねえ」

「…………そ、そう、か……」


 生き残ったのは、そう多くない。けど、生存者はここにしか居ないと思う。私も魂を感じることができるようになったから分かる。

 この議事堂に居た、殆どの人が死んだ。100人以上。さっき、プラータに指図をした偉そうな人も当然死んでいた。

 ジョナサンは勿論座ったままだし、あの神聖騎士団長と、ガレオンの大使も生きていた。


『フラン。どうだい?』

『……もう、魔力無いわよ。できてもあと10人殺せるかどうか』

『充分だ。後でご褒美をやろう。シルクとそこで待機してな。シルク。あんたに焼いてもらう時はまた指示するよ』

『……分かりました。プラータ。私のマナプールからフランに魔力を与えればまだできますが』

『いや、良い。まだ使っちゃいけない。それの使い方はまた教えるよ』

『……久々に会ったら、随分優しくなっていますね』

『だろう? ふふん』


 まあ考えれば当然、というか。プラータも『銀の眼』だから、私達のテレパシーの魔法にも入ってこれる。なんなら、これまでの会話も聞かれてる可能性がある。


「さて。これでアタシが入ったとしても、あんた達の取り分は増える計算だろう? 『戦後処理』、しようじゃないか」


 私とユインだったら。ここまでできただろうか。フランに、頼んだだろうか。

 絶対に無理だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る