6-4 銀魔の師弟

 着いたのは、木造の小屋だった。ただ伐った木材を組み立てただけのような小屋。

 雪は、その周囲だけ積もっていなかった。ちらちらと降る雪も、屋根に触れると解けて流れる。雨樋と柱を伝って流れ落ちて、地面の溝は川へ繋がっているらしい。


「こっちだ」


 中へ入ると、温かい空気が顔を叩いた。暖炉が見えた。絨毯と、テーブルと、キッチン。広い部屋だ。小屋より大きく見える。それに、こんな豪華な内装がされているようには見えなかった。灯りだって、外からは見えなかった。そんな光漏れておかしくないほど隙間がスカスカな小屋だったのに。


 これ全部、魔法なんだ。だとしたら。私の何倍の繊細さと力強さと規模なんだろう。


「ここは?」

「アタシの隠れ家だよ。誰も近寄らないボロ小屋。中は快適な魔女の家。布団はひとつと、予備しかないから今日はあんた達は一緒に寝な」

「…………」


 椅子がひとりでに動いた。座ると、ティーカップが現れて空中から紅茶が注がれた。


「さて。今回あんた達はどうするつもりだったんだい」

「……えっと」


 2ヶ月振りに会うプラータ。久し振り、なんてありきたりな言葉は出てこなかった。この人の口からはいつも、私達が驚く言葉が出てくる。


 だけど今。

 初めて、私達の話を聞いてくれるらしい。


「……ニクルス教国軍総裁を直接討伐したのはフランよ。その事実で絞れるだけ絞る。私達がこの戦争にどれだけ貢献したか、記録で残ってるもの」


 ユインが説明する。そう、私達の武器はそれだ。


「馬鹿言っちゃいけない。あんた達は遅かったんだ」

「……どういうこと?」

「この戦争、関わってる国は当事者だけじゃない。そもそも今回、ラウスが勝てたのはどうしてだい? ニクルスの国力を舐めちゃいけないよ」

「だから、それはフランとシルクのお陰でしょ」

「『銀の魔女』を継続的に、殆ど専属のように雇い続けられていた。その資金源はどこから来てるんだい。一現場金貨1枚だろうと、馬鹿にならないよ。いや、最後の方は10枚20枚で受けてたろう。司令の給与より随分多い。そんな金、今のラウスにあると思ったかい」

「…………」


 そうだ。確かに。金銭感覚が麻痺しちゃいがちだけど。

 金貨1枚は、とてつもなく大金だ。平均年収が100枚とは常識だけど、『平均』なんだよ。この裏世界は、富豪が沢山いる。『一般層』の平均で見ると、多分50枚も無い。それはこの3ヶ月でなんとなく分かった。

 私達は既に、楽に生活するくらいの稼ぎはしてるんだ。『銀の魔女』というネームブランドのお陰で。


「いつも、手紙を寄越してくる奴が居るだろ」

「……神聖騎士団長の名前で」

「『そいつ』の手柄だよ。フランじゃない。アタシら魔女はワイルドカード。傭兵は武器と同じ扱いだ。『銀の魔女とのパイプを開拓した』のが決め手だ」

「…………!」

「目先の報酬に眩んだね。『扱いやすい』と思われてるよ。フランもシルクも『礼儀正しい』からねえ。舐められた」

「っ!」


 ユインが歯噛みした。けどそれは。

 知ってることだ。私達は部外者だってことは。だから、強引に突入して交渉しようと考えてた。魔女らしく。


「戦争は、とっくの昔に始まってる。そして始まる前から、『勝った時の取り分』が決められてる。ラウスに資金と兵力を援助した国は多い。そこへ、アタシらはねじ込もうとしてるんだ。……ちょっと、今のあんたらじゃ心許無いねえ」

「……でも」

「相手は『裏世界』『主要国元首代理』達だ。魔法が使える使えないなんて関係無い。こと政治、駆け引きの舞台じゃバケモノ。人の死肉を我が物顔で貪る獣の会合なんだよ。あんた達は魔法が多少使えるだけのただの小娘。一瞬で捻られるよ」

「そんなっ」


 そう言われて。だけど。

 『プラータが直接来るほどのこと』だと、頭が納得してた。

 『戦争』について、ユインとふたりであれこれ言っていたけど。

 その『重み』は、未経験だ。口で言っているだけ。

 どれだけの人が関わって、どれだけのお金が動いて、どれだけの命が奪われて、どれだけの家族が泣いているか。

 それも戦争だ。それを、分かっていない。


 少し、軽く考えていたんだと反省した。


「ま、今回はアタシの後ろに居な。良い機会だ。『銀の魔女アタシ』の仕事、直接見せてやろう」

「…………!」


 ごくり。つばを飲み込んだ音がふたつ聞こえた。

 私と、ユインだ。

 プラータの、そんな笑み。そんな表情。

 いつか私達は『魔女』として、同じことができるようになるだろうか。






✡✡✡






「フラン。フラン。起きてください」

「ん。ふゃ……。あれ?」

「ここ、もう終点ですけど。乗り換え先なんてありませんけど」

「え。……はぁっ!?」

「…………いつもの調子で乗ってませんか? 今回はラウスはラウスでも、議事堂の方ですよ?」

「……………………」

「間違えましたね」

「…………間違えた」

「……一度、都市まで戻りましょうか」

「…………うん……ごめん……」






✡✡✡






「あの、プラータ」

「なんだい?」


 そう言えばと。まず言っておかないといけないことがあった。


「治療費のこと、ありがとうございました」


 先日のサクラさんの所でのこと。私達が医者にかかるのを見越して、先にお金を払ってくれていたのだ。つまり、治療費は課題の金貨1000枚に関わらないということ。


「……ま、巫女とは仲良くしておいた方が良い。あの小娘はあの笑顔で法外な請求をするからね」

「……えっ」

「で、3人ともしっかり治して貰ったかい」

「はい……え、3人?」

「ん?」


 ユインとふたりして、首を傾げた。


「フランの魔法不全と、私の魔力滞留症を治してもらいました。ユインとシルクは問題なしだと……」

「…………ふむ。あのサクラ小娘、まだまだだね。前の巫女母親の足元にも及んでない」

「えっ。何か、ありますか」


 ドキリとした。

 恐らく私より、ユインが。

 『無垢の魂』が罹る病気は、私のように無自覚のものもある。消去法で、自分かもしれないと。


「シルクのこと。なんだ、あんた達も気付いていないのかい。あんた達が鈍いのか、あの子が心を閉ざしてるのか。……ちょいと、危険だねえ」

「!」


 怖くなった。

 シルクに、何か異変が起きているらしい。それと。

 私達は、シルクのことをあんまり知らないんだ。過去のことも。


「…………私、は、大丈夫なの」


 ユインが声を絞り出した。逆に不安だろう。それは確かに。


「あんたはねユイン。巫女になんか預けられない。ちょうど良いね。こっちへ来な」

「……っ!」


 ビクリと、身体が跳ねた。

 何か、あるんだ。ユインにも。しかも、ユインだけ、何か特別っぽい言い方だった。


「……ちょ」

「良いから来な。別に痛くしやしないよ」

「いや。……えっ」


 ユインは全く抵抗できずに、奥の寝室へと連れて行かれた。






✡✡✡






「ほら早く脱ぎな。全部だよ!」

「へぇっ!? ちょ……! ま」

「ほらほら」

「ひゃっ! きゃ……待っ。ちょ」


 なんか聴こえだした。


「あっ! 待って、やめ……あ!」


 なんか。

 思ってたのと違う種類の声が。


「きゃ! ちょ、そんなとこ……あっ」


 心臓が(無いけど)ばくんばくんしてた。色んな意味で。


「あっ。あっ。あっ。……んぅ! ぁあっ!」


 なんか。変な声が。

 小屋中に響いてた。


 私はその場から全く動けずにいた。顔を真っ赤にして。

 なんか。






✡✡✡






「……フラン」

「……なによ」

「もう、箒で行きましょう。ここどこですか?」

「…………知らないわよ」

「さっき海越えてませんでした? ここもしかしてアイルランド……」

「知らないわよっ」

「…………乗ってください」

「…………うん」






✡✡✡






「で、あんた達進捗は?」

「えっと……」


 声がしなくなってから、プラータに呼ばれた。恐る恐る寝室に入ると、ユインはベッドにうつ伏せになって、ぴくぴくと痙攣していた。裸で。


「金貨、450枚くらいです」

「良いじゃないか。この調子だと1000枚は余裕だね」

「あ、それなんですけど……」

「なんだい?」


 話すべきだろうか。というか、知らなかったのか。

 私がジョナサンに捕まって売られたこと。


「実は、借金がありまして……」

「?」






✡✡✡






「あっはっはっはっは!!」

「…………」


 死神に助けられて、その代わり金貨6万枚の借金ができたこと。

 伝えると、プラータは爆笑していた。


「……っ! は! ……はっは!」


 笑いすぎて、声が出なくなるほど。


「そうかいそうかい。くっく……! 出品されたかい……!」

「…………」


 今の、自分の感情が分からなかった。プラータを、自分の保護者とは思ってない。だから、笑うなと憤れない。そして、プラータの所有物とも思ってない。だから、申し訳ないとも思えない。

 ただ、胸が締め付けられた。何故か。


「そうかい。目を離して悪かったね。怖い思いをしただろう」

「!」


 何故か。

 頭を撫でられた。ぽんと、優しく置かれた。


「…………っ」


 意味不明だった。涙が出そうだった。オークション中も泣かなかったのに。

 その涙を、絶対にプラータに見せたくなかった。必死に我慢した。


「確かにジョナサンについて何も言っていなかったね。結果的には一応助かって、社会勉強になったとも言える。……ねえ」


 くしゃりと、私の銀髪が変形する。ひと雫くらい溢れてしまったかもしれない。


「アタシの弟子に手を出したんだ。じゃああのジジイ、スクラップにしてやらないとねえ」

「……!」


 感情が追い付かなかった。もしかして。もしかしたら。

 嬉しかったのかもしれない。






✡✡✡






「ていうか、ギンナ達に訊けば良かったじゃない。魔法で」

「あー私、そのテレパシーの魔法、自分から掛けられないんです」

「えっ。そうなの?」

「掛けてきたら返信はできるのですが。今私が使える魔法は燃焼と箒だけです」

「私は殺すやつと、テレパシーよ。火も箒も無理」

「ユインとギンナはテレパシーと箒ですね。4人とも、ふたつずつですか」

「……ギンナだけ別の魔法といっても良いほど規模が大きいけど」

「なかなか、成長しませんねえ。いや、これでも練度が上がったと言うべきでしょうか」

「ねえじゃあ、帰りにあれ買いましょうよ。魔力の体重計」

「そうですね。200が魔女に成る目安でしたっけ」

「……それってでも魔女の最低でしょ? プラータはいくつなのかしら」

「それを知る為にも、買って帰りましょう」

「その前に議事堂ね。私は飛べないから、頼むわよシルク」

「ええ。任せてください」

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