6-3 戦争と宗教と魔女

 戦争は、悪いことだと教わる。じゃあまず、その戦争ってなに? どういうこと?


 ――いくさ。たたかい。激しい競争や闘争。


 たたかいって、何?


 ――たたかうこと。戦争。


 ……辞書って、たまにおバカになるよね。でもまあ、そういうことだ。それ以上の説明ができないもの。それが戦い。

 それは、悪いことだと教わったよ。私は。

 どうしてだろう。


 人が傷付くから、と。死ぬから、と。悲しむから、と。


「ふーん。馬鹿じゃないの」

「えっ」


 それを説明すると、ユインに馬鹿にされた。今は電車に乗っている。箒は使わず。それにも理由はあるんだって。


「日本人に限らず先進国民ってさ。矛盾だらけで本末転倒よね。一周回って馬鹿」

「ど、どういうこと?」

「『戦争が悪』で、『するべきじゃない』なら。止めたら良いじゃない。どうして人類史始まってから今まで500万年、一度も止めてないの?」

「……えっ」

「生き物ってさ、生きる為に活動してるのよ。死にたくないから、色んなことをするの。『死ぬくらいなら殺す』のが生き物よ。利益が出るんだから、戦争を止めるなんてできやしないわ」

「…………よく、分からない」


 ユインは、当然のことを話すように、つまらなさそうに。説明してくれた。


「あんた今から餓死するわ。ギンナ」

「えっ」

「もう1分後に死ぬ。けど隣の奴がパンを持ってる。どうする?」

「……分けてもらえるように頼む?」

「言葉は通じないわ」

「…………身振りで」

「してる間に死ぬわ」

「……なら、仕方ないけど強引に食べさせてもらってから、後で説明してお礼を」

「『それ』が戦争よ」

「!」


 はっとした。

 ユインの目を見たけど。まだ、つまらなさそうな顔。


人口が増えて、自国の生産だけじゃ賄えなくなった。他国との交渉は決裂した。他国も同じ状況だから。なら奪うしかないじゃない。でないと死ぬのよ。何万人も。自分の家族が。友人が。国民が」

「……でも、後で説明とお礼を」

「奪われた側は思うわ。あの国は盗賊のような犯罪国家だ。嘘付きの集団だから何も耳を貸すな。またやられる前に、今度はこっちからやらないといけない。自国民が殺される前に」

「……!」


 はあ、と溜め息すら出てきた。思えばユインは、先進国……特に日本に対して、思うところがあるようだった。最初から。


「『平和』は続かないのよ。人が死なないならどんどん増える。するといずれ食べ物が足りなくなる。そんなの当たり前。のよ」


 ――平和ボケ。

 私は私の国がそう言われることを知っていた。


「そんな簡単なことも理解せず。しようとせず。ただただイメージとレッテルだけで『戦争』の言葉だけを忌避して、盲目的に平和を信奉するのが先進国民。『平和』が基本だと思ってる。違うわよ。『戦争』が基本。その間に、僅かな期間に、極上の贅沢である『平和』があるの。個人の人生とかは置いておいて、この場合『人類』全体の話ね。人間ってのは、戦争する生き物なの。好む好まざるは別として戦争を『しなければならない』生き物なの」

「…………!」


 ユインの国では、そう教わるのだろうか。私の国の教育とは正反対で全く違う。けど。

 何故か納得できる気がした。筋が通っている気がした。


「あんたの国の教えは、精々半分正解。『自分の身に降り掛かる脅威のある戦争』はいけないこと……ていうかしたくないこと。でも『自分が安全で、しかも利益がある戦争』なら善。日本の戦後の経済成長は東西冷戦と朝鮮特需のお陰って、流石に分かるわよね? アメリカが世界中に武器を売り付けてるって流石に知ってるわよね? 戦争って、上手く回せば滅茶苦茶儲かるのよ」

「…………あ……」


 確かに、『戦争』という言葉自体に拒否反応を起こす人は居た。あと『政治』と『宗教』にも。

 それが何か。どういうものかを、教えられていないのに。


「ていうか、今回のニクライ戦争で私達も儲けてるし。そんなもんよ。いかに、自分達に火の粉が降り掛からないように立ち回るか。いかに、損害を少なくして利益を出せるか。人生なんて、社会なんて『そういうゲーム』よ」

「……そっか」

「無人島でひとりで生活してるんじゃない限りね。それでも、自然や野生動物と戦争してるけど」


 理解した。いや、知識はまだ入ってないけど。

 考え方は、理解できた。


 人は皆、自己中心的ジコチューってことだ。それなら納得できる。その『自己』の中に、家族まで入れるのか国民まで入れるかの違いなんだ。

 なら今、話すべきは。


「……金貨6万枚、いけるかな」

「それはあんたの腕次第よ」

「う……」

「私もサポートするから。しゃんとしてなさい日本人」

「……うん。ありがとうユイン」

「はいはい」


 私達は、『国』の最小単位。『4人の仲間』だ。簡単な話。まずはこの国を守る。プラータに殺されないように、お金を稼ぐ。それが最優先。

 後のは全部、雑音なんだ。


 人を騙して、死なせて、それで稼いで良心が痛まないかって。


 ユインやフラン、シルクを死なせない。守るためなら。いくらでも。


 当然。背に腹が、代えられる訳がない。名前も知らない他人の命より、ユインとフランとシルクだ。

 当然。






✡✡✡






 さて。状況を整理しないと。議事堂に着く前に。ユインは把握してるけど、私はまだこの戦争をはっきりとは抑えてない。


 ニクライ戦争。ニクルス教国とラウス神聖国の争いで、3ヶ月前に始まった。いや、もっと何年も前から小競り合いはしてたらしいけど、激化したのがその辺り。私達が介入し始めたのもその辺り。

 この戦争は、ユインの言った『生きるためにしなければならない』戦争とは少し違って、宗教が絡んでる。


 ニクルス教。裏世界ではとっても古い教えらしい。聖ニクルスが広めた神の教えだ。教えの詳細は知らないけど。

 神聖教。もっと古い宗教。話によれば聖ニクルスも神聖教徒だったんだって。


 で、教義的にはお互いを認めてなくて、お互いがお互いの信仰を悪魔の邪教だと貶しているから、お互いムカついていると。まあ、教えがひとつのみでそれ以外を間違いとしちゃったら、そうなるよね。こういうことがあるから、私を含めて日本人の大半は宗教に対して懐疑的なんだよね。なんか危ないんじゃない? って。テロとかね。


「あれ、私達魔女って、この宗教としてはどんな立ち位置なんだろ」

「悪魔の遣い。表の宗教と変わらないわ。だから『魔女』っていう名前なんだし」

「……悪魔なんて、見たことないけど」

「宗教は嘘なんだから、なんでもありよそんなの」

「……それを言い切るのは流石にどうなんだろう」

「間違ってないわよ。『嘘を考え付く能力』によって、私達ホモ・サピエンスは栄えたんだから。要するに今ある『現実』以外の『空想』ができる。今ここに無い『物』を思い出せる。存在しない『リンゴの味』を思い浮かべられる。……『私達は集まって国を作ろう』ってね。『これは守ろう』ってね。宗教ってのは、人間が結託して自然界を生き抜く為の発明品なの。だから『嘘はいけない』は矛盾してる。嘘が無いと、人間はとっくの昔に滅んでたんだから」


 ユインは、宗教を肯定しているのか否定しているのか。多分、どっちもだ。それで良いんだ。自分達の利益になる部分を肯定して、そうでない部分は否定すれば良い。


「何より『神の実在は科学的に証明されていない』。それだけで充分。宗教なんて、救われたい奴が救われた気持ちなってたら大成功なのよ。他人に強要するものじゃないわ」

「……でも信者を増やさないと運営できないんでしょ?」

「そうよ。だから矛盾する。目的が『救い』から『経営』にすり替わるからね。本来宗教だけで食べていけると思うのが間違いなのよ。日々の生活の中で信仰するべき。利権と金が絡むと人間はおかしくなる。今回はそんなおかしくなった人間同士の戦争。各国首脳が、感情論を持ち出さなきゃ良いんだけどね」

「…………」


 やっぱりユインは、頭が良い。色んなことを知ってる。本当に私と同い年なんだろうか。

 ユインの過去は聞いた。とても不幸だった。家族に金銭を援助する為に娼館で働いて、病気になって死んだ。

 生きる為に。得なければならなかった知識なんだろうと思う。それが今、私達の役に立っているから。

 ありがたくて、申し訳ない。


「それで、別に私達は呼ばれて無いんでしょ? どうしよっか」

「突入するしか無いわよそんなの。私達は魔女なんだから堂々と。その話し合いに入るのは当然だと」

「……まあ、確かに。だから会議の前に議事堂に入って、『仕込み』をするんだよね」

「そうよ。現場を調査して、あんたが考えるの」

「うん。私の仕事。頑張る」






✡✡✡






 ラウス神聖国。表では、スコットランドにある。けれど歴史的に、ブリテン島の『表と裏』は早くから文化が分けられて、人々の考え方も違っている。私達の街ミオゾティスがどの国にも属していないのが良い例だ。裏世界で『国』というと、『街』が経済的な協力体制を結んだ組織のことで、入会や脱退は毎月入れ代わり立ち代わり。基本的には街単位で独立してる。


「流石に寒いね」

「雪が積もる国は大変そうね」


 真冬のスコットランドは、やばい。日本より。いや、表だとそこまで変わらないらしいんだけど、裏世界はやばい。滅茶苦茶積もってる。私の背くらい。


 イギリスの駅って、なんか雰囲気あるよね。カントリー風って言うのかな。田舎のさ。『電車』ってより、『鉄道』みたいな。


「田舎だねえ」

「裏は都会よ。ラウス神聖国って言ったら、表で言うとイギリスみたいなものだし」

「ここもイギリスだけど」

「…………まあね。けど、『魂のエネルギー』で発展した社会だから、表じゃ見たことない機械も沢山ある。良い社会勉強になるわ」

「私は、プラータに連れられていくつか知ってるけど」

「…………うるさいわね」


 表だと、つい先日まで他国と戦争をしていたような感じはしない。問題は裏世界だ。

 表と裏の行き来は、簡単だ。念じるだけで良い。普通の人間だとできないけど、私達は幽体だから。


「ちょっと待ちな。ねえ」

「!!」


 背後から声を掛けられた。同時に、腕を掴まれた。


「あんた達、ラウスの議事堂に行くつもりじゃ、まさかないだろうね」

「ぷ……っ」


 振り返る。大きなつばの魔女帽子。胸元の開いた黒いドレス。不敵な笑みのした、女。


「プラータっ!?」


 プラータが居た。私とユインは驚きすぎて全く動けなかった。


「……はぁ。まあ、大金を一気に稼ぐ手段としちゃ、今一番目立つのが『これ』だからねえ。まさかアタシと仕事が被るとは。あんた達も割と成長してるんだねえ」


 彼女は私達の腕を離すと、やれやれと手を広げた。


「プラータ、今までどこに……」

「ま、取り敢えずついてきな。ギンナにユイン。たとえ表でも目立っちゃいけない。そうだろう」


 そして、すたすたと歩き始めた。私達はぽかんと顔を見合わせて。

 後を追った。

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