6-2 煮え滾る魂〜Silvia=Bradley

「箒と一緒だよ。イメージかな。頭の中で動かして、それを現実にトレースするような」

「…………あっ」


 いつの間にか、シルクも箒に乗れるようになっていた。そして今、それを発展させた魔女の基本魔法、『無生物操作』をユインに教えてる所。


「…………!」

「できた……っ」


 ふよふよと、ティーカップがテーブルから浮かんで、ユインの手のひらにやってきた。


「やったー!」

「よし。感覚は掴んだわ。後は反復っ。同時にふたつ……は、まだ無理ね。練習あるのみっ」


 ガッツポーズをしたユインと目を合わせて、お互い持つカップをチンと合わせた。ユインとも仲良くなったなあと感じる。


 私達が死んでから、3ヶ月。

 『無垢の魂』となって、3ヶ月。


 プラータが居なくなって、2ヶ月が経った。

 魔女の森は、真っ白の雪に覆われていた。






✡✡✡






「えっへん!」

「やりすぎ」

「?」


 フランとシルクが仕事から帰ってきた。今日はふたりで戦場だった。なんでも、結構重要な戦術らしく、依頼者側からふたりでと指定されたんだ。で、居間に入ってきた途端、フランが腰に手を付いて胸を張った。

 同時に、ユインが溜め息を吐いて。


「依頼は将軍だったでしょうが。何を勢い余って総司令まで殺してるのよ」

「求められた以上の成果よ! 報酬も契約より弾んで貰ったわ! 戦争は終わり! 私達の勝利よ!」


 とのことだった。なるほど……。


「フラン」

「なにギンナ。ねえ、ユインはどうしてあんな感じなのよ」

「えっとね。戦争が終わっちゃうと、もうそれで稼げなくなるんだよ」

「……あっ」


 こういう言い方をして良いか分からない。こういう考え方は良くないかもしれない。けど。もう決めている。

 大前提、私達は死にたくない。その為なら戦争だって利用する。『戦争で死ぬ知らない人』と『自分達』を天秤に掛けて、後者を取っている。良いも悪いも無い。私達は聖人じゃない。善良な市民じゃない。

 魔女だから。


 それに気付いたフランは、冷や汗を垂らした。


「……で、でも、報酬は沢山……ほら」


 そして、金貨の入った麻袋をユインに手渡す。ユインは中身を確認して。


「ざっと、金貨300枚。確かに破格だけど……。これじゃ、あと半年長引かせてた方が儲かったかもね」

「そんな……!」


 300枚。これまでで一番の稼ぎだ。当初の目的、1000枚の宿題達成に向って大きく前進した。けど。

 もう戦争は終わる。なら、これからはどうやって稼ごうか。


「すみません。私もそこまで頭が回ってませんでした」


 シルクも頭を下げる。


「んーまあ、『銀魔の弟子』の宣伝としては充分でしょ。これからは、私達の仕事よ、ギンナ」

「え。……あっ」


 あ、そっか。戦争は終わったけど。

 戦争が終わっただけだ。


「何するのよ。用心棒? 残党狩り?」

「違うわよ。勝ったのなら、でしょ」

「それが何よ」


 私達は、魔女だから。


「戦後処理。賠償。……敗戦国から『搾り取る』のよ」

「!」


 正当化するつもりは無い。






✡✡✡






 子供の頃は、幼い価値観を持っていた。『戦争』は、良い国と悪い国が戦っていると思っていた。神様と悪魔は存在していて、全人類は分かり合えるし、世界平和は実現できると思っていた。


 人と人は、『合う』人と『合わない』人が居る。これは絶対だ。合う人とはどんどん仲良くなれる。多少喧嘩しても取り返しが付く。微妙に合わない人も居るけど、結局は『合う』の範疇だ。

 合わない人は、無理だ。永久に無理。だって。


 自分の『合う』人を殺した人と、『合う』訳がない。


 死について、人生の中で一度は考える。人は死ぬと教わる。それに疑問の余地は無い。私も死ぬだろうと思う。だが実感は無い。父が。母が。妹が。友が。死ぬなど考えられない。

 だが、大抵は、その時期に経験する。

 祖父母が死ぬのだ。

 あるいは、何が起きたか分からぬ歳で。

 全て分かるような歳で。


 ――あくまで私の経験だ。だけど、全く共感できない訳じゃないとは思う。


 死ねば、死ぬ。もう会えない。話せない。抱き締められない。

 殺されなかったら。もっと会えた。もっと話せた。抱き締められた。


 私と彼の『時間』を殺した奴を、許せる訳がない。そいつの『時間』を奪ってやらなければならない。絶対にだ。何故私が彼と会えなくて。奴がのうのうと生きて、今日も元気に腰を振ってやがるんだ。それは、その行為は。命を生み出す行為だろうが。お前は、私のかけがえのない命を踏みにじっただろうが。絶対に許さない。


「――……」


 始まりはあった筈だ。ああそうだ、カインとアベル。創世記だ。最初の殺人。

 終わりは無い。私が奴を殺してから、私も奴の仲間に殺された。

 犯されて、拷問されて、最後に殺された。最後のひとりになるまで終わらない。


 ああ、まだ。

 煮え滾っている。


 殺されたら、殺し返さないと。奇跡だ。私に、二度目の人生が与えられた。誂えられたような魔法も使える。


「………………」


 焼いてやる。その汚いモノを。もう二度と使えなくしてやる。その目を。二度と私を見れないように。その鼻を。嗅げないように。耳を。口を。手を。足を。

 『合わ』ないようにしてやる。終わらせる。全部焼けば、炭になって終わる。


「………………サク」


 私はシルビア・ブラッドリー。

 イカレ女を自覚している救いの無い女だ。






✡✡✡






「シルク。起きた?」

「……フラン」


 目を開けると、優しそうに微笑むフランが居た。口元は笑っているが、眉はひそめられている。


「もうお昼よ」

「…………そうですか。やってしまいました」

「また、うなされてたわよ」

「…………フラン」

「なによ」


 シルクとフランは。このふたりは、最初から。

 一緒に居る。死んで、魔女に捕まってから。一緒に弟子になって。一緒に戦場へ行って。一緒に戦ってきた。

 ギンナ、ユインとは違う繋がり、関係性があった。


「来てください」

「……仕方ないわね、もう」


 普段は見せない。ギンナにもユインにも。魔女の家では見せたことはなかった。

 ベッドの横に来たフランを、思い切り抱き締めた。


「……吸って良いですか?」

「いちいち訊くな」


 ベッドに座ったまま、力一杯抱き締めて、フランの胸に鼻を擦り付ける。フランは、シルクの絹のような銀髪を優しく撫でた。


「無理し過ぎよ。……ねえ、あんた」

「……はい」

「あんただけ、過去を何も話してないわよ」

「…………はい」

「いや、私もユインの過去詳しく知らないし向こうもそうだろうけど。……ギンナには話したわ。ユインもそうしてた」

「…………」


 死因については、話したことはある。

 ギンナは事故。

 フランは自殺。

 ユインは病死。

 残るシルクが、他殺だ。


「あんたもいい加減、ギンナだけには話したら? ずっと抱えてるの良くないわよ」

「…………それは。できません」

「なんでよ」

「……私だけ、皆と違って、『加害者』ですから。……優しい日本人のギンナが知ったら、嫌われてしまいます」

「ユインが言ってたでしょ? 死んで、名前を変えた時に『そいつ』を辞めたのよ私達は。私はもうフランソワじゃなくてフランなの。あんたもよ」

「……ユインには申し訳ありませんが、詭弁だと思います。私は、まだ、何もかも忘れられません」

「…………そう」


 シルクは人を殺す仕事をするようになってから、しばしばこうなる。フランが側に居なければ、壊れてしまっていたかもしれない。


「フランを吸っていると心が落ち着きます。私が安らぐのはこの瞬間だけです」

「気持ち悪いってば。くすぐったい」

「共に、血に塗れたフランだけ」

「…………」


 抱き締める力が強くなる。だがフランは抵抗しない。

 一番年上で、身長も高いシルクは。実は一番幼く弱いということを、最年少のフランだけが知っている。


「今のあんた、ギンナが見たらどう思うのかしらね」

「幻滅されるでしょうね」

「……しないわよ。あんたの中のギンナはそんな嫌な奴なの?」

「…………嫌な奴は私です」

「ギンナが見たら、放っておかないってことよ。私達は4人でひとつでしょうが」

「…………」


 それは、そうだろう。自分が悩んでいたら、ギンナは助けてくれるだろう。話を聞いてくれて、共感してくれて。今のフランみたいに抱き締めてくれるかもしれない。


「……このまま永遠に、フランを吸っていられないでしょうか」

「なに言ってんのあんた」


 腕の力を強めたり弛めたりして、フランの温度と形を確かめる。細い腰。柔らかい服。温かい体温。腕を動かすと、彼女に触れていた部分が外気に触り、そこだけ少し冷たい。それが、寂しい。


「……もう駄目です。私は。今日は、もう」

「…………今までで一番、寝苦しそうだったわよ。まだ、私にも話せない?」

「………………すみません」

「吸いながら謝られてもなんだけど」


 フランはずっと、そう言いながらもシルクの頭を撫でてあげていた。彼女も最初は驚いたが、今では日常だった。人を沢山殺した帰りの、夜の電車の中でもよく、こうしていた。

 彼女が母親に撫でられていた記憶を思い起こして。どうすればシルクを落ち着かせられるだろうかと考えながら。


「…………あれ、そう言えばふたりは」

「もうとっくに、朝から出掛けたわよ。言ったでしょ? 戦後処理って。今頃ラウス神聖国の議事堂よ」

「え、護衛は?」

「要らないわよ。戦いは終わったのよ? 私達はしばらくお休み。今度はあのふたりのお仕事だし」

「駄目ですっ!」

「きゃっ」


 シルクは、ギンナとユインのことを聞いて血相を変えた。すぐさまフランから離れて、ネグリジェを脱ぎ捨てる。


「ちょっといきなり何よ。もう、変な声出た」

「駄目です。あのふたりには護衛を付けないと。何が起こるか分かりません」

「はぁ? ちょっと」


 興奮した様子で、着替えを始める。いつもの、魔女服。落ち着いた漆黒のドレスだ。


「今すぐ追いましょう。嫌な予感がします」

「何よ、もう。分かったわよ」


 勢いに押され、フランも支度を始める。既にフリフリの衣装は着ているが、外は雪が降っている。コートが必要だ。


「…………『お姉ちゃん』したいのね」

「さあ行きますよ。ラウス神聖国!」


 フランはやれやれと、肩を竦めた。

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