Chapter-6 PLATA

6-1 ミオゾティスの日常

 掃除。洗濯。……料理は流石に無理。だけど。


「…………なんか落ち着かないわね」

「でも、魔女の家っぽくない?」


 私の魔法は、触れた無生物に魂を分け与えて動かすもの。見ていなくても魂で感じて分かる。私は退院してから、家中の物を触って回った。これ、すっごい便利だ。いずれは繊細な、例えばお茶とか淹れられるようになったら優雅だよねえ。






✡✡✡






「お世話になりました。またなるかもしれません」

「ええ。お大事になさってください。怪我も病気も無くても、遊びに来てくださいね。いつでも歓迎いたしますから」

「……裏世界で生きてりゃ、いつかお前らに依頼することもあるかもな。そん時は安くしてくれ」

「あはは。勿論」


 退院の日。サクラさんとテスさんに見送られて。さらには3人も来てくれた。


「ほら行くわよ。電車来ちゃうんだから」

「あんた電車の時間知らないでしょ」

「むかっ! そうだけど!」

「まあまあ。のんびりでも良いじゃないですか。4人一緒に電車旅なんて初めてですよ」

「皆、ありがとう。迷惑かけてごめんね」

「良いっての。私達は4人で一人前なんだから」


 箒じゃなくて、表の電車で帰ったんだ。時間を掛けて。なんか、楽しかった。嬉しかった。箒だと1時間だったけど、電車だと3時間くらい掛かった。イギリスの電車とかバスって、日本と全然違った。皆普通に電話しまくってるし、ハンバーガーめっちゃ食べてた。

 私達は結構目立った。まあそりゃ、4人とも銀髪銀眼だしね。フランなんかまたフリフリだし。






✡✡✡






 てな訳で。私は皆より魔力が多くて、沢山消費しないといけないから。

 今、家は浮遊物が沢山だった。


「いたっ」

「あっ。ごめん」

「……あのさギンナ。何でもかんでも浮かせば便利って訳じゃないわよ。この辺の依頼書、日付とか内容で整頓してるんだから混ぜないで」

「ご、ごめん……」


 で、ユインに怒られっぱなしだった。家のことはユインが詳しくて、把握してるからだ。私が勝手に浮かすと滅茶苦茶になる。


「……ま、練習あるのみね。自在に動かせるようにはなってると思うから、適材適所と応用。ウチや私達に合わせた最適を見付けること」

「はーい」

「それと、あんたは外回り担当なんだからあんまり家の中便利にされても困るのよ。その魔法、私が覚えないと」

「あーそっか……。うーん、難しいね」


 便利な魔法が使えるからと言って、すぐに絵本のように使いこなせるとは限らない。


「そろそろ行かなきゃ」

「待って。あんたひとりじゃもしもの時危険でしょ。護衛が要るわ」

「……そうかな」

「シルク!」

「はい」


 今日はこれから、依頼主と会う予定がある。出掛ける準備をしていると、シルクがやってきた。


「ギンナを害する奴が出たら焼いてやって」

「分かりました。レアでいきます」

「それ生焼けだからね」


 最近、シルクは手が余りがちだった。というのも、フランが完全復活してから、魔法がもっと強くなって。もう戦闘系の依頼はフランひとりで全部できるようになったからだ。あの子もあの子で、ひとりきりになるとちょっと不安なんだけど。でもやる気が凄くて、同行もできない。「私ひとりでできるようになってあんた達が手が空いたなら、それでもっと稼ぎなさい」とのこと。電車の乗り方も覚えたし、頼もしい。


「まあそもそも、ギンナをひとりにはできませんからね」

「……なんか、過保護じゃない? あのオークションからだと思うけどさ」

「勿論、ユインもですよ? 貴女達ふたりは戦えませんから、どこかへ出掛ける時は私達肉体労働担当がどちらかは付いていないと」

「…………うーん」

「『珍しい女の子』が『裏世界』でなんて、無防備で居てはいけませんよ。さらに日本人女性でキュート。これは危ない」

「ええ……。言い過ぎ。私別に見た目良くないじゃん。そんなの、シルクの方がスラッとしてて美人だし」

「勿論、4人とも美女ですよ」

「ええー……。自分で」


 シルクは、ちょっと。実は未だに、性格キャラを掴めていない感じがする。

 フランの過去は本人から聞いたし、ユインはちょくちょく自分で言ってるからなんとなく分かる。けどシルクは。

 あんまり知らない。彼女は自分のこと、あんまり言わないから。

 それでも、優しいし気を遣ってくれるお姉ちゃん役なのは変わらないし、好きなんだけど。


「さて。ミオゾティスまで下りて来ましたけど。ジョナサンのお店を焼きますか?」

「えっ。しないよ?」

「冗談です。ですが……あんなことをして何食わぬ顔で今もお花屋さんをしながら魔道具を制作し、隙があらば人身売買。これで良いのでしょうか」

「…………まあ、良い気はしないけど。正直言うと、もう関わりたくないや」

「日本人らしいですね。私は嫌いな奴はとことん追い詰めたいです。皆思ってますよ。あの店を襲撃したいって。あの男に報復をと。ユインもフランも。私も怒ってます」

「!」


 シルクは、皆のことをよく見てる。全体を見て、行動、言動をしてる。その辺りも、お姉ちゃん役だなと思う。

 一歩退いてる、とも言えるけど。


「ギンナがそう言うから、やっていないんですよ」

「……うん。ありがとう」

「でもこのまま野放しにすると、次また誰かが犠牲になるでしょうね。カンナやギンナのように」

「…………プラータも、ジョナサンに買われたんだよね」

「らしいですね。諸悪の根源でしょう」


 そう言われても。

 どうにかできる相手とは思えない。200年前に『無垢の魂』だったプラータを買って、『銀の魔女』にした実力者だ。私達なんかじゃ話にならない、と思う。そりゃ、不意打ちで焼いたりすればダメージは負わせられると思うけどさ。でも私達は相手の、彼の『底』を知らない。まだどれだけ、何を隠しているか分からない。


「……今から、私達が裏世界全部の人身売買を止めさせるのは無理だよ。そこはどこかで、線を引かなくちゃ。私達は今6万の借金をしていて。自分達のことで精一杯だから」

「そうですね。ギンナは正しいと思います」

「うん。ありがとう」

「私達は世界平和を目指している訳ではありませんからね。ただ、自分が死にたくないだけ」

「……うん」

「ただ、ギンナからGOサインさえ出れば。私はいつでもジョナサンをウェルダンにするつもりですから。いつでも」

「…………うん」


 シルクはあんまり感情を表に出さないイメージだけど。私のことについては、本当に心配してくれて。ジョナサンに対して本気で怒っていることは分かった。






✡✡✡






 今日会う依頼人は、ミオゾティスまで来ているらしい。待ち合わせは、カフェだ。


「やあ、遠目でも分かったよ。君達が『銀の魔女』の弟子達だね」


 現れたのはスーツ姿の男性。ハットとサングラスと髭。多分30代くらいかな? 身長高い。185くらいありそう。大人と子供だ。まあ私達は子供だけど。


「レディ:シルバーは最近現れないらしいね」

「はい。行方は私達にも分かりません。ですが、仕事はきちんとこなします」

「ああ。もう有名だよ。『ニクライ戦争』のワルキューレ。同世代に複数の『銀の眼』を集めた今代のレディ:シルバーは傑物だ。間違いなく歴史の教科書に載るだろう。勿論君達もね」


 ニクライ戦争とは、フランとシルクが主に傭兵として行ってた戦争だ。ニクルス教国と、ラウス神聖国の戦争。プラータに最初に連れて行って貰った仕事もこれに絡んだ護衛依頼だった。

 私達は、その流れ……って言うか、プラータの仕事の履歴を見て、なんとなくラウス神聖国側で戦っている。両国の違いはユインくらいしか把握してないかもしれない。私も情報は断片的だ。


「それでね。依頼というのは他でもない。私達も、歴史に名を残したいと思っていてね」

「……はあ」


 プラータが居なくなって、最初は皆困惑したらしい。こんな少女が代わりで大丈夫なのかと。

 ここまで信用されるようになったのは、フランとシルクのお陰だ。正直私は、ベネチアから帰ってきて殆ど何もしてないから。いつもいつもぼったくる訳にもいかないしね。ぼったくれるのにも、フラン達の確かな実力が裏付けられていればこそ。


「つまり私達は、ニクルス教国の者なんだ」

「!」


 それでもまだ。

 私達自身を狙う輩は居る。見た目が子供だから『やりやすく』見えるのだろう。一度ジョナサンに捕まった失態もある。それが私達だって知る層は少ないけど。

 『無垢の魂』なら、まだ『いける』と思われるんだ。






✡✡✡






「ほら。危険じゃないですか。ギンナとユインが出る時は護衛は絶対です。少なくとも、4人ともきちんと『魔女』に成るまでは」

「…………うん。確かに」


 襲ってきたのは、10人以上居た。魔法を使わなければ、私達『無垢の魂』は大人の人間に筋力で勝てない。簡単に組み伏せられる。

 けどまあ、魔法を発動させないような能力のある魔道具の効果も、『銀の眼』には無意味で。シルクがあっと言う間に焼いて終わった。殺してはいないよ。表面を焼くと慌てて逃げていった。そういう加減も、覚えたらしい。料理に応用が利くんだとか。

 フランの魔法が凄くて忘れがちだけど。シルクだって相当やばいんだよ。私を例外とするなら一番魔力あるし。多分感覚派のフランより、効率的に鍛錬してるんだと思う。


「私も、一応なにかできそうだけど」

「ギンナの魔法は一度物に触れないといけませんから。家の中ならともかく、初めて来た場所じゃ使い物になりません」

「う……。そっか」

「それに、魔法云々を言っているのではありませんよ。心持ちの話です。ユインは追い詰められれば『やる』でしょうが、ギンナはどこまでいっても、恐らくは『戦えない』でしょう」

「……!」


 私は戦えない。

 確かに、と納得する自分が居た。同時に、安堵する自分も。

 私がしなくても、他の人がやってくれる、という打算的な自分が。


「ギンナは優しすぎます。ジョナサンの件もそうですし。ライゼン卿の件だって。巫女屋敷で見掛けた時にフランに殺してもらえば吸血鬼の子の問題はすぐに解決したでしょう」

「…………ぅ」

「ギンナ。貴女は他人に対して非情になれなません。けれど、それで良いんです」

「!」


 シルクは笑顔のまま、人を焼くことができる。イカれた人だ。だけど。

 私達には、めちゃくちゃ優しいんだ。


「私達は4人で『銀の魔女』。きっと、全員が魔女に成ってもそうでしょう。だから、私みたいにイカれ女も居れば、ギンナのような心優しい子も必要なんです。ギンナは『ギンナであること』が大事です。これからもギンナであってください」

「…………うん。ありがとう」

「変わるな、ということではありませんよ。時には変化も必要でしょう。ただ、『ギンナ』であれば良い。無理に『誰か』にならなくても」


 私達はチーム。能力は様々で、運用は適材適所。

 シルクは本当に、よく見てる。ありがたい。






✡✡✡






 そして。


「……おい、また『銀の魔女』だ」

「焼いたぞ人を。……民家に被害は無かったが……」

「弟子とか言ってたよな。……小さくてもやっぱ同類か」

「………………」


 街の人達も、よく見てる。

 ここは『魔女の家』の近く、『銀の魔女』のお膝元。


 花咲く街ミオゾティス。

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