5-6 吸血鬼の希望〜Maria=Cruella

「ギンナ様」

「はい?」

「大変ありがたいのですが、ご無理はなさらないでくださいませね」

「あはは。大丈夫です。時間も魔力もありますし」


 私は、雑巾や箒など掃除道具を貸してもらい、屋敷中を念動力の魔法によって掃除するようになった。治療の一環プラス、魔力操作の練習も兼ねて。沢山の物に魔力を流して動かすのは結構難しいんだ。

 大きく広い屋敷だけど、多くの道具を使って一斉に行えば、午前中には全てピカピカにできた。

 サクラさんが嬉しくも微妙な顔をしていたけど、まあお世話になっているしさ。これくらいは。

 たまに、ふらつくことがある。多分まだ魔力の流れが悪いんだと思う。魔法をただ使い続けるだけじゃ駄目みたい。そういう時はサクラさんのマッサージだ。もう全然平気になった。痛気持ちいいんだ。サクラさん指細くてすべっすべだし。なんというか、やっぱり生の肉体って良いなあって、思った。私達は全員肉体が無くて幽体だから、傷が付かないけどなんだか安っぽく感じるんだよね。まあ私、生前もあんなに綺麗な肌してなかったけどさ。


「あっ。ご来客のようです。それでは失礼いたします」

「はーい」


 サクラさんは何だかんだと毎日忙しそうにしている。裏世界の『死者の魂』は数少ないけど、その中でも『巫女』はもっと少ない。希少なんだ。イングランドどころか、ブリテン島に10人も居ないらしい。

 まあ、日本の神職だもんなあ。そう考えると、昔から日本と欧州の裏世界での繋がりはあったんだね。


「……ギンナ」

「あっ。ミッシェル?」


 時々、ミッシェルが私の病室に来る。周囲を警戒して、隠れるように入って来る。


「匿って」

「また脱走? ていうか脚、良くなったんだね」


 初めて会った時は脚が動かせなかったらしいんだけど、今はもう走れるまで快復してる。ちゃんと治療は、受けてるんだ。


「でもまだ、魔法は使えない。そろそろそれも治される。そうしたら、またあの飼い主の所に」

「…………」


 フランや私の問題は解決に向かってるけど。この子はまだ解決していない。退院したら、またライゼン卿の所に戻らないといけない。

 ……性行為強要って、凄く怖いだろうな。あんな身体の大きな男の人に。


「どうしたら良いのか、私も分からないや。ごめんね」

「ギンナが謝ることない。ただ今だけは匿って」

「…………」


 サクラさんに聞いた。普通、奴隷を医者になんて連れて行かない。病気になったら剥製か、捨てるかだと。ライゼン卿は本当に本気で、心から少女を愛しているんだと。

 まあ、拷問して楽しむとか、そういうことはしてないんだとミッシェルも言ってたけど。でもなあ。なんだか……独りよがりの愛だよね。結局、性行為はするんだもの。

 でも、仕方ない部分も確かにあると思う。ライゼン卿は多額のお金を支払ってミッシェルを買ったんだ。彼からしたら、その出費に合う報酬というか、効用をミッシェルから得たいと思うだろう。慈善事業じゃないから。

 それに、前にミッシェルが言ったように、ライゼン卿に買われたことは『マシ』なんだ。他のバイヤーより。扱いが。性行為だけ我慢すれば贅沢な暮らしなんだって。他のもっとやばい人だと、それこそ拷問とか、獣姦を強要させられるとか、剥製とか。どうしようもなく取り返しの付かない事態になってたかもしれないんだって。

 私には想像が付かない。けど。

 私も、『そう』なってた可能性があるんだ。もし、クロウより高く買い付ける客が居たら。それで終わってた。私も、ライゼン卿に買われてた可能性も大いにある。それを想像すると、胸が締め付けられる。私はのうのうと、ミッシェルを置いて奴隷から脱したんだ。


「……ねえ、ミッシェル」

「なに?」

「吸血鬼……じゃない。『ヴァンパイア』のこと、教えてよ。匿う代わりに」

「分かった。私もギンナのこと知りたい」


 この子のことをもっと知ろうと思った。あわよくば、何か力になれるかもしれないと思って。






✡✡✡






 ミッシェルは、サクラさんと同じ『第二世代セカンド』だった。故郷のルーマニアには、吸血鬼となった初代の『魂』が代々受け継がれている吸血鬼一族がいくつかあって。彼女はそのひとつ、クルエラ家という家の子供だった。因みに何代経ても『第二世代』って言うんだって。

 吸血鬼は、血を吸う時に相手の精神も吸ってるらしくて、どの動物より人間の血が一番質が良いらしい。

 使う魔法は、みっつ。肉体の強化と、催眠の魔法。それと、霧を出す魔法。見た目は人間なんだけど、ありえないほどの怪力を発揮する。この前テスさんが、お庭の松の木を『景観的に』とか言って根っこから抜いて移動させてた。片手で。

 筋力だけじゃなくて、視力とか聴力なんかも強化できるんだって。

 そして催眠魔法。よく、血を吸った者を眷属に、なんて言うけどこれが真実らしい。吸った人間に催眠を掛けて操る。後は、人間だけじゃなくて動物、コウモリとかも催眠で支配する。吸血鬼っぽいね。

 つまりまあ、それらを考えるとやっぱり人間が吸血鬼を捕まえるのは至難の業だよね。普段は山の、霧で隠された里に居るらしいし、人里に降りてくる時も霧の魔法を使って、それに紛れて人を襲うらしい。怖いね。

 この、『みっつの魔法』が結構重要で、普通はどの種族もそのくらいらしい。怪物も死神も。勿論魔女も。私達『銀の眼』が魔女を選んだ『銀の魔女』だけは、その常識を破って多くの魔法を使えるそう。ズルいね。私の使う念動力の魔法……正確には『無生物操作魔法』って言うらしい……は、殆ど全ての魔女が使えるんだって。それ以外に、魂の色や個人の才能によって固有の魔法がひとつかふたつあるって感じ。

 まあカンナちゃんの『金の芽』は、それに加えて魔法以外の才能も抜群らしいけど。上には上がいる、と。


 話を戻すと、ミッシェルはまだ幼くて、魔法不全を起こしていた時に人間に捕まったんだ。当時も催眠魔法はまだ使えなかったんだけど、肉体強化はできたらしいから、何もなければ逃げられた筈。

 あと因みに、『ミッシェル』は偽名らしい。ルーマニアの方だと、『ミハエラ』の方がポピュラーなんだって。まあ彼女はミハエラでも無いし、そもそもルーマニア人じゃないらしいけど。


 あと、呼び方だね。『吸血鬼』っていうのは人間側からの呼び方で、本人達にとって『血を吸う』ことは特別でもなんでもない食事だから、わざわざ種族名として名乗りはしない。だから単純に『ヴァンパイア』で良いんだって。まあ人間だって、自分達を『雑食鬼』なんて呼ばないもんね。

 こういう拘りプライドが、やっぱり吸血鬼っぽいよね。テスさんが『吸血鬼』って言うのは、ミッシェルみたいにヴァンパイアの社会で育った訳じゃないからだね。


「ひとりで森に入ってた。別に何も、変なことはなかったのに。……人間に見られた時から身体が竦んで、魔法が使えなくなった」


 未熟な魂だと、少しのきっかけで魔法不全になる。正にそれだったんだろう。可哀想に。


「人間は嫌い。食糧のくせに……」

「……ミッシェル……」


 私も人間だ、と思ったけど。

 違った。私はもう死者。『無垢の魂』。いずれ魔女になる魂。とっくに、人間じゃない。ミッシェルやサクラさんみたいに、直接的な怪我なんかしないしトイレもお風呂も必要無い。


「そう言えば、ここに居る間のご飯はどうしてるの?」

「ヴァンパイアにとっての栄養分になる液体。血に似てるけど不味い。あの飼い主の血よりはマシ」

「そうなんだ。病人食みたいなものかな……。食生活改善とか言ってたもんね」

「だから脚もすぐ治った」

「…………うん」


 治ることは、良いことなのに。ミッシェルの顔は沈んだまま。

 私は何と声を掛けて良いか分からなかった。






✡✡✡






「またここか」

「!」


 戸が、開けられた。フランもだけど、なんでいきなり開けるんだろう。びっくりする。

 テスさんだ。ミッシェルはすぐさま私の布団に潜り込んで息を潜めた。


「……毎度済まねえな」

「いえ。……ミッシェルとは友達になれましたし」


 テスさんは正直、良い人だ。普通にお医者さん。動きは荒々しく見えるし言動も荒いけど、患者さんを治すという信念は固い。いつも逃げ出すミッシェルを根気よく説得しながら追い掛けている。


「…………」


 ミッシェルはまだうずくまっている。テスさんは気付いている。けど。


「……なあ、あんたはどう思う」

「えっ」

「奴隷だよ。死にてえか?」

「…………」


 私に、訊いてきた。多分、ミッシェルに聞かせるためだ。


「……私は、奴隷らしい奴隷にはなったことがありません。ミッシェルとは同じオークションで売られましたが、すぐに解放してもらいました」

「そうなのか」

「はい。でも……。解放されるなんて希望はひとつも無くて。奇跡だったんです。それまでは本当に、絶望していました」


 この会話は、ミッシェルが居ないという体だ。なら、言える。テスさんは私にも気遣ってくれたんだ。


「でも、死にたいとは思いませんでした。……私が、そんなことを思う経験をしていないだけだと思いますが」


 死にたくない。多分それは、『無垢の魂』共通の願いだ。少なくとも、私達4人は一致した。もう二度と死にたくない。生前どんな辛いことがあったとしても。今はそう思ってる。だからこそ、プラータの言いなりになってるんだし。

 でも、ミッシェルは『第二世代』で、1度目の人生で。誇り高いヴァンパイア。私達とは全然違う。

 でも。でも。


 …………。


「……テスさん」

「なんだ?」

「ひとつ、思い付いたんですけど。ミッシェルも聞いて」

「えっ」


 私達が、ミッシェルをライゼン卿に買わせた。そのせいでミッシェルが辛い目に遭っているなら、私達が責任を持ってその障害を取り除かないといけない。

 勿論、戦争でも依頼でもないから、彼を殺すことはできない。ベネチアの人達の生活にも影響しちゃうだろうし。






✡✡✡






「……これなら、後はミッシェル次第だから。……ど、どうでしょう」


 多分、吸血鬼は人間と違って、ストックホルム症候群にはならない。誇り高い種族だから。

 だからこれなら。


「……それ、良い。早くやりたい」

「…………んー。……それをやるなとブタには依頼されてねえか。まああのブタ、吸血鬼について何にも知らねえみてえだったしな。何故か」


 ライゼン卿は、ロリコン。なんだ。吸血鬼という生き物の知識は、ユインが話した出鱈目しか持ってない。そこが光明だった。


「だがそれなら入院期間は伸びるぞ」

「それもミッシェル次第、ですかね」

「やる。お願い先生。教えて」

「お前な。……急に先生とか言うんじゃねえクソガキ」


 吸血鬼は、先祖から受け継いだ魂の操作によって人間より長く生きる長寿の種族。だけどミッシェルは、私と同じくらいの実年齢だった。だから、彼女自身はそこに考えが至らなかったし、テスさんはそもそも彼女の治療はしても現状の打開をするつもりは無かった。ミッシェルのことは、ライゼン卿が管理しているから。依頼主もライゼン卿だから。


「じゃあ早速だ。ガキ。まずは魔法不全完治させんぞ」

「うん。お願いします先生」

「うるせえ」


 ずっと澱んでいたミッシェルの赤い瞳に、希望が灯った。

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